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第三章 最厄の饗宴

第52話 ミグレット

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 ビーストと完全に打ち解けたユーリは二回目の朝もスッキリと目覚めることができた。

 何故か同じ布団にシオンだけでなく子供たちもいるが、スヤスヤと寝息を立てて眠っている様子に笑みを綻ばせる。

「この子たちには、戦争なんてない平和な世界で暮らしてほしいな」

 子供たちを起こさないようゆっくりと立ち上がりテントを出る。

「おはようユーリ。子供たちがユーリのテントに押しかけてたけど昨日はきちんと眠れた?」

「おはようナギ。大丈夫、皆素直でいい子たちだったからぐっすりと寝られたよ」

 ナギと挨拶を交わしユーリは身支度を整える。彼の目的はゲオルグの居場所を突き止め、魔術武装マギアウェポンを悪用させないようにすること。

 ゲオルグに関しては以前まで簡単にアポイントメントを取れていたようだが、現在となってはナギですら居場所を掴めないとのこと。

 故に手探りで彼の居場所を探っていくしかなく、そのためにはドワーフとの交流が必要だとユーリは考えたのだ。

 ただ与えられた仕事をしているだけでは、ドワーフはこちらに見向きもしない。

 ならばユーリはユーリにしかできないことをする。今回シオンは同行せず、代わりにサラを伴って工房へと訪れることとなった。

 そのことにナギは不満を訴えていたが、彼女は目立つ。ドワーフにも知れ渡っているため、迂闊に工房へと近づけば騒ぎになってしまう。

 その点サラはドワーフともうまく距離を取っているらしく、ビーストの中で一番常識のある彼女を伴うのが適任といえた。

「それでユーリ君。何か策はあるの? とてもじゃないけど話を聞いてくれるとは思えないんだけど」

 道中、サラがユーリに尋ねる。すれ違うドワーフたちの野生の獣を見るような視線を向けられ、とてもではないが話しかけられる雰囲気ではない。

「今の俺は見た目はビーストだけど、皆には無い最大の武器を持ってる。
 そもそも闇雲に探しても時間の無駄だ。それならこっちからゲオルグの居場所を知ってる奴にアポイントメントをとった方が早い」

「うーんと、つまりユーリ君にはゲオルグに興味を懐かせる秘策があると」

「その通り。会うからにはきちんと手土産を用意しとかないと。だからサラの顔が利く範囲で一番偉いドワーフとコンタクトを取る必要があるんだ」

「うーん、私も皆よりマシってだけでそんなに仲がいいわけじゃないからあんまり期待しないでね」

「そうか? ドワーフの知り合いができたってだけでかなりの偉業だと俺は思うけど」

「まぁ、あの子に関してはドワーフの中でも少し変わってるっていうか……」

「あの子……?」

 どうやらこれから赴く先にいるドワーフは子供らしい。一体どんな人物なのか興味が引かれたが、どうせすぐに会うことになる。考えても無駄だろう。

 ユーリとサラは入り組んだ道を抜け、工房の中へと入る。ドワーフが一斉に顔を向けるが、現れたのがサラだと知ると何も言わず作業へ戻っていった。

「もう顔パスじゃん」

「ふふ、何度も訪れてるからね」

 二人はそのまま奥へと進むとやがて隠れ家のような小さな部屋の入口を見つける。

 そこには看板が立てかけられており、『勝手に入ったら殺すですよ』と汚い字で書かれていた。

 そんな物騒極まりない扉へ向けサラは慣れた様子で声をかける。

「こんにちは! ミグレット、いるー?」

 コンコンと軽くノックし告げるサラ。部屋の中から何やらゴソゴソと聞こえたが、しばらくすると扉がゆっくりと開き、一人のドワーフが顔を現した。

「おんや? 誰かと思えばサラじゃねぇですか。今日は呼んでねぇですけど、一体何しに来やがりましたか、こんちくしょう」

 現れたドワーフは少女のような出で立ちだった。明らかに手入れのされていないボサボサの長髪と野暮ったいスタイル。丈に合わぬジャージを着用し目元には僅かに隈もできていた。

 だが如何せんミグレットと呼ばれたドワーフは顔立ちが整っているため、それがまたアンバランスさを際立たせている。

(それにしても口悪すぎだろこの子)

 開口一番こんちくしょうなどと言う輩は初めて聞いたぞと、若干の面倒くささを覚えずにはいられなかった。

「ごめんね、呼ばれてもないのに急に来て。この人がどうしてもミグレットに用があるみたいで……」

「んあ?」

 言われたミグレットはユーリの方へ視線を向ける。身体全身を舐め回すように視線を這わす彼女に若干の居心地の悪さを感じるユーリだった。

「オメェ、もしかして――」

 何か勘づいた様子のミグレットにまさかフリーディアであることがバレたのかと内心焦りを覚えたユーリだったが。

「もしかして自分に告白しにきたでやがりますか? そうだとしたらオメェみたいな不細工な男御免被りたいんですけどこんちくしょう」

 ミグレットの予想だにしない言葉に文字通り空気が凍り付いた。そして――

「何で俺がお前に告白しなくちゃならないんだよ!! どんだけ自意識過剰だよ!? しかも不細工って、初めて言われたぞそんなこと!?」

 フリーディアであることがバレずに済んだことはいいが、言い知れぬ侮辱を受けたことにユーリは言い返せずにはいられなかった。

「だってオメェ、飢えた淫獣のような目で自分を見てやがりましたもん。自分みたいな、ぷりちーな美少女に一目惚れしたのは分かりますけど、もう少し立場を弁えてほしいでやがりますねこんちくしょう」

「お前のどこが美少女だ、鏡見て言え!!」

「あぁ!? ンだとコラ? やるですかアン?」

 至近距離で睨み合うユーリとミグレット。初対面でここまで相性が悪いと思ったのは初めてのことだった。

「二人とも初対面なのに仲いいんだね」

「「そんなわけあるか!!」」

 二人の息ピッタリの返答にサラは戸惑うしかなかった。

 サラがミグレットを他のドワーフよりも変わっていると言っていたが、その予想の遥か斜め上をいっている。

 せめてもう少し話の通じる相手ならよかったとユーリは頭を抱えるが。

「ユ、ユーリ? 戸惑う気持ちは分かるけどミグレットはドワーフの中でも一級の鍛冶職人で、このフロアを管理しているのが彼女なの」

「嘘だろ!? この生意気なチビジャリが!?」

 驚くのも無理はない。目の前の少女はどう見ても十歳くらいの少女にしか見えないからだ。こんな子供が本当に一流の腕を持っているというのか。にわかに信じがたい話である。

「おい、人を見た目で判断しやがんじゃねぇですよクソビーストが。冷やかしに来たならさっさと帰りやがれですこんちくしょう」

 ユーリとしては一刻も早く彼女とはおさらばしたいのだが、目的のためにその気持ちをグッと堪える。

「待ってくれ、実はあるものを見てもらいたくてここに来たんだ」

「あるものぉ?」

 ミグレットがいかにも面倒臭そうに顔を顰める。

「そう、今からコイツをお前に見せるからゲオルグに取り次いでもらいたいんだ」

 懐に手を入れガサガサと漁るユーリ。その際小声で「変幻機装トランスフォルマ――換装シフト(ボソッ)」と呟き、あるものを取り出した。

「なっ!? そ、それはまさか……」

 ミグレットがユーリの手に持つ物を見て動揺の声を上げる。その反応を見て確かな手応えを感じたユーリは告げる。

特化型魔術武装オリジンマギアウェポン――四大魔弾エレメンタルバレット。確かこれ欲しがってたよな、お前ら?」

 そう言ってニヤリと笑うユーリの手に握られていたのは一丁の回転式拳銃。それは紛うことなき魔術武装マギアウェポンであった。

「な、何でオメェが特化型これを持ってやがるんですかこんちくしょう!」

 ユーリの手に握られる四大魔弾エレメンタルバレットをまじまじと見つめながらミグレットは尋ねる。その表情は驚愕に満ちていた。

「俺、実は一昨日までフリーディアと交戦してたんだよ。その時ナギに助けられてここへ連れて来られたんだが、戦利品を渡すのをすっかり忘れててさ。
 その辺のドワーフに見せると騒ぎになるだろうから、まずは話の分かる奴に見せたかったんだよ」

「それで、自分の所へ来やがったでやがりますね」

「そう。これ渡したいから今すぐゲオルグって人に取り次いでくれないか? 他のドワーフだと話聞いてくれないし、どこにいるのかも分かんなくて困ってたんだ」

 現在のドワーフからすれば特化型魔術武装オリジンマギアウェポンは喉から手が出るほど欲しい代物のはず。

「…………」

 だが予想に反してミグレットの表情は芳しくない。てっきり泣いて喜ぶものだと思ったのだが依然として彼女は黙ったままだ。

「ミグレット、私からもお願い。ユーリをゲオルグに会わせてあげてほしいの」

 隣に立つサラもユーリをフォローするようにミグレットへ声をかける。

「…………ハァ、分かったですよこんちくしょう。ちょうど自分もゲオルグ様に用があったことですし、一緒に行ってやるですよ」

「本当か!? 助かる!」

「淫獣が尻尾振ったところで嬉しくねぇですこんちくしょう。今から準備するのでそこで待ちやがれですよ」

「誰が淫獣だコラ! 俺にはユーリって名前があんだからちゃんと呼べ――って無視すんな!!」

 ユーリの抗議を無視してそそくさと部屋の中へと戻っていくミグレット。

 こうなったら仕方ないとばかりにユーリは溜め息を吐く。

「ったく、何なんだよアイツは」

「ごめんねユーリ君。あの子凄く人見知りだから、悪気はないと思うんだ……」

 すかさず入るサラのフォローに対しユーリは訝しげな視線を向ける。

「人見知りってレベルじゃないぞあれ。サラに対しては普通の態度だったし、絶対俺を目の敵にしてるわ」

「そんなことないよ。私もミグレットと初めて会ったとき尻軽売女って呼ばれたもの」

「恐れ知らずにも程があるだろ……」

「うん。さすがの私も驚いちゃって、ちゃんとダメだよって叱ったら大人しくなったの」

「アイツ叱られたくらいで態度変えるたまか?」

 恐らくユーリが怒気を強めても強気で返してきそうな勢いだ。少なくともユーリへの態度をミグレットが変えるとは思えない。

「言えばちゃんと分かってくれたよ? 尻尾使って頭を縛り上げてお尻もちゃんと叩いてあげたしね!」

「それもう折檻してんじゃん。思いっきり暴力振るっちゃってるじゃん」

 笑顔で何でもないことのようにさらっと述べるサラに引き攣った笑みを浮かべるユーリ。意外とサラは暴力系なんだ、今度から発言には気を付けようと固く心に誓う。

「それよりもユーリ君、それ君の魔術武装マギアウェポンで生み出した物だよね? ゲオルグに渡して大丈夫なの?」

「ん? あぁ、大丈夫だよ。俺の変幻機装トランスフォルマは万物全てを再現する能力。つまりこれは紛うことなき本物の四大魔弾エレメンタルバレットだよ」

「もしかして、オリジナルに宿った能力も使えたりするってこと?」

「一応な。ただ再現を維持するためにずっと集中し続けてないといけないから、大変だけどな。
 これ再現すんのに魔力エグい量持っていかれたし多分今小突かれただけでぶっ倒れるかも」

「それって、無茶苦茶無理してるってことじゃない!」

「しーっ! 声がデカいって! だからサラにはこのまま一緒に付いてきてもらって俺のフォローをしてほしいんだ」

「あ、そういう……」

 万が一ユーリが失敗した場合に備えてサラを同伴させることは理に適っている。

 サラが納得した声を上げると同時、唐突にガチャリと扉が開きミグレットが再び姿を現した。

「待たせたですこんちくしょう」

 どうやら先の会話はミグレットの耳に届いていなかったらしい。サラと目配せしホッと安堵の息を吐く。

「おぉ、早かったな――って着替えてないのかよ!」

 ユーリとしては身だしなみを整えるために中へ戻ったのばかり思っていたが、ミグレットは変わらずボサボサの長髪にジャージという不摂生な格好のままだった。

「うるせーですよ淫獣。そんなに自分の私服見たかったでやがりますか? 本当気持ち悪い野郎ですねこんちくしょう」

「一言言うだけで、全部悪口で返してくるのなお前!」

 彼女に対してはもう一々言葉に反応していたらキリがない。今後は何を言われても冷静でいようとユーリは思った。

「あれ? ミグレット何持ってるの?」

 そこでサラがミグレットが何かを両腕で抱えていることに気付き尋ねるが。

「これはオメェらには関係のねぇ代物ですよ。ただゲオルグ様に見てもらいたくて持ってくだけなんですよこんちくしょう」

 風呂敷で包まれている故分かりづらいが、よく見ると土鍋のような形をしている。

 ユーリは初めて目にする。あれが小人族ドワーフが鍛治スキルで編み出したという――

「――マジックアイテムってやつか」
  
 ユーリは思わず声に出して言ってしまう。
 
「ふん、オメェには一生縁のない代物ですよこんちくしょう。つべこべ言ってねぇでさっさと付いてきやがれです」

 そう言って小動物のように拙い足取りで歩き出すミグレットの背をユーリは無言のまま追い掛けた。



 結果として、ゲオルグには驚くほどすんなりと出会うことができた。

 ミグレットがゲオルグのいる工房に辿り着き、近くのドワーフに一言告げると、慌ててどこかへ駆け出して行き、何故かユーリたちを自室に招待すると言ってきたのだ。

 ユーリとしては魔術武装マギアウェポンを渡して、はいサヨナラとなる展開を予想し、どう乗り切りるか頭を巡らせていたため杞憂に終わったことは非常に大きい。

 それにゲオルグの自室ともなると奪われた魔術武装マギアウェポンの状況について詳しく知れる。この千載一遇のチャンスを絶対に逃してはならないとユーリは意気込んだ。

「おう、待ってだぜ貧相な小僧。なんでもオメェ、とんでもなくデカい手土産を持ってきたそうじゃねぇか」

 自室へ訪れたユーリをいたく歓迎しているゲオルグ。どうやら特化型オリジンを持ってきたことがよほど嬉しかったのかユーリに対する警戒心が完全に解かれていた。

 ユーリは部屋に訪れた瞬間ざっと辺りを見回すが、予想に反して目ぼしいものは存在しなかった。敷いていえば設計図と思われる紙が机の上に置かれているくらいか。

 ただユーリの目にはただの落書きとしか映らず解読するのは不可能だと断じた。

「余計なもんが二人ばかしいやがるが、まぁいい。今日の儂は気分がいいからな、特別に許してやらぁ」

 ミグレットはビクリと背を震わせ何も言わない。借りてきた猫のように大人しい彼女に違和感を覚えるも、まずは己のやるべきことに集中することにした。

「で、例のブツがオメェの手に持ってるそれか」

「はい。フリーディアが持っていた魔術武装マギアウェポンです。何か役に立つと思って、死体からこっそり抜き取りました」

 口から出任せを言葉にするが、ゲオルグは疑うことなく頷いている。

「どうやらオメェ、ナギよりも見どころがある男じゃねぇか。魔術武装こいつの重要性をよく分かっていやがる。
 そういや名を聞いてなかったな、何ていうんだ?」
 
「ユーリです」

 偽名を使ってもややこしくなるだけなのでユーリは素直に己の名を告げる。

「そうか、ユーリよ。もう知ってるとは思うが儂はゲオルグってんだ。一応本国からアルギーラを任されちゃいるが、こんなくたびれた辺境の地で畏まることはねぇ」

「は、はぁ……」

 どうやらユーリのことがよほど気に入ったらしく、ミグレットとは正反対の好意的な態度に戸惑いを浮かべる。

「とりあえず、これ渡しておきますね」

 ユーリは手に持つ回転式拳銃をゲオルグに手渡した。

「おう、サンキューな! これだこれだよこれ! あの金髪の女が持っていたのと同じタイプだ!」

 どうやらゲオルグは手渡された魔術武装マギアウェポンがユーリの変幻機装トランスフォルマによって再現されたものであると気付いていない様子。

(けど、これはこれで解析されたらマズいんだよなぁ。一応解体しようとしたらその場で爆発するようセットしておいたが、今この場で爆破したら洒落にならんな。
 特化型オリジンはこういう仕組みなんですって誤魔化すか? いや、でもそれなら最初から汎用型ジェネリックにも入れとけって話になるよな?
 いや、今の俺は何も知らないビースト。いくらでも誤魔化せる。
 問題はゲオルグからどうやって工房の在り処を聞き出すかだが……)

 などとユーリはユーリで必死に頭を巡らせて悩んでいた。 

「ゲオルグさん、つかぬことを尋ねたいんですけどその特化型オリジンをどうするつもりなんですか?」

 ユーリはゲオルグと会話を続けるため、別口から切り出すことにした。

「何だオメェ、こいつに興味があるのか?」

「えぇ、フリーディアの持つ魔術武装マギアウェポンって小人族ドワーフの作るマジックアイテムとは根本的に何か違うなと感じてまして」

 これは事実だ。ユーリ自身も魔術武装マギアウェポンについて知らないことが多すぎる。もしもゲオルグが何か掴んでいるのなら情報を共有しておきたい。

「そこに気付くたぁ、オメェ見どころあんじゃねか。それに他の獣と比べて謙虚な態度も良い。
 全くナギとかいう小娘にオメェの爪の垢を煎じて飲ませてやりてぇくらいだぜ、こんちくしょうが」

 どうやらゲオルグはナギのことを酷く嫌悪している様子だ。確かにナギの性格上ドワーフに謙る態度をするとは思えない。

「儂は気分がいい。余計な奴らもいるが特別に教えてやろうじゃねぇか。フリーディアの持つ魔術武装こいつの真の恐ろしさをよ」

 ゲオルグは不敵な笑みを浮かべ自身の見解を語り出した。
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