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第二章 集結、グランドクロス

第31話 襲撃 中編

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「凄い……」

 装甲車のフロントガラス越しに映る光景にユーリは感嘆の声を漏らした。つい先程まで自分たちを苦しめていた魔弾がクレナの放った氷弾フリージングバレットで次々に撃ち落とされていく様は圧巻だ。

 模擬戦闘のときも足元を凍らされたりと、彼女には手を焼いたものだ。

(いやいやいや、感心してる場合じゃないぞ俺! 敵の正体もどこから撃って来てるのかさえ掴めていないんだ、もっと頭を働かせろ)

 視認できる範囲に敵の姿はない。そうなると敵は超長距離狙撃でこちらを狙っているとしか思えない。

 しかしそれにしてはあまりにも的確すぎる。ならば、狙撃手の他に観測手がいるに違いない。

「敵は複数いるってことか。ビーストの戦い方とまるで違う……つまりドワーフの襲撃か!」

 ビーストの基本戦術は他種族を上回る膂力を生かした近接戦闘にある。今のように姿を隠してチマチマ攻撃するなど、イメージと合わないのだ。

(このままフォーウッド隊長が迎撃してくれればあるいは突破することも可能か?)

 だが言いしれぬ不安がユーリを襲ったため必死に頭を巡らせ考える。

 舗装されたこの道をフリーディアが通る可能性は高い。来ると知っていれば事前に網を張っておくことも可能なはず。敵は必ずフリーディアが現れると想定して待ち伏せていたということになる。

 ということはビーストの拠点に襲撃があることを予測していた? あえて囮にする事で網を張っていたとするのなら、このまま装甲車で突っ切るのは危ないのではないか?

 今も変わらず襲撃者は狙撃を続けている。魔弾の数から考えても、最低でも十人以上はいる。クレナの手によって相殺されていることは向こうも気付いているはず。

(敵がここまで周到ということは、俺たち並の知性を持っているってことか。迎撃され続けても止まない魔弾の雨はなんのつもりで……フォーウッド隊長の魔力切れを狙っている?)

 確かにそれなら攻撃が止まないのも納得がいく。正確かつピンポイントで迎撃してのけるクレナの力は凄まじいが無限に魔弾を放てるわけではない。

「これではキリがないですね」

 車窓から身を乗り出したままのクレナが永劫止まない魔弾の雨に対処しながら冷徹に悪態をつく。彼女の思惑では、装甲車を前進させ続ければ敵を補足できると思っているのだろう。

(着弾までのラグが短くなってる。ほんの少しづつだけど、敵との距離が縮まっている証拠。
 次の狙撃ポイントに移動しないということは、何か狙いがあるのか? 俺が敵なら、このまま車を走らせてはおかない。必ず別の罠を仕掛ける……そうなると、場所は)

 ユーリは前のめりになりながら前方のフロントガラスを見つめる。

「おいユーリ、そんなに身を乗り出したら危ないぞ!」

 オリヴァーの静止の声はユーリには届いていない。それほどまでに集中していた。そして、ユーリはついに答えを突き止めた。

「――ダニエルッ、今すぐブレーキを踏め!!」

「ッ!?」

 ユーリの叫びに即座に反応を示したダニエルは、アクセルから足を離しブレーキを踏む。

 だがその衝撃は思いの外凄まじく、車体は大きく揺れクレナとオリヴァー、アリカが身体をぶつけダメージを負う。

「うおわっ」

 さらに運の悪いことに急ブレーキの影響でユーリの身が前方のフロントガラスを突き破り外へ放り出されてしまったのだ。

 このまま地面へ叩きつけられる姿を皆はイメージし表情を強張らせたが、次の瞬間驚愕へと変わった。

 ユーリ自身も地面に激突した瞬間、突如浮遊感が襲ってきたため己の推測が正しかったことに安堵する。

変幻機装トランスフォルマ――換装シフト槍形態ランスフォーム!」

 ユーリの持つ変幻自在の魔術武装マギアウェポン――変幻機装トランスフォルマが変質し、身の丈以上の長尺の槍となる。

 自ら嵌まった敵の罠――落とし穴へと落下していくユーリ。恐らく本来は装甲車を落とし動きを封じ込めることを目的に設置されたのだろう。

「うおらぁっ!!!」

 槍状の変幻機装トランスフォルマを伸縮させたユーリは咆哮を上げながら壁面に突き刺す。

 ガガガと勢いよく壁面を削る変幻機装トランスフォルマ。このままではマズいと思い、さらに対面側の壁面まで勢いよく変幻機装トランスフォルマを伸ばした。そしてその勢いを利用してユーリは振り子のように身体を回転させ宙を舞った。

 勢いよく地上へ躍り出たユーリはドサリと地面へ倒れ伏し、安堵の息を漏らした。

「ハァハァッ。あ、あっぶな……死ぬかと思った」

 落とし穴が仕掛けられていたこともそうだが、覗き込んでも底が見えず落ちたらひとたまりもなかった。まさに死の一歩手前を経験したユーリは、そうだと顔を上げ仲間の安否を確かめる。

 装甲車は無事だ。敵も様子見に徹しているのか狙撃も止んだ様子。爆発の余波を受けた木々がパチパチと燃える音や鼻の付くような焦げ臭い匂いが辺りに充満していた。

「こんのバカユーリ!! 何めちゃくちゃしてくれてんのよ!!!」

 助かったと安堵するのも束の間、装甲車からアリカが降りてきて鬼の形相でツカツカとこちらに歩み寄ってきた。

 ユーリはひたすらに謝る。

「ごめんっ! だけどこの状況で説明なんてできないだろう!? 落とし穴の痕跡がチラッと見えてアリカの身を気遣う余裕なんてなかったんだって!」

「そうじゃないわよ! ユーリが車から吹き飛ばされて、穴に落ちたときはもうダメかと思って……っ」

 アリカの辛そうな表情を見てようやく彼女が何を言いたいのか悟った。だか、それでもあの場面では最適な行動をしたと思っている。ユーリが制止の声を上げなければ今頃全員穴底へ落ちていただろうから。

 例え助かったとしても追撃の魔弾が襲いかかればひとたまりもない。アリカも理屈では分かっているのだろう。ただ感情を持て余しているだけ。

「ごめんな、心配かけて」

「……いい、私が勝手に取り乱しただけ。本来ならお礼を言うべきなのに。それから私こそごめん。今回全然役に立てなかった」

 遠方から飛来してくる魔弾を対処する術をアリカは持ち合わせていなかった。

 剣で撃ち落とすことはできただろうが、クレナ一人で対処してしまったため出番がなかったのだ。対人戦闘では無類の強さを誇るアリカだが、姿の見えない敵からの長距離射撃への対応力では一歩劣る。

 その事実に歯噛みし悔しそうに呟くアリカをユーリはそっとフォローする。

「謝らなくていい。要するに適材適所ってやつだ。アリカにはアリカのやれることをやってもらう。
 それで、アリカのできないことを俺たちがフォローする。それで良いと思うぞ、俺は」

「ユーリ……」

 不安げに揺れる瞳でこちらを見上げるアリカの頭をポンポンと優しく撫でるユーリ。

「……あ、ごめん。馴れ馴れしかったよな?」

 一つしか年齢が変わらないとはいえ、年上の……しかも女性に対して頭を撫でるなど失礼かつ馴れ馴れしかったかと危惧し慌てて手を離すユーリだが、幸いにも杞憂に終わる。

 アリカは嫌がる素振りを見せず僅かに笑みを浮かべ怒ってないと否定する。

「ううん。私、小さい頃からずっとこんな感じだったから頭を撫でてもらったことってなかったの。
 だからちょっと戸惑ったけど全然不快なんかじゃない。むしろ――」

「――無駄なお喋りはそこまでにしてください。まだ敵が徹底したとは限りません。各員、周囲の警戒を怠らないように」

 アリカの話を絶ち切るような鋭く冷徹な声音で装甲車から降りたクレナは告げる。彼女の言葉にハッとなり今が戦闘中だということを思い出し、ユーリは変幻機装トランスフォルマを解除せず臨戦態勢のまま周囲を警戒するが。

「私今、あんたのこと心の底から嫌いになったわ」

 言葉を邪魔された形となったアリカは大いに不服らしい。もはや部隊長へ向けていい発言ではなかった。

 同じく装甲車から降りたオリヴァーとダニエルも呆れた様子だった。

「そうですか、どうぞご勝手に」

 だが当のクレナはアリカの発言を興味ないとばかりに切り捨てた。
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