私の好きの壁とドア

木魔 遥拓

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七四話『雪菜の憂鬱』

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 テストの返却も無事に終わった日の放課後。偶然古町さんたちと遭遇し、休日にお菓子作りをする約束まで取り付けることができた。
 帰り道、命に肩を叩かれて彼女の家に招かれた。こういう呼び方をするときは、大抵の場合何かしら文句があるときだ。正直、今回はちゃんと心当たりがあるので気分が落ちている。
「ゆきなん、チョコかケーキ買ってこようよ~。お菓子作りまでの見聞広めで」
 そんな私の心情を察してか知らずか。命は普段の調子で適当な理由をつけて、私が了承するよりも早く、人の腕を引っ張りながらコンビニに吸い込まれていった。
「いつも食べてるだろ。というか、今回のメインはどら焼きじゃなかったっけ?」
「誤差誤差。どら焼きは日本版ケーキみたいなものじゃん?」
 私のツッコミに対しても、命は普段の調子を崩すことなく答え、アーモンドチョコを手に取った。そのままケーキのある一角まで移動して難しい顔をしてケーキを見つめている。チョコに対する弁明は特に思いつかなかったらしい。
 ケーキに関しても、弁明っていうよりただの言い訳でしかないしそんなもんか。
「そういえば、七津さんの家に行って以来どら焼き食べてなかったな。……ついでに買ってこ」
 命の言い訳に便乗して私もどら焼きを二つ購入した。当の命は最終的に白玉クリームぜんざいを選んでいた。ケーキと和菓子の間で頭を悩ませすぎた結果だろうか。
 衝動的なお菓子の購入も終わり、駄弁りながら命の家までのんびりと歩いた。家に着いて中に入ると、前回同様、礼ちゃんはまだ帰ってきていないか、一度帰ってきて出掛けてのか。家にはいなかった。
「お茶持って行くから先に行ってて~」
 洗面所を借りて手洗いうがいを済ませ、お先に二階の命の部屋に上がらせてもらう。お茶を持ってくると言っていたので、扉は閉めずに開けておく。少し部屋を見回してみたが、特に前と変わったところはなさそうだ。
 もしかしたら勉強ほったらかして買い物とか言ってるかもって思ったけけれど、物が増えてないからその心配はなさそうかな。今回のテスト頑張ってたし、疑う方が失礼な話か。……クローゼットはプライベートもあるから見るのはやめておこう。
「お待たせ~。お紅茶様のストレート、今日はアップルティー」
 一分ほどで命は部屋にきて、やや荒っぽい勢いのついた手でコップを二つテーブルの上に置いた。りんごの香りがほんのりと香る。学生の身分としてはどこか安心する、ペットボトルの紅茶だ。
「ありがとう、命」

 カチャン

 歩いて少し喉が乾いていたので、早速出してもらった紅茶を飲もうとコップに手をかけると、小さな金属が回って何かに引っ掛かるような音がした。紅茶に向けていた視線をあげて音の方を見る。座った体勢のまま、横着したのがわかる体の捻り方で、ドアノブより少し上の位置にあるつまみに命が手をかけていた。
 この部屋に鍵なんてあったかな? いや、そもそも何で閉める。
「保険だよ保険。別にゆきなんが逃げるとは思ってないけどさ。演出演出~」
 私の視線に気がついた命は捻った体を元に戻しながら、深い意図はないと暗に言った。それでも不審であることには変わりなく、訝しみながら私は紅茶を一口飲んだ。命も喉が渇いていたのか同様に紅茶を一口飲んだ。
「ふー……」
「ぷはぁ……」
 お互い飲んだ後の一息を吐いて体の力を抜いた。自然と二人の間に沈黙の時間が生まれる。呼び出しを食らったような立場の私としては、正直気が気でない。
 用件はわかっているつもりだけど、それでも妙な緊張みたいなものはあるな。
「ねぇ、ゆきなん」
 身構えていると、命がワントーン下がった声で呼びかけてきた。構えていたのに、ピクリと体が跳ねる。
「な、なに? 命」
 あくまで冷静。平常心。開始前からとうにできていない取り繕いの台詞を口にして、本題を待つ。
「お菓子作り、本当に行けるの? 随分とまぁ引きずってるみたいだけどさ~」
 何も言えない。文字通りぐうの音も出ない。さらに言えば、自覚していたとはいえ人に言われると思った以上に言葉が刺さる。かなり痛い。
「大丈夫だよ。……多分。今日は久しぶりにあってビックリしただけだから」
「どーだか。もともと琉歌ちゃんの前じゃ演技下手になってたけど、あんなあからさまな顔されるとねぇ」
 チクチクを通り越してグサグサくらいの痛い言葉を吐きながら、命はアーモンドチョコの包装を開けて、一粒口の中に放り込んだ。
「振られてすらいない、一方的な気まずさなのにね~」
 言葉を続けながら、命はさらにチョコを一粒手に取ると私の口元に突き出した。しばらく見つめていると、唇の先を小突くようにチョコが触れた。
 命は表情を変えることなく、グイグイとチョコを押し付けてくる。仕方なく口を開いてチョコを食べると満足気にほんの少し笑っていた。
 チョコの甘みを感じながら、命の言葉にしっかりとダメージを受けた。
「……遊園地の帰りは、踏ん切りがついた気がしたんだ。本当に」
 言い訳のような言葉を口にすると、命は頬杖をついて呆れたようなため息を吐いた。
「じゃあ、今は未練とかありありなんだ?」
 グサリと刺さる言葉に目を逸らすと、視界の端で命が特大のため息を吐いた。
 あの日告白しなかった時点でもう伝えるつもりはないけど、後悔とか未練がないかと問われると、否定できない。
「…………」
 再び気まずい沈黙が訪れる。命が茶化すようなことを言ってくることもなく、逸らした視線を戻すことができない。
 なんとか話を逸らして視線をもとに。……ダメだ、なにも思いつかないどころか古町さんのことしか出てこない。お菓子の話題でも逸らしきれずに終わりそうだし、どうしたらこの空気を。
「ほんとう、不器用というか天邪鬼というか。面倒な性格してるよね、ゆきなんもさ」
 命の言葉に反応して視線を元に戻したのだが、命は変わらず視界の端にいる。
 デジャヴのような違和感に一瞬思考が硬直していると、私の左手を柔らかい感触が包み、肩にポスッと慣れ親しんだ重さがのしかかった。
 さらに視線を左に流していくとやっと命の全体を捉えられた。
「未練タラタラなのは別にいいんだけどね、割り切れちゃうほど強くないのは知ってるし。……でも、今回の行動はゆきなん自身が一番許せないんじゃない?」
 思わず握られている手に力が入ってしまうくらい図星だった。「やっぱり」と、察していた命は小さな声で漏らした。
 古町さんは優しい。優しくて繊細な子だ。だからもしかしたら、今日の私の反応で傷つけてしまったかもしれない。
 幸せに笑って過ごしててほしいって思ってるのに、私自身があの子を不安にさせたかもしれないとか。本当に情けないよ。
「古町さんにしなくてもいい心配させちゃったかな……?」
「それはわからないけど。ま、ゆきなんほどあからさまな態度にはー……いやけっこう顔に出るな、あの子」
 恐らく、少しからかうよな励ましを考えていた命だったが、道筋を誤ったらしい。
 前にヤトちゃん先生に、私と古町さんが似てるか訊いたら肯定してたっけ。こういうところもそのひとつなのかな。
「ま、土曜日に会うときは少し気を使ってあげたらいいと、うちは思うけど。……お茶のおかわり持ってくるね~」
 命はお茶をとりに立ち上がる直前、二秒ほど私のことを抱きしめてから部屋を出ていった。
 ウジウジ考えていても仕方ない、か。本当のことを伝えられる度胸は正直私にはないけど。気持ちにはちゃんと整理つけないと。
 この想い好きを秘めたままにするって決めたのは、他でもない私なんだから。

「……せめて、カッコいい先輩くらいにはなりたいなぁ」
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