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第二章 集結、グランドクロス

第42話 破滅の足音

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 獣人族ビーストは人間よりも遥かに身体能力が高い。人なら一週間はかかる距離でも、ビーストなら僅か半刻ほどで移動してしまう。

 ユーリの見る遥かに広大な景色も、ビーストにとっては敷地の庭に等しいのかもしれない。そんなことを思いながらナギに背負われたユーリは考える。

 ナギの故郷は三年前に滅んでいる。それを実行したのが現トリオン基地司令のダリル・アーキマン大佐、クレナ・フォーウッド少佐含めたフリーディアの猛者たち。

 多くの犠牲が伴ったということだが、逆に言えば少数も生き残ることができた。全滅していない。そのことに僅かな不可解さを覚える。

 あのダリル・アーキマンがわざわざ獲物を逃すだろうかと?

 わざと逃した? 一体何のために? これではまるで憎悪を植え付けてわざと戦火を拡大させるために逃したとしか思えない。火種を飛び火させ、より燃え上がらせるために。

 現在ビーストは滅びの危機を迎えている。ここまで追い詰めたのだからこれ以上追撃する必要なんてないはずだ。

 ダリル・アーキマン――フリーディアはさらなる敵を求めて今度は別の異種族と戦おうとしていることを望んでいるようにさえ感じる。

 全ては異種族を利用し、フリーディアの生活水準を満たすために。

 ナギの向かうその先ある答えを知ってしまったら最後、今度こそ自分の無知を赦せなくなってしまうだろう。

 知らないというのはある意味で一番幸福でいられるのかもしれない。クレナ・フォーウッドのように何も考えず機械のように与えられた任務をこなしていれば――母が言ったように素直にミアリーゼと共に故郷のアージアへ帰郷していれば、ユーリ個人は道化として振る舞い続けることができていただろうから。

 だけど、この道を選んだのは他ならぬユーリ自身。彼にとって知らないことは罪そのもの。道化であることを望まない。不確かな何かの操り人形になるつもりなんてない。

「着いた、ここにパパとママがいる」

 目的地に着いたユーリとナギ。一見するとただの岩山にしか見えない。だがよく目を凝らすと自然物ではない人工的に動かした痕跡のある木々が不自然に散乱している。

「ちょっと待ってて」

 そう言うとナギは草木を退け、中からでてきた岩蓋を剥がすと広い空洞が姿を現した。

「付いてきて」

 言われるがままナギの後ろへ付いて歩く。奥に何があるのか全く目に映らない。それこそ前を歩くナギの姿さえも。

 彼女から感じる気配で何となく位置は察せるものの、置き去りにされればここがどこなのか一瞬で分からなくなるだろう。

 ここはもはや黒で形成された一つの世界だ。まるで自分が影そのものになったかのような錯覚を覚えてしまうほどに深い闇が広がっている。

 無音な空間にユーリとナギ二人だけの足音が木霊する。二人の間に会話はない。聞こえるのはお互いの呼吸音だけ。

 徐々にナギの息が上がっている。見えなくても肩を震わせているのが分かる。それでも二人は黙々と目的地へ向け歩く。

 現在のナギの両親がどうなっているのか? 確かめるために。



――三年前

 その日は何の前触れもなく、余長もなく、兆候すら感じさせず破滅という名の音色を奏でやってきた。

「なに?」

 まだあどけない眼に刻まれる破壊の狼煙。当時十二歳だったナギはただそれを呆然と見つめていた。

「いったい……何が?」

 目の前で起こっていることが理解できない。いや理解したくないのだ。脳が現実を受け入れることを拒絶してしまっているのだろう。

 それほどまでに衝撃的な光景だった。

「ナギ!」

 ふいにグイッと腕を引っ張られ、そこでようやくナギは我に返る。

「サラ……」

 ナギの幼なじみ、姉のような存在である彼女が今まで見せたことのない鬼気迫る表情。その表情を見てこれが夢などではなく、現実なのだと思い知らされる。

「フリーディアが攻めてきたの! 今すぐここを離れないと殺されちゃう!!」

「フリーディア……って、どうして」

 フリーディアという種族には聞き覚えがある。基本的に多種族との交流を絶っているビーストとは何の関わりもないはず。

「――見つけたぞビースト!!」

 そんなナギの疑問を余所に影から一人のフリーディアが姿を現した。

 その手には見たこともないマジックアイテム。身の丈ほどもある鉄の筒のような何かを携えている。そこから漂う魔力の気配に思わず後退る。

 あの鉄の筒でいったい何をするつもりなのか。予想すらつかないナギだが、彼女の第六感が囁いた。

「魔力充填完了。照準、敵ビースト二体。魔術武装マギアウェポン――超大型魔砲メガブラスターキャノン・発射!!」

「くっ、サラ!!」

 咄嗟にサラを庇い飛び退けると同時に眩い閃光が視界を覆う。次の瞬間、凄まじい轟音とともに爆風が二人を襲い吹き飛ばされてしまった。
 
 一瞬何が起こったのか理解できなかったが、すぐに理解することになる。
 
 爆風により巻き上がった砂埃の中から現れたのは先程まで自分たちがいたはずの集落跡であった。
 
 まるで隕石でも落下したかのようにクレーターが出来上がりナギの住んでいた家は原型を保っていない。瓦礫と化した建物からは煙が立ち上り焦げ臭い匂いが鼻を刺激する。その全てがここで起きた惨劇を物語っていた。あまりにも非現実的な光景に思考が停止してしまう。

 こんなの、戦いじゃない。ナギの知ってる戦いとあまりにかけ離れたひたすら理不尽を振り下ろす破壊の鉄槌。

「ちっ、今のを避けるか! 小娘共のくせにすばしっこい!!」

 襲撃者としてはこの結果は不服だったらしい。先の一撃を放ったマジックアイテムに再び魔力を込め始める。

 あれは連続では放てない。なら、あのフリーディアを殺すなら今しかない。

「サラ、お願いがあるの」

「ナギ、まさか!?」

「アイツは私が足止めするから隙を見て逃げてほしいの」

「そんなのできるわけないよ!!」

「今は口論してる暇はない! それに、私が強いの知ってるでしょ?」

「(……コクリ)」

 大人しく頷いたサラを横目にナギは襲撃者へ向き直り吼える。

「よくも私の……パパとママの大切な家を! お前だけは絶対に許さない、生きて帰れると思うなフリーディア!!」

「それはこちらの台詞だビーストの小娘。何を宣おうが、大義は我らにある! 貴様らのような穢れた異種族から世界を守るために存在する者だ!!」

「ほざけ!!」

 まるで義はこちらにあらんばかりに毅然とした態度で言い放つ襲撃者――いや、フリーディアに対しナギは臆することなく突撃していく。

「スキル・超加速アクセル!」

「むっ!?」

 ガキンッと金属同士がぶつかり合う音が鳴り響く。フリーディアと名乗った男はナギの想定以上の速度に瞠目し、巨大なメガブラスターキャノンの銃身を盾として彼女の爪撃を防いだのだ。

「やるな、ビーストの小娘!」

 敵はメガブラスターキャノンの銃身を力まかせに大きく振り回し鈍器のように扱うことで強引にナギを吹き飛ばすことに成功する。

(まずいっ!?)

 敵は恐らく先程破壊の限りを尽くした強大な一撃をもう一度放とうとしている。

「魔力充填六十%。敵ビースト補足。超大型魔砲メガブラスターキャノン・発射!!」

 そして間髪入れずに放たれようとする第二射。ナギは駆け出す際にあえて掴んで隠しておいた小石をフリーディアへ向け投擲した。

「がっ!」

 小石といえどもナギ程の腕力で放たれれば立派な凶器となる。ものの見事に顔面に命中し敵が怯んだことで、メガブラスターキャノンから放たれた一撃は明後日の方向へと飛んでいく。

(サラはちゃんと逃げられたみたいね、私もこいつを片付けてすぐに追いつく!)

 激痛が走り動けないのだろう。左目を抑え膝を付きながら呻くフリーディアに対しナギは容赦なく爪撃で貫こうとする。

――その瞬間だった。

「ッ」

 ゾワリ、とナギの身体から悪寒のようなものが走り抜け本能に従いその場から離脱する。

 結果としてナギの第六感に従った行動は正解だった。

 次の瞬間、ナギが先程までいた場所から目に見えない空気そのものが爆発したような轟音が轟いたのだ。

「な、なにが!?」

 突然受けた不可視の攻撃に戸惑いを浮かべ辺りを見回す。

「ほう、完全に不意をついたと思ったのだがまさか躱されるとはな。これはダルトリーが追い込まれるもの分かる。異種族の中にこのような猛者たちがいるとは、たまには現場に足を運んでみるものだ」

「お戯れをアーキマン司令」

 突如として乱入してきた二人の影。一人は圧倒的なまでの畏怖を感じさせる初老の男。その初老の男の後ろに控え、一切の表情を感じさせない氷の刃のような印象を持つ金髪の女性。

 どちらも歴戦の猛者を感じさせる気配を漂わせており、ナギの背中に緊張が走る。

「ぞ、増援……」

 最悪だ。一人でさえ手いっぱいだというのに。しかもあの二人は先程戦ったフリーディアとは別格だ。特にあの初老の男。彼だけは正面から挑むと危険だと肌を通して伝わってくる。

 固まって動けないナギを無視して初老の男と金髪の女性は彼女が先程追い詰めたダルトリーと呼ばれた男の元へ悠然と歩み寄っていく。

「うっ、申し訳ありませんアーキマン司令」

「小娘だからと油断したなダルトリー。私が来なければ今頃死んでいたぞ全く。クレナ、ダルトリーを診てやれ」

「はい」

 クレナと呼ばれた金髪の女性は機械のように淡々とダルトリーに応急処置を施していく。

 その間もナギは動くことができない。いや、僅かでも動いた瞬間あの初老の男に殺されると肌で感じているのだ。

「どうやら思った以上に戦の礼儀を弁えているらしい。本来は君のような戦士こそ軍に迎えたいのだがね」

「戯言を!!」

「戯言ではないさ、事実だ。君が異種族でさえなければと本気で思っている。先程戦ったビーストも中々骨がある益荒男でね。名前は確か――」

 その名を聞いた瞬間、先程までナギを襲っていた恐怖が霧散した。目の前が真っ赤に染まり、怒りが身体を支配する。

「怒りで私は倒せんよ」

「うるさい、お前だけは絶対に殺す!!!」

 激情に駆られナギが突貫する。それを迎え撃つようにダリル・アーキマンは独特のファイティングポーズを取る。

魔術武装マギアウェポン展開エクスメント――」

 刹那、ダリルの両腕へ微粒子が収束していき、機械仕掛けの籠手ガントレッドが姿を現した。ダルトリーと呼ばれた男とは違う形状の武器。見ただけで分かる近接専用に造られたマジックアイテムを見て、ナギは訝しむ。

 どうやらこの男は接近戦に特化したビースト相手に拳で真っ向勝負するつもりらしい。
 
 ならば好都合だと全力で殴りかかる。この男には出し惜しみはしない。全霊を持って叩き潰す!!  渾身の力を込めた右ストレートは空を切り裂いてダリルの顔面に迫る。しかしそれが届くことはなかった。
 
 何故なら、目の前にあったはずの男の顔がいつの間にか消えていたからだ。

「…………え? ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ガハッ!!!」

 決着は一瞬だった。気が付けば――ナギは地面へ倒れ伏していた。

 一体何が起きたのか?

 腹部に一撃を受けたことは分かった。ナギの一撃に対し即座に間合いを詰め回避したダリル・アーキマンが流れるような動作で放った一撃。

 カウンターで放たれた一撃は容赦なくナギの腹部を刳った。一瞬で意識が吹き飛ばされ、立て続けに五発もの打撃をその身に受けたのだ。

「う、そ……」

 身体が動かない。まるで自分の身体が自分のものじゃないような感覚に陥るほどの強烈な痛みに苛まれる。それでも何とか立ち上がろうとするが手足に力が入らない。

「感覚に頼りすぎだな。身体が付いてきていない。だから私の一撃を許したのだよ君は」

 感覚、そんな次元のレベルの話ではない。身体能力においては随一の性能を誇るビースト上回る種族の存在など本来あり得ない。

――殺される。

 そう思ったナギは目尻に涙を溜め懇願するかのように目の前の男を見上げることしかできなかった。

「無様極まりませんね」

 ダリル・アーキマンの傍らにいるクレナ・フォーウッドの放った一言がナギのプライドをズタズタに引き裂いた。

「ぐすッ……パパ、ママぁ」

 どうしてこんなことになってしまったのだろう? 昨日まで普通に暮らしていたはずなのに。どこで歯車が狂ってしまったのだろう?

 いや、そんなの決まってる。ナギを見下ろすフリーディア。コイツらが攻めてきたから。

 鋭敏な感覚のナギの耳に届く悲鳴と狂騒、そして破滅の足音。それが嫌でも現実を突きつけてくる――

「ふん、つまらんな。直接手を下すまでもない。クレナ、手厚く葬ってやれ」

「はい、仰せのままにアーキマン司令。魔術武装マギアウェポン展開エクスメント――四大魔弾エレメンタルバレット

 無機質な声で告げたクレナの右手に展開される一丁の回転式拳銃。

 ナギへ向けられた銃口を瞳に捉えた瞬間、走馬灯のように幸せだったあの日々を想起する。

 ガハハと豪快に笑う父に抱き上げられ必死に抵抗したりした。本当は嬉しいくせに、もっと甘えたいくせに、照れくさくて意地っ張りなナギはそれが素直にできなかった。

 それを見て母は笑う。不満そうに頬を膨らませるナギの頭を優しく撫で生まれてきてくれてありがとうと感謝の言葉を告げた。

 ナギからしたらこちらこそ生んでくれて、育ててくれてありがとうと言いたいのに素直になれない彼女はまともに母の顔を見れずふんッとそっぽを向いた。

 幸せの旋律はフリーディアが奏でる破滅の足音によって掻き消されていく。テンポが乱され破滅を刻んでいく。

 破滅の足音がナギの元へ届くまであと僅か。

 十音……九音……八音。

「パパ、ママ……私、二人の娘で幸せだった」

 七音……六音。

「パパはすっごく優しくて厳しくて、我儘な私をいつだって大きな身体で受け止めてくれたね」

 五音……四音。

「ママはすっごく綺麗で、いつだって優しくて、だけどパパよりも厳しく強く私を叱ってくれて、その後は私の大好物の林檎パイを作ってくれた」

 三音……二音。

「サラもジェイも皆……皆大切な私の同胞かぞく。最後にこれだけは言わせてほしいな」

――一音

「私を生んでくれて、沢山の想いを与えてくれて本当にありがとう」

 ゼロ。ついに到達した破滅の足音は容赦なくナギを蹂躙していく――はずだった。

「…………え?」

 消えた。ナギに届く一歩手前で、破滅の足音は跡形もなく消失した。いや、正確には消失したわけではない。破滅の足音がナギの元へ到達するのを押し留めてくれた者がいる。

「な、なんでぇ――ママぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 そこにはボロボロになった最愛の母がいた。血だらけになり地面に倒れる母の姿を見て泣き叫ぶ娘の姿がそこにあった。

「あ……ナ、ギ? 無事で良かった」

 いつもと変わらぬ優しい笑みを讃える母はゆっくりと娘の頬に手を添える。

「いや、いやいやいやいやいやいや死んじゃだめ、死んじゃダメだよママぁっ!!」

「だ……い、じょう、ぶだか……ら。私、が……いなく……ってもゴフッ、ハァ……ハァ――きっと……あの、人が来て、くれ……るわ」

「それでも、ママが死んじゃったら意味ない!!」

 触れた母の手は氷のように冷たかった。彼女はもう助からない。そう直感的に判断してしまう程に。

属性変更タイプチェンジ――」

 そんな母娘の姿を目にしてもクレナ・フォーウッドは顔色一つ変えず、再び回転式拳銃の照準をナギへ向ける。

 彼女からしたら異種族の乱入などどうでもいいのだろう。ダリル・アーキマンの指示に従い着実にナギを殺すことしか考えていない。

 ナギもクレナの殺気に気づき、横たわる母を庇うように立ち塞がりキッと鋭い眼光で彼女を睨みつけた。

 それが今のナギにできる精一杯。ナギは信じる。母が言ったように、きっと……きっと父は来てくれると。

 その期待に応えるように、大地を揺るがすような咆哮が響き渡った。
 
「フゥゥゥリィィディアァァァァァァァッ!!!!」

 まるで隕石が墜落したかのごとく地面を揺らしその場に現れた一人の男。その男が立つ大地には大きなクレーターができており、どれだけの勢いを付けて駆けつけたかが伺えた。

 全身血だらけで、今にも倒れそうなくらいボロボロなのに、それでも男の放つ圧倒的強者のオーラは一切の衰えを見せない。

「――パパ!!!」

 その男の背を、頼もしさを見て胸がいっぱいになったナギは思わず叫ぶ。

 父の背中をこれほど頼もしいと思ったことはない。彼の身体の周りにはバチバチと雷そのものが鎧のように纏わりついている。

 ナギも初めてみる父の本気の姿。あれがシンの領域に至った強者の証――神遺秘装アルスマグナ

 身体全身へ鎧のように白い雷を纏う父の姿は雄々しくも凛々しく――そして格好よかった。

「ナギ! ここは俺は引き受ける。お前は今すぐここを離れろ!!」

「そ、そんなのできないよ!! 私だって、まだ戦える! パパを置いてなんていけない……皆で生き残るの!!」

「ナギ……レリアは、立派な母親だったか?」

「………うん」

「こんなことになってしまったのは俺の責任だ。俺が不甲斐ないばかりに、お前たちを不幸に陥れてしまった」

「そ、そんなことない! 悪いのはアイツらが理由もなく攻めてきたから!!」

「それでも、奴らの進攻を予見できなかった俺の責任だ!!」

「っ」

「ナギ……これは父としてではなく、族長として最後の命令だ。今すぐここを離れできるだけ遠くへ逃げろ。そして俺に代わり、今度はお前が皆を率いるのだ!」

「…………はい」

 溢れる涙を堪えながら頷いたナギへ満足そうに頷き返し、父は視線を前方へ戻す。その視線の先ではダリル・アーキマンが佇んでいた。

 フリーディア――その姿を決して忘れないと、ナギは心に刻みつけその場を駆け出した。



「――ナギ!!」

 フリーディアの進攻から逃れ泣きじゃくりながら疾走るナギの元へ現れた幼なじみのサラ。彼女はナギの姿を捉えた瞬間、ぶわっと涙を溢れさせ思いっきり抱きしめた。

「よかった、無事で……本当に、よかった」

「う、うぅぅサラぁ。ママが、ママがぁ……うわぁぁぁぁぁぁぁっん!!!」

「ナギ……」

「パパぁ、ママぁ!! 何で、何でこんな目に合わないといけないの? 私たち、悪いことなんて何もしてないのに!!!」

 張り裂けそうな胸の痛みに耐え切れず大声で泣くナギを強く抱きしめ、自身も涙を流しながらも懸命に言葉を紡ぐサラ。
 
 しかしその言葉は虚しく空を切り彼女の声は届かない。深い慟哭の中に沈んだナギの心を救うことは誰にもできない。

 ナギの悲しみに呼応するように空が激しく泣いた。泣いた空は地を濡らし、やがて乾いた大地を潤すのだろう。だがその涙は乾いたナギの心を癒せない、満たせない。彼女が求めたものはもう二度と手に入らないのだから。

 一体どのくらいの時間が経ったのだろうか? ナギはゆらりと立ち上がりポツリと小さく「帰らなくちゃ」と呟いた。

「ぐすっ、ナギ?」

 サラもナギの異変に気付いたが彼女自身も喪失感に苛まれ余裕がない。ゆらゆらと元来た道を歩き出すナギを止めることができず、自身もまたこれは悪い夢なのではないか? と思い彼女の後を付いていく。

「絶対……絶対生きてる。そうだよ、パパが死ぬはずなんてない。ママも助かって、二人でこっちに向かってるんだ」

 だとしたら何故一向に姿を現さない?

「そっか、パパもママも私に内緒で隠れてるんだ……そうじゃなきゃあり得ないよ。私を驚かせるために子供みたいな悪戯してるんでしょ? ねぇ、そうだよね?」

 そこからはもう、ナギの記憶はない。彼女が覚えている光景は酷くノイズに塗れてしまっている。

 ナギの瞳に映る変わり果てた故郷の姿。そこにフリーディアはいない。撤退したのか、はたまた何か別の理由があるのか? 今のナギにはどうでもよかった。

 夢遊病のようにゆらゆらと、ナギは両親の姿を探す。何を見たのか後ろからサラの悲鳴が轟くが、それでもナギは歩き続ける。

 やがて、両親と別れた場所まで辿り着いた。その光景を見て、ナギは胸がいっぱいになり涙を流した。

『なんだ? 逃げろって言ったのに戻ってきたのか』

「当たり前だよ、パパとママを置いてなんて行けないよ」

『ガハハッ、それもそうか。でもま、来てくれて助かったよ。さすがの俺ももう動けなくてな。レリアも見ての通りボロボロだ』

「ママ、生きてるんだよね?」

『あぁ。今は眠ってるが直に目を覚ますだろう』

「そっか……よかった。よかったぁ!」

 緊張の糸が解れたのかその場でナギはへたり込む。死んだと思った両親が生きていた。こんなに嬉しいことはない。

 安堵から再びナギは泣き出し愛する父と母の身体を抱きしめた。

 彼らの身体は死人のように冷たく硬い。まるで鉱石でも抱き締めている気分だったが、それでも両親は生きている。生きてくれている。

「サラぁ、パパとママ生きてた……生きてたよぉ」

 てっきり一緒に喜んでくれると思っていたサラだが、彼女はその場で膝を付き激しく嘔吐していた。

「サ、サラ!?」

 慌てたように嘔吐く幼なじみの元へ駆け寄るナギ。自分で自分の身体を抱きしめ生まれたての子鹿のようにガクガクと震えていた。

「とにかく、今すぐここを離れよ。パパとママは動けないみたいだから、私が運ぶ。サラは動けそう? 無理なら私が三人まとめて運んで――」

「いや、それだけは嫌。嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌――おうえぇぇぇぇっ!!」

「サラ……」

「なんで……なんでっ! こんなの、死ぬよりも酷い……ナギはこの惨状を見て何も思わないの? なんでそんな安心した表情してられるのよ!!」

「そ、そんなことない。故郷をこんな風に破壊されて、安心なんてするわけが……」

「違う、違うよナギ……。なんで、なんで気付かないの? それほどまでにあなたの心は壊れてしまったの?」

 分からない。サラが何を言いたいのかナギには一つたりとも理解できない。

「ナギ、気付いてよ。ダメだよ、逃げちゃ。そんなことじゃ、報われない。あなたも、族長たちも」

 それっきりサラは口を閉ざした。滝のような激しい雨に打たれながらナギはサラにかけるべき言葉が見つからない。

 故に彼女は憎悪する。故郷を滅ぼし、同胞かぞくを絶望へと陥れたフリーディアを。

 そして、ナギはサラと両親を抱え歩き出す。生き残った同胞かぞくの元へと。

 破滅の足音はすでにナギの足音と重なっていた。
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