武装魔術戦争

めぐりん

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第四章 種族会談

第84話 クリスフォラス家

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 クリスフォラス家の本拠地は首都エヴェスティシアから三十都市ほど離れた地点、アーサレナと呼ばれる街の中心部に存在する。

 ダニエルからすれば見事に発展した街並みに感動していたが、ファルラーダから言わせればここはド田舎らしい。

 民家が立ち並ぶ区域を車で抜け、さらに奥へと進んでいくと、やがて一際大きな屋敷が見えてきた。どうやらここが目的地のようで、車が停車し降りるように促される。

 ファルラーダと共に入口を潜ると、広い庭が視界に広がる。そこには数十人のダークスーツを着た強面の男女が整列しており、一斉に頭を下げる。

「「「「「お帰りなさいませ、お嬢!!」」」」」

 その光景にダニエルは度肝を抜かれ、口をあんぐり開けてしまう。そんなダニエルの反応を見てニヤリと笑うファルラーダ。
 
 そのまま玄関まで歩き、ドアを開けると執事らしき人物が出迎えてくれた。彼は白髪の初老の男性であり、燕尾服の上からでも引き締まった肉体をしているのが分かる。恐らくかなりの実力者だろう。
 
 そんな彼に迎えられながら二人は長い廊下を歩いていく。

おれは風呂入って着替えてくるから、テメェもその汚ねぇ身嗜みを爺やに直してもらえ」

 そう言ってファルラーダは颯爽と去っていく。残されたダニエルはどうすべきか悩んだ結果、とりあえず言われた通りにする事にした。
 
 その後、ダニエルは老紳士に案内され、ファルラーダとは別の風呂場へ趣き、身体の汚れを落とした後、客室と思しき部屋に通される。そこは一人で過ごすにはあまりにも広すぎる部屋だった。

 老紳士はしばらく待つように言い、部屋を後にする。残されたダニエルは慣れない子供用のダークスーツの着心地に違和感を覚えながら、ソワソワとファルラーダの登場を待つ。

 それから二時間くらい経った頃、再び老紳士が現れ、「準備が整いましたのでご案内します」と言われ彼の後についていくと、とある一室の前に辿り着いた。
 
 中に入るよう促され、言われるがままに扉を開けると、そこに広がっていた光景に思わず息を呑む。

「よう、待たせたなクソガキ」

 そこにいたのはドレスアップしたファルラーダの姿。マリンブルーのイブニングドレスを身に包み、美しい黒髪を結い上げている。

 背筋を伸ばし、巨大な長机に着席し品のある仕草でダニエルを出迎える。

 普段の粗暴な振る舞いからは想像できない、洗練された淑女の姿にダニエルは言葉を失う。

「腹減ってるだろ? 飯持って来させるから、適当に座れ」

 ファルラーダに促されるままに椅子へ腰掛け、ピンと背筋を伸ばした。それから数分後、続々と食事が運ばれ、テーブルを埋め尽くすほどの料理が並べられていく。どれも見たことの無いものばかりで、ダニエルは目を輝かせた。

「んじゃ、食うか。いただきます」

「い、いただきます」
 
 ナイフとフォークを手に取り、器用に肉を切り分けるファルラーダを真似して、慣れない手付きで同じように肉を切り分け口へと運ぶ。その瞬間、口内に衝撃が走る。
 
 噛めば噛むほどに溢れ出す旨味にダニエルは衝撃を受けた。スラム生活では一生縁のないご馳走の数々、そのあまりの美味しさに自然と涙が零れ落ちる。嗚咽を漏らしながら、次々と料理を平らげていき、気づけば皿は空になっていた。
 
 ダニエルの食べっぷりに満足そうに微笑むファルラーダ。彼女は体質の影響なのか、ダニエル以上に食欲旺盛で十人前以上の料理をペロリと平らげてしまった。

 上品に布巾で口を拭い、グラスの水を口に含むと老紳士を呼び、空いた皿を下げさせる。

「さて、クソガキ。本来なら酒を用意し盃を交わすのが通例なのだろうが、おれはまだ飲めんからな。代わりに食事を共にすることで、テメェは名実共にクリスフォラス家の一員となった。
 決して表に出ず、陽の目も当たらない裏社会の家業に身を置いたんだ。客人として迎えるのは今ので最後、今後はテメェ一人の力で生きていくことになる。ガキだからと容赦はしねぇ。おれの弟子を名乗るんなら、相応の覚悟はしておけ? 死ぬよりキツい目に合わせてやる」

「押忍! よろしくお願いします、姉御!!」

 その言葉にダニエルは生唾を飲み込み、力強く頷く。こうして、ダニエル・ゴーンの第二の人生が幕を開けた。 



 その日から、ファルラーダ・イル・クリスフォラスによる地獄の特訓が始まった。裏社会の人間として求められるものは単なる強さだけにあらず。

 ファルラーダが言っていた。裏社会において何より重要なものは、品格なのだと。それは身嗜みや佇まいは勿論のこと、言葉遣い、教養、作法、そして武術など多岐に渡る。

 品性の無い者はそれだけで社会的信用を失う。それは裏社会で生きるクリスフォラス家にとって何よりも危惧すべきこと――つまり嘗められたらそこで終わりということである。

 ファルラーダは僅か十三歳でありながら裏社会を取り仕切るクリスフォラス家の当主として、比類なき手腕を発揮している。

 それは秘匿性と信頼性いう意味において最も効果を発揮しており、依頼者たち含めて誰も裏でクリスフォラス家が暗躍している事実を知らない。
 
 そして今のダニエルには品格を示すのに必要な要素全てが足りていない。スラム育ちの子供にそんなものを求める方が間違っているのだが、ファルラーダはそれを良しとしない。
 
 まずは徹底的にダニエルを教育するべく、礼儀作法を叩き込む。ダニエルは最初こそ戸惑い覚えられなかったものの、持ち前の根性を発揮し一ヶ月後には習得してみせた。

 少しでも間違えば容赦なくファルラーダの鉄拳制裁が入るので、それを恐れ寝る間も惜しんで身体に叩き込んだのだ。
 
 続いて戦闘技術の訓練に移る。これは主に体術だ。幸いダニエルは体格にも恵まれ、死と隣り合わせの生活をしてきたおかげか、身体能力はそこらの大人を軽く凌駕しておりファルラーダは感嘆の声を漏らす。

 これならすぐにでも実戦で通用するとのことだった。ダニエルは自身の成長に確かな手応えを感じた。

 見る見る内に頭角を現していったダニエルは、次第にクリスフォラス家の屋敷内での立場を上げ、使用人たちからも認められるようになる。

 これならば仕事に出ても恥ずかしくないと太鼓判を押され、ついにダニエルに要人警護の依頼が舞い降りた。

 とある資産家がテロリストに命を狙われている可能性があるとのこと。ダニエル含めたボディーガード四人体制で二十四時間体制で警備を行うことになった。

 結果として任務は成功。先輩たちに任せきりで、ダニエルは殆ど立っているだけだったが、それだけでも役に立ったと誉めてくれた。

 それが嬉しくて、自分が生きている意味を実感した。ただ生きるだけじゃない、意味を与えてくれたファルラーダに心の底から感謝した。

 そんな生活を数年と続けたとある日――ファルラーダに呼びだされたダニエルは彼女の自室へと足を運ぶ。最近あまり顔を出さなかったので、個人的に話せる機会が訪れたのは幸いだった。

「いい面構えになったな。立ち振る舞いも最初の頃に比べたら雲泥の差だ。爺やが褒めていたぞ? テメェはおれに次ぐ才能があるとな」

「そんな、姉御に比べたら俺なんてまだ全然……」

 ファルラーダと出会って約四年弱、ダニエルは改めて彼女の偉大さを思い知った。決して弱さを見せず、堂々たる立ち振る舞いは癖の強い偉丈夫な男たちすら平伏させるほど。

 彼らに不満などあろうはずもない。どこまでも真っ直ぐで、裏社会に身を起きながら卑劣な手は決して使わない。信用、という意味においてはファルラーダに勝る人物などいないだろう。

 この四年でファルラーダの見た目もより女性らしく美しくなった。ダニエルと同じく、彼女もまた日々成長していっていると思うと、心が熱くなる。

「ま、あまり気負わせることを言うつもりもない。テメェはテメェの信じた道を歩けばいい。愚物共の甘言には惑わされず、しっかり自分を貫けよ? おれを手本にするのは結構だが、心酔することだけは許さねぇ。おれとテメェは違う人間だ、くれぐれも同じになろうとするな」

 まるで、それが今生の別れであるかのように告げていくファルラーダにダニエルは言い知れぬ不安を覚える。

「姉御……」

"なぁ、クソガキ。おれは近い内にエヴェスティシアへ赴く。そこで世界の真実を見定めるつもりだ。
 だからテメェがおれの弟子でいられる時間はそう無い"

 確かファルラーダは出会った当初にそんなことを言っていた気がする。まさか、彼女は――

「いいかダニエル。この先テメェには色んな困難が待ち受けることだろう。所謂絶望ってやつだな。だが、そんな目に見えないまやかしに惑わされる必要はねぇ。肩の力抜いて、全部軽口叩いて流してやれ」

「軽口……?」

「どんな状況に陥っても堂々とした態度でいろってことだ。例えばそうだな……。
 テメェと誰かが遭難したとする。その誰かは恐怖で身がすくんで動けねぇ。そいつを安心させるために言ってやるのさ。
――おいおい、急に震えてどうした? 寒いなら抱きしめてやろうか? ってな。
 一緒になって怯えていても状況が改善されるわけじゃねぇ。それなら笑って自分を保って真っ直ぐ前を向いた方が何倍もいい。最初は難しいかもしれんが、経験を積めば自ずと分かるはずさ」

「おう! なら俺は俺流の軽口で誰かを安心させてやるさ。
 おいおい姉御にしてはやけに口数が多いじゃねぇか。そんなに俺のことが心配かい? ひょっとして惚れちまったのか? ってな」

「……ふふ、テメェみてぇなクソガキに誰が惚れるかよ」

 これは、師匠が弟子に送る最後の言葉だ。何故かそう悟ったダニエルはファルラーダの放つ一言一言を心に刻みつける。そして最後に――

おれの懐く願いはたった一つ――人類フリーディアが仁義を重んじ、正道なる未来を見据えて生きていくこと。
 外では異種族共が、中ではテロリスト共が勝手気ままに暴れ回ってやがる。
 おれはそれがどうしようもなく許せない。そんなもの、真面目に生きている奴らに失礼だ!」

 ダニエルは今までに見たことのないファルラーダの姿に驚くが、それと同時に彼女がどれだけ世界に対して怒っているのかを理解した。
 
 ファルラーダの言うように、この世界は腐っている。ダニエル自身もスラムで生き抜くうちに、嫌というほど実感していた。

「――とまぁ、おれの心境を改めて語ったわけだが、何もテメェまで染まる必要はねぇ。大抵の人間は明日を生きていくだけで精一杯だからな。
 愚物は愚物らしく、身の丈に合った生活をしていればそれでいい」

 つまりファルラーダはダニエルに志を継いでほしいわけではなく、自分一人で腐らずに明日を生きていけと言っているのだ。

「はい、姉御!」

 深く頭を下げ、ダニエルは部屋を後にした。



 ダニエル・ゴーンだけではない。皆予感はあったのだろう。後日、クリスフォラス家の敷地に見知らぬ武装した集団が一斉に押し寄せてきたのだ。

 彼らはフリーディア統合連盟軍治安維持部隊。何事だと慌てて外に出るクリスフォラス組員たちへ向け、一人の女性兵士が前に出て告げる。

 その内容は、組織として大きくなりすぎたクリスフォラス家の即時解体とファルラーダの身柄引き渡しの要求だった。これに従わない場合、武力を以て排除する。あまりにも一方的すぎる要求にダニエル含めたクリスフォラス組員たちは、反抗の姿勢を示すも。

「――やめねぇか、テメェら!!!」

 正面玄関から威風堂々とした声を荒げ現れたのは、クリスフォラス家組長たるファルラーダ・イル・クリスフォラス。

 彼女が登場しただけで治安維持部隊兵士たちの空気は緊迫感に包まれ、ガチャリと一斉に銃を構える。

 空間そのものを制圧していくような圧倒的魔力を持つファルラーダの前では銃など豆粒に等しい。だけど、彼女からは抵抗の意志は感じられず、両手を上げ投降の意を示した。

 それを見たクリスフォラス組員たちは、全てを理解し涙を流す。

 エヴェスティシアへ赴くとはそういうこと。彼女は一人で全ての責を背負うつもりなのだろう。この流れは誰にも止めることはできない。

「賢明な判断ね。その若さで大したものだわ」

 治安維持部隊を率いる女性指揮官は、ファルラーダへ手錠をかけながら告げた。

おれたちはテロリストになるつもりはねぇ。所詮はゴロツキの集まり。恨みを買いすぎたツケが回ってきただけのこと……ま、ここらが潮時だっただけさ」

 ここで治安維持部隊相手に歯向かえば、テロリストとして武力制圧される。例えこの場は凌いでも、永遠に反逆者としての咎を背負うことになる。そんなことになるくらいなら、大人しく従う方が賢明だ。

「姉御……」

 ファルラーダは完全無欠最強無敵だが完璧じゃない。大人から見れば、年端のいかないただの小娘。皆、盲目になってしまって気づかなかったのだ。

「つーわけだテメェら! クリスフォラス家は本日を以て解散。おれを追いかけようなんざ考えるなよ? テメェらテメェらの道を歩いていけ! 決して恥知らずな真似だけはすんじゃねぇぞ!!」

「「「押忍!!!」」」

 これが、ファルラーダ・イル・クリスフォラスとの最後の別れであり、同時にオリヴァー・カイエスへ語った過去の一連の経緯である。

 当時の彼はまだあまりにも子供でファルラーダの言葉を上辺だけで分かっていた気になっていただけだった。姉御に報いるためにも、今度こそ本当の意味で誰かを守れる存在になりたい。

 ファルラーダの言葉を鵜呑みにせず、ダニエルは自身の考えを持つようになった最大の切っ掛け。

 これはファルラーダ自身も望んでいたこと。彼女は決して自分と同じ志を懐くなと口酸っぱく言い残していた。

 ファルラーダがいなくなっても、決して道を見失わず自分の足で歩いていけるように。本当になんて偉大な人なのだろうとダニエルは思った。

 その後、解散となったクリスフォラス家が再び集うことはなかった。ダニエル・ゴーンは伝手を頼り、ボディーガードとして二十歳になるまで要人警護を続けた。

 現在ファルラーダ・イル・クリスフォラスは消息不明となっており今どこで何をしているのか誰も知らない。

 首都エヴェスティシアへ連行されたファルラーダは処刑されてしまったのか? それとも―― 

 ダニエルはクリスフォラス家にいた証として顔に入墨を彫った。

 ファルラーダの存在もクリスフォラス家のことも決して口に出すことはない。それはダニエルだけでなく、他のクリスフォラス家にいた組員たちも同じこと。

 だがせめてクリスフォラス家が存在した証くらいは欲しいと歴史の闇に葬り去られた家紋をその身に刻んだのだ。

 その後、実力を買われフリーディア統合連盟軍に誘われた彼は西部戦線トリオン前線基地へと趣き、ユーリ・クロイス、オリヴァー・カイエス、アリカ・リーズシュタットとの邂逅を果たしたのだった。
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