私の好きの壁とドア

木魔 遥拓

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六十二話『遊園地。監視付き』

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 古町さんと他愛のない会話をしながら電車に揺られ、バスに乗り換えて移動する。もう少しで本格的にデートが始まると思うと少し緊張してきた。
 落ち着け、私。緊張感は大事だけど、緊張しすぎて空回りとかは情けないぞ。平常心。そう、あくまで平常心。
 焦りと喜びで鼓動が速く、力強く鳴っているのを感じていると、目的の遊園地付近のバス停に到着した。決して大きな遊園地ではないが、ここからでも確認できる。
「遊園地なんて小学生ぶり。なんだかワクワクしちゃいます」
「実は私も、結構ワクワクしちゃってる」
 少し恥ずかしそうにはにかむ古町さん。学校で話しているときや、この前のお出かけの時と比べて表情も声色も明るい。楽しみにしていたのが私だけではなかったことに、ひとまず安堵した。
 入場口でチケットを提示し、パンフレットを受け取って入園する。入り口からでも、日常から少し離れた空間であることを感じる。長いこと遊園地のアトラクションを見ていないせいで尚更。家族づれの客が多いが、カップルらしき客もそれなりに目に止まる。
 命と出掛けている時は全然気にならないのに、と言うか命が騒ぐんだけど。今日はなんか意識しちゃうなぁ。手とか、繋いでみたり。
 女の子同士なら手を繋いだり、なんならハグだって普通のことだと指摘された。私自身、うざったいとかはあっても普通のことだと思っていたはずなのに、古町さん相手だと意識してしまう。感情任せにハグをしてしまったことは何度もあるはずなのに。
 チラリと古町さんをみると、キラキラした目で遊園地全体を眺めている。私のように邪な考えは微塵なさそうだ。なんとも歯がゆい。
「何から乗ります?」
「あー、どうしよっか。古町さんは乗りたいものある?」
「そうですね……。お化け屋敷以外なら」
 お淑やかに笑いながら、古町さんには珍しく、圧のある語気でそう言った。お化け屋敷なら急接近のチャンスがあると心の片隅で考えなかったわけではないが、私自信が怖がりなので、前日に考えたプランの時点で選択肢から消えていたので支障はない。
 万が一、古町さんが行きたいって言ったら覚悟決めたけど、その心配は消えたからよし。
「じゃあ、ジェットコースターから行こうか」
「はい」
 古町さんの了承を得て、パンフレット片手にジェットコースターまで向かう。手持ち無沙汰な左手は、袖をギュッと掴む。冷たい風から逃れる掌に熱が籠る。高揚した気分に任せて、古町さんの右手を掴めたらいいのに。
 私が古町さんに触れられる時は、甘えてしまう時だけらしい。つくづく情けない。
「雪菜先輩は、最後に遊園地にきたのいつなんですか?」
 一人悶々とした気持ちでいると、古町さんが話題を振ってくれた。気を遣わせてしまっただろうか。
「多分、中三かな。命と礼ちゃんと三人で。卒業式の翌日だったか、それ以降かは覚えてないけど」
 あの時は命に散々振り回されたっけ。お化け屋敷は、礼ちゃんの手前、なんとか耐えていたつもりだけど。すごい怖かったなぁ。
「古町さんは小学生だっけ。志穂さんと?」
「はい。志穂ちゃんと沙穂さんの三人で。志穂ちゃんに振り回されて、お化け屋敷も行きましたけど、楽しかったですよ」
「お互い、親友には振り回されてばかりだね」
 自由奔放な親友を持つもの同士、笑い話をしながら歩く。ジェットコースターに到着すると、ほんの少しだけ並んでいた。メジャーな遊園地と比べると、並んでいないのとほぼ同じくらいだ。五分も待たないうちに順番が回ってきた。緑と黒の、シンプルなデザインのジェットコースター。遊園地をぐるりと一周するような作りになっている。
 先に乗り込んで、隣に古町さんが座る。ドキドキしているのか、軽く深呼吸をしている。私も久しぶりでドキドキしているので、気づかれないように静かに深呼吸をした。
「安全レバーから手を離さないよう、お願いします。それではいってらっしゃーい!」
 よく通るお姉さんのアナウンスが終わると警告音のようなブザーが鳴り、ジェットコースターが動き始めた。ガコンという衝撃が体に伝わり、ゆっくり進むと上り坂が現れた。ガガっと、詰まるような音を立てて、チェーンに引き上げられていく。
「なんか懐かしいです。この感じ」
 ドキドキが強くなってきた私と違い、古町さんは慣れてきたのか笑顔になっていた。思ったよりも絶叫マシンへの耐性が高そうだ。
 ジェットコースターが最高点に到達し、緊張もマックスに到達する。僅かなタメを作り、一気に降下した。
「きゃーー!!」
「あはははは!」
 子供たちの悲鳴が上がる中、訪れた疾走感に口角が上がった。長らく感じていなかった特別なスピード。隣の古町さんは、今まで聞いたことないくらいの大きな笑い声をあげている。私も釣られて笑い声をあげた。一発目から、楽しいという感情が溢れた。
 高揚した気持ちで満ちたまま、ジェットコースターは減速し、耳を劈くようなブレーキ音をあげて停止した。少し飛び跳ねるような足取りで出口からまた道に戻る。
「絶叫マシン、結構好きなの?」
「もともと苦手だったんですけれど、慣れと言いますか。これ以上のレベルはまだ怖いが勝ちますけれど」
 これ以上ってなると、メジャーな遊園地のジェットコースターにはあまり乗れなそうだな、古町さん。私は正直、最初は怖かったけど、慣れてくるうちにだんだん物足りなくなってきちゃった。楽しかったけど。
「それじゃ、ここを起点にグルッと回ろうか」
「はい」
 笑顔で答える古町さん。しかし、手を繋げない。なんでか考えてみると、私も古町さんも受け身であることに気がついた。引っ張り回されてきた分、自分が手を引くのに慣れていないのだ。
 夏祭りの時も、私が勝手に古町さんの浴衣の袖を掴んだだけだったし
 ゴクリと生唾を飲み、覚悟を決めて古町さんに左手を差し出した。
「すごい広いわけじゃないけど、入り組んでて、多少人混みもあるからさ」
 言い訳のよう。というか言い訳そのものの理由づけを口にし、再度生唾を飲み込んで古町さんを見つめる。古町さんは少し考えるように首を傾げて私の瞳を見つめる。
 身長差のせいで上目遣いみたいになってるから、すごいドキッとする。
「ふふ。よろしくお願いします」
 小さく微笑むと、古町さんは私の左手にそっと触れた。そしてしっかりと、離れることがないようにしっかりと握ってくれた。ピタリと触れる古町さんの体温を感じる。アトラクションとかどうでもいいから、ずっとこうしていたいとすら思う。
 古町さん。躊躇うのとは違うけど、すっと手を取ってくれなかった。意識してもらえてるのかも。
「古町さん、手、繋ぐ時。何か考えてた?」
 歩きながら質問してみると、古町さんは少し驚いたような顔をして、困ったように笑った。
「えっと、その。気のせい、は無理ですよね。あはは……不安、なのかなって?」
「不安?」
 確認するように問いかけると、古町さんは頷いた。
「私の心配してくれてるんだろうなって、思ったんですけれど。ほら、夏祭りの時」
 そう言われて、先ほど思い出した、浴衣の袖を掴んだことが思い当たる。花火が打ち上がる直前、二人になったタイミングで私は昔話をした。小さい頃、母親と逸れて、一人で不安になってしまったことを。
「失礼かもしれませんけれど。可愛いなって、思っちゃって」
 儚い期待が崩れた残念な気持ちと、覚えてくれていたことの嬉しい気持ち。そして何より、子供に見られていそうで恥ずかしいという気持ちがグルグルと巡った。
 確かに不安って気持ちはあったのかも。歳下に、ましてや古町さんに気づかれてたのすごい恥ずかしいけど。ちゃんと気まで遣われてるし。
 でも、古町さんの好きなところって、きっとそういうところだ。
 リアクションが渋滞を起こしたおかげで冷静な表情が保たれていると、スマホの通知オンが鳴った。
「ごめん。確認だけしていいかな?」
「大事な連絡だといけないので、気にしないでください」
 一言謝って鞄からスマホを取り出して確認すると、命からだった。
「後輩に気遣われて恥ずかしいね~」
 メッセージが表示された瞬間スマホの画面を暗転させて、鞄の中に突っ込んだ。
 あのバカ。ここにいることは知ってるけど、思ったより全然近くに潜んでるな。遠目にやりとりだけを見ていたなら、私と古町さんの会話なんて聞こえないはずだし。どこに隠れてるんだ。
「雪菜先輩?」
「え? あ、ごめんごめん。大した連絡じゃなかったよ。次のアトラクション行こうか?」
 考えても仕方ない。邪魔はしてこないだろうから甘んじて受け入れよう。散々陰ながらアシストしてもらって、何一つ活かせなかった私にも問題があるかもしれないし。


「頑張れ~、ゆきなん」
「流石に趣味悪いよ、みこ姉」
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