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六十三話『回って、飛んで』
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「うっぷ。気持ち悪い……」
古町さんとの遊園地。二つ目のアトラクションコーヒーカップで軽くグロッキー状態になってしまった。
命のメッセージに気を取られて失念していたけど、私、三半規管そんなに強くない方だった。ジェットコースターみたいな疾走感におまけ程度の回転があるのは大丈夫なんだけど、あの回転はしんどい。
「そこのベンチで休みましょう」
古町さんは優しく私の手を引くと、ベンチまでゆっくり誘導してくれた。座るとそっと背中をさすってくれた。後輩の優しさが身にしみる。と、同時に、つくづく情けない。
今の所頼り甲斐なし。それどころか、古町さんの保護者力に助けられっぱなしだぁ。命のやつ、また笑ってるんだろうな。
「どうぞ、麦茶です。少しは気分が楽になると思いますよ」
「ありがとう。ごめんね、古町さん。迷惑かけちゃって」
「困った時はなんとやら、ですよ」
そう言いながら、古町さんはまた背中をさすってくれた。もらった麦茶を一口飲んで、ゆっくりと深呼吸する。胸に手を当てて、肺に空気を取り込むことを意識する。実際に効果があるかは不明だが、個人的に少し回復が早い。気がする。
古町さんのおかげもあり、約五分ほどで吐き気と眩暈が治った。
「だいぶ楽になったよ、ありがとう。時間もったいないし、次行こうか?」
「まだ無理をしない方が」
「平気平気。ね?」
立ち上がって一回転し、前屈みに古町さんの顔を覗いて首を傾げた。眩暈が治った直後に回転したことを後悔するのは言うまでもない。
調子に乗ったけど、このポカは悟られたくない。頑張れ、私の二年半続けた演技力。
「……少しでも気分が悪くなったら、ちゃんと言ってくださいね」
少し怒り気味の古町さんに頷くと、古町さんは小さくため息をついて立ち上がった。心配してもらえるのは嬉しいけど、同時に申し訳なく思うし、怒られたくもないので気をつけよう。
でももうちょっとだけ怒った顔も見たかったり。……なんてね。
「さてと、次は……」
パンフレットを広げ、一番近い位置にあるアトラクションまで指を動かす。次の目標は「錯覚の家」。
大きくなって出てくるとか、坂を上るビー玉とかあるのかな。? 乗り物系ではなさそうな名前だけど。
どんなアトラクションか想像しながら歩き出す。何を言うこともなく、古町さんは私の手を掴んだ。
「気持ち悪くなったら、気にせず腕を掴んでくださいね」
本当にこの子は。優しいというか、大胆というか。嬉しいけど心が休まらないなぁ。ヤトちゃん先生が熱中症の時も、懸命に介抱していたっけ。
あの時の古町さんは本当に心配そうにしていた。さっき私を介抱してくれた時も同じだ。同じはずだと、自分に言い聞かせる。
「ありましたよ、錯覚の家。絵本の中の家みたいなデザインですね」
沈んで歪んだ視界を元に戻すと、古町さんの言うとおりメルヘン。玩具のような家が目に入った。正面にはステージが見えるが、アトラクションには関係なさそうだ。
フリーパスを提示して二人で中に入る。私たち以外にも、親子連れが入った。規模感としては、ジェットコースターよりも小さい。
部屋の中心。六人がけのブランコのような椅子がどんと置かれている。それ以外は絵に書いたハリボテの窓とキッチンくらいしかない。
「決して、椅子から立ち上がらないようにお願いしまーす」
そう言って係のお兄さんが扉を閉めると、椅子がゆっくりユラユラ揺れ始めた。かと思うと、部屋全体が回転を始めた。一緒に入った子供はもちろん、親も驚きの声をあげている。
すご! って思うけど、回転二段構え。しかもさっきよりパワーアップしてるこれはマズい。本当に吐くかも……。
「雪菜先輩。つらかったら、目を瞑ってください」
「え? う、うん」
古町さんの手を握りながら、目と閉じて深呼吸する。自分でグルグル回った時のような眩暈が落ち着くと、椅子が前後にゆったり揺れていることに気がついた。
しばらくして扉が開き、私たちは外に出た。楽しそうにはしゃぐ子供たちと対照的に、大人はつらそうな顔をしている。
「あれって、椅子の揺れと部屋の縦回転で起きる錯覚なんだそうです。沙穂さんに教えてもらいました。乗る前に思い出せればよかったんですけど」
「そうなんだ。……今度来た時、命のやつ放り込んでやろう」
はしゃぐだけはしゃいで酔わないかもしれないけど。次のアトラクションからは、パッとみでわからないときは、しっかり説明書き読んでおこう。
そんな決意を抱いきながら、パンフレットを確認する。改めてアトラクション名と概要をちゃんと見てみると、やたらと回転系アトラクションばかりが充実していた。
命にレトロ系遊園地デートスポットって強く勧められて選んだけど、私との相性が悪すぎる。仲を深めて意識させるどころか、ただただ私がグロッキーで潰れて終わりかねない。鵜呑みにせず、もっと調べておくべきだった。
若干の後悔を感じながら次のアトラクションへと向かう。せっかくのフリーパスだから全部一周はしたい。などと子供じみたことを考えていたが、それは難しそうだ。
せめて、疾走感が強いか、回転が緩やかで大きいなら。狭い範囲でグルグルはもう無理。
「あ……」
宙吊り飛行機とか、メリーゴーランドとかならいけるか? と考えていると、古町さんの繋いでいる手がギュッと反応した。古町さんの方を見ると、不自然に目を逸らしている。古町さんの視線の対角を見ると、和風のお化け屋敷が見えた。自分で歩くのではなく、乗り物に乗って進むタイプ。尻込みして進めないことはないが、一心不乱に駆け抜けることもできないやつだ。
注意力散漫すぎでしょ、私。このルートは迂回していくべきだった。気が利かないなぁ。
「ごめん、怖かったね」
「いえ、少し驚いただけです。志穂ちゃんに見せられた映画よりは全然怖くないです」
そういえば、お化け屋敷にも連れて行かれたけど、楽しかったって言っていたっけ。ワンちゃんあり……。いや、計画の時点で私が無理って判断したんだからやめておこう。これ以上、恥の上塗りはしたくない。
お化け屋敷をスルーして次に来たアトラクションは「スカイショット」。周囲の景色を一望できそうなほど高い鉄塔に座席が十六席付いている。
「志穂ちゃん曰く、この手のアトラクションは激しくて速攻で終わる観覧車の親戚。らしいです」
「うーん、だいたいあっている気がする」
子供は怖いのか、他のアトラクションに比べて年齢層が若干高い気がする。混雑もしていないのでそのまま乗ることができた。
ジェットコースターの安全バーとは比較にならないレベルでガッチガチの安全策。上から上半身を押さえるようにレバーが下され、ガチャンと固定される。さらにそれを下からシートベルトで繋ぐ。座る座席自体にも、足がフィットするように段差がある。
「ど、ドキドキしますね」
ジェットコースターでテンションが高かった古町さが、これは少し怖いのか、顔に強がってますと書いてあった。
「手、繋いでおこうか?」
「だ、大丈夫です」
古町さんは安全バーを手と腕を使ってしっかりホールドし、足も密着させて蛹のようになっている。私と手を繋ぐよりも、丸まったような体制の方が安心できるようだ。
発車のアナウンスがされ、古町さんの体により一層力が入る。逆に私は体の力を抜いて足をダランとさせる。
怖がってる古町さんも可愛い。頼りになれなかったのは力不足感じるけど。
「スリー、トゥー、ワン。フライハイ!」
掛け声から一瞬の間を開けて、急上昇。体に強い重力がかかるのを感じている間に頂点に到達して、体がふわっと浮いた。そこから下降と上昇を繰り返して、徐々に地上が近づいてくる。古町さんは地上に到達するまで、ずっと目を瞑ったままだった。
無理に突き合わせちゃったかな。私が順番になんて言ったから。
「は、ははは。体がまだ少しフワフワします。怖いけど楽しいーー」
グキュるるるる………
「ーーです、ね」
笑顔で感想を言おうとした古町さんだったが、地上に到着した安心からなのか、お腹から大きな音が鳴った。恥ずかしそうに俯き、耳を真っ赤に染めている。
「何か食べようか?」
古町さんは無言で頷き、また手を繋ぎ、フードコートのような場所まで歩いて行った。自然に手を繋ぐことができただけだというのに、少しはちゃんと告白ができるかもしれないと、自信がついた。
帰る前に、絶対気持ちを伝えるんだ。
古町さんとの遊園地。二つ目のアトラクションコーヒーカップで軽くグロッキー状態になってしまった。
命のメッセージに気を取られて失念していたけど、私、三半規管そんなに強くない方だった。ジェットコースターみたいな疾走感におまけ程度の回転があるのは大丈夫なんだけど、あの回転はしんどい。
「そこのベンチで休みましょう」
古町さんは優しく私の手を引くと、ベンチまでゆっくり誘導してくれた。座るとそっと背中をさすってくれた。後輩の優しさが身にしみる。と、同時に、つくづく情けない。
今の所頼り甲斐なし。それどころか、古町さんの保護者力に助けられっぱなしだぁ。命のやつ、また笑ってるんだろうな。
「どうぞ、麦茶です。少しは気分が楽になると思いますよ」
「ありがとう。ごめんね、古町さん。迷惑かけちゃって」
「困った時はなんとやら、ですよ」
そう言いながら、古町さんはまた背中をさすってくれた。もらった麦茶を一口飲んで、ゆっくりと深呼吸する。胸に手を当てて、肺に空気を取り込むことを意識する。実際に効果があるかは不明だが、個人的に少し回復が早い。気がする。
古町さんのおかげもあり、約五分ほどで吐き気と眩暈が治った。
「だいぶ楽になったよ、ありがとう。時間もったいないし、次行こうか?」
「まだ無理をしない方が」
「平気平気。ね?」
立ち上がって一回転し、前屈みに古町さんの顔を覗いて首を傾げた。眩暈が治った直後に回転したことを後悔するのは言うまでもない。
調子に乗ったけど、このポカは悟られたくない。頑張れ、私の二年半続けた演技力。
「……少しでも気分が悪くなったら、ちゃんと言ってくださいね」
少し怒り気味の古町さんに頷くと、古町さんは小さくため息をついて立ち上がった。心配してもらえるのは嬉しいけど、同時に申し訳なく思うし、怒られたくもないので気をつけよう。
でももうちょっとだけ怒った顔も見たかったり。……なんてね。
「さてと、次は……」
パンフレットを広げ、一番近い位置にあるアトラクションまで指を動かす。次の目標は「錯覚の家」。
大きくなって出てくるとか、坂を上るビー玉とかあるのかな。? 乗り物系ではなさそうな名前だけど。
どんなアトラクションか想像しながら歩き出す。何を言うこともなく、古町さんは私の手を掴んだ。
「気持ち悪くなったら、気にせず腕を掴んでくださいね」
本当にこの子は。優しいというか、大胆というか。嬉しいけど心が休まらないなぁ。ヤトちゃん先生が熱中症の時も、懸命に介抱していたっけ。
あの時の古町さんは本当に心配そうにしていた。さっき私を介抱してくれた時も同じだ。同じはずだと、自分に言い聞かせる。
「ありましたよ、錯覚の家。絵本の中の家みたいなデザインですね」
沈んで歪んだ視界を元に戻すと、古町さんの言うとおりメルヘン。玩具のような家が目に入った。正面にはステージが見えるが、アトラクションには関係なさそうだ。
フリーパスを提示して二人で中に入る。私たち以外にも、親子連れが入った。規模感としては、ジェットコースターよりも小さい。
部屋の中心。六人がけのブランコのような椅子がどんと置かれている。それ以外は絵に書いたハリボテの窓とキッチンくらいしかない。
「決して、椅子から立ち上がらないようにお願いしまーす」
そう言って係のお兄さんが扉を閉めると、椅子がゆっくりユラユラ揺れ始めた。かと思うと、部屋全体が回転を始めた。一緒に入った子供はもちろん、親も驚きの声をあげている。
すご! って思うけど、回転二段構え。しかもさっきよりパワーアップしてるこれはマズい。本当に吐くかも……。
「雪菜先輩。つらかったら、目を瞑ってください」
「え? う、うん」
古町さんの手を握りながら、目と閉じて深呼吸する。自分でグルグル回った時のような眩暈が落ち着くと、椅子が前後にゆったり揺れていることに気がついた。
しばらくして扉が開き、私たちは外に出た。楽しそうにはしゃぐ子供たちと対照的に、大人はつらそうな顔をしている。
「あれって、椅子の揺れと部屋の縦回転で起きる錯覚なんだそうです。沙穂さんに教えてもらいました。乗る前に思い出せればよかったんですけど」
「そうなんだ。……今度来た時、命のやつ放り込んでやろう」
はしゃぐだけはしゃいで酔わないかもしれないけど。次のアトラクションからは、パッとみでわからないときは、しっかり説明書き読んでおこう。
そんな決意を抱いきながら、パンフレットを確認する。改めてアトラクション名と概要をちゃんと見てみると、やたらと回転系アトラクションばかりが充実していた。
命にレトロ系遊園地デートスポットって強く勧められて選んだけど、私との相性が悪すぎる。仲を深めて意識させるどころか、ただただ私がグロッキーで潰れて終わりかねない。鵜呑みにせず、もっと調べておくべきだった。
若干の後悔を感じながら次のアトラクションへと向かう。せっかくのフリーパスだから全部一周はしたい。などと子供じみたことを考えていたが、それは難しそうだ。
せめて、疾走感が強いか、回転が緩やかで大きいなら。狭い範囲でグルグルはもう無理。
「あ……」
宙吊り飛行機とか、メリーゴーランドとかならいけるか? と考えていると、古町さんの繋いでいる手がギュッと反応した。古町さんの方を見ると、不自然に目を逸らしている。古町さんの視線の対角を見ると、和風のお化け屋敷が見えた。自分で歩くのではなく、乗り物に乗って進むタイプ。尻込みして進めないことはないが、一心不乱に駆け抜けることもできないやつだ。
注意力散漫すぎでしょ、私。このルートは迂回していくべきだった。気が利かないなぁ。
「ごめん、怖かったね」
「いえ、少し驚いただけです。志穂ちゃんに見せられた映画よりは全然怖くないです」
そういえば、お化け屋敷にも連れて行かれたけど、楽しかったって言っていたっけ。ワンちゃんあり……。いや、計画の時点で私が無理って判断したんだからやめておこう。これ以上、恥の上塗りはしたくない。
お化け屋敷をスルーして次に来たアトラクションは「スカイショット」。周囲の景色を一望できそうなほど高い鉄塔に座席が十六席付いている。
「志穂ちゃん曰く、この手のアトラクションは激しくて速攻で終わる観覧車の親戚。らしいです」
「うーん、だいたいあっている気がする」
子供は怖いのか、他のアトラクションに比べて年齢層が若干高い気がする。混雑もしていないのでそのまま乗ることができた。
ジェットコースターの安全バーとは比較にならないレベルでガッチガチの安全策。上から上半身を押さえるようにレバーが下され、ガチャンと固定される。さらにそれを下からシートベルトで繋ぐ。座る座席自体にも、足がフィットするように段差がある。
「ど、ドキドキしますね」
ジェットコースターでテンションが高かった古町さが、これは少し怖いのか、顔に強がってますと書いてあった。
「手、繋いでおこうか?」
「だ、大丈夫です」
古町さんは安全バーを手と腕を使ってしっかりホールドし、足も密着させて蛹のようになっている。私と手を繋ぐよりも、丸まったような体制の方が安心できるようだ。
発車のアナウンスがされ、古町さんの体により一層力が入る。逆に私は体の力を抜いて足をダランとさせる。
怖がってる古町さんも可愛い。頼りになれなかったのは力不足感じるけど。
「スリー、トゥー、ワン。フライハイ!」
掛け声から一瞬の間を開けて、急上昇。体に強い重力がかかるのを感じている間に頂点に到達して、体がふわっと浮いた。そこから下降と上昇を繰り返して、徐々に地上が近づいてくる。古町さんは地上に到達するまで、ずっと目を瞑ったままだった。
無理に突き合わせちゃったかな。私が順番になんて言ったから。
「は、ははは。体がまだ少しフワフワします。怖いけど楽しいーー」
グキュるるるる………
「ーーです、ね」
笑顔で感想を言おうとした古町さんだったが、地上に到着した安心からなのか、お腹から大きな音が鳴った。恥ずかしそうに俯き、耳を真っ赤に染めている。
「何か食べようか?」
古町さんは無言で頷き、また手を繋ぎ、フードコートのような場所まで歩いて行った。自然に手を繋ぐことができただけだというのに、少しはちゃんと告白ができるかもしれないと、自信がついた。
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