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七十二話『テスト明け小休止』
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放課後。私と七津さんと夢国さんは、図書室に来ていた。
うちの学校の図書室には、料理関係の本がミニコーナーを作れるくらいに置いてある。なんでも、当時の家庭科の先生が、生徒たちに料理に触れてほしいと自腹を切って本を購入して置いてもらったのだとか。ただ、もともと図書室の利用者が少なかったこともあり、目覚ましい結果は得られなかったそうだ。
いつもは雑学本か小説しか借りていないから、気づかなかったけれど、本当にたくさん置いてあるなぁ。中華、イタリアン、和食、エスニック、お菓子作りに、カレー専門書?
「あ、『料理道場』だ~。小さい頃に『体験編』だけ読んでそっと閉じたんだよね~。懐かしい~」
そう言って七津さんは『料理道場・入門編』を手に取った。思い出の本に触れないのかと思って見てみると、体験編だけ妙に薄い。子供絵本よりも薄いのではないだろうか。開いてみると、コンロの使い方や包丁の使い方がイラスト付き、全て平仮名で説明されていた。
本当に子供向けに書いてある。いやまあ、大切なことだから粗末にできないことではあるけれど。少なくとも、高校に置いておくタイプの本じゃないよね。自腹で買った本って話だったけれど、手当たり次第すぎませんか。
「何か面白いレシピでも見つかりましたの?」
内容に驚いて少し本を見つめていると、小説を探しに別の本棚を探索しに行っていた夢国さんが戻って来ていた。本を少し夢国さんに寄せて内容を見せると、目をパチクリとさせて読んでいる。
「これは楓さんでも読みませんわね」
と、内容を一読した夢国さんは苦笑していた。七津さんにもその言葉は聞こえていたようで、いじけたように頬を膨らましていた。
私はその様子を見ながら持っていた本を元の場所に戻して、二冊ほど手に取って席に座った。夢国さんも目的の小説を見つけられたようで、対面に座った。その隣に、『料理道場・入門編』と『和菓子レシピ』の本を持って七津さんが座った。
三人で揃って、それぞれ別々の本をひたすら黙々と読んでいる。二人といるのに特に会話をすることもなくこうしているのは、少しだけ不思議な気分だ。
何か新しい発想があるかもって思ったけれど、古めの本だから結構保守的というか定番のレシピしかないなぁ。普通に売られている本だと考えればそれが正解か。奇抜なアイデアは、やっぱりネットで探したほうが見つかりそうだな。
「ねえねぇ、古町さん。どら焼きって難しい~?」
私がレシピ本二冊の流し読みが終わると、七津さんが少し不安そうに聞いてきた。
「パンケーキ作るのと要領は大体同じだよ。不安だったら、一緒に作る?」
「いいの~!? じゃあ一緒に作る~」
七津さんとお菓子作りの約束が決まり、チラッと夢国さんを見て誘うかと思うと、凄まじい集中力で小説を読んでいた。完全にのめり込んで、世界観に浸っているように見える。
読み終わるか、せめて一段落してから誘ってみよう。邪魔をしちゃ悪いし。そもそも、七津さんに聞かないと。サプライズ……ではなさそうだけれど。図書室に来る前に堂々と宣言していたし。
確認するように七津さんをみると、両手でマルを作って眼鏡をするように両目に当てて笑った。内容を口に出してはいないが、おそらくオッケーと言う意味だろう。
私はお菓子にはめぼしいものがなかったので、エスニック料理の本を読むことにした。普段は手を出さないが、レパートリーとして頭にいれておくぶんには損をすることはないのだから。
「お? なんだ、テスト終わりにも勉強……って感じじゃないな」
「せ、先生!」
読み始めてからしばらくすると、八戸波先生が図書室にやってきた。私が知らなかっただけで、先生はかなりの頻度で図書室を利用しているのかもしれない。
「ほう、エスニック料理ね。あんまり食べる機会ないんだよな。好きなのか?」
「ちょっとした興味です」
八戸波先生は私達の方に近づいてきて、私の呼んでいる本を確認すると、後ろに回り込んで同じページを覗き込んだ。
一緒の本を見ている距離感が、水族館でパンフレットを覗き込まれた瞬間と重なる。
「本格的な料理はやっぱり面倒くさいな」
うるさい鼓動が聞こえないくらい近く、鮮明に八戸波先生の言葉が鼓膜を震わせる。チラリと視線を横に向けると、面倒くさいと言っていた割には、先生は本をジッと見て明らかに読んでいた。
「先生は料理されるんですか?」
「人並みにはな。小難しい料理は作らねえよ」
質問すると、八戸波先生は体を引っ込めて答えた。「最近何作ったかな」と、右手を腰に当て左腕を下ろし、先生は首を傾げた。人並みにとは言っても、忙しいのか直近は料理をしてはいなさそうだ。
先生に手料理か。食べてみたいなぁ。やっぱり卵焼きは出汁とかお醤油かな。先生、朝はパン派っぽいなぁ。
「少し休憩。あら、先生。いらしてましたの」
八戸波先生がどんな食事をしていて、どんなものが好みなのか考えていると、夢国さんが先生に反応した。
「リアクションないからまさかとは思ったが、本当に気がついてなかったのか夢国」
七津さんのように、先生への反応が保留になっていたわけではなく、本当に気がついていなかったらしい。この分だと、どら焼きの話の件も届いていなさそうだ。
「先生はなぜこちらに?」
「静かな下手で息抜きをな。教務員室は結構息が詰まるんだよ。一段落ついたからちょっと休憩ってやつだ」
そういうと、八戸波先生は私の隣に座るって、ふーっと息を吐いた。その直後に大きな欠伸をして、目を擦っていた。どうたら、かなりお疲れのようだ。
テスト期間は私たち生徒も大変だけれど、先生たちもやっぱり大変なんだな。…………しれっと隣に座られてる!?
疲れで少しポヤポヤしている八戸波先生に気を取られていたが、誰がどう見ても無防備気味に私の隣に座っている。前回図書室で会ったときは対面。先生の顔が真正面で恥ずかしかったが、こうして隣に座れられると先生の体温が近くて、私の体温が上がっていくのを感じる。
「あーちゃん、オススメの本とある~?」
「そうですわね。少し探してみましょうか。古町さんもいかがですか?」
「いや、えっと。私は、もう少しレシピの方探してみようかな」
二人が本棚の裏に消えていったのを確認して、視線を隣の八戸波先生に向ける。頬杖を突いて、いまにもカクンと落っこちてしまいそうだ。そんな心配をしていると、予想通り、猫ちゃんのように首がカクンと落ちて先生の目が開いた。
「やべ。……あ? 夢国と七津がいねぇ」
「二人なら、本を探しに行きましたよ」
「おお、そうか」
八戸波先生は首をブンブン振ると、深めに息を吐いた。休憩といっても寝るつもりはなかったようだが、まだ意識が少し遠くの方にあるようだ。
本当は寝かせてあげたいけれど。そうすると、この後の仕事に市長が出てしまうだろうし。……そうだ。
「そういえば、先生。昔、文化祭でライブやったことあるんですね」
「あ? ああ、一回だけだがな。誰から聞いたぁ? おおかた、その手の話するのは小都垣だと思うが」
「沙穂さんから聞きました」
名前を聞いた八戸波先生は、聞き覚えはあるようで眉間に人差し指を当てて、少し考えた。
「沙穂……沙穂……。友杉のやつか。また懐かしい名前……っていっても、卒業から一年経ってないのか。関わり薄くなって、遠い昔のような気もするな」
八戸波先生は懐かしむようにそう言うと、少し笑った。雪菜先輩や命先輩と関わりの深かった沙穂さんとの思い出も、たくさんありそうだ。
ありそうって言うより、あることはすでに沙穂さんから聞いてはいるのだけれど。
「しかし、古町。なんで友杉のこと知ってるんだ?」
「実は、私の友達が沙穂さんの妹でして」
「なるほど。世間ってのは案外狭いみたいだな」
ほんの少しお話ししただけだが、昔のことを思い出すのに頭を使ったからか八戸波先生の意識がハッキリしていくのを感じた。
「昔の先輩たちって、どうだったんですか?」
「今の古町たちとそう変わらねぇよ。仲良かったと思うぞ? 大変なこともあっただろうけどな」
その大変なエピソードの中にも、きっと先生はいるんだろうな。だって先生は優しいから、雪菜先輩のことを放っておくことができないことくらい、私にだってわかる。
「もう少し、詳しく聞いてもいいですか?」
「取り調べみたいだな」
そう言われると、そうかもしれない。私は八戸波先生に関係することであれば、なんでも知りたいのだから。警察さながらに問い詰めてしまおうとするのは仕方ないことなのだ。
「楓さん、決まったなら戻りますわよ?」
「もうちょっとだけ悩もうかな~」
うちの学校の図書室には、料理関係の本がミニコーナーを作れるくらいに置いてある。なんでも、当時の家庭科の先生が、生徒たちに料理に触れてほしいと自腹を切って本を購入して置いてもらったのだとか。ただ、もともと図書室の利用者が少なかったこともあり、目覚ましい結果は得られなかったそうだ。
いつもは雑学本か小説しか借りていないから、気づかなかったけれど、本当にたくさん置いてあるなぁ。中華、イタリアン、和食、エスニック、お菓子作りに、カレー専門書?
「あ、『料理道場』だ~。小さい頃に『体験編』だけ読んでそっと閉じたんだよね~。懐かしい~」
そう言って七津さんは『料理道場・入門編』を手に取った。思い出の本に触れないのかと思って見てみると、体験編だけ妙に薄い。子供絵本よりも薄いのではないだろうか。開いてみると、コンロの使い方や包丁の使い方がイラスト付き、全て平仮名で説明されていた。
本当に子供向けに書いてある。いやまあ、大切なことだから粗末にできないことではあるけれど。少なくとも、高校に置いておくタイプの本じゃないよね。自腹で買った本って話だったけれど、手当たり次第すぎませんか。
「何か面白いレシピでも見つかりましたの?」
内容に驚いて少し本を見つめていると、小説を探しに別の本棚を探索しに行っていた夢国さんが戻って来ていた。本を少し夢国さんに寄せて内容を見せると、目をパチクリとさせて読んでいる。
「これは楓さんでも読みませんわね」
と、内容を一読した夢国さんは苦笑していた。七津さんにもその言葉は聞こえていたようで、いじけたように頬を膨らましていた。
私はその様子を見ながら持っていた本を元の場所に戻して、二冊ほど手に取って席に座った。夢国さんも目的の小説を見つけられたようで、対面に座った。その隣に、『料理道場・入門編』と『和菓子レシピ』の本を持って七津さんが座った。
三人で揃って、それぞれ別々の本をひたすら黙々と読んでいる。二人といるのに特に会話をすることもなくこうしているのは、少しだけ不思議な気分だ。
何か新しい発想があるかもって思ったけれど、古めの本だから結構保守的というか定番のレシピしかないなぁ。普通に売られている本だと考えればそれが正解か。奇抜なアイデアは、やっぱりネットで探したほうが見つかりそうだな。
「ねえねぇ、古町さん。どら焼きって難しい~?」
私がレシピ本二冊の流し読みが終わると、七津さんが少し不安そうに聞いてきた。
「パンケーキ作るのと要領は大体同じだよ。不安だったら、一緒に作る?」
「いいの~!? じゃあ一緒に作る~」
七津さんとお菓子作りの約束が決まり、チラッと夢国さんを見て誘うかと思うと、凄まじい集中力で小説を読んでいた。完全にのめり込んで、世界観に浸っているように見える。
読み終わるか、せめて一段落してから誘ってみよう。邪魔をしちゃ悪いし。そもそも、七津さんに聞かないと。サプライズ……ではなさそうだけれど。図書室に来る前に堂々と宣言していたし。
確認するように七津さんをみると、両手でマルを作って眼鏡をするように両目に当てて笑った。内容を口に出してはいないが、おそらくオッケーと言う意味だろう。
私はお菓子にはめぼしいものがなかったので、エスニック料理の本を読むことにした。普段は手を出さないが、レパートリーとして頭にいれておくぶんには損をすることはないのだから。
「お? なんだ、テスト終わりにも勉強……って感じじゃないな」
「せ、先生!」
読み始めてからしばらくすると、八戸波先生が図書室にやってきた。私が知らなかっただけで、先生はかなりの頻度で図書室を利用しているのかもしれない。
「ほう、エスニック料理ね。あんまり食べる機会ないんだよな。好きなのか?」
「ちょっとした興味です」
八戸波先生は私達の方に近づいてきて、私の呼んでいる本を確認すると、後ろに回り込んで同じページを覗き込んだ。
一緒の本を見ている距離感が、水族館でパンフレットを覗き込まれた瞬間と重なる。
「本格的な料理はやっぱり面倒くさいな」
うるさい鼓動が聞こえないくらい近く、鮮明に八戸波先生の言葉が鼓膜を震わせる。チラリと視線を横に向けると、面倒くさいと言っていた割には、先生は本をジッと見て明らかに読んでいた。
「先生は料理されるんですか?」
「人並みにはな。小難しい料理は作らねえよ」
質問すると、八戸波先生は体を引っ込めて答えた。「最近何作ったかな」と、右手を腰に当て左腕を下ろし、先生は首を傾げた。人並みにとは言っても、忙しいのか直近は料理をしてはいなさそうだ。
先生に手料理か。食べてみたいなぁ。やっぱり卵焼きは出汁とかお醤油かな。先生、朝はパン派っぽいなぁ。
「少し休憩。あら、先生。いらしてましたの」
八戸波先生がどんな食事をしていて、どんなものが好みなのか考えていると、夢国さんが先生に反応した。
「リアクションないからまさかとは思ったが、本当に気がついてなかったのか夢国」
七津さんのように、先生への反応が保留になっていたわけではなく、本当に気がついていなかったらしい。この分だと、どら焼きの話の件も届いていなさそうだ。
「先生はなぜこちらに?」
「静かな下手で息抜きをな。教務員室は結構息が詰まるんだよ。一段落ついたからちょっと休憩ってやつだ」
そういうと、八戸波先生は私の隣に座るって、ふーっと息を吐いた。その直後に大きな欠伸をして、目を擦っていた。どうたら、かなりお疲れのようだ。
テスト期間は私たち生徒も大変だけれど、先生たちもやっぱり大変なんだな。…………しれっと隣に座られてる!?
疲れで少しポヤポヤしている八戸波先生に気を取られていたが、誰がどう見ても無防備気味に私の隣に座っている。前回図書室で会ったときは対面。先生の顔が真正面で恥ずかしかったが、こうして隣に座れられると先生の体温が近くて、私の体温が上がっていくのを感じる。
「あーちゃん、オススメの本とある~?」
「そうですわね。少し探してみましょうか。古町さんもいかがですか?」
「いや、えっと。私は、もう少しレシピの方探してみようかな」
二人が本棚の裏に消えていったのを確認して、視線を隣の八戸波先生に向ける。頬杖を突いて、いまにもカクンと落っこちてしまいそうだ。そんな心配をしていると、予想通り、猫ちゃんのように首がカクンと落ちて先生の目が開いた。
「やべ。……あ? 夢国と七津がいねぇ」
「二人なら、本を探しに行きましたよ」
「おお、そうか」
八戸波先生は首をブンブン振ると、深めに息を吐いた。休憩といっても寝るつもりはなかったようだが、まだ意識が少し遠くの方にあるようだ。
本当は寝かせてあげたいけれど。そうすると、この後の仕事に市長が出てしまうだろうし。……そうだ。
「そういえば、先生。昔、文化祭でライブやったことあるんですね」
「あ? ああ、一回だけだがな。誰から聞いたぁ? おおかた、その手の話するのは小都垣だと思うが」
「沙穂さんから聞きました」
名前を聞いた八戸波先生は、聞き覚えはあるようで眉間に人差し指を当てて、少し考えた。
「沙穂……沙穂……。友杉のやつか。また懐かしい名前……っていっても、卒業から一年経ってないのか。関わり薄くなって、遠い昔のような気もするな」
八戸波先生は懐かしむようにそう言うと、少し笑った。雪菜先輩や命先輩と関わりの深かった沙穂さんとの思い出も、たくさんありそうだ。
ありそうって言うより、あることはすでに沙穂さんから聞いてはいるのだけれど。
「しかし、古町。なんで友杉のこと知ってるんだ?」
「実は、私の友達が沙穂さんの妹でして」
「なるほど。世間ってのは案外狭いみたいだな」
ほんの少しお話ししただけだが、昔のことを思い出すのに頭を使ったからか八戸波先生の意識がハッキリしていくのを感じた。
「昔の先輩たちって、どうだったんですか?」
「今の古町たちとそう変わらねぇよ。仲良かったと思うぞ? 大変なこともあっただろうけどな」
その大変なエピソードの中にも、きっと先生はいるんだろうな。だって先生は優しいから、雪菜先輩のことを放っておくことができないことくらい、私にだってわかる。
「もう少し、詳しく聞いてもいいですか?」
「取り調べみたいだな」
そう言われると、そうかもしれない。私は八戸波先生に関係することであれば、なんでも知りたいのだから。警察さながらに問い詰めてしまおうとするのは仕方ないことなのだ。
「楓さん、決まったなら戻りますわよ?」
「もうちょっとだけ悩もうかな~」
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