39 / 77
三十九話『三条会長の引退』
しおりを挟む
「本当にお疲れ様でした」
「ありがとう。肩の荷が下りた気がするよ」
大半の生徒にとって普通の日となんら変わらない平日。この日私は、生徒会の引き継ぎを終えて生徒会長の任を終えた。新しい生徒会長さんは律儀にも、放課後に私の元へ挨拶しにきてくれた。
「三条会……。すみません、慣れなくて」
「いいよ。私も長く居座ってたから」
任を終えたとは言っても、まだしばらくは会長と呼ばれてしまいそうだ。せめて一月。どんなに長くても、卒業式までには先輩と呼んで欲しいのだが、実現するかどうかはわからない。
「でも、あなたは頑張らないとね? 新生徒会長さん」
任期が終わったと言っても、今まで作り上げてきた私という人間のイメージをすぐには壊せない。自分で隠したくせにそれがつらくて、いざ手放そうとすると未練がましくすがる。我ながらなんとも情けない話だ。
「は、はい! 三条、先輩」
生徒会長の振る舞いとして覚えた、余裕があるように見せる笑顔に、生徒会長さんは元気に返事をしてくれた。
新しい生徒会長さんには、一番早く慣れて欲しいけど。現生徒会長に会長呼びされると、私も落ち着かないし。
「三条、先輩。私は、先輩のように上手くやれるでしょうか」
辿々しい呼び方で、生徒会長は私のことを不安そうな瞳で見つめた。この質問は予想していた。が、改めて目と向かって言われたことで実感できた。私は私なりに、拙くても生徒会長をやり遂げたのだと。
「できると思うよ。私だって、一人で全部やり遂げたわけじゃないから」
「そう、なんですか?」
「もちろん。先生、他の生徒会メンバー、同学年の生徒に、後輩。もう卒業しちゃったけど、先輩たちとか」
特に一年生の時は空回りばっかりだったな、私。ヤトちゃん先生とか命がいなかったらって思うと、少し怖い。
「頼られて応えるのも大事だけれど、頼るのも大事なんだ」
なんて偉そうに言ってみたけど、古町さんに言われるまで私は気づけなかったな。本当にカッコ悪い。
「わかりました。全力で頑張って、無理なら素直に相談してみます!」
「うん。オススメは八戸波先生かな。適当そうだけど、頼りになるから」
散々あの先生にはいじり倒されたし、これくらいの復讐は許されるでしょ。……でも楽しかったな、先生とのおしゃべり。
「じゃあ私は、最後に掃除して帰るから」
「わ、私もお手伝いします!」
「立つ鳥跡を濁さず。ちょっとしたケジメみたいなものだから、私にやらせて」
「わかりました。本当にお疲れ様でした。さようなら、三条先輩」
元気な挨拶に手を振って見送る。今度の生徒会長さんは、私なんかよりもよっぽど上手く人付き合いができそうだ。
しかし、こうも労われると、なんか卒業でもした気分になってくるな。まだ四、五ヶ月残っているのに。
途中何度も振り返って会釈をする律儀な生徒会長さんを見送って、私は長い間使わせてもらっていた生徒会室に入った。ここに来るのは、おそらく今日で最後になるだろう。
パイプ椅子に腰掛けて、机をなぞる。一年生の頃を振り返ると、思い出すのはヤエちゃん先生や卒業した先輩。不器用で生意気な私のことを、たくさん助けてくれた。
久しぶりに友杉先輩に会いたいな。志穂さんに頼んでみようか。
懐かしい景色に想いを馳せると、必ずと言っていいほど命の姿を思い出す。中学の頃から何も変わらない、いつだってマイペースで私の隣に立っていた。その自由さに、強さに。私はとても救われていた。
本人には言わないけどね。絶対調子に乗るから。
「古町さんにも、たくさん助けられちゃったな」
私のことを可愛いと言って、演技をしなくても私のことを見てくれた最初の後輩。初めて会った時から少し気になっていた、内気な子。それでいてとても強い子だった。気づけば、私は古町さんにカッコつけて意識して欲しくなった。
でもなんか、カッコ悪いところばかり見せてるよな、私。慌てたり、騒いだり、狼狽えたり。カッコつけるはずが、逆に甘えてしまっていたり。
抱きしめてもらったこと。もう少しと、離れることを拒んだこと。思い出すだけで、頭が爆発しそうなほど恥ずかしい。けれど、この気持ちはきっと私だけ。照れてはくれるかもしれないけどーー
「ーー意識は、されてないんだろうな」
あくまで学校の仲が良い先輩。きっとそれだけ。言葉にしないで今以上を望むのは、ズルだよね。……はぁ、告白考える人ってこんな感じなのかな。今まで散々振ってきたから、余計につらく感じる。
「まだいたのか、三条」
傷心気味に項垂れた体を起こすと、後ろから散々聞いた意地悪な声がした。振り向くと、「仕方ないやつ」と言いたげな表情でヤエちゃん先生が立っていた。
「もう帰りますよ」
立ち上がって体を伸ばしていると、ヤエちゃん先生が近づいてきて頭を撫でてきた。今朝もグリグリされたが、なんとなく懐かしい気分になった。
一年生の頃、ここで作業している時に手伝うとか言って、グリグリしてきたっけ。
先生の手を払いのけて、一緒に生徒会室を出た。掃除すると言い訳してここにきたが、そもそも掃除は終わっている。
「三条。退任祝いのプレゼントだ」
そう言うと、ヤエちゃん先生は小さな袋をヒョイっと投げてきた。硬い感触を感じながら袋を確認すると、チョコレートだった。
今朝のココアは頑張れ。これはお疲れ様ってことでいいのかな。
「って。これハイカカオの苦いやつじゃん!」
「俺らしいだろ」
イタズラっぽく笑うと、ヤエちゃん先生は私が左手に持っている鍵を指差した。チョコのお返しに、私はゆっくりと鍵を投げ渡した。受け取った先生は少し嬉しそうに見えた。
「月曜日な」
そう言うと、ヤエちゃん先生は階段を上がっていってしまった。私も用事が済んだので、少し早足で昇降口に降りる。
「おっつ~。ゆきなん」
靴を履き替えて外に出ると、段差のところに命が座り込んでいた。ずっと待ってくれていたらしい。
「寒いんだし、生徒会室くればよかったのに」
「会長の親友って肩書は使えないから、遠慮しました~。それに、ゆきなんも一人の時間欲しかったでしょ?」
命は私の方に振り向きながら立ち上がり、得意げな表情で首を傾げた。
「知った風なこと言って」
「違います~、知ってるんです~」
子供みたいに口を尖らせると、命は私の隣にきて肩をぶつけーー
「だって、ずっと隣にいたから」
ーーと、自慢げに笑った。ヤトちゃん先生にあったことは、ここでは黙っておこう。
それに、命の言ってることは当たっているし。
「寒いから帰るよ」
「は~い」
すっかり薄暗くなった通学路。私たち以外に歩いている生徒はいなかった。帰宅部の生徒は帰り、部活動に励む生徒はまだ学校。絶妙な時間帯だ。他愛無いことを話しながらこうして帰ることだけは、卒業まで変わることは無いだろう。
「ねぇ。ゆきなんの家に行ってい~い?」
命との関係に安心していると、脈絡もなくそんなことを訊いてきた。
「いいけど、なんで?」
「特に理由はないよ~」
命はそう言うと、私に寄りかかるようにして肩をぶつけてきた。真意を問いたい気もするけれど、後でも問題ないと思い口を噤んだ。あっさりと私が認めたのが嬉しいのか、命は鼻歌まで歌い出した。
そういえば、三年生になってから命を家に呼んだことなかったっけ。
懐かしい気持ちになりながら、私ちは一緒に帰った。命にとっては、普段より少し長い道のりになる。
「ただいま」
「お帰りなさい。あら、命ちゃん。今日はお泊まり?」
「なんでそうなるのよ」
私と命の仲の良さを知っているうちの母は、命が来るたびにお泊まりか聞いてくる。
まあ、それ以外にも。命は美味しそうにご飯食べるから、作り甲斐とかあるんだろうけど。
「お母さんからオッケー出たよ~」
命は命で、提案された時点で家に電話して許可を取ってしまう。親同士の仲が良いこともあってかなりスピーディーに話が進む。許可が出た時点で再度電話させるのは申し訳ない。そのため、この流れになったらいつもお泊まりが確定する。
「今日のお夕飯は肉じゃがよ」
「やった~、おばさんの肉じゃが大好き~」
お母さんは命に甘い気がするけど、よその子だし。それに、どんな料理でもこのリアクションしてくれるから可愛いよね。
普段よりも騒がしい夕飯。あ母さんが上機嫌なのが見ていてわかる。
「命ちゃんがきてくれて嬉しいわ。雪菜はお友達増えたの?」
「可愛い後輩がたくさんできましたよ~。ね~、ゆきなん」
「うん。できたよ。仲の良い、後輩」
私の交友関係は広がったことを聞くと、お母さんはとても嬉しそうにする。小学生じゃないんだからと言ってやりたくもなるが、心配をかけていることの裏返しだと思うと口には出せなかった。
食事を済ませて、しばらくしてから順番でお風呂に入った。なぜか家には、命用の着替えが常備されている。
「ゆきなん、今日は一緒のベッドで寝ようよ。寒いし」
「狭いから嫌なんだけど」
「琉歌ちゃんとは寝たのに?」
それを引っ張り出されると何も言えない。あの時はベッドが大きかったも、言い訳だ~って聞き入れないだろうし。
命の希望通り、私たちは一緒のベッドで寝ることになった。私が愛用している猫のぬいぐるみ「ウェージャンくん」は大きくて場所をとるので、今日だけはどかした。
向かい合うと恥ずかしいと、私は命に背中を向けて眠った。命は私と同じ方向を向いて寝ている。
「ねえ、ゆきなん」
なかなか寝付けないと思っていると、命が話しかけてきた。
「起きてても、寝ててもいいから。そのままで」
返事をしようとしたが、そう言われてしまった。直後に命の体温が私にピッタリと触れた。絡めるように細い腕が私のお腹をキュッと締める。苦しくはないが、命の鼓動が聞こえるくらい密着しているのがわかる。
「今日が無事に終わってよかった。ゆきなんがゆきなんでよかった」
中学生の頃から、命は私が演技をしていることに気がついていた。私が世話を焼くこともあったけど、それ以上に。命は私のことを心配して助けてくれていた。私が隠してたつもりの不安にも、きっと気づかれてしまっていた。
「ありがとう、命」
そう一言だけ言うと、命が嬉しそうに笑ったのがわかった。
「ありがとう。肩の荷が下りた気がするよ」
大半の生徒にとって普通の日となんら変わらない平日。この日私は、生徒会の引き継ぎを終えて生徒会長の任を終えた。新しい生徒会長さんは律儀にも、放課後に私の元へ挨拶しにきてくれた。
「三条会……。すみません、慣れなくて」
「いいよ。私も長く居座ってたから」
任を終えたとは言っても、まだしばらくは会長と呼ばれてしまいそうだ。せめて一月。どんなに長くても、卒業式までには先輩と呼んで欲しいのだが、実現するかどうかはわからない。
「でも、あなたは頑張らないとね? 新生徒会長さん」
任期が終わったと言っても、今まで作り上げてきた私という人間のイメージをすぐには壊せない。自分で隠したくせにそれがつらくて、いざ手放そうとすると未練がましくすがる。我ながらなんとも情けない話だ。
「は、はい! 三条、先輩」
生徒会長の振る舞いとして覚えた、余裕があるように見せる笑顔に、生徒会長さんは元気に返事をしてくれた。
新しい生徒会長さんには、一番早く慣れて欲しいけど。現生徒会長に会長呼びされると、私も落ち着かないし。
「三条、先輩。私は、先輩のように上手くやれるでしょうか」
辿々しい呼び方で、生徒会長は私のことを不安そうな瞳で見つめた。この質問は予想していた。が、改めて目と向かって言われたことで実感できた。私は私なりに、拙くても生徒会長をやり遂げたのだと。
「できると思うよ。私だって、一人で全部やり遂げたわけじゃないから」
「そう、なんですか?」
「もちろん。先生、他の生徒会メンバー、同学年の生徒に、後輩。もう卒業しちゃったけど、先輩たちとか」
特に一年生の時は空回りばっかりだったな、私。ヤトちゃん先生とか命がいなかったらって思うと、少し怖い。
「頼られて応えるのも大事だけれど、頼るのも大事なんだ」
なんて偉そうに言ってみたけど、古町さんに言われるまで私は気づけなかったな。本当にカッコ悪い。
「わかりました。全力で頑張って、無理なら素直に相談してみます!」
「うん。オススメは八戸波先生かな。適当そうだけど、頼りになるから」
散々あの先生にはいじり倒されたし、これくらいの復讐は許されるでしょ。……でも楽しかったな、先生とのおしゃべり。
「じゃあ私は、最後に掃除して帰るから」
「わ、私もお手伝いします!」
「立つ鳥跡を濁さず。ちょっとしたケジメみたいなものだから、私にやらせて」
「わかりました。本当にお疲れ様でした。さようなら、三条先輩」
元気な挨拶に手を振って見送る。今度の生徒会長さんは、私なんかよりもよっぽど上手く人付き合いができそうだ。
しかし、こうも労われると、なんか卒業でもした気分になってくるな。まだ四、五ヶ月残っているのに。
途中何度も振り返って会釈をする律儀な生徒会長さんを見送って、私は長い間使わせてもらっていた生徒会室に入った。ここに来るのは、おそらく今日で最後になるだろう。
パイプ椅子に腰掛けて、机をなぞる。一年生の頃を振り返ると、思い出すのはヤエちゃん先生や卒業した先輩。不器用で生意気な私のことを、たくさん助けてくれた。
久しぶりに友杉先輩に会いたいな。志穂さんに頼んでみようか。
懐かしい景色に想いを馳せると、必ずと言っていいほど命の姿を思い出す。中学の頃から何も変わらない、いつだってマイペースで私の隣に立っていた。その自由さに、強さに。私はとても救われていた。
本人には言わないけどね。絶対調子に乗るから。
「古町さんにも、たくさん助けられちゃったな」
私のことを可愛いと言って、演技をしなくても私のことを見てくれた最初の後輩。初めて会った時から少し気になっていた、内気な子。それでいてとても強い子だった。気づけば、私は古町さんにカッコつけて意識して欲しくなった。
でもなんか、カッコ悪いところばかり見せてるよな、私。慌てたり、騒いだり、狼狽えたり。カッコつけるはずが、逆に甘えてしまっていたり。
抱きしめてもらったこと。もう少しと、離れることを拒んだこと。思い出すだけで、頭が爆発しそうなほど恥ずかしい。けれど、この気持ちはきっと私だけ。照れてはくれるかもしれないけどーー
「ーー意識は、されてないんだろうな」
あくまで学校の仲が良い先輩。きっとそれだけ。言葉にしないで今以上を望むのは、ズルだよね。……はぁ、告白考える人ってこんな感じなのかな。今まで散々振ってきたから、余計につらく感じる。
「まだいたのか、三条」
傷心気味に項垂れた体を起こすと、後ろから散々聞いた意地悪な声がした。振り向くと、「仕方ないやつ」と言いたげな表情でヤエちゃん先生が立っていた。
「もう帰りますよ」
立ち上がって体を伸ばしていると、ヤエちゃん先生が近づいてきて頭を撫でてきた。今朝もグリグリされたが、なんとなく懐かしい気分になった。
一年生の頃、ここで作業している時に手伝うとか言って、グリグリしてきたっけ。
先生の手を払いのけて、一緒に生徒会室を出た。掃除すると言い訳してここにきたが、そもそも掃除は終わっている。
「三条。退任祝いのプレゼントだ」
そう言うと、ヤエちゃん先生は小さな袋をヒョイっと投げてきた。硬い感触を感じながら袋を確認すると、チョコレートだった。
今朝のココアは頑張れ。これはお疲れ様ってことでいいのかな。
「って。これハイカカオの苦いやつじゃん!」
「俺らしいだろ」
イタズラっぽく笑うと、ヤエちゃん先生は私が左手に持っている鍵を指差した。チョコのお返しに、私はゆっくりと鍵を投げ渡した。受け取った先生は少し嬉しそうに見えた。
「月曜日な」
そう言うと、ヤエちゃん先生は階段を上がっていってしまった。私も用事が済んだので、少し早足で昇降口に降りる。
「おっつ~。ゆきなん」
靴を履き替えて外に出ると、段差のところに命が座り込んでいた。ずっと待ってくれていたらしい。
「寒いんだし、生徒会室くればよかったのに」
「会長の親友って肩書は使えないから、遠慮しました~。それに、ゆきなんも一人の時間欲しかったでしょ?」
命は私の方に振り向きながら立ち上がり、得意げな表情で首を傾げた。
「知った風なこと言って」
「違います~、知ってるんです~」
子供みたいに口を尖らせると、命は私の隣にきて肩をぶつけーー
「だって、ずっと隣にいたから」
ーーと、自慢げに笑った。ヤトちゃん先生にあったことは、ここでは黙っておこう。
それに、命の言ってることは当たっているし。
「寒いから帰るよ」
「は~い」
すっかり薄暗くなった通学路。私たち以外に歩いている生徒はいなかった。帰宅部の生徒は帰り、部活動に励む生徒はまだ学校。絶妙な時間帯だ。他愛無いことを話しながらこうして帰ることだけは、卒業まで変わることは無いだろう。
「ねぇ。ゆきなんの家に行ってい~い?」
命との関係に安心していると、脈絡もなくそんなことを訊いてきた。
「いいけど、なんで?」
「特に理由はないよ~」
命はそう言うと、私に寄りかかるようにして肩をぶつけてきた。真意を問いたい気もするけれど、後でも問題ないと思い口を噤んだ。あっさりと私が認めたのが嬉しいのか、命は鼻歌まで歌い出した。
そういえば、三年生になってから命を家に呼んだことなかったっけ。
懐かしい気持ちになりながら、私ちは一緒に帰った。命にとっては、普段より少し長い道のりになる。
「ただいま」
「お帰りなさい。あら、命ちゃん。今日はお泊まり?」
「なんでそうなるのよ」
私と命の仲の良さを知っているうちの母は、命が来るたびにお泊まりか聞いてくる。
まあ、それ以外にも。命は美味しそうにご飯食べるから、作り甲斐とかあるんだろうけど。
「お母さんからオッケー出たよ~」
命は命で、提案された時点で家に電話して許可を取ってしまう。親同士の仲が良いこともあってかなりスピーディーに話が進む。許可が出た時点で再度電話させるのは申し訳ない。そのため、この流れになったらいつもお泊まりが確定する。
「今日のお夕飯は肉じゃがよ」
「やった~、おばさんの肉じゃが大好き~」
お母さんは命に甘い気がするけど、よその子だし。それに、どんな料理でもこのリアクションしてくれるから可愛いよね。
普段よりも騒がしい夕飯。あ母さんが上機嫌なのが見ていてわかる。
「命ちゃんがきてくれて嬉しいわ。雪菜はお友達増えたの?」
「可愛い後輩がたくさんできましたよ~。ね~、ゆきなん」
「うん。できたよ。仲の良い、後輩」
私の交友関係は広がったことを聞くと、お母さんはとても嬉しそうにする。小学生じゃないんだからと言ってやりたくもなるが、心配をかけていることの裏返しだと思うと口には出せなかった。
食事を済ませて、しばらくしてから順番でお風呂に入った。なぜか家には、命用の着替えが常備されている。
「ゆきなん、今日は一緒のベッドで寝ようよ。寒いし」
「狭いから嫌なんだけど」
「琉歌ちゃんとは寝たのに?」
それを引っ張り出されると何も言えない。あの時はベッドが大きかったも、言い訳だ~って聞き入れないだろうし。
命の希望通り、私たちは一緒のベッドで寝ることになった。私が愛用している猫のぬいぐるみ「ウェージャンくん」は大きくて場所をとるので、今日だけはどかした。
向かい合うと恥ずかしいと、私は命に背中を向けて眠った。命は私と同じ方向を向いて寝ている。
「ねえ、ゆきなん」
なかなか寝付けないと思っていると、命が話しかけてきた。
「起きてても、寝ててもいいから。そのままで」
返事をしようとしたが、そう言われてしまった。直後に命の体温が私にピッタリと触れた。絡めるように細い腕が私のお腹をキュッと締める。苦しくはないが、命の鼓動が聞こえるくらい密着しているのがわかる。
「今日が無事に終わってよかった。ゆきなんがゆきなんでよかった」
中学生の頃から、命は私が演技をしていることに気がついていた。私が世話を焼くこともあったけど、それ以上に。命は私のことを心配して助けてくれていた。私が隠してたつもりの不安にも、きっと気づかれてしまっていた。
「ありがとう、命」
そう一言だけ言うと、命が嬉しそうに笑ったのがわかった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
女の子なんてなりたくない?
我破破
恋愛
これは、「男」を取り戻す為の戦いだ―――
突如として「金の玉」を奪われ、女体化させられた桜田憧太は、「金の玉」を取り戻す為の戦いに巻き込まれてしまう。
魔法少女となった桜田憧太は大好きなあの娘に思いを告げる為、「男」を取り戻そうと奮闘するが……?
ついにコミカライズ版も出ました。待望の新作を見届けよ‼
https://www.alphapolis.co.jp/manga/216382439/225307113
感情とおっぱいは大きい方が好みです ~爆乳のあの娘に特大の愛を~
楠富 つかさ
青春
落語研究会に所属する私、武藤和珠音は寮のルームメイトに片想い中。ルームメイトはおっぱいが大きい。優しくてボディタッチにも寛容……だからこそ分からなくなる。付き合っていない私たちは、どこまで触れ合っていんだろう、と。私は思っているよ、一線超えたいって。まだ君は気づいていないみたいだけど。
世界観共有日常系百合小説、星花女子プロジェクト11弾スタート!
※表紙はAIイラストです。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
乙男女じぇねれーしょん
ムラハチ
青春
見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。
小説家になろうは現在休止中。
好きになっちゃったね。
青宮あんず
大衆娯楽
ドラッグストアで働く女の子と、よくおむつを買いに来るオシャレなお姉さんの百合小説。
一ノ瀬水葉
おねしょ癖がある。
おむつを買うのが恥ずかしかったが、京華の対応が優しくて買いやすかったので京華がレジにいる時にしか買わなくなった。
ピアスがたくさんついていたり、目付きが悪く近寄りがたそうだが実際は優しく小心者。かなりネガティブ。
羽月京華
おむつが好き。特に履いてる可愛い人を見るのが。
おむつを買う人が眺めたくてドラッグストアで働き始めた。
見た目は優しげで純粋そうだが中身は変態。
私が百合を書くのはこれで最初で最後になります。
自分のpixivから少しですが加筆して再掲。
庭木を切った隣人が刑事訴訟を恐れて小学生の娘を謝罪に来させたアホな実話
フルーツパフェ
大衆娯楽
祝!! 慰謝料30万円獲得記念の知人の体験談!
隣人宅の植木を許可なく切ることは紛れもない犯罪です。
30万円以下の罰金・過料、もしくは3年以下の懲役に処される可能性があります。
そうとは知らずに短気を起こして家の庭木を切った隣人(40代職業不詳・男)。
刑事訴訟になることを恐れた彼が取った行動は、まだ小学生の娘達を謝りに行かせることだった!?
子供ならば許してくれるとでも思ったのか。
「ごめんなさい、お尻ぺんぺんで許してくれますか?」
大人達の事情も知らず、健気に罪滅ぼしをしようとする少女を、あなたは許せるだろうか。
余りに情けない親子の末路を描く実話。
※一部、演出を含んでいます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる