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第四章 種族会談
第85話 兄との再会
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アルギーラ制圧戦から一ヶ月の月日が流れた。フォーウッド隊の活躍により、見事制圧に成功したフリーディアは、現在新たな最前線基地の修復と共に部隊の再編成に負われている。
来たるドワーフ、エルフとの戦争に備え、新たに人員を補充し連携を強化しなければならないため、ここ最近は毎日が慌ただしい。
「………ハァ」
そんな中で、今回の任務においての功績を讃え、無事に准尉へと昇格を果たしたアリカ・リーズシュタットは暗鬱な溜め息を吐きながら、スプーンをクルクルと回していた。
現在彼女がいる場所はアルギーラ地上フロアにある食堂。アリカの前にある容器には何の変哲もないシチューが入っており、それを一口、また一口と口に運ぶものの、その味に全くといっていいほど感動を覚えない。
それもこれも、せっかく再会したユーリ・クロイスと再び離れ離れになってしまったこと、彼の容態が未だに安定しないようで面会すら許可されていないことが原因であった。
「おいおい、朝っぱらから何黄昏れてんだよ」
「……あ?」
不意に声をかけられ、不機嫌さを隠さず顔を上げると、そこにはアリカと同じく准尉に昇格したダニエル・ゴーンの姿が。その横には嫌ほど見慣れたオリヴァー・カイエスもおり、彼らは空いているアリカの正面の席へ手に持っているお盆を置き席に座る。
「ったく、置いてくなんてヒデェじゃねぇの。せめて声くらいかけてくれればいいのによ」
「何でよ。こちとら嫌ってほど毎日顔拝んでんのにいちいち食事まで一緒にする意味ないでしょ? 私だって、一人になりたい時くらいあんの」
「そうかい、気が利かなくてすまんね」
アリカとオリヴァーとダニエルは共にユーリの志を受け継ぎ戦争を終わらせるために戦うと決めた所謂同志だ。
とはいえ現状できることもなく毎日同じ部屋で過ごし、アルギーラ基地の修繕作業に追われていればストレスも溜まる。
それに今やアリカたちは、他の統合軍兵士たちにとって恰好の話題の種となり一躍時の人となってしまっている。当然羨望や嫉妬などの視線が付きまとうようになり、心休まる暇などないに等しい。
どうやら、小隊だけで異種族の基地を制圧したことが原因らしいが彼らが特別何かをしたというわけではなく、隊長を勤めたクレナ・フォーウッドが異種族を片っ端から殺した結果にすぎない。
任務を終えると同時にフォーウッド隊は解散し、現在クレナが何をしているのかもアリカは知らない。
結局ユーリは彼女の説得に成功したのかどうか? 接触する機会がないため確かめようがなかった。
周りの視線を集めつつ、アリカたちは配膳されたシチューを口に運んでいく。ここでは滅多な会話はするものではない。
そもそもオリヴァーとアリカは口数が多い方ではないので自然と無言になる。
「つーかあんだけ派手に破壊されたアルギーラが、よく一ヶ月で持ち直したもんだぜ。改めて思うけどフリーディアの技術力って凄ぇよな」
ダニエルの言葉に確かにと二人は頷く。まだ完全とはいかないが、最前線基地として問題なく機能するくらいには修繕されており、前線にいる身としては素直に感心する他ない。
「それに今回は規模が大きくなると予想されるためか、知らない顔もどんどん増えてきているね。正直こちらとしては動きにくくなるだけだ」
オリヴァーは今回の増員をあまり歓迎していない様子。西部戦線司令であるダリル・アーキマンはオリヴァーたちと同じく戦争を終わらせるために戦うと言っていたが、これでは被害が拡大していくだけではないか?
「それにミアリーゼ様の動きも気になる。あの御方はグランドクロスを引き連れて戦場に帰ってくると言っていたはず。
あれから随分経つけど、一体どこで何をなさっているんだろうな」
"ならば私が彼らを率いて戦場に立ちましょう"
あの時、共に司令室へ訪れた際に放ったミアリーゼ・レーベンフォルンの言葉は今でも鮮明にオリヴァーたちの脳裏に焼き付いている。
「あのお姫様のことだから、色々無茶してそうよね」
「グランドクロスは所謂フリーディアの暗部だからな。普段何やってんのか想像も付かねぇ」
「あんた、珍しく神妙な面持ちね。グランドクロスに対して思うことでもあるの?」
思えばダニエルはグランドクロスについて多少なりとも知っているような口ぶりをしていた気がする。
今まで特に気にしていなかったので聞きそびれていたが、もしかしたらこの機会に聞いておいたほうがいいかもしれない。
「別に何もないさ。昔個人的に思うことがあって調べた時期があったってだけのことだ」
「ふーん」
あまり踏み込んでほしくない話題なのだろう。ダニエルの過去はスラム出身で要人のボディーガードをしていたことくらいしか知らない。
別に全ての過去を知りたいわけではないが、含んだ言い方をされると妙に気になってしまうのは人間の性ゆえか。
恐らく相当の修羅場を潜ってきたことは初めて出会ったときから何となく察していた。アリカも戦いに身を費やしてきた人生を送ってきたが、スラム街で生まれた彼とは辿ってきた軌跡は全く違う。
「ま、答えの分かんねぇ問いを考えても仕方ねぇ。今は俺らにできることをするまでだ」
「そうね」「あぁ」
ダニエルの言葉を最後に三人共急いでシチューをかき込んで腹を満たし、席を立とうとしたその時だった。
「――おや? おやおやおや?」
ふと、聞き慣れぬ男性の声が耳に届いた。その声に反応するように三人の視線が声のした方へ向けられる。そこにいた金髪の青年は興味深げにこちらを見つめていた。
年は二十代前半といったところか? どことなく顔立ちがオリヴァーに似ているため、奇妙な違和感を覚える。
やがて金髪の青年はツカツカとアリカたちのいる席まで歩み寄ってくる。
「……あ、……あぁ」
誰だ? と首を傾げるアリカとダニエルを他所にオリヴァーだけは顔面蒼白で金髪の青年を見つめていた。
「やっぱり、オリヴァーじゃないか! 最前線にいるって噂は本当だったんだな!!」
オリヴァーの姿を確認した途端、嬉しそうに顔を綻ばせる金髪の青年。だが、対するオリヴァーは対照的に顔色がどんどん悪くなっていく。
「ちょ、あんた何なのよ! コイツの知り合いか何か?」
オリヴァーがここまで怯えるなど尋常なことではない。一体、この男は何者なのか? その疑問を解決すべく、アリカは口を開くが――
「何だ貴様見ない顔だな。全く品のない……下民風情が私の許可なく口を開くなよッ!!!」
金髪碧眼の青年の態度は一変し、高圧的な物言いに変わる。先程まで浮かべていた笑顔も消え去り侮蔑に満ちた表情でこちらを睨みつけてくる。その変わりように思わず呆気に取られてしまうが、すぐに我を取り戻し食ってかかる。
「あんたこそ、庶民に囲まれてる中でよくそんな事が言えるわね」
食堂を見渡せば、名家に数えられる家系の人間はオリヴァーと金髪の青年だけ。周りのフリーディアたちも気分を害されたのか敵視した視線を送っている。
流石にマズいと思ったのかオリヴァーが慌ててアリカと金髪の青年の間に割って入る。
「あ、兄上、お止めください!!」
「「兄上!?」」
その言葉を聞いた瞬間、アリカとダニエルは驚愕の表情を浮かべる。
「あぁ……。この人はランディ・カイエス、僕の実の兄だ」
ランディ・カイエス。オリヴァーに兄がいるなど今まで聞いたことがない。思えばユーリたちといたときも兄弟云々の話はしなかった。もしかしたら話さなかったのではなく、話せなかったのではないか?
どうみても仲睦まじい兄弟の再会には見えず、言い知れぬ気持ち悪さがアリカの中に留まっている。
「オリヴァー、何故止める? そもそもお前は何故下民と行動を共にしているんだ?」
「そ、それは………。それより、何故兄上が最前線に? 確か治安維持部隊に所属していた筈では?」
「あぁ。私自身も驚いたのだが、急に転属が決まってね。どうやら腕を見込んでのことらしいが、まさかこんなゴミ溜めのような場所に配属されるなど思ってもいなかったよ」
ゴミ溜め。それがアリカたちを指す言葉なのは間違いない。そうだ、フリーディアにはもっと直視すべき問題があったじゃないか。
なまじユーリ・クロイスが特別だったため、抜けていた。オリヴァーも時間はかかったが、出会った当初は彼と同じ侮蔑の視線をアリカとダニエルに向けていた。
それは、名家と平民の確執。その問題は過去の歴史にあった優生思想の名残りだ。
現代では貴族と平民の差はない。例え名だたる名家の生まれだろうと、階級の高い平民に従わなくてはならない。
だがそれは表向きの話。事実軍内部の部隊編成は酷く偏っている。西部戦線は九割以上が平民で構成されているのに対し、治安維持部隊の大半が名家に連なる家系で構成されている。
それがフリーディア統合連盟軍の現状であり、平等を訴えながらも未だに確執が存在する最大の問題だった。
「ふん、本当に息が詰まって仕方ない。オリヴァー、早くここを出よう。お前は仮とはいえカイエス家の次男なのだから、下民と戯れるということがどういう意味を持つか分かっているな?」
「………………」
ランディ・カイエスの言葉にオリヴァーの顔色が改善されることはなく、余計に青白くなっていく。
「仮……?」
アリカはダニエルと顔を見合わせ、先ほどランディの言った仮という言葉に喉に小骨が刺さったような奇妙な違和感を覚えた。
「どうしたオリヴァー? 何故動こうとしない? また昔みたいに教育が必要か?」
兄が弟へ向ける柔らかな声音の中に 言い知れぬ狂気を感じる。
「申し訳ありません、兄上。すぐに片付けます」
ビクリと肩を震わせたオリヴァーは席を立ち、手にした盆を返却口へ運ぼうとするが。
「おい、何でお前がそんなことをする必要がある? おいそこの下民、弟の盆を下げておいてくれ」
そう言ってランディはオリヴァーの手にした盆を取り上げアリカへ向け放った。
ガチャンッ、という音と共にシチューがアリカの顔や軍服に飛び散る。カランと床を転がる容器やスプーンの音がやけに大きく聞こえた。
「ふん、下民風情にはお似合いの格好だな」
ランディは鼻を鳴らしシチュー塗れのアリカを見下ろす。オリヴァーとダニエルは大きく目を見開き、場はシン……と鎮まりかえる。
そして――
バシャッ、カランコロン、と静寂を破った音。
それはぶちキレたアリカが無事なダニエルの盆の上にあるシチューの入った容器を掴み、ランディへ向け投げつけた音。
ポタポタとシチューが滴る無様な姿を見せたのはオリヴァー・カイエス。彼はすんでのところで、アリカの投げたシチューからランディを身を挺して守ったのだ。
「助かったよオリヴァー、お前がいなかったら今頃この無礼な猿を絞首台へ送り込んでいたところだ」
「躾が至らず申し訳ありません兄上。私が後でこの下民には強く言い聞かせておきます。
ですので今すぐここを去りましょう」
「そうだな。よければ私の部屋でシャワーでも浴びるといい。久々の兄弟の再会だ、積もる話も色々あるだろう」
「はい」
そう言ってアリカたちに背を向け立ち去ろうとするオリヴァーとランディ。
「オリヴァーッ」
アリカは何故オリヴァーがランディを庇うのか、そしていつも以上に何かに怯えている彼の様子に怒りの眼差しを向ける。
僅かに振り返るオリヴァーの瞳にはすまない、と哀しみの色で満ちており、これ以上何も言えなくなり立ち尽くす。
オリヴァーとランディの姿が見えなくなるまで、食堂に漂う静寂が止むことはなかった。
来たるドワーフ、エルフとの戦争に備え、新たに人員を補充し連携を強化しなければならないため、ここ最近は毎日が慌ただしい。
「………ハァ」
そんな中で、今回の任務においての功績を讃え、無事に准尉へと昇格を果たしたアリカ・リーズシュタットは暗鬱な溜め息を吐きながら、スプーンをクルクルと回していた。
現在彼女がいる場所はアルギーラ地上フロアにある食堂。アリカの前にある容器には何の変哲もないシチューが入っており、それを一口、また一口と口に運ぶものの、その味に全くといっていいほど感動を覚えない。
それもこれも、せっかく再会したユーリ・クロイスと再び離れ離れになってしまったこと、彼の容態が未だに安定しないようで面会すら許可されていないことが原因であった。
「おいおい、朝っぱらから何黄昏れてんだよ」
「……あ?」
不意に声をかけられ、不機嫌さを隠さず顔を上げると、そこにはアリカと同じく准尉に昇格したダニエル・ゴーンの姿が。その横には嫌ほど見慣れたオリヴァー・カイエスもおり、彼らは空いているアリカの正面の席へ手に持っているお盆を置き席に座る。
「ったく、置いてくなんてヒデェじゃねぇの。せめて声くらいかけてくれればいいのによ」
「何でよ。こちとら嫌ってほど毎日顔拝んでんのにいちいち食事まで一緒にする意味ないでしょ? 私だって、一人になりたい時くらいあんの」
「そうかい、気が利かなくてすまんね」
アリカとオリヴァーとダニエルは共にユーリの志を受け継ぎ戦争を終わらせるために戦うと決めた所謂同志だ。
とはいえ現状できることもなく毎日同じ部屋で過ごし、アルギーラ基地の修繕作業に追われていればストレスも溜まる。
それに今やアリカたちは、他の統合軍兵士たちにとって恰好の話題の種となり一躍時の人となってしまっている。当然羨望や嫉妬などの視線が付きまとうようになり、心休まる暇などないに等しい。
どうやら、小隊だけで異種族の基地を制圧したことが原因らしいが彼らが特別何かをしたというわけではなく、隊長を勤めたクレナ・フォーウッドが異種族を片っ端から殺した結果にすぎない。
任務を終えると同時にフォーウッド隊は解散し、現在クレナが何をしているのかもアリカは知らない。
結局ユーリは彼女の説得に成功したのかどうか? 接触する機会がないため確かめようがなかった。
周りの視線を集めつつ、アリカたちは配膳されたシチューを口に運んでいく。ここでは滅多な会話はするものではない。
そもそもオリヴァーとアリカは口数が多い方ではないので自然と無言になる。
「つーかあんだけ派手に破壊されたアルギーラが、よく一ヶ月で持ち直したもんだぜ。改めて思うけどフリーディアの技術力って凄ぇよな」
ダニエルの言葉に確かにと二人は頷く。まだ完全とはいかないが、最前線基地として問題なく機能するくらいには修繕されており、前線にいる身としては素直に感心する他ない。
「それに今回は規模が大きくなると予想されるためか、知らない顔もどんどん増えてきているね。正直こちらとしては動きにくくなるだけだ」
オリヴァーは今回の増員をあまり歓迎していない様子。西部戦線司令であるダリル・アーキマンはオリヴァーたちと同じく戦争を終わらせるために戦うと言っていたが、これでは被害が拡大していくだけではないか?
「それにミアリーゼ様の動きも気になる。あの御方はグランドクロスを引き連れて戦場に帰ってくると言っていたはず。
あれから随分経つけど、一体どこで何をなさっているんだろうな」
"ならば私が彼らを率いて戦場に立ちましょう"
あの時、共に司令室へ訪れた際に放ったミアリーゼ・レーベンフォルンの言葉は今でも鮮明にオリヴァーたちの脳裏に焼き付いている。
「あのお姫様のことだから、色々無茶してそうよね」
「グランドクロスは所謂フリーディアの暗部だからな。普段何やってんのか想像も付かねぇ」
「あんた、珍しく神妙な面持ちね。グランドクロスに対して思うことでもあるの?」
思えばダニエルはグランドクロスについて多少なりとも知っているような口ぶりをしていた気がする。
今まで特に気にしていなかったので聞きそびれていたが、もしかしたらこの機会に聞いておいたほうがいいかもしれない。
「別に何もないさ。昔個人的に思うことがあって調べた時期があったってだけのことだ」
「ふーん」
あまり踏み込んでほしくない話題なのだろう。ダニエルの過去はスラム出身で要人のボディーガードをしていたことくらいしか知らない。
別に全ての過去を知りたいわけではないが、含んだ言い方をされると妙に気になってしまうのは人間の性ゆえか。
恐らく相当の修羅場を潜ってきたことは初めて出会ったときから何となく察していた。アリカも戦いに身を費やしてきた人生を送ってきたが、スラム街で生まれた彼とは辿ってきた軌跡は全く違う。
「ま、答えの分かんねぇ問いを考えても仕方ねぇ。今は俺らにできることをするまでだ」
「そうね」「あぁ」
ダニエルの言葉を最後に三人共急いでシチューをかき込んで腹を満たし、席を立とうとしたその時だった。
「――おや? おやおやおや?」
ふと、聞き慣れぬ男性の声が耳に届いた。その声に反応するように三人の視線が声のした方へ向けられる。そこにいた金髪の青年は興味深げにこちらを見つめていた。
年は二十代前半といったところか? どことなく顔立ちがオリヴァーに似ているため、奇妙な違和感を覚える。
やがて金髪の青年はツカツカとアリカたちのいる席まで歩み寄ってくる。
「……あ、……あぁ」
誰だ? と首を傾げるアリカとダニエルを他所にオリヴァーだけは顔面蒼白で金髪の青年を見つめていた。
「やっぱり、オリヴァーじゃないか! 最前線にいるって噂は本当だったんだな!!」
オリヴァーの姿を確認した途端、嬉しそうに顔を綻ばせる金髪の青年。だが、対するオリヴァーは対照的に顔色がどんどん悪くなっていく。
「ちょ、あんた何なのよ! コイツの知り合いか何か?」
オリヴァーがここまで怯えるなど尋常なことではない。一体、この男は何者なのか? その疑問を解決すべく、アリカは口を開くが――
「何だ貴様見ない顔だな。全く品のない……下民風情が私の許可なく口を開くなよッ!!!」
金髪碧眼の青年の態度は一変し、高圧的な物言いに変わる。先程まで浮かべていた笑顔も消え去り侮蔑に満ちた表情でこちらを睨みつけてくる。その変わりように思わず呆気に取られてしまうが、すぐに我を取り戻し食ってかかる。
「あんたこそ、庶民に囲まれてる中でよくそんな事が言えるわね」
食堂を見渡せば、名家に数えられる家系の人間はオリヴァーと金髪の青年だけ。周りのフリーディアたちも気分を害されたのか敵視した視線を送っている。
流石にマズいと思ったのかオリヴァーが慌ててアリカと金髪の青年の間に割って入る。
「あ、兄上、お止めください!!」
「「兄上!?」」
その言葉を聞いた瞬間、アリカとダニエルは驚愕の表情を浮かべる。
「あぁ……。この人はランディ・カイエス、僕の実の兄だ」
ランディ・カイエス。オリヴァーに兄がいるなど今まで聞いたことがない。思えばユーリたちといたときも兄弟云々の話はしなかった。もしかしたら話さなかったのではなく、話せなかったのではないか?
どうみても仲睦まじい兄弟の再会には見えず、言い知れぬ気持ち悪さがアリカの中に留まっている。
「オリヴァー、何故止める? そもそもお前は何故下民と行動を共にしているんだ?」
「そ、それは………。それより、何故兄上が最前線に? 確か治安維持部隊に所属していた筈では?」
「あぁ。私自身も驚いたのだが、急に転属が決まってね。どうやら腕を見込んでのことらしいが、まさかこんなゴミ溜めのような場所に配属されるなど思ってもいなかったよ」
ゴミ溜め。それがアリカたちを指す言葉なのは間違いない。そうだ、フリーディアにはもっと直視すべき問題があったじゃないか。
なまじユーリ・クロイスが特別だったため、抜けていた。オリヴァーも時間はかかったが、出会った当初は彼と同じ侮蔑の視線をアリカとダニエルに向けていた。
それは、名家と平民の確執。その問題は過去の歴史にあった優生思想の名残りだ。
現代では貴族と平民の差はない。例え名だたる名家の生まれだろうと、階級の高い平民に従わなくてはならない。
だがそれは表向きの話。事実軍内部の部隊編成は酷く偏っている。西部戦線は九割以上が平民で構成されているのに対し、治安維持部隊の大半が名家に連なる家系で構成されている。
それがフリーディア統合連盟軍の現状であり、平等を訴えながらも未だに確執が存在する最大の問題だった。
「ふん、本当に息が詰まって仕方ない。オリヴァー、早くここを出よう。お前は仮とはいえカイエス家の次男なのだから、下民と戯れるということがどういう意味を持つか分かっているな?」
「………………」
ランディ・カイエスの言葉にオリヴァーの顔色が改善されることはなく、余計に青白くなっていく。
「仮……?」
アリカはダニエルと顔を見合わせ、先ほどランディの言った仮という言葉に喉に小骨が刺さったような奇妙な違和感を覚えた。
「どうしたオリヴァー? 何故動こうとしない? また昔みたいに教育が必要か?」
兄が弟へ向ける柔らかな声音の中に 言い知れぬ狂気を感じる。
「申し訳ありません、兄上。すぐに片付けます」
ビクリと肩を震わせたオリヴァーは席を立ち、手にした盆を返却口へ運ぼうとするが。
「おい、何でお前がそんなことをする必要がある? おいそこの下民、弟の盆を下げておいてくれ」
そう言ってランディはオリヴァーの手にした盆を取り上げアリカへ向け放った。
ガチャンッ、という音と共にシチューがアリカの顔や軍服に飛び散る。カランと床を転がる容器やスプーンの音がやけに大きく聞こえた。
「ふん、下民風情にはお似合いの格好だな」
ランディは鼻を鳴らしシチュー塗れのアリカを見下ろす。オリヴァーとダニエルは大きく目を見開き、場はシン……と鎮まりかえる。
そして――
バシャッ、カランコロン、と静寂を破った音。
それはぶちキレたアリカが無事なダニエルの盆の上にあるシチューの入った容器を掴み、ランディへ向け投げつけた音。
ポタポタとシチューが滴る無様な姿を見せたのはオリヴァー・カイエス。彼はすんでのところで、アリカの投げたシチューからランディを身を挺して守ったのだ。
「助かったよオリヴァー、お前がいなかったら今頃この無礼な猿を絞首台へ送り込んでいたところだ」
「躾が至らず申し訳ありません兄上。私が後でこの下民には強く言い聞かせておきます。
ですので今すぐここを去りましょう」
「そうだな。よければ私の部屋でシャワーでも浴びるといい。久々の兄弟の再会だ、積もる話も色々あるだろう」
「はい」
そう言ってアリカたちに背を向け立ち去ろうとするオリヴァーとランディ。
「オリヴァーッ」
アリカは何故オリヴァーがランディを庇うのか、そしていつも以上に何かに怯えている彼の様子に怒りの眼差しを向ける。
僅かに振り返るオリヴァーの瞳にはすまない、と哀しみの色で満ちており、これ以上何も言えなくなり立ち尽くす。
オリヴァーとランディの姿が見えなくなるまで、食堂に漂う静寂が止むことはなかった。
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