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第二章 集結、グランドクロス
第24話 守るべき同胞たち 前編
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「ナギおねーちゃん、サラおねーちゃん――おかえりなさい!!」
身の毛がよだつ拷問を終え、ゲオルグの元から戻ったナギとサラを出迎えたのは一人の小さな獣人族の少女だった。
年端も行かぬ十歳にも満たないだろうビーストの少女は子犬のように尻尾を振りながら一目散に駆けてくる。
「シオン、ただいま。いい子にして待ってた?」
サラは駆け寄ってきた少女――シオンの頭を優しく撫でる。
気持ちよさそうに目を細めるシオンはサラの問いに笑顔で頷いた。
「うん! メイが泣いたら、ちゃんとあやしてあげたし、コールおばさんといっしょにおせんたくもしたし、それからジェイにもごはんをもっててあげたんだよ? シオンえらいでしょー?」
得意げに胸を張るシオンを見てナギとサラは思わず笑みを浮かべる。二人が帰ってくるまでの間、賢明に頑張って同胞を守ってくれていたシオンにサラは言う。
「そっか。そんなシオンにはご褒美をあげないとね」
「わー!! りんごだぁー! ありがとうサラおねぇちゃん!!」
懐から取り出した手のひらサイズの赤い果実を嬉しそうにシオンは受け取り、その場で躊躇うことなく齧り付いた。よほど美味しいのだろう、頬に手を当て幸せそうな表情を浮かべていた。
だが次の瞬間シオンはハッとしたように顔を上げる。
「あっ! シオンひとりでたべちゃった……。メイや皆にもわけてあげないといけないのに」
シュンと落ち込む様子を見せるシオンに今度はナギが安心させるように言う。
「大丈夫だよシオン。皆の分もちゃんと買ってきてあるから。その林檎はシオン一人で食べていいんだよ?」
ナギの言葉に安心したのかシオンは再び林檎に齧り付いた。
幸せそうに食べるシオンを横目にナギもまた手持ちにあるもう一つの林檎を取り出し口にする。シャリッと心地よい音が鳴り口の中に瑞々しい甘さが広がる。
(うん、甘くて美味しい。久しぶりだなこの味……。ドワーフ領でも取れる林檎の味は変わらないんだ)
幼い頃よく食べていた林檎。かつて故郷で食べたリリガの実と同じ味が口に広がり、懐かしさと共にかつての日々の記憶がふと蘇る。
父と母と一緒に狩りに出かけ、初めて獲物を捕らえることに成功したナギへ差し出されたのがこの林檎だった。
母が誕生日にくれた林檎の髪飾りは、今でも大切に扱っている。髪の両側に留めてある髪飾りを触りながら当時を思い出して感傷的になるナギだが、すぐに我に返りかぶりを振る。
(今は危険な時なのに私ってば何を……。私が頑張らないと皆死ぬ……皆ッ)
「――ナギおねーちゃん?」
ナギの焦燥を感じ取ったのか心配そうに顔を覗き込むシオン。
「っ、何でもないよシオン。わざわざ出迎えありがとうね。さ、帰ろう」
不安げに揺れるシオンの手を取り、ナギは安心させるように言った。
ドワーフに与えられた小汚い岩でできた倉のような場所。ここが今いる同胞たちの住処。中は思いの外広く、ボロい布地で天幕を覆いテントを複数設営することで仮の住居としていた。
文句を上げたらキリがない。手足のようにビーストを利用しておいて、囚人のような生活を強いられていること。
いや、むしろこれだけの同胞たちを匿ってくれていることに感謝すべきなのか。今のナギには判断がつかなかった。
「――それでね、アキってばひどいんだよ? シオンがせぇ~っかくたすけてあげたのに『おまえのたすけなんてひつようない』って言ってきてさぁ」
「ふふふ、アキも男の子ってことかな。女の子のシオンに助けられたことが恥ずかしいんだよきっと」
「うーん、よくわかんなーい」
同胞たちの元へ向いながらシオンとサラは会話を続けている。ドワーフたちに与えられた労働中の出来事を話しているのだろう。
外に出ているナギやサラたち戦闘員とは別に非戦闘員であるビーストも当然存在する。
それはシオンたち幼いビーストや老人たちがそれにあたる。聞くところによると、どうやら彼女たちは毎日荷物運びなどの労働をさせられているらしい。
そのこと自体はさして気に留めることでもない。フリーディアから匿ってくれていることに対する借りは返さねばビーストとしての沽券に関わるためだ。
それ自体はいい。だが問題はここを取り仕切っているゲオルグという男にある。
先程フリーディア隊員に対して行った拷問という行為。ナギたちビーストの常識からかけ離れた残酷非道な所業を平然と行う彼の元にシオンたちを預けて本当に大丈夫かという疑問が彼女の内に湧いていた。
万が一にもシオンがあのフリーディア隊員と同じ目にあったとしたら……。そう考えるだけでナギの胸の痛みは激しく増していく。
「みんなー! ナギおねーちゃんたちがかえってきたよー!!」
そんなナギの胸の内を知らずシオンが大きな声で告げると、テントから次々と同胞たちが姿を現した。
皆一様に喜びに満ちた表情を浮かべナギとサラを迎い入れる。年端も行かぬ子供たちや老若男女含め無事で良かったと告げられた二人は柔らかい表情を浮かべ答える。
その中にはアリカと呼ばれたフリーディア隊員との戦いで重症を負ったジェイの姿もあり、彼もまた安堵した様子でナギたちを迎い入れた。
「ナギー! 無事で良かったぜ全くよぉ!」
「ジェイ、もう動いて大丈夫なの?」
「おうよ! 傷はもう殆ど塞がったしこの通りピンピンしてるぜ。戦闘も問題ねぇ、この間は女だからと油断して不覚を取っちまったが、次は必ずぶっ潰す!」
どうやらジェイはアリカとの再戦に燃えている様子だ。ふとナギは先日アリカとの戦闘で交わしたやり取りを思い出す。
"お前、ジェイをどうした!?"
"ジェイ?"
"お前がさっきまで戦っていた私たちの仲間だっ!!"
"あぁ……ジェイって地面とキスしてるあの男のこと? 悪いけど、邪魔だから斬り伏せさせてもらったわ"
(あのときジェイは殺されたと思った。だけど本人の生命力の強さのおかげか一命をとりとめた。結果としてあの戦闘での死傷者はゼロだったけど、次はどうなるか……)
ジェイは再び戦場に立つ意欲を見せているが、またあのときのような胸を締め付けられるような悲しい想いはしたくない。
同胞を失うのはもう嫌なのだ。
「――こーらジェイ? そうやってすぐ無茶をしようとするの、昔からの悪い癖だよ?」
そのとき、リベンジに燃えるジェイの脇腹をサラが指でツンと小突く。
「んぎゃっーーー!!」
直後、ジェイの口から絶叫が上がる。患部を抑えながら悶絶するジェイを見てサラは溜め息を吐いた。
「どこがピンピンしてるのかな? もう、傷全然治ってないじゃない」
「お、おいコラやめろバカ! そこはダメだってマジで痛いんだってぎゃああああぁぁぁぁぁぁ!!!??」
尚もツンツンと患部を追撃するサラに涙目になりながら懇願するジェイ。そんな二人のやり取りに思わず笑みが溢れる。
ジェイは子供の頃から変わらない。当時のナギは子供でありながら大人顔負けの戦闘能力を有しており、周りから距離を置かれていたことがある。
そんなときに出会ったのがジェイだ。彼はナギに勝負を申し込み、結果は惨敗。だがジェイは頑なに負けを認めず何度も何度もナギに挑みかかってきた。
それをナギは鬱陶しいと感じ適当にあしらい続けていた。気が付けば一緒に過ごす時間が多くなっていること、彼のことを理解し初めていること、無様にすっ転ぶ彼を見て少しだけ笑えるようになったこと。
いつの間にか二人は親友と呼べる間柄になっていたのだ。そこにサラが加わり、シオンや他の同胞たちも。いつしかナギにとってジェイはかけがえのない存在となっていた。
だからこそ、今の状態のジェイを戦闘に参加させるわけにはいかない。
「ジェイ、サラの言う通り無茶はしないで傷を癒やすことだけに専念して」
「けどよっ、お前ばっか戦わせて守ってもらってばっかで……俺だってお前を――」
納得いかないと抗議するジェイの言葉をナギは途中で遮る。
「知ってるでしょ? 私は強い。この場にいる誰よりも。だから私が全部守ってみせる。パパとママもその方がいいって言ってるしさ」
「パパとママって……。お前まだ族長たちのこと――」
目を見開き何かを告げようとするジェイはグッと堪え俯いた。他の同胞たちもナギへ向け複雑そうな表情を向けていた。
「……?」
ナギは不思議そうに周りを見つめる。時折今のようにおかしな空気になることが多い。まるでナギだけが世界に取り残されたような孤独を味わうのだ。
「とにかくだっ! お前も無茶ばっかりしてねぇで、少しは休めよ!! なぁ、皆もそう思うだろ?」
だがそれも一瞬のこと。次の瞬間には元の彼らに戻りジェイの言葉に合わせそうだそうだと頷き元の喧騒へと戻った。
「ナギおねぇちゃん、お外でたたかってつかれたでしょ? いっしょにおふろ入ろうよ。お背中ながしてあげるから!!」
そう言って無邪気に笑い手を引くシオンにナギは何も言えなくなる。
(先にパパとママに挨拶したかったけど、許してくれるよね)
今更シオンの手を拒むことはできない。今日は色々とショッキングな光景を目の当たりにしたこともありナギは精神ともに疲弊していた。
(言えない……こんな空気じゃ。敵が――フリーディアの数がニ億もいるなんてとても)
ナギにとって、生け捕りにしたフリーディア隊員の話で最も危惧すべき問題はそれだった。ゲオルグは魔術武装の構造や仕組みに興味を持っていたようだが、ナギからしたら敵の武器などゴミでしかない。
どうせならフリーディアの弱点を聞き出すべきだったのだ。
ニ億もいる敵が一斉に襲いかかってきたら、とてもではないがナギ一人では対処できない。どれだけナギが一騎当千の実力を誇っていてもそれは、個や少数においてのみ発揮される。
数こそ正義というように圧倒的な数の暴力こそが戦争において最も恐ろしい力を発揮する。いくら強くとも、どれだけ強力な能力を持っていようとも、多勢に無勢では意味がないのだ。
一人だけ生き残っても意味がない。それはナギにとっては負けと同義だ。
(勝つ。そのためならドワーフにどれだけ馬鹿にされて道具のように扱われても堪えられる。奴らを――フリーディアの脅威から同胞を守る。それが私の覚悟だから!)
彼女にとって勝利とは、シオンが、ジェイが、サラが、他の同胞たちやパパとママが敵に怯えず笑顔で安心して過ごせるようになることなのだから。
身の毛がよだつ拷問を終え、ゲオルグの元から戻ったナギとサラを出迎えたのは一人の小さな獣人族の少女だった。
年端も行かぬ十歳にも満たないだろうビーストの少女は子犬のように尻尾を振りながら一目散に駆けてくる。
「シオン、ただいま。いい子にして待ってた?」
サラは駆け寄ってきた少女――シオンの頭を優しく撫でる。
気持ちよさそうに目を細めるシオンはサラの問いに笑顔で頷いた。
「うん! メイが泣いたら、ちゃんとあやしてあげたし、コールおばさんといっしょにおせんたくもしたし、それからジェイにもごはんをもっててあげたんだよ? シオンえらいでしょー?」
得意げに胸を張るシオンを見てナギとサラは思わず笑みを浮かべる。二人が帰ってくるまでの間、賢明に頑張って同胞を守ってくれていたシオンにサラは言う。
「そっか。そんなシオンにはご褒美をあげないとね」
「わー!! りんごだぁー! ありがとうサラおねぇちゃん!!」
懐から取り出した手のひらサイズの赤い果実を嬉しそうにシオンは受け取り、その場で躊躇うことなく齧り付いた。よほど美味しいのだろう、頬に手を当て幸せそうな表情を浮かべていた。
だが次の瞬間シオンはハッとしたように顔を上げる。
「あっ! シオンひとりでたべちゃった……。メイや皆にもわけてあげないといけないのに」
シュンと落ち込む様子を見せるシオンに今度はナギが安心させるように言う。
「大丈夫だよシオン。皆の分もちゃんと買ってきてあるから。その林檎はシオン一人で食べていいんだよ?」
ナギの言葉に安心したのかシオンは再び林檎に齧り付いた。
幸せそうに食べるシオンを横目にナギもまた手持ちにあるもう一つの林檎を取り出し口にする。シャリッと心地よい音が鳴り口の中に瑞々しい甘さが広がる。
(うん、甘くて美味しい。久しぶりだなこの味……。ドワーフ領でも取れる林檎の味は変わらないんだ)
幼い頃よく食べていた林檎。かつて故郷で食べたリリガの実と同じ味が口に広がり、懐かしさと共にかつての日々の記憶がふと蘇る。
父と母と一緒に狩りに出かけ、初めて獲物を捕らえることに成功したナギへ差し出されたのがこの林檎だった。
母が誕生日にくれた林檎の髪飾りは、今でも大切に扱っている。髪の両側に留めてある髪飾りを触りながら当時を思い出して感傷的になるナギだが、すぐに我に返りかぶりを振る。
(今は危険な時なのに私ってば何を……。私が頑張らないと皆死ぬ……皆ッ)
「――ナギおねーちゃん?」
ナギの焦燥を感じ取ったのか心配そうに顔を覗き込むシオン。
「っ、何でもないよシオン。わざわざ出迎えありがとうね。さ、帰ろう」
不安げに揺れるシオンの手を取り、ナギは安心させるように言った。
ドワーフに与えられた小汚い岩でできた倉のような場所。ここが今いる同胞たちの住処。中は思いの外広く、ボロい布地で天幕を覆いテントを複数設営することで仮の住居としていた。
文句を上げたらキリがない。手足のようにビーストを利用しておいて、囚人のような生活を強いられていること。
いや、むしろこれだけの同胞たちを匿ってくれていることに感謝すべきなのか。今のナギには判断がつかなかった。
「――それでね、アキってばひどいんだよ? シオンがせぇ~っかくたすけてあげたのに『おまえのたすけなんてひつようない』って言ってきてさぁ」
「ふふふ、アキも男の子ってことかな。女の子のシオンに助けられたことが恥ずかしいんだよきっと」
「うーん、よくわかんなーい」
同胞たちの元へ向いながらシオンとサラは会話を続けている。ドワーフたちに与えられた労働中の出来事を話しているのだろう。
外に出ているナギやサラたち戦闘員とは別に非戦闘員であるビーストも当然存在する。
それはシオンたち幼いビーストや老人たちがそれにあたる。聞くところによると、どうやら彼女たちは毎日荷物運びなどの労働をさせられているらしい。
そのこと自体はさして気に留めることでもない。フリーディアから匿ってくれていることに対する借りは返さねばビーストとしての沽券に関わるためだ。
それ自体はいい。だが問題はここを取り仕切っているゲオルグという男にある。
先程フリーディア隊員に対して行った拷問という行為。ナギたちビーストの常識からかけ離れた残酷非道な所業を平然と行う彼の元にシオンたちを預けて本当に大丈夫かという疑問が彼女の内に湧いていた。
万が一にもシオンがあのフリーディア隊員と同じ目にあったとしたら……。そう考えるだけでナギの胸の痛みは激しく増していく。
「みんなー! ナギおねーちゃんたちがかえってきたよー!!」
そんなナギの胸の内を知らずシオンが大きな声で告げると、テントから次々と同胞たちが姿を現した。
皆一様に喜びに満ちた表情を浮かべナギとサラを迎い入れる。年端も行かぬ子供たちや老若男女含め無事で良かったと告げられた二人は柔らかい表情を浮かべ答える。
その中にはアリカと呼ばれたフリーディア隊員との戦いで重症を負ったジェイの姿もあり、彼もまた安堵した様子でナギたちを迎い入れた。
「ナギー! 無事で良かったぜ全くよぉ!」
「ジェイ、もう動いて大丈夫なの?」
「おうよ! 傷はもう殆ど塞がったしこの通りピンピンしてるぜ。戦闘も問題ねぇ、この間は女だからと油断して不覚を取っちまったが、次は必ずぶっ潰す!」
どうやらジェイはアリカとの再戦に燃えている様子だ。ふとナギは先日アリカとの戦闘で交わしたやり取りを思い出す。
"お前、ジェイをどうした!?"
"ジェイ?"
"お前がさっきまで戦っていた私たちの仲間だっ!!"
"あぁ……ジェイって地面とキスしてるあの男のこと? 悪いけど、邪魔だから斬り伏せさせてもらったわ"
(あのときジェイは殺されたと思った。だけど本人の生命力の強さのおかげか一命をとりとめた。結果としてあの戦闘での死傷者はゼロだったけど、次はどうなるか……)
ジェイは再び戦場に立つ意欲を見せているが、またあのときのような胸を締め付けられるような悲しい想いはしたくない。
同胞を失うのはもう嫌なのだ。
「――こーらジェイ? そうやってすぐ無茶をしようとするの、昔からの悪い癖だよ?」
そのとき、リベンジに燃えるジェイの脇腹をサラが指でツンと小突く。
「んぎゃっーーー!!」
直後、ジェイの口から絶叫が上がる。患部を抑えながら悶絶するジェイを見てサラは溜め息を吐いた。
「どこがピンピンしてるのかな? もう、傷全然治ってないじゃない」
「お、おいコラやめろバカ! そこはダメだってマジで痛いんだってぎゃああああぁぁぁぁぁぁ!!!??」
尚もツンツンと患部を追撃するサラに涙目になりながら懇願するジェイ。そんな二人のやり取りに思わず笑みが溢れる。
ジェイは子供の頃から変わらない。当時のナギは子供でありながら大人顔負けの戦闘能力を有しており、周りから距離を置かれていたことがある。
そんなときに出会ったのがジェイだ。彼はナギに勝負を申し込み、結果は惨敗。だがジェイは頑なに負けを認めず何度も何度もナギに挑みかかってきた。
それをナギは鬱陶しいと感じ適当にあしらい続けていた。気が付けば一緒に過ごす時間が多くなっていること、彼のことを理解し初めていること、無様にすっ転ぶ彼を見て少しだけ笑えるようになったこと。
いつの間にか二人は親友と呼べる間柄になっていたのだ。そこにサラが加わり、シオンや他の同胞たちも。いつしかナギにとってジェイはかけがえのない存在となっていた。
だからこそ、今の状態のジェイを戦闘に参加させるわけにはいかない。
「ジェイ、サラの言う通り無茶はしないで傷を癒やすことだけに専念して」
「けどよっ、お前ばっか戦わせて守ってもらってばっかで……俺だってお前を――」
納得いかないと抗議するジェイの言葉をナギは途中で遮る。
「知ってるでしょ? 私は強い。この場にいる誰よりも。だから私が全部守ってみせる。パパとママもその方がいいって言ってるしさ」
「パパとママって……。お前まだ族長たちのこと――」
目を見開き何かを告げようとするジェイはグッと堪え俯いた。他の同胞たちもナギへ向け複雑そうな表情を向けていた。
「……?」
ナギは不思議そうに周りを見つめる。時折今のようにおかしな空気になることが多い。まるでナギだけが世界に取り残されたような孤独を味わうのだ。
「とにかくだっ! お前も無茶ばっかりしてねぇで、少しは休めよ!! なぁ、皆もそう思うだろ?」
だがそれも一瞬のこと。次の瞬間には元の彼らに戻りジェイの言葉に合わせそうだそうだと頷き元の喧騒へと戻った。
「ナギおねぇちゃん、お外でたたかってつかれたでしょ? いっしょにおふろ入ろうよ。お背中ながしてあげるから!!」
そう言って無邪気に笑い手を引くシオンにナギは何も言えなくなる。
(先にパパとママに挨拶したかったけど、許してくれるよね)
今更シオンの手を拒むことはできない。今日は色々とショッキングな光景を目の当たりにしたこともありナギは精神ともに疲弊していた。
(言えない……こんな空気じゃ。敵が――フリーディアの数がニ億もいるなんてとても)
ナギにとって、生け捕りにしたフリーディア隊員の話で最も危惧すべき問題はそれだった。ゲオルグは魔術武装の構造や仕組みに興味を持っていたようだが、ナギからしたら敵の武器などゴミでしかない。
どうせならフリーディアの弱点を聞き出すべきだったのだ。
ニ億もいる敵が一斉に襲いかかってきたら、とてもではないがナギ一人では対処できない。どれだけナギが一騎当千の実力を誇っていてもそれは、個や少数においてのみ発揮される。
数こそ正義というように圧倒的な数の暴力こそが戦争において最も恐ろしい力を発揮する。いくら強くとも、どれだけ強力な能力を持っていようとも、多勢に無勢では意味がないのだ。
一人だけ生き残っても意味がない。それはナギにとっては負けと同義だ。
(勝つ。そのためならドワーフにどれだけ馬鹿にされて道具のように扱われても堪えられる。奴らを――フリーディアの脅威から同胞を守る。それが私の覚悟だから!)
彼女にとって勝利とは、シオンが、ジェイが、サラが、他の同胞たちやパパとママが敵に怯えず笑顔で安心して過ごせるようになることなのだから。
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