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第三章 最厄の饗宴
第76話 閉ざされた慚愧 後編
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「――ユーリ・クロイス。君は私がかつて否定した過去そのもの……現世を彷徨う亡霊だ。
何で、今頃になって現れるんですか? どうして、私の心を掻き乱すんですかッ」
吹き荒れる膨大な魔力を身に束ね、クレナは憎悪に満ちた視線を向ける。
最後まで引き金を引けず無惨に母を殺された後、テロリストに押し倒されそのまま殺されかけたクレナは寸前のところで駆けつけた軍人に救われた。
当時のクレナはその存在が異種族でいう神に見えたことだろう。統合軍を信仰の対象として崇めるようになるまで、さほど時間はかからなかった。
それがダリル・アーキマンだったのなら尚更。当時は治安維持部隊にいた彼だが、その後トリオン基地を任されるに至るまでの十七年間、クレナはその背中をずっと側で見てきたのだ。
あぁ、彼のように誰もが幻想を懐かず使命に忠実であればもう誰も悲しまなくて済む。葛藤や後悔など必要ない。ただ命令に従うだけの機械であればいい。
それでいいはずなのに、実際にそうしてきたはずなのに、どうしてこんなにもクレナの心は痛いのだ?
「君を殺せば、私は今度こそ感情のない機械になれる。アーキマン司令はフリーディアの秩序そのもの。彼に従ってさえいれば、もう二度と間違えずに済むんだッ!!」
だから消えろ。これ以上私の心を揺さぶるな。そう願いを込めて、クレナは魔力を解き放つ。
「属性変更・風弾完全解放!!」
エレメンタルバレットの銃口をユーリではなく背後に向けてクレナは引き金を引いた。制限解除状態で放たれた魔弾の威力は、通常時の比ではない。轟音と共に背後の通路を塵と化し破壊していく。
暴風によって弾かれる身体に勢いを乗せ、クレナはジャット機顔負けの速度でユーリ目掛けて突っ込んでいく。
彼女は風弾を攻撃には使用せず、単なる推進力として利用したのだ。
何が何でもこの手で殺すというクレナの妄執が為せる業であった。
「くッ」
怯むユーリの腕を掴んだクレナはそのままの勢いを利用して背負投げの要領で地面へと叩きつける。そして無防備になったユーリの腹部へ強烈な蹴りを叩き込んだ。
「ごふッ!?」
内臓をミキサーでぐちゃぐちゃにされたような感覚がユーリを襲うが、クレナは追撃の手を緩めるつもりはない。そのままマウントポジションを取り、ユーリの首に手をかけようとしたクレナだったが、その手を掴まれてしまう。
「!?」
「いくら制限解除したといっても、そんな戦い方じゃ!」
「くッ」
クレナは無理矢理に腕を振り解き、大きく跳躍して距離を取る。そして回転式拳銃の銃口をユーリへ向けるも、ガタガタと腕が震え狙いが定まらない。
「今のあんたの精神状態じゃ、その距離で俺に当てるのは無理だ。だからさっきから近接戦闘ばかりしてきてるんだろう?」
ユーリの言う通りだった。今のクレナの精神状態は母を見殺しにしたあの頃に逆戻りしている。
ここに至るまでに亡き者してきた異種族たちの怨念が聞こえる。怖い……怖いから心を無くして聞こえないフリを続けてきたのに。
「ナギはあんたに家族を殺されたと言っていた。そしてあんたの家族はテロリストに殺された。
感情を殺し無心に異種族を殺し続けた結果がこれだ! 巡り巡って、あんたは憎むべき奴らと同じことをしているんだよ!!」
「……あ」
バキンッ、とクレナの中で何かがひび割れる音がした。同時に彼女の中で描いていた世界が音を立てて崩れていく。
(……アーキマン司令、私はどうすれば)
クレナの中で迷いが生じたとき、いつもダリル・アーキマンは道を示してくれた。
――何も考えるな。余計な感情は君を濁らせる。私が導いてやろう。君は感情のない道具としてただ引き金を引くだけでいい。
(そうだ、私は道具。感情のない機械。アーキマン司令、どうか私を導いてください)
道具に慚愧など存在しない。殺せ、心を。壊せ、過去の亡霊を。今度こそ完璧な機械に戻るために。無意味で無価値な無謀な夢を懐いたクレナ・フォーウッドはあの日に死んだのだから。
「……………………」
その時、クレナの表情から色が消え失せた。それはまるで機械のような無機質さで、一切の感情が感じられない。
フリーディアに逆らう反逆者を殺せ。
命令に従うだけの殺戮機械と化したクレナは全身から夥しい量の血を流しながら制限解除状態の四大魔弾に魔力を込める。
ゾクリッと背筋に悪寒が走るのを感じたユーリは即座に距離を詰めようと駆け出すが。
「属性複合・炎雷弾」
クレナが無機質な声で放つ魔弾は、プラズマボールを思わせる真紅と紫電で彩られた球体だった。直径一メートルはあるであろう巨大な魔弾はまるで生きているかのように不規則な軌道を描き、ユーリの元へ向かっていく。
直撃すれば致命傷は免れないだろう。即座に回避行動に移るユーリだが、炎雷弾は意思を持っているかのように追尾してくる。
「何だ、これは!?」
クレナの中で何が起きたのかユーリは預かり知らない。分かることは彼女が完全に心を閉ざし、虚無の奈落へ自ら堕ちていったこと。
こうなったらクレナを打倒する他道はない。
そう決めたはいいものの、ユーリの中で疑念が残る。今の状態のクレナを打倒したところで果たして改心するのだろうか? 殺してあげたほうが彼女のためになるのではと考えてしまう。
「バカか俺はッ、そうやって楽な方向に行こうとすれば、それこそ彼女の二の舞だ」
目の前の困難から決して逃げない。ミアリーゼ・レーベンフォルンとの邂逅で懐いた初志貫徹を忘れてはならない。
「追尾してくるなら、あんたの方に引き寄せて対処するまでだ! これだけの一撃、そう何度も放てないだろ!!」
クレナが放った炎雷弾は破壊の跡を刻みながら、ユーリを追い続けている。それを逆に利用し、クレナのもとまで引き寄せれば対処に負われるだろうと考えたのだ。だが――
「属性複合・灼渦弾」
何を思ったのか、クレナは炎属性と風属性を複合させた魔弾を撃ち放つ。ユーリの眼前に展開された暴風渦のように荒れ狂う灼熱地獄。
ならば先程のように薔薇輝械で、掻き消せばいい。ユーリは再び深淵から魔力を引き出そうと変幻機装へアクセスする。
「換装・薔薇■■■■■■■■■■」
しかし、ジジジとユーリの脳内にノイズが奔り、強制的に変幻機装が解除される。
(ダメだ、換装できない……)
間に合わないわけじゃない、単純にユーリの身体が限界に達しただけ。これ以上再現を行えば確実に死ぬと生存本能が訴えているのだ。
「あがッッッッ!?!?」
アドレナリンが切れ、全身の筋肉が一気に引き千切れたかのような凄まじい激痛がユーリの身体を這い回る。今意識があるだけでも奇跡に等しいが、これでは――
「こんな、ところでッ!!」
だがここで展開できなければ、たちまち獄炎の渦に呑み込まれる。そうなれば待つのは死。クレナを改心することもできず、ナギたちとの約束を果たすこともできない。
「く、そ……」
無情にも、奇跡は訪れない。どれだけ力を振り絞ろうと、差し迫る死という現実は変えられない。
「こうなったら、俺も制限解除を――」
絶望するでもなく、心が折れることもない。ユーリは最後まで足掻いてやると拳を握りしめた――その時だった。
「魔術武装・展開――暴風籠手」
刹那、聞き覚えのある重厚感のある低い男性の声音が響き渡り、ユーリの周囲の空間が捻じ曲まがる。同時に空気の流れが変化し、轟ッ!! と凄まじい衝撃音が響き渡ったと同時にクレナが放った炎雷弾が跡形もなく消え去った。
「……え?」
何故、この人がこんなところに?
呆然と立ち尽くすユーリを他所に、突如として現れた初老の男性は「ふんッ」と気合を込めた拳を振るい、そのまま獄炎の渦を霧散させる。
ユーリを庇うように前に立つ初老の男性の背中は、歴戦の覇者の如き風格を漂わせており、機械と化したはずのクレナの表情が再び崩れ絶望へと歪ませる。
「…………アーキマン、司令」
震える声で乱入した男性の名を呟くクレナ。
そう、ユーリの危機を救ったのは何を隠そうフリーディア西部戦線トリオン基地司令――ダリル・アーキマン大佐だったのだ。
「ど、どうしてあんたがここに……?」
司令という立場でありながら、単独で行動していること。そして、クレナではなくユーリを助けたことに困惑を隠せない。
「無事で何よりだユーリ・クロイス。
なに、私はこう見えて現場主義者でね。たまにこうして外に出ねば身体も鈍ってしまうのだ。戦場に出ることは特段珍しいことではないよ」
ダリルの両腕に嵌められた機械仕掛けのガントレットから放たれる魔力は強大かつ空気そのものを服従しているかのよう。
風魔法を極限まで圧縮し放たれる空気砲は、触れたものを悉く消し飛ばす必殺の一撃。その威力は凄まじく、制限解除状態のクレナが放った炎雷弾を一撃で相殺してしまうほど。
どうやったらここまで強くなれるのだろうか? 今の実力を手に入れるためにどれだけの修練を重ねてきたのか?
遠い。目の前にいるはずのダリル・アーキマンの背中がどうしようもなく遠く感じてしまう。
そんな羨望にも近い眼差しを向けた次の瞬間――
「さて、悪いが君には少し大人しくししてもらうとしよう――ふんッ」
「ガッ!?!?」
ユーリの鳩尾にダリル・アーキマン渾身の打撃が突き刺さる。衝撃波が身体を突き抜け、ガクリと膝から崩れ落ちるユーリ。躱す余裕も防ぐ暇もなかった。
「ほう……気絶させるつもりで打ったのだが、まだ意識があるとは驚きだ」
ダリルは僅かに目を見開く。
「ガハッ、ゴホッ! うぉえぇぇッ」
ユーリは呼吸困難に陥り、ぐるぐると視界が回る中、必死に意識を繋ぎ止める。肋骨は粉砕され、内臓は破裂し、人体に深刻なダメージを負っても尚、ユーリ・クロイスは立ち上がろうとする。
「……まだ、だッ」
まだ、こんなところで負けるわけにはいかない。西部戦線司令が自ら姿を現した今こそが、クレナの閉ざされた慚愧を抉じ開ける最大の機会なのだ。
「凄まじい精神力だな。目が死んでいない。クレナがここまで追い込まれたのも分かる。彼の気に充てられて、随分とらしくない真似をしたようだな」
立ち上がろうとするユーリの背を踏みつけ、地べたへ這わせながらダリルはクレナへ目を向ける。
「あ……、」
子供のように怯えたクレナは思わず後退る。理由は唯一つ、羨望するダリル・アーキマンの目が失望の色に満ちていたからだ。
「クレナ、お前には失望したぞ。誰がユーリ・クロイスを殺せといったかね? 許可もなく制限解除を発動し、無駄な命を削れと私は一言でも指示したか?」
「そ、それ……は」
クレナはようやく気付いた。ユーリ・クロイスを殺そうとしたのも、制限解除を発動したのも全て独断。感情を殺し機械であろうとする彼女にとってあるまじき行為であると。
「機械が許可なく、勝手に命を縮めるな。お前が死んでよいのは、私が死ねと命令したときだけだ」
ダリルは冷淡な声音で告げる。そこに慈悲は一切介在しない。クレナは呆然と「はい、申し訳ありませんでしたアーキマン司令」と言いそのまま項垂れる。
「う、ぐぐッ」
ユーリはダリルから何とか逃れようと抵抗するも、ビクともしない。巨大な鋼鉄の塊に押し潰されているかのような重厚感だ。
「あまり無理をするなユーリ・クロイス。気力は大したものだと言いたいが、君の身体は限界に達している。これ以上無理をすれば本当に死ぬぞ?
安心するといい、君をこの場で殺すつもりはない」
穏やかな声音で語るダリルだが、足を退けるつもりはない様子。今もギリギリとユーリの背を踏み付けている。
「あんた、一体何が目的だ? 俺が軍に逆らったことは状況から見て察してるはずだ……この仕打ちはいい。けれど、俺の命を救った意味が分からない」
あのまま放置しておけば、ユーリは確実に死んでいたのだ。尋問するためだとしても、ユーリを安心させる必要などないし、さっさと気絶させ拘束してしまえばいい。
「君の疑問はもっともだ。本来であれば、この場で君を処刑して然るべきはず。
なに、君の命を救った理由は単純だ。君を死なせるのは惜しいと、この私が思ったからだ」
「何をッ」
ダリル・アーキマンが浮かべる不敵な笑みに言い知れぬ悪寒を感じユーリは叫ぶ。
「そう怒鳴らなくてもよい。私と君は所謂同志だ。統合連盟政府の現状に不審感を懐き、自らの意志で立ち上がらんとする者。それこそ我々が求めていた人材なのだよ、ユーリ・クロイス」
同志……その意味することが分からぬまま固まるユーリに対し、ダリル・アーキマンは満足げに見下ろしていた。
何で、今頃になって現れるんですか? どうして、私の心を掻き乱すんですかッ」
吹き荒れる膨大な魔力を身に束ね、クレナは憎悪に満ちた視線を向ける。
最後まで引き金を引けず無惨に母を殺された後、テロリストに押し倒されそのまま殺されかけたクレナは寸前のところで駆けつけた軍人に救われた。
当時のクレナはその存在が異種族でいう神に見えたことだろう。統合軍を信仰の対象として崇めるようになるまで、さほど時間はかからなかった。
それがダリル・アーキマンだったのなら尚更。当時は治安維持部隊にいた彼だが、その後トリオン基地を任されるに至るまでの十七年間、クレナはその背中をずっと側で見てきたのだ。
あぁ、彼のように誰もが幻想を懐かず使命に忠実であればもう誰も悲しまなくて済む。葛藤や後悔など必要ない。ただ命令に従うだけの機械であればいい。
それでいいはずなのに、実際にそうしてきたはずなのに、どうしてこんなにもクレナの心は痛いのだ?
「君を殺せば、私は今度こそ感情のない機械になれる。アーキマン司令はフリーディアの秩序そのもの。彼に従ってさえいれば、もう二度と間違えずに済むんだッ!!」
だから消えろ。これ以上私の心を揺さぶるな。そう願いを込めて、クレナは魔力を解き放つ。
「属性変更・風弾完全解放!!」
エレメンタルバレットの銃口をユーリではなく背後に向けてクレナは引き金を引いた。制限解除状態で放たれた魔弾の威力は、通常時の比ではない。轟音と共に背後の通路を塵と化し破壊していく。
暴風によって弾かれる身体に勢いを乗せ、クレナはジャット機顔負けの速度でユーリ目掛けて突っ込んでいく。
彼女は風弾を攻撃には使用せず、単なる推進力として利用したのだ。
何が何でもこの手で殺すというクレナの妄執が為せる業であった。
「くッ」
怯むユーリの腕を掴んだクレナはそのままの勢いを利用して背負投げの要領で地面へと叩きつける。そして無防備になったユーリの腹部へ強烈な蹴りを叩き込んだ。
「ごふッ!?」
内臓をミキサーでぐちゃぐちゃにされたような感覚がユーリを襲うが、クレナは追撃の手を緩めるつもりはない。そのままマウントポジションを取り、ユーリの首に手をかけようとしたクレナだったが、その手を掴まれてしまう。
「!?」
「いくら制限解除したといっても、そんな戦い方じゃ!」
「くッ」
クレナは無理矢理に腕を振り解き、大きく跳躍して距離を取る。そして回転式拳銃の銃口をユーリへ向けるも、ガタガタと腕が震え狙いが定まらない。
「今のあんたの精神状態じゃ、その距離で俺に当てるのは無理だ。だからさっきから近接戦闘ばかりしてきてるんだろう?」
ユーリの言う通りだった。今のクレナの精神状態は母を見殺しにしたあの頃に逆戻りしている。
ここに至るまでに亡き者してきた異種族たちの怨念が聞こえる。怖い……怖いから心を無くして聞こえないフリを続けてきたのに。
「ナギはあんたに家族を殺されたと言っていた。そしてあんたの家族はテロリストに殺された。
感情を殺し無心に異種族を殺し続けた結果がこれだ! 巡り巡って、あんたは憎むべき奴らと同じことをしているんだよ!!」
「……あ」
バキンッ、とクレナの中で何かがひび割れる音がした。同時に彼女の中で描いていた世界が音を立てて崩れていく。
(……アーキマン司令、私はどうすれば)
クレナの中で迷いが生じたとき、いつもダリル・アーキマンは道を示してくれた。
――何も考えるな。余計な感情は君を濁らせる。私が導いてやろう。君は感情のない道具としてただ引き金を引くだけでいい。
(そうだ、私は道具。感情のない機械。アーキマン司令、どうか私を導いてください)
道具に慚愧など存在しない。殺せ、心を。壊せ、過去の亡霊を。今度こそ完璧な機械に戻るために。無意味で無価値な無謀な夢を懐いたクレナ・フォーウッドはあの日に死んだのだから。
「……………………」
その時、クレナの表情から色が消え失せた。それはまるで機械のような無機質さで、一切の感情が感じられない。
フリーディアに逆らう反逆者を殺せ。
命令に従うだけの殺戮機械と化したクレナは全身から夥しい量の血を流しながら制限解除状態の四大魔弾に魔力を込める。
ゾクリッと背筋に悪寒が走るのを感じたユーリは即座に距離を詰めようと駆け出すが。
「属性複合・炎雷弾」
クレナが無機質な声で放つ魔弾は、プラズマボールを思わせる真紅と紫電で彩られた球体だった。直径一メートルはあるであろう巨大な魔弾はまるで生きているかのように不規則な軌道を描き、ユーリの元へ向かっていく。
直撃すれば致命傷は免れないだろう。即座に回避行動に移るユーリだが、炎雷弾は意思を持っているかのように追尾してくる。
「何だ、これは!?」
クレナの中で何が起きたのかユーリは預かり知らない。分かることは彼女が完全に心を閉ざし、虚無の奈落へ自ら堕ちていったこと。
こうなったらクレナを打倒する他道はない。
そう決めたはいいものの、ユーリの中で疑念が残る。今の状態のクレナを打倒したところで果たして改心するのだろうか? 殺してあげたほうが彼女のためになるのではと考えてしまう。
「バカか俺はッ、そうやって楽な方向に行こうとすれば、それこそ彼女の二の舞だ」
目の前の困難から決して逃げない。ミアリーゼ・レーベンフォルンとの邂逅で懐いた初志貫徹を忘れてはならない。
「追尾してくるなら、あんたの方に引き寄せて対処するまでだ! これだけの一撃、そう何度も放てないだろ!!」
クレナが放った炎雷弾は破壊の跡を刻みながら、ユーリを追い続けている。それを逆に利用し、クレナのもとまで引き寄せれば対処に負われるだろうと考えたのだ。だが――
「属性複合・灼渦弾」
何を思ったのか、クレナは炎属性と風属性を複合させた魔弾を撃ち放つ。ユーリの眼前に展開された暴風渦のように荒れ狂う灼熱地獄。
ならば先程のように薔薇輝械で、掻き消せばいい。ユーリは再び深淵から魔力を引き出そうと変幻機装へアクセスする。
「換装・薔薇■■■■■■■■■■」
しかし、ジジジとユーリの脳内にノイズが奔り、強制的に変幻機装が解除される。
(ダメだ、換装できない……)
間に合わないわけじゃない、単純にユーリの身体が限界に達しただけ。これ以上再現を行えば確実に死ぬと生存本能が訴えているのだ。
「あがッッッッ!?!?」
アドレナリンが切れ、全身の筋肉が一気に引き千切れたかのような凄まじい激痛がユーリの身体を這い回る。今意識があるだけでも奇跡に等しいが、これでは――
「こんな、ところでッ!!」
だがここで展開できなければ、たちまち獄炎の渦に呑み込まれる。そうなれば待つのは死。クレナを改心することもできず、ナギたちとの約束を果たすこともできない。
「く、そ……」
無情にも、奇跡は訪れない。どれだけ力を振り絞ろうと、差し迫る死という現実は変えられない。
「こうなったら、俺も制限解除を――」
絶望するでもなく、心が折れることもない。ユーリは最後まで足掻いてやると拳を握りしめた――その時だった。
「魔術武装・展開――暴風籠手」
刹那、聞き覚えのある重厚感のある低い男性の声音が響き渡り、ユーリの周囲の空間が捻じ曲まがる。同時に空気の流れが変化し、轟ッ!! と凄まじい衝撃音が響き渡ったと同時にクレナが放った炎雷弾が跡形もなく消え去った。
「……え?」
何故、この人がこんなところに?
呆然と立ち尽くすユーリを他所に、突如として現れた初老の男性は「ふんッ」と気合を込めた拳を振るい、そのまま獄炎の渦を霧散させる。
ユーリを庇うように前に立つ初老の男性の背中は、歴戦の覇者の如き風格を漂わせており、機械と化したはずのクレナの表情が再び崩れ絶望へと歪ませる。
「…………アーキマン、司令」
震える声で乱入した男性の名を呟くクレナ。
そう、ユーリの危機を救ったのは何を隠そうフリーディア西部戦線トリオン基地司令――ダリル・アーキマン大佐だったのだ。
「ど、どうしてあんたがここに……?」
司令という立場でありながら、単独で行動していること。そして、クレナではなくユーリを助けたことに困惑を隠せない。
「無事で何よりだユーリ・クロイス。
なに、私はこう見えて現場主義者でね。たまにこうして外に出ねば身体も鈍ってしまうのだ。戦場に出ることは特段珍しいことではないよ」
ダリルの両腕に嵌められた機械仕掛けのガントレットから放たれる魔力は強大かつ空気そのものを服従しているかのよう。
風魔法を極限まで圧縮し放たれる空気砲は、触れたものを悉く消し飛ばす必殺の一撃。その威力は凄まじく、制限解除状態のクレナが放った炎雷弾を一撃で相殺してしまうほど。
どうやったらここまで強くなれるのだろうか? 今の実力を手に入れるためにどれだけの修練を重ねてきたのか?
遠い。目の前にいるはずのダリル・アーキマンの背中がどうしようもなく遠く感じてしまう。
そんな羨望にも近い眼差しを向けた次の瞬間――
「さて、悪いが君には少し大人しくししてもらうとしよう――ふんッ」
「ガッ!?!?」
ユーリの鳩尾にダリル・アーキマン渾身の打撃が突き刺さる。衝撃波が身体を突き抜け、ガクリと膝から崩れ落ちるユーリ。躱す余裕も防ぐ暇もなかった。
「ほう……気絶させるつもりで打ったのだが、まだ意識があるとは驚きだ」
ダリルは僅かに目を見開く。
「ガハッ、ゴホッ! うぉえぇぇッ」
ユーリは呼吸困難に陥り、ぐるぐると視界が回る中、必死に意識を繋ぎ止める。肋骨は粉砕され、内臓は破裂し、人体に深刻なダメージを負っても尚、ユーリ・クロイスは立ち上がろうとする。
「……まだ、だッ」
まだ、こんなところで負けるわけにはいかない。西部戦線司令が自ら姿を現した今こそが、クレナの閉ざされた慚愧を抉じ開ける最大の機会なのだ。
「凄まじい精神力だな。目が死んでいない。クレナがここまで追い込まれたのも分かる。彼の気に充てられて、随分とらしくない真似をしたようだな」
立ち上がろうとするユーリの背を踏みつけ、地べたへ這わせながらダリルはクレナへ目を向ける。
「あ……、」
子供のように怯えたクレナは思わず後退る。理由は唯一つ、羨望するダリル・アーキマンの目が失望の色に満ちていたからだ。
「クレナ、お前には失望したぞ。誰がユーリ・クロイスを殺せといったかね? 許可もなく制限解除を発動し、無駄な命を削れと私は一言でも指示したか?」
「そ、それ……は」
クレナはようやく気付いた。ユーリ・クロイスを殺そうとしたのも、制限解除を発動したのも全て独断。感情を殺し機械であろうとする彼女にとってあるまじき行為であると。
「機械が許可なく、勝手に命を縮めるな。お前が死んでよいのは、私が死ねと命令したときだけだ」
ダリルは冷淡な声音で告げる。そこに慈悲は一切介在しない。クレナは呆然と「はい、申し訳ありませんでしたアーキマン司令」と言いそのまま項垂れる。
「う、ぐぐッ」
ユーリはダリルから何とか逃れようと抵抗するも、ビクともしない。巨大な鋼鉄の塊に押し潰されているかのような重厚感だ。
「あまり無理をするなユーリ・クロイス。気力は大したものだと言いたいが、君の身体は限界に達している。これ以上無理をすれば本当に死ぬぞ?
安心するといい、君をこの場で殺すつもりはない」
穏やかな声音で語るダリルだが、足を退けるつもりはない様子。今もギリギリとユーリの背を踏み付けている。
「あんた、一体何が目的だ? 俺が軍に逆らったことは状況から見て察してるはずだ……この仕打ちはいい。けれど、俺の命を救った意味が分からない」
あのまま放置しておけば、ユーリは確実に死んでいたのだ。尋問するためだとしても、ユーリを安心させる必要などないし、さっさと気絶させ拘束してしまえばいい。
「君の疑問はもっともだ。本来であれば、この場で君を処刑して然るべきはず。
なに、君の命を救った理由は単純だ。君を死なせるのは惜しいと、この私が思ったからだ」
「何をッ」
ダリル・アーキマンが浮かべる不敵な笑みに言い知れぬ悪寒を感じユーリは叫ぶ。
「そう怒鳴らなくてもよい。私と君は所謂同志だ。統合連盟政府の現状に不審感を懐き、自らの意志で立ち上がらんとする者。それこそ我々が求めていた人材なのだよ、ユーリ・クロイス」
同志……その意味することが分からぬまま固まるユーリに対し、ダリル・アーキマンは満足げに見下ろしていた。
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