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第一章 始まりの物語

第14話 撤退

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 何故アリカ・リーズシュタットを庇ったのか、ユーリ自身にも分からない。気が付けば身体が勝手に動いていたとしか言えなかった。

 アリカはサラの接近に気付いていなかった。そして敵であるナギも。

 ユーリだけがサラの動きに反応できた。無意識に身体が動き出し、助けなければと思った瞬間にアリカを庇い腹部を刺し貫かれていた。アリカが悲痛な声でユーリを批難している。だが意識が朦朧と揺れるユーリには彼女の言葉が届かない。

 ふと、敵であるビースト――ナギの姿を見る。

 彼女はユーリが刺されたことに酷く動揺しているようで、ワナワナと肩を震わせている。

「あ、あぁぁぁっーーー! パパ、ママッ!! いやぁぁぁぁっ!!!」

 ユーリが仲間を庇った光景を目にして、何かトラウマでも呼び起こされたのか、ここにいるはずのない両親の名を叫び彼女はいやいやと頭を抱え泣き叫んでいた。

 その姿がとても印象的で、敵であるにも関わらず助けなければとユーリは思った。

 自然とナギへ向け手を差し伸べる。物理的に距離が離れているため届くことはないが、ナギ自身はユーリの差し出す手に気付いた様子で。

「助けて……」

 彼女もまた、瞳から涙を溢れさせ絶望に歪んだ掠れた声で助けを求めた。

 そこにナギと呼ばれる少女の本質を垣間見た気がしたユーリだったが、腹部を襲う激痛に耐えきれず呻き声を上げる。

「くっ、」

 サラは歪んだ表情で勢いよくユーリの腹から爪を引き抜くと大きく後退し仲間であるナギの元へ駆け寄りぎゅっと強く抱きしめる。

「大丈夫だよ、ナギ! 落ち着いて」

「ぐすっ……サラ?」

「うん、私だよ。ナギのパパとママはここにはいない。二人は今もナギの帰りを待ってるはずでしょ?」

「…………そうだった。私、何やってんだろ。同胞かぞくをたくさん殺したコイツらを殺してパパとママに誉めてもらわなくちゃいけないのに」

「そうだよ。私たちはフリーディアを殺さなくちゃいけない。そうじゃないと……」

 ようやく落ち着き冷静さを取り戻したナギにサラは申し訳無さそうに続ける。

「ナギ、ごめん。こういうの、ナギが一番嫌がるって分かってたのに」

「ううん、私のことは気にしないで。それに、私こそごめん。私が弱いばっかりにサラに辛い役目を押し付けた」

 互いに謝罪しあう二人。彼女たちにとってお互いは掛け替えのない存在であるようだ。

 ユーリは崩れ落ちながらナギとサラのやり取りを眺めていた。

 会話の意味は何一つ理解できなかったが、彼女たちの悲しみに満ちた心は痛いほど伝わり胸が締め付けられる想いだった。

 何か言わなければと思うものの、言葉すら発することができず、代わりに口から出たのは致命傷を訴える鮮血だ。

「がはッ」

「ユーリ!」

 そしてアリカは倒れるユーリの身体を抱きしめ支える。彼女も致命傷であるはずなのだが、そんなのお構いなしに傷口を抑えようと自身の隊員服を破り止血しようと試みる。

「どうしよう……傷の治療なんてやったこと……。これで正しいの? ユーリは助かるの……?
 オリヴァー・カイエス、ダニエル・ゴーン!! 誰でもいいからユーリを助けてよ!!!」

 敵が目の前にいることも忘れ、体力も魔力も尽きかけたアリカにはもう叫ぶことしかできない。

「残念だけど、そいつもう助からない。そしてお前も」

 そんなアリカに対しナギは複雑そうな表情で告げた。先刻までの憎悪の色はない。ただひたすらに悲哀で満ちた表情だった。

「どうして、アンタたちは何が目的なの!? 何でこんなこと……」

「一方的に私たちを襲ってきたお前たちフリーディアが口にするな!!」

「っ」

 ナギの放った一言にアリカはたじろぐ。

「お前たちが私たちビーストに対し何をしてきたか、忘れたとは言わせない! ここを地獄に変えたのも、私たちの住処を奪ったのも全部お前たちだ!!」

「それはこっちだって同じ! そもそも戦争仕掛けてきたのは異種族そっちが先でしょうが!! アンタたち異種族が侵略してきたせいで、一体どれだけの命が失われてきたか!」

 二人は互いの主張をぶつけ合う。しかしそれはあまりに悲しきすれ違いだった。互いの言い分を理解しながらも決して交わることのない平行線。

 ユーリは薄れゆく意識の中思う。戦争を終わらせるにはどうすればいいのか?

 ナギたち異種族を倒せば、本当に終わるのだろうか……。分からない、自分が成すべきことが何なのかユーリには分からない。

 フリーディア統合連盟軍や政府は本当に正しいのか? ビーストとはいえ一人の女の子の人生を憎悪に塗らしてしまった元凶は自分たち人間フリーディア側に非があるような気がしてならない。

 もしも自分たちの行っていることが、ナギのように多くの異種族たちを悲しませているのだとしたら…………。

「俺は……」

 うわ言のように呟いたユーリ。まだ意識があると分かったのかアリカはぎゅっと頭を抱きしめる。

「絶対に守る、死なせない……」

 彼女の決意の呟きを耳にした瞬間だった。

「ナギ、気をつけて! 何か来る!!」

「何が!?」

 サラが異変を感じ咄嗟にナギの名を叫ぶと同時に、僅かに地鳴りが響いた。

 魔力の活性化と共に鳴るエンジン音。その音は彼女たちにも聞き覚えがある。猛スピードでこちらに突っ込んで来るのは、一台の装甲車だった。

 一体誰が乗っているのか。敵か味方かアリカとサラ、ナギは警戒の色を浮かべる。

 そして――

「ユーリ、アリカ・リーズシュタット!!」

 助手席側の車窓から身を乗り出してユーリとアリカの名を叫ぶオリヴァー・カイエスの姿を捉えた瞬間、アリカの表情からは安堵が、ナギとサラは警戒の表情が現れた。

「――いけぇ!! 薔薇輝械ロードナイトエリキシル!!」

 薔薇を象ったオリヴァーの薔薇輝械ロードナイトエリキシルがユーリとアリカへ向け放たれ、ぐるぐると身体に巻き付いた。

「よしっ!! このまま二人を引き戻す! ダニエル、ユーリとアリカの回収に成功だ! 急いで撤退をしてくれ!」

「よっしゃ! ちと乱暴な運転だが我慢してくれよ!! うおぉぉぉぉっ!!!!」

 アクセル全開で発進する装甲車は勢い余ってスピンしながらもダニエルの巧みな運転技術により何とか態勢を立て直すことに成功する。

「きゃあぁぁぁっ!!!」

 だが薔薇輝械ロードナイトエリキシルが身体に巻き付いたまま引き摺られているアリカは引き回し刑を受けている気分に陥り悲鳴を上げていた。

「ゴラァ! 助けてくれたことには感謝してやらなくもないけど、もうちょっと優しく扱いなさいよ!! こっちは怪我人抱えてるのよ!!」

「こっちだって必死なんだ、仕方無いだろ!! 助けてやっただけでも感謝しろ!!」

「何ですって!?」

「そんなことより敵が追ってきてる! 限界だとは言わせないぞ。貴様だけが頼りだ! リーズシュタットお得意の剣術で迎撃してくれ!!」

「めちゃくちゃ言ってくれるわね、後で覚えてなさいよオリヴァー・カイエス!」

 アリカは薔薇輝械ロードナイトエリキシルから上半身を乗り出し何とか片腕だけ振れる状態になる。

 こんな不格好な態勢から剣技を披露する嵌めになるとは誰が思う。

 だがユーリは重症で意識を失っており、ダニエルは運転中、オリヴァーはユーリとアリカの身体に巻き付いているため、状況を打破できるのは彼女しかいない。

「――追え! 絶対に逃がすな!!」

 ビーストたちが咆哮を上げ迫りくる。トップスピードを維持する装甲車との距離が徐々に狭まっていく。

 運転席ではダニエルが必死にハンドルを捌いているが、その度に車体は大きく揺れており今にも横転してしまいそうだ。

 アリカ・リーズシュタットは残る全ての搾り滓ほどしか残っていない魔力を紅鴉国光ベニガラスクニミツへと注ぎ込む。

 本来はもう限界の筈の彼女は今日この日、初めて自分のためではなく仲間のために剣を振るおう。

「お願い、力を貸して! 紅鴉国光ベニガラスクニミツ!!」

 アリカの願いに呼応するように真紅の刀身が輝きを放つ。

「リーズシュタット流剣術――緋紅剣・群鴉ムラガラス!」

 アリカ・リーズシュタットから放たれた幾千もの羽ばたくような斬撃はまるで真紅の郡鴉のよう。

 空を舞うように縦横無尽に空間を斬り裂きながら飛び交う緋紅剣・群鴉ムラガラスに翻弄され動きを止めるビーストたち。

 一撃一撃の威力は弱く、ビーストたちに軽症を負わせるのみの結果となったが足止めとしては充分だろう。

「あとは任せたわよ、オリヴァー、ダニエル」

 自分の役目は終わったとばかりに今度こそ本当に力尽きたアリカは眠るように意識を失った。



 こうしてユーリたちの初任務は生還という形で終了した。結果は以下の通り。

 ユーリ・クロイス――重症。
 アリカ・リーズシュタット――重症。
 オリヴァー・カイエス、ダニエル・ゴーン共に軽症。

 異種族の拠点の後処理、及び調査任務に臨んだルーク・ホーキン含め八名の死亡が確認された。

 魔石は無事回収されたが、装甲車五台、魔術武装マギアウェポンを二十機近く失い、フリーディア陣営は甚大な被害を被ることとなった。

 任務の報告書を読んだトリオン基地司令のダリル・アーキマン大佐はゆっくりと息を吐き、ソファの背に頭を預ける。

「おのれビースト共め、獣なら獣らしく吠えておけばよいものを要らぬ知恵など身につけおって……」

 ダリルが予想するに今回遭遇したビーストたちは、少数精鋭の戦闘に特化した部隊に違いない。本能だけで動く獣が戦術じみた真似をしたことに不快感を隠さず露わにする。

「まぁいい。今回死んだ者も、ろくに成果を出さぬ無能共ばかり。変わりはいくらでもいる」

 だからといってむざむざと失ってよいものではないが。これは未だ大局はこちらに有利だと自分に言い聞かせているに過ぎない。

 事実被害は局所的によるものが大きく、フリーディアに打撃を与えることのできるビーストの戦力は多くはない。

 つまりユーリ・クロイスたちが遭遇したビーストの精鋭部隊さえ潰せば、フリーディア側の勝利は揺るがないということ。

「今回生還した彼らがもたらした情報の価値は高い。問題児かつ未熟さが目立つが、初の実戦であるにも関わらず、奴らとの戦闘で生き残った。やはり、レーベンフォルン卿の采配は確かなようだな」

 ユーリ・クロイス、アリカ・リーズシュタット、オリヴァー・カイエス、ダニエル・ゴーン。特にユーリに至っては、何故前線基地に配属されたのか理解していなかったが今回の一件でダリルは彼に対する評価を改める。

 フリーディア最高戦力と謳われるグランドクロス――グレンファルト・レーベンフォルンが何故ユーリに目をかけているのか分かった気がした。

「しかし問題もある。兵士に見合わぬその優しさが命取りとなる恐れがある。この一件を以て捨てきれれば、私の理想を実現するための試金石になってくれるやもしれん」

 ダリル・アーキマンの野心溢れる瞳は、荘厳かつ強烈に輝いていた。
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