私の好きの壁とドア

木魔 遥拓

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五十話『少しは変われました』

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 雪菜先輩と訪れた志穂ちゃん宅。もとい友杉家。かつての先輩と後輩の思い出話にも花が咲く。沙穂さんは今の雪菜先輩がどうなのかをとても気にしていたようで、質問が多かった。
「そっかー。雪菜ちゃんにも友達増えたかー」
「はい。先輩方にヤトちゃん先生や命。古町さんたちのおかげです」
 嬉しいことを聞くたび、沙穂さんは笑顔で頷いた。特に嬉しい時は頭を撫でている。普段敬語で話すところをあまり見かけない雪菜先輩が敬語で話しているというのは、少し不思議な気分だ。
 なんか、三条会長じゃなくて、雪菜先輩って感じがする。今見ている雪菜先輩が、一番リラックスしてる姿なのかな。
「姉貴、ユキ先輩に甘くね? 私に対して棘あるくせにさあ」
 優しく接してもらえている雪菜先輩に嫉妬しているのか、それとも普段の自分の扱いが雑だと怒っているのか。志穂ちゃんは炬燵の上においたクッションに顎を乗せてムスッとしている。
「妹みたいものだしなー。普通だろー?」
「私、仮にも実妹なんだが」
 実の姉に回答にさらにムスッとする志穂ちゃん。雪菜先輩も少し居心地が悪そうだ。
「まあまあ、志穂ちゃん。久しぶりに話してるんだから、大目に見てあげて? はい、みかん」
「あーん……。それもそっか。妹的とガチ妹は別もんだしね」
 みかんで溜飲が下がったのか、それとも単に腑に落ちただけなのか。落ち着いた様子でモシャモシャとみかんを食べている。食べ終わると、志穂ちゃんは自分でみかんに手を伸ばして皮を剥くと、一欠私に差し出した。
 あ、さっき食べさせてあげた分のお礼か。
 私は何を言うでもなく、志穂ちゃんに食べさせてもらった。長い付き合いがあるからか、志穂ちゃん相手だと緊張することもない。
「仲良いなー、相変わらず。私らもやっておくー?」
「変なところで張り合わないでください」
 沙穂さんの提案を、雪菜先輩は困り気味に断った。命先輩や、八戸波先生に見せるようなツンケンした態度はまた違った。ボディランゲージで雪菜先輩が押され気味なのは珍しい。年上には弱いのかもと思ったのだが、先生のことを考えると関係なさそうだ。
 それにしても、変なところで張り合おうとするのは、やっぱり姉妹なんだなあ。血は争えないとはよく言うけれど。
「ちょっと揶揄いすぎたかなー。でも、昔より甘えさせやすいぞ? 雪菜ちゃん」
 沙穂さんは雪菜先輩の頭を撫でられるのがよほど嬉しいのか、話が進むたびに撫でる頻度が増えている。しかし、とうの雪菜先輩は沙穂さんの言葉が引っかかるのか、少し暗い顔をしていた。
「弱く、なりましたか?」
 それを見た沙穂さんは、「しょうがないなぁ」と言いたげなため息を吐くと四つん這いでゆっくり雪菜先輩に近づき、肩を寄せて頭を撫でた。
「強いて言うなら、かな? 甘えられる強さってやつ。心配性は変わらないなー」
 抵抗はしていないが、さすがに距離が近すぎて恥ずかしいのか雪菜先輩の顔が紅潮している。引退の日に私が抱きしめた時よりも、雪菜先輩が幼く見えた。
 そんな先輩の姿を見ていると、志穂ちゃんがものすごいスピードでスマホを操作していた。志穂ちゃんのスマホ操作スピードは個人的に異次元レベルに到達しているので、何をしているかの想像すら難しい。
「どうかした? 志穂ちゃん」
「うんにゃ別に。ちょいイチャコラして面白いからさー」
 気の抜けた声で返答をすると、志穂ちゃんはカタリと炬燵の上にスマホを置いた。その直後通知オンが聞こえて目線を向けると、またも志穂ちゃんは凄まじい速度でスマホに手をかけて画面を暗転させた。一瞬だけ明るかった画面には「みこみこ先輩」と表示されていた気がする。
「お手洗いっと。少し外すよー」
 志穂ちゃんに気を取られていると、沙穂さんが立ち上がって廊下に出ていった。みかんの皮剥きや、言葉遣いもそうだが、やはり全体的におっとりしている。ドアの開閉もゆっくりで静かだ。
「変わらないなぁ、友杉先輩。なんか安心した」
 雪菜先輩はホッと一息つくと、両腕を支えにして体を後ろに傾けた。肩の力が抜けたように、穏やかな笑顔を浮かべている。学校の外でも気を完全に抜けない雪菜先輩がここまで落ち着いてくれていると、私も安心する。
「優しいですよね、沙穂さん。志穂ちゃんも、自慢のお姉ちゃんなんでしょ?」
「まね。頭はいいし、優しい? し。怒らせっと怖いけどね」
「そうなの?」
 そう言うと志穂ちゃんは、みかんに手をかけて皮を剥き始めた。私が見てないうちに二つ食べ切ったようで、綺麗に剥かれた皮が二枚重なって志穂ちゃんの近くに置いてある。
 沙穂さんが怒っているところって見たことないなぁ。ゲームしてる時は少し口が悪いけれど、あれは大体煽っている志穂ちゃんが悪いから。
「私も、一回だけ怒ったところ見たことある。確かに、怖い顔はしてたよ」
「姉貴はいわゆる、怒らせたらダメな人なんだよ」
 怒っているところを想像できないな。いや、想像できないからこそ怖いのか。
「なんだー。私の噂話かー?」
 本人のいないところで沙穂さんの裏の顔(?)の話をしていると、段ボールを抱えて沙穂さんが戻ってきた。側面には「みかん」と書かれている。志穂ちゃんがたくさん食べるのを見越して、持ってきたようだ。
「ちゃんと手は洗ってるからなー」
 私の視線に気がついた沙穂さんは、特に気にしていない部分の説明をしてくれた。そのまま沙穂さんは段ボールを志穂ちゃんの隣にゆっくりと置き、元の自分が座っていた場所に戻った。少し廊下は寒かったようで、モゾモゾ動いて炬燵の奥に体を埋めている。
「で、なんの話? 私の名前は聞こえんだけどー」
「姉貴を怒らすなって話」
 姉妹だからなのか、志穂ちゃんは何も気にすることなく先ほどの話題を口にした。沙穂さんもさして気にしてはいないようで、「ふーん」と軽く受け流してみかんの皮をゆっくりと剥き始めた。その対応が逆に怖い。
「そういえば、姉貴ってユキ先輩の私服見たことあんの?」
「かっこいい感じのは何度かねー」
 志穂ちゃんはすぐに話題を逸らし、沙穂さんもすぐにそれに順応した。ただ、その逸らすのに使われた話題が少しひっかかかった。と言うより、少しだけ嫌な予感がした。
 まさかとは思うけれど。命先輩、志穂ちゃんにも例の写真を送ったんじゃ。
「ほい、姉貴。ユキ先輩の最新版」
「どーれー?」
 私の方からは画面が見えなかったので確証はまだないが、沙穂さんは少し驚き、嬉しそうに笑った。対して、画面を覗き見た雪菜先輩は顔を赤くして口をパクパクとさせている。
 十中八九、私が選んだ服を着てる写真なんだろうなぁ。

 ピンポーン

 雪菜先輩が恥ずかしさで言葉を発せずにいると、インターホンが鳴った。沙穂さんがゆっくりと反応しようとしたが、本日三度目の志穂ちゃんの素早い動きで対応された。
「今出まーす」
 と、相手の応答を待つことなく志穂ちゃんは玄関へと駆け出した扉が開き、少し遠巻きに志穂ちゃんが誰かと会話しているのがわかる。その声に、雪菜先輩がピクリと反応した。なんとなく、私も誰なのかはわかっている。
 自然と無音になったリビングに、手を洗っている音がかすかに聴こえる。そして勢いよく扉が開かれると、一回転しながらダブルピースを決めた命先輩が元気よく入ってきた。学校にはきていなかったので、完全私服。パーカーにジーンズと、家を出るの最優先みたいな格好をしている。
「お久しぶりで~す、杉子先輩元気にしてまーー痛いいはい痛いいはい痛いいはい!」
 入室するや否や、冷めた瞳の雪菜先輩に全力で頬をつねられている。
「何怒ってるおほっへうのゆきなん?!」
「自分の胸に聞いてみなさいよ」
 雪菜先輩が怒っている時は、基本的に理由が明白なので命先輩は困惑していた。何せ、懐かしの先輩の家兼後輩の家に遊びにきたら、親友に有無を言わさず頬を引っ張られているのだ。
 弁明は……してあげられないなぁ。
「雪菜ちゃんがここまで怒るとは。感情豊かでいいねー」
 沙穂さんはその光景を、仲睦まじいものとして嬉しそうに見ていた。口ぶりからして、昔の雪菜先輩は今以上に何かを溜め込んでしまっていたのかもしれない。怒りを抱いても、ぶつけられないくらい。
「私はいいと思うよ、雪菜ちゃん。やっと可愛い服着てくれてさー。正直嬉しい」
 沙穂さんに認めてもらえたことで、雪菜先輩の怒りが少し静まったようでつねる力が弱まり、命先輩の顔の横面積が少し小さくなった。命先輩はその好きを逃さず私の後ろに隠れた。雪菜先輩は納得こそできていなさそうだったが、それ以上命先輩をその場で問い詰めなかった。
「好きなもの、好きって言えるようになったんだ?」
 沙穂さんのその言葉に、雪菜先輩は少し目を逸らした。そして頬を掻き、少し息を吐いてから沙穂さんをまっすぐ見つめ直した。
「みんなのおかげで、少しは、変われましたから」
 その言葉を聞いた沙穂さんは、今日一番の笑顔で笑った。そして、立ち上がり、ゆっくりとキッチンに歩いて行き、ポッドに水を入れた。
「ココア、コーヒ、お茶。何がいい?」
「……ココアで、お願いします」
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