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第一章 始まりの物語
第18話 予期せぬ再会 前編
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ユーリ・クロイスとミアリーゼ・レーベンフォルン。
五つの頃初めて社交界で出会い一緒に踊り、その後も交友を深め続けた謂わば幼馴染と呼ばれる関係。年を経るにつれ、彼女と己の身分の差を痛感し踠いていたことは記憶に新しい。
ミアリーゼには、何も告げずに統合軍に入隊した。彼女に相応しいと認めてもらうその日まで、決して会わないと誓っていたのに、まさかこのような形で再会することになろうとは。
「ミアリーゼ様、どうしてこちらに……?」
「ユーリ様こそ、何故トリオン基地に? それにそのお姿……」
彼女は患者服姿でベッドにいるユーリの姿を見て顔を青くしていた。
何と説明したものか。初任務で異種族の襲撃に遭い激しい戦闘の末、大怪我を負ったと素直に告げるべきか。
「彼は戦場で私を庇い大怪我を負ったのですミアリーゼ様」
そう逡巡していると、代わりにアリカ・リーズシュタットが返答する。それも酷く素っ気ない棘のある態度で、だ。
「その、あなたは?」
「私はアリカ・リーズシュタットといい、ユーリと同じ部隊に配属された新兵です。お会いできて光栄です。ミアリーゼ・レーベンフォルン様」
「光栄だなんて。こちらこそよろしくお願いいたしますアリカ様。それから私は無力な小娘でしかありません。そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。」
「そう。なら普通に話すことにするわ。よろしくお姫様」
しれっと態度を崩すアリカにユーリは頭を抱えるしかない。見る人が見れば不敬罪と訴えられてもおかしくない。だが当のミアリーゼ本人は気にしていない様子なので、アリカを注意することができない。
「はい、こちらこそよろしくお願いいたしますわ。それから、先ほどアリカ様が仰ったことは本当なのですか? ユーリ様が戦場に出て負傷されたというのは……」
「本当よ。ユーリは命の恩人。私が油断しなければ、彼はこうはならなかった。全ては私が生んだ甘さのせいよ」
「そんな……」
ミアリーゼはその胸の内に何を思うのか、深刻な表情で何か考えている様子だ。
「それより聞かせて、二人は顔見知りみたいだけどどういう関係なの? というかお姫様がどうしてここにいるのかも分からないんだけど?」
アリカの疑問はもっともで、ユーリも心配してくれるミアリーゼには悪いが何故トリオン基地にいるのか不思議でならなかった。
彼女の立場を考えれば、前線基地にいることそのものがあり得ざる状況なのだ。
「私とユーリ様の関係は幼い頃から良くしていただいている素敵なお友達ですよ。彼にはとても親切にしていただいてますし、人を慮ることのできる素敵な殿方だと思っています」
「忘れてたけど、コイツも名家の生まれだったわね(ボソッ)」
アリカがとても失礼な言葉を口にしたが、ミアリーゼの言葉が何よりも嬉しくて聞こえなかったことにした。
「そして私がトリオン基地に来訪した理由は前線で戦ってくれている兵士の皆様に直接感謝の言葉を伝えたかったからです」
「……は? 感謝!?」
ミアリーゼの予想もしない来訪理由にアリカは顎が外れんばかりに驚き、ユーリに関しては泡を吹いて卒倒しそうになっていた。
「えぇ。理由を伝えると皆そうやって驚かれますが、そんなにおかしなことでしょうか?」
おかしいどころではない。お礼など書面に記せばそれだけで、兵士たちの士気は高まるだろう。
フリーディア統合連盟政府総帥の娘自らが危険地帯に身を晒すということがどういう意味を持つのか。彼女を失えば、どれだけ人類の損失に繋がるのか本当に分かっているのだろうか?
いや、聡明なミアリーゼのことだ。きっと分かってる。分かっていて、それでも無力な自分を変えたくてここに来たのだろう。ユーリと同じように彼女も悩んでいたのかもしれない。
「そんなことありませんよ。ミアリーゼ様のお心遣いに感謝の言葉もありません」
ユーリは身体の痛みを無視して背を伸ばし深く頭を下げる。
「ユーリ様……あまりご無理をされては」
ミアリーゼもユーリが無茶をしていると思ったのか不安げな面持ちだ。
「いえ、もうほとんど完治してますし大丈夫です。それにこの怪我は自分の弱さの証明ですので気遣いは無用です。今までどれだけ甘えた環境にいたのか痛感しました」
どうってことないように振る舞ってみせるが、ミアリーゼの表情が晴れることはなかった。
「あなたが前線にいることを、セリナ様はご存知なのですか?
それに、私はユーリ様が軍に入るなどと一言も……」
「何というかその、色々ありまして……。母さんは知ってますけど反対されたといいますか……。
ミアリーゼ様に何も告げずにいたのは、本当にすみません。無用な心配をおかけしたくなかったものですから……」
「…………」
納得がいっていないのか、悲痛な面持ちでユーリを見据えるミアリーゼ。けれど、何を告げればいいのか迷っている様子で何度も口を開こうとしては閉じるを繰り返す。そして、ようやく口にできた言葉は――
「戦場に出たということは、ユーリ様は異種族と戦われたのですね」
そんな、当たり前の疑問だけだった。
「えぇ、まぁ。ほとんど何もできず終始足手まといでしたけど……。
アリカがいなかったら今頃お星様になっていたでしょうね、あはは!」
心配かけないよう冗談まじりにユーリは答えるが、ミアリーゼの表情は曇ったままだ。
完全にスベった。どうにかしてくれとアリカに視線で助けを求めるも、気まずい雰囲気に耐えられないからかそっと目を逸らす。
「――ユーリ様」
「ひゃいっ」
ミアリーゼがそっとユーリの手を取った瞬間、顔を真っ赤にし慌てるも、その真剣な表情を見てすぐに意識を切り替える。
「先ほどアリカ様はご自身を庇われたと仰いました。あなたは決して足手まといではありませんわ。
むしろ死地へ趣いても尚仲間を慮ることのできるあなたに敬意を表するばかりです。
無論ユーリ様だけでなく、アリカ様も他の兵士の皆様にも私が懐く気持ちは変わりません。
命を賭して私たちの明日を紡いでくださっていることに感謝を。本当にありがとうございます」
それは、ミアリーゼにとって偽りの無い本心であった。だからこそ、その言葉を受けたユーリたちは等しく言葉を失い押し黙るしかない。彼女が自分たちに懐く想いの大きさに圧倒されてしまうためだ。
これこそが、ミアリーゼ・レーベンフォルンが敬意される最大の理由であり魅力だった。
誰もがこの人には敵わないと思わせるほどの器の大きさと心の尊さ。これほどのカリスマ性を持つ人物は世界に二人といないだろう。
彼女の存在はまさに人類にとっての希望の光。グレンファルトと合わせ、かの兄弟は後世の人類を率いる存在だと誰しもが認めている。
(そうだ。戦争を終わらせて、ミアリーゼ様に世界を導いてもらう。そのためなら命も惜しくはない)
戦争を終わらせる――そう覚悟を決めてユーリは戦場に立つ決意をしたのだ。だというのに胸に違和感を覚えるのは何故なのか。
"あ、あぁぁぁっーーー! パパ、ママッ!! いやぁぁぁぁっ!!!"
ユーリの頭に浮かぶのは、ナギと呼ばれたビーストの少女が放った慟哭。
"助けて"。
「――ユーリ様?」
ユーリが無理をしていると思ったのか心配げに覗き込むミアリーゼ。
「っ」
何故だろうか。ミアリーゼとナギの顔が一瞬だけ重なり思わず動揺してしまう。
必死に敵だと自身の心に言い聞かせようとするが、ナギの慟哭が頭から離れず、ミアリーゼの感謝を素直に受け取ることができない。
「……また、あのときと同じ表情をされていますわね」
「あのとき……?」
ミアリーゼが何を言っているのか分からずユーリは聞き返す。
「ほら、私たちが初めてお会いした社交界でも同じように不安げな表情をしていたではありませんか」
そうだ。彼女と初めて出会った時の記憶は今でも鮮明に思い出すことができる。あの時ミアリーゼが励ましてくれたおかげでユーリは前を向くことができた。感謝してもし足りないユーリにとって大切な思い出の一つだ。
まさかミアリーゼが覚えているとは思わず驚愕の表情を浮かべた。
「あの時はご家族の名誉を心配されておりましたが、今度は何をお悩みなのですか?」
あの時より少し大人びた声、だけど昔から変わらず在る慈愛に満ちた聖女のような表情に。
「何でもありませんよ、ご心配ありがとうございます」
縋る寸前でユーリはグッと堪え笑みを浮かべ答えた。
これ以上彼女に甘えるわけにはいかない。と男の矜持がそれを押し留めたのだ。
逃げるな、と。
心配ないと、自分は一人でも大丈夫だと意味を込めて言ったつもりだったがミアリーゼはユーリの予想に反し。
「そうですか」
と少しだけ寂しそうに告げた。
「俺のことは心配していただかなくても大丈夫です。それよりミアリーゼ様はいつ頃までトリオンに滞在されるのですか?」
これ以上詮索されないよう強引に話を切り替えるユーリ。そんな彼の意図を察したのか、ミアリーゼは素直に答える。
「一通りご挨拶も済ませましたので、最後にダリル・アーキマン司令にご挨拶を申し上げたらお暇いたします。私がいつまでもここにいても皆様のご迷惑になりますしね」
それを聞いて安心した。彼女は一秒たりともこの場所に留まってはいけないのだから。
「それなら、せっかくですし司令室までご案内しますよ」
「いえ、そんなっ。お身体に障りますのでそこまでしていただかなくても! それに――」
「大丈夫ですよ、リハビリのついでということで。そろそろ動かないと身体が鈍ってしまいますからね」
本音を言えば、このままベッドで寝ていたら暇過ぎて死んでしまいそうなくらいユーリは今の現状をストレスに感じていた。
それにもし万が一敵が襲ってきた場合、盾は少しでも多い方がいい。自身の傷の具合よりもミアリーゼの身を守ることを優先するのは兵士として当たり前の行為だ。
「アリカも来るだろ?」
「そうね。できればベッドで大人しくしてほしいけど、アンタってば我慢の限界みたいだし付き合ってあげるわ」
どうやらアリカにはユーリの本音はお見通しだったらしい。深い溜め息を吐いて渋々といった様子で提案を受け入れた。
「そういうわけですので、よろしくお願いしますミアリーゼ様」
「はい。こちらこそよろしくお願いいたしますユーリ様、アリカ様」
ミアリーゼは全てを包み込むような深い笑みを浮かべて答えた。
そしてガチャリと扉を開け、通路に出るとユーリの視界に壁にもたれ瞳を閉じている金髪の女性が目に映った。
「お待たせして申し訳ありません、クレナ様」
「いいえ、私のことはお構いなく」
ミアリーゼの謝罪をクレナは気にしていないと平坦な声で返事をする。
どうやらクレナ・フォーウッド少佐がミアリーゼの護衛兼案内役を仰せつかった人物のようだ。
護衛が一人というのは些か手薄すぎはしないかと思ったが、あまり大勢でもミアリーゼが窮屈に感じてしまうかとユーリは思い直す。
そのときクレナはユーリとアリカの存在に気付いたようで視線を向ける。何故新兵がミアリーゼ様と一緒に出てきた? という疑問がクレナの表情にありありと浮かび上がっており、ユーリは何と答えたものかと逡巡する。
「あぁ、彼らのことはお気になさらず。私がアーキマン司令の部屋までご同行願ったのです」
ミアリーゼはあえて自分から誘ったという体にしてクレナにいらぬ心配をかけぬよう配慮する。
「そうでしたか」
クレナは納得したように引き下がる。
「それでは皆様、まいりましょうか」
こうして四人はダリル・アーキマン大佐のいる司令室へ向かって歩き出した。
五つの頃初めて社交界で出会い一緒に踊り、その後も交友を深め続けた謂わば幼馴染と呼ばれる関係。年を経るにつれ、彼女と己の身分の差を痛感し踠いていたことは記憶に新しい。
ミアリーゼには、何も告げずに統合軍に入隊した。彼女に相応しいと認めてもらうその日まで、決して会わないと誓っていたのに、まさかこのような形で再会することになろうとは。
「ミアリーゼ様、どうしてこちらに……?」
「ユーリ様こそ、何故トリオン基地に? それにそのお姿……」
彼女は患者服姿でベッドにいるユーリの姿を見て顔を青くしていた。
何と説明したものか。初任務で異種族の襲撃に遭い激しい戦闘の末、大怪我を負ったと素直に告げるべきか。
「彼は戦場で私を庇い大怪我を負ったのですミアリーゼ様」
そう逡巡していると、代わりにアリカ・リーズシュタットが返答する。それも酷く素っ気ない棘のある態度で、だ。
「その、あなたは?」
「私はアリカ・リーズシュタットといい、ユーリと同じ部隊に配属された新兵です。お会いできて光栄です。ミアリーゼ・レーベンフォルン様」
「光栄だなんて。こちらこそよろしくお願いいたしますアリカ様。それから私は無力な小娘でしかありません。そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。」
「そう。なら普通に話すことにするわ。よろしくお姫様」
しれっと態度を崩すアリカにユーリは頭を抱えるしかない。見る人が見れば不敬罪と訴えられてもおかしくない。だが当のミアリーゼ本人は気にしていない様子なので、アリカを注意することができない。
「はい、こちらこそよろしくお願いいたしますわ。それから、先ほどアリカ様が仰ったことは本当なのですか? ユーリ様が戦場に出て負傷されたというのは……」
「本当よ。ユーリは命の恩人。私が油断しなければ、彼はこうはならなかった。全ては私が生んだ甘さのせいよ」
「そんな……」
ミアリーゼはその胸の内に何を思うのか、深刻な表情で何か考えている様子だ。
「それより聞かせて、二人は顔見知りみたいだけどどういう関係なの? というかお姫様がどうしてここにいるのかも分からないんだけど?」
アリカの疑問はもっともで、ユーリも心配してくれるミアリーゼには悪いが何故トリオン基地にいるのか不思議でならなかった。
彼女の立場を考えれば、前線基地にいることそのものがあり得ざる状況なのだ。
「私とユーリ様の関係は幼い頃から良くしていただいている素敵なお友達ですよ。彼にはとても親切にしていただいてますし、人を慮ることのできる素敵な殿方だと思っています」
「忘れてたけど、コイツも名家の生まれだったわね(ボソッ)」
アリカがとても失礼な言葉を口にしたが、ミアリーゼの言葉が何よりも嬉しくて聞こえなかったことにした。
「そして私がトリオン基地に来訪した理由は前線で戦ってくれている兵士の皆様に直接感謝の言葉を伝えたかったからです」
「……は? 感謝!?」
ミアリーゼの予想もしない来訪理由にアリカは顎が外れんばかりに驚き、ユーリに関しては泡を吹いて卒倒しそうになっていた。
「えぇ。理由を伝えると皆そうやって驚かれますが、そんなにおかしなことでしょうか?」
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フリーディア統合連盟政府総帥の娘自らが危険地帯に身を晒すということがどういう意味を持つのか。彼女を失えば、どれだけ人類の損失に繋がるのか本当に分かっているのだろうか?
いや、聡明なミアリーゼのことだ。きっと分かってる。分かっていて、それでも無力な自分を変えたくてここに来たのだろう。ユーリと同じように彼女も悩んでいたのかもしれない。
「そんなことありませんよ。ミアリーゼ様のお心遣いに感謝の言葉もありません」
ユーリは身体の痛みを無視して背を伸ばし深く頭を下げる。
「ユーリ様……あまりご無理をされては」
ミアリーゼもユーリが無茶をしていると思ったのか不安げな面持ちだ。
「いえ、もうほとんど完治してますし大丈夫です。それにこの怪我は自分の弱さの証明ですので気遣いは無用です。今までどれだけ甘えた環境にいたのか痛感しました」
どうってことないように振る舞ってみせるが、ミアリーゼの表情が晴れることはなかった。
「あなたが前線にいることを、セリナ様はご存知なのですか?
それに、私はユーリ様が軍に入るなどと一言も……」
「何というかその、色々ありまして……。母さんは知ってますけど反対されたといいますか……。
ミアリーゼ様に何も告げずにいたのは、本当にすみません。無用な心配をおかけしたくなかったものですから……」
「…………」
納得がいっていないのか、悲痛な面持ちでユーリを見据えるミアリーゼ。けれど、何を告げればいいのか迷っている様子で何度も口を開こうとしては閉じるを繰り返す。そして、ようやく口にできた言葉は――
「戦場に出たということは、ユーリ様は異種族と戦われたのですね」
そんな、当たり前の疑問だけだった。
「えぇ、まぁ。ほとんど何もできず終始足手まといでしたけど……。
アリカがいなかったら今頃お星様になっていたでしょうね、あはは!」
心配かけないよう冗談まじりにユーリは答えるが、ミアリーゼの表情は曇ったままだ。
完全にスベった。どうにかしてくれとアリカに視線で助けを求めるも、気まずい雰囲気に耐えられないからかそっと目を逸らす。
「――ユーリ様」
「ひゃいっ」
ミアリーゼがそっとユーリの手を取った瞬間、顔を真っ赤にし慌てるも、その真剣な表情を見てすぐに意識を切り替える。
「先ほどアリカ様はご自身を庇われたと仰いました。あなたは決して足手まといではありませんわ。
むしろ死地へ趣いても尚仲間を慮ることのできるあなたに敬意を表するばかりです。
無論ユーリ様だけでなく、アリカ様も他の兵士の皆様にも私が懐く気持ちは変わりません。
命を賭して私たちの明日を紡いでくださっていることに感謝を。本当にありがとうございます」
それは、ミアリーゼにとって偽りの無い本心であった。だからこそ、その言葉を受けたユーリたちは等しく言葉を失い押し黙るしかない。彼女が自分たちに懐く想いの大きさに圧倒されてしまうためだ。
これこそが、ミアリーゼ・レーベンフォルンが敬意される最大の理由であり魅力だった。
誰もがこの人には敵わないと思わせるほどの器の大きさと心の尊さ。これほどのカリスマ性を持つ人物は世界に二人といないだろう。
彼女の存在はまさに人類にとっての希望の光。グレンファルトと合わせ、かの兄弟は後世の人類を率いる存在だと誰しもが認めている。
(そうだ。戦争を終わらせて、ミアリーゼ様に世界を導いてもらう。そのためなら命も惜しくはない)
戦争を終わらせる――そう覚悟を決めてユーリは戦場に立つ決意をしたのだ。だというのに胸に違和感を覚えるのは何故なのか。
"あ、あぁぁぁっーーー! パパ、ママッ!! いやぁぁぁぁっ!!!"
ユーリの頭に浮かぶのは、ナギと呼ばれたビーストの少女が放った慟哭。
"助けて"。
「――ユーリ様?」
ユーリが無理をしていると思ったのか心配げに覗き込むミアリーゼ。
「っ」
何故だろうか。ミアリーゼとナギの顔が一瞬だけ重なり思わず動揺してしまう。
必死に敵だと自身の心に言い聞かせようとするが、ナギの慟哭が頭から離れず、ミアリーゼの感謝を素直に受け取ることができない。
「……また、あのときと同じ表情をされていますわね」
「あのとき……?」
ミアリーゼが何を言っているのか分からずユーリは聞き返す。
「ほら、私たちが初めてお会いした社交界でも同じように不安げな表情をしていたではありませんか」
そうだ。彼女と初めて出会った時の記憶は今でも鮮明に思い出すことができる。あの時ミアリーゼが励ましてくれたおかげでユーリは前を向くことができた。感謝してもし足りないユーリにとって大切な思い出の一つだ。
まさかミアリーゼが覚えているとは思わず驚愕の表情を浮かべた。
「あの時はご家族の名誉を心配されておりましたが、今度は何をお悩みなのですか?」
あの時より少し大人びた声、だけど昔から変わらず在る慈愛に満ちた聖女のような表情に。
「何でもありませんよ、ご心配ありがとうございます」
縋る寸前でユーリはグッと堪え笑みを浮かべ答えた。
これ以上彼女に甘えるわけにはいかない。と男の矜持がそれを押し留めたのだ。
逃げるな、と。
心配ないと、自分は一人でも大丈夫だと意味を込めて言ったつもりだったがミアリーゼはユーリの予想に反し。
「そうですか」
と少しだけ寂しそうに告げた。
「俺のことは心配していただかなくても大丈夫です。それよりミアリーゼ様はいつ頃までトリオンに滞在されるのですか?」
これ以上詮索されないよう強引に話を切り替えるユーリ。そんな彼の意図を察したのか、ミアリーゼは素直に答える。
「一通りご挨拶も済ませましたので、最後にダリル・アーキマン司令にご挨拶を申し上げたらお暇いたします。私がいつまでもここにいても皆様のご迷惑になりますしね」
それを聞いて安心した。彼女は一秒たりともこの場所に留まってはいけないのだから。
「それなら、せっかくですし司令室までご案内しますよ」
「いえ、そんなっ。お身体に障りますのでそこまでしていただかなくても! それに――」
「大丈夫ですよ、リハビリのついでということで。そろそろ動かないと身体が鈍ってしまいますからね」
本音を言えば、このままベッドで寝ていたら暇過ぎて死んでしまいそうなくらいユーリは今の現状をストレスに感じていた。
それにもし万が一敵が襲ってきた場合、盾は少しでも多い方がいい。自身の傷の具合よりもミアリーゼの身を守ることを優先するのは兵士として当たり前の行為だ。
「アリカも来るだろ?」
「そうね。できればベッドで大人しくしてほしいけど、アンタってば我慢の限界みたいだし付き合ってあげるわ」
どうやらアリカにはユーリの本音はお見通しだったらしい。深い溜め息を吐いて渋々といった様子で提案を受け入れた。
「そういうわけですので、よろしくお願いしますミアリーゼ様」
「はい。こちらこそよろしくお願いいたしますユーリ様、アリカ様」
ミアリーゼは全てを包み込むような深い笑みを浮かべて答えた。
そしてガチャリと扉を開け、通路に出るとユーリの視界に壁にもたれ瞳を閉じている金髪の女性が目に映った。
「お待たせして申し訳ありません、クレナ様」
「いいえ、私のことはお構いなく」
ミアリーゼの謝罪をクレナは気にしていないと平坦な声で返事をする。
どうやらクレナ・フォーウッド少佐がミアリーゼの護衛兼案内役を仰せつかった人物のようだ。
護衛が一人というのは些か手薄すぎはしないかと思ったが、あまり大勢でもミアリーゼが窮屈に感じてしまうかとユーリは思い直す。
そのときクレナはユーリとアリカの存在に気付いたようで視線を向ける。何故新兵がミアリーゼ様と一緒に出てきた? という疑問がクレナの表情にありありと浮かび上がっており、ユーリは何と答えたものかと逡巡する。
「あぁ、彼らのことはお気になさらず。私がアーキマン司令の部屋までご同行願ったのです」
ミアリーゼはあえて自分から誘ったという体にしてクレナにいらぬ心配をかけぬよう配慮する。
「そうでしたか」
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