私の好きの壁とドア

木魔 遥拓

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二十四話『夏音、響いて』

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 雪菜先輩に袖を引かれながら道を戻ると、夢国さんと七津さんを見つけた。二人も私を追いかけてくれていたらしい。
 他の人の邪魔にならないよう、たぬきの銅像の近くで待つことになった。
「もう、心配しましたわよ」
「ごめんね。つい」
「いいですわ。合流できましたし。それで、そちらの方は」
 普段のイメージと違う雪菜先輩に、夢国さんは気づいていないようだ。しかし、引っかかるものはあるのか「?」が頭に浮かんでいる。
 もしかして、今日の格好はある種の変装ってこと? 確かに、三条雪菜生徒会長だとは思わないのかも。この前のマスクより効果的だったりして。可愛いから声はかけられそうだけれど。
「雪菜だけど。そんなにわからない?」
 驚いたのか、夢国さんは雪菜先輩の両頬に触れると食い入るように覗き込んだ。背伸びをすればキスシーンになってしまう。
「……本当ですわ。お化粧ってすごいですわね。私も嗜んではいますが」
 あれだけ近づけば、まあ、わかるよね。
 納得した夢国さんは手を離して、後ろに一歩下がる。七津さんは後ろに周り、下がってきた夢国さんを抱き止めた。
「浮気~? あーちゃん」
 夢国さんの急接近が気になるのか、七津さんは後ろから両頬に触れて見下ろした。自身は頬を膨らまして、少し怒っているようだ。
「しませんわよ。そんなくだらないこと」
 呆れたような声で夢国さんは答えた。七津さんの膨らんだ両頬に触れてギュムッと押すと、愛おしそうに笑った。七津さんから離れると、浴衣が崩れていないか確認していた。
「命先輩がいらしたら、また屋台巡りといきましょう?」
「うん! それまでは近くの屋台で我慢する~!」
 夢国さんの答えに満足したのか、七津さんは来た時と同じくらいのテンションの高さでチョコバナナの屋台に突撃して行った。夢国さんは追いかけたが、二人で列に並んでいた。
「大変そうだね、夢国さん」
「本人も満更でもないようですけれど」
 あの二人を見ると、ときどき羨ましくなってしまう。相思相愛の形を、まじまじと見せられていると思ってしまう。
 自分はうまくできないからって、ただの嫉妬だよね。
「あの、古町さん」
 微笑ましさ半分。嫉妬半分の気持ちで二人を眺めていると、雪菜先輩が顔を少しこちらに向けていた。
「どうかしましたか? 命先輩から連絡が?」
「いや、そうじゃなくて。……浴衣、似合ってるよ。可愛い」
 雪菜先輩はそう言うと「さっきは言いそびれちゃって」と付け加えて、こちらに向けていた顔を正面に戻した。
「やっと言えたね~、ゆきなん」
 横並びで雪菜先輩を待っていると、私と雪菜先輩の間から、命先輩があんず飴を咥えながら、ヌッと顔を出した。反射的に先輩のいない方に仰け反ってしまう。
「命先輩!」
「ばんす~、琉歌ちゃん。……やべ、思ったより歯にくっついた」
 命先輩はくっついた飴を器用に舐めとると、左手に持っていたモナカに挟んだ。
 白のノースリーブにピンクのオーバーオール。髪はサイドテールでまとめてあり、普段の命先輩より活発なイメージを受ける。
「いつ着いたんだよ、命」
「今さっき。ゆきなんがなんかモジモジしてるから、邪魔しないように~? ちょ~っと隠れてたけど」
 揶揄うように笑う命先輩に、結菜先輩は無言で近づいて頬を引っ張った。命先輩は口の動きを制限されてモゴモゴしていたが、とりあえず「ごめんってばゆきなん」だけは察しがついた。
 命先輩もつくづく懲りないというか、なんというか。でも、こういう気軽さが雪菜先輩を救ってたりするんだろうな。
「あら。もう合流してましたのね」
「みこみこ先輩こんばんは~」
 雪菜先輩の制裁が始まって少しすると、夢国さんと七津さんが帰ってきた。七津さんはひょっとこのお面を斜めにして被り、たこ焼きのパックを抱えながらイカ焼きを食べている。夢国さんもチョコバナナを食べていた。
「二人ともおかえり」
「お~、亜里沙ちゃんに楓ちゃ~ん。超キュ~トじゃ~ん!」
 雪菜先輩の力が抜けた瞬間、命先輩は二人に近づき、グルグルと回っていろんな方向から確認している。浴衣の柄にもかなり注目している。
「あ。琉歌ちゃんも超キュ~トだよ~」
 なんか、こんな感じの出来事が前にもあった気がする。
「ありがとうございます。命先輩は浴衣じゃないんですね」
 そう訊くと命先輩は動きを止めた。そして、触れて欲しいところに触れたのか、してやったりな笑顔で雪菜先輩に近づいた。少し通り過ぎると、ターンを決めて肩を掴んでひょっこり顔を覗かせた。
「ゆきなんが着てるのが、うちの浴衣なの。ね?」
 確認しながら見上げる命先輩から、雪菜先輩は目を逸らして頬を掻いていた。人の浴衣を着ていることがか、可愛いデザインを着ているのが恥ずかしいのかはわからなかった。
「……これ着てメイクすれば、私だってバレないかも。なんて命が言うから」
 雪菜先輩は口を尖らせて言った。口車に乗せられてと思ったのだろうけれど、効果はあった。実際、夢国さんはしっかりと確認するまで雪菜先輩だと気付いていなかった。
 効果的ではあったけれど、それだけ雪菜先輩のイメージが固まってるってことなんだよね。生徒会長の任期はもう終わるし、少しはキャラクターの重荷が楽になるといいな。
「ま、その話は置いといて。まだ周りきれてないんだし、花火始まる前に制覇するよ~? ……予算によっては見るだけだけど」
 現実的な一言を添えると、命先輩は先陣を切って歩き出した。放っておくとまたはぐれてしまいそうだ。
 おいて行かれないように私たちも追いかけ、屋台をぐるりと巡る。七津さんはお腹が膨れてきたのか、食べ物系より遊戯系にフラフラと惹かれていた。
「みこみこ先輩! 射的で勝負しましょう!」
「いいよ~。スナイパーみこみこ、見せちゃうぞ~?」
 球技祭の時も思ったけれど、いつもはゆるふわしてるのに、ときどき熱っぽいんだよね、七津さん。本気だから私も見てて楽しいけれど。
 射的の勝負内容はどちらが多く落とせるか。難易度の高い景品は、夢国さんに追加ポイントをつけてもらうことになった。
 結果として、命先輩は景品ゼロ。七津さんは缶の貯金箱をゲット。完全試合となった。
「苦手なのに見栄張るから」
「ゆきな~ん、仇とってよ~」
 泣きつく命先輩にため息を吐きながら、雪菜先輩はおじさんにお金を渡して弾をもらった。その隣で夢国さんが銃を構えている。小さくため息を吐いていたので、七津さんに押し付けられたようだ。
 第二回戦の結果は先ほど逆。夢国さんが景品ゼロ。雪菜先輩は猫ちゃんのキーホルダーをゲットした。
 一応、チーム戦て考えたらドロー。かな。
「はい、古町さん。よかったら」
 雪菜先輩は私の手を握ると、取ったばかりのキーホルダーをくれた。ふてぶてしい表情がなんとも言えない猫ちゃんキーホルダー。
「いいんですか?」
「うん。この前ネックレスお礼」
 選んでくれたの部分の発音が強い。多分、買ったのは命先輩って言わせないためだろうなぁ。断る理由はないし、学校鞄につけておこうかな。
「大事にしますね」
 そのあとも、屋台巡りもとい、お祭り遊戯勝負は続いた。輪投げ、ヨーヨー掬い、スーパーボール掬い。金魚掬いだけは七津さんの強い希望でなしとなった。
「麦丸のご飯になっちゃうから……」
「それは。確かに嫌だね……」
 屋台のあるエリアをぐるりと周り終えて、テントが設営されているところに着いた。七津さんはまだはしゃいでいたが、命先輩は財布の中身を見てブツブツ何か言っていた。
 ヒートアップして結構遊んでたもんなぁ。
 見終わったということで、命先輩オススメの花火がよく見える場所に移動しようとした時、テント下のフリースペースで見慣れた姿を見かけた。雪菜先輩の時と違い、普段と何も変わらない姿。
「すみません。先に行っていてください」
「琉歌ちゃん?」
「私が付き添うから、命は夢国さんと七津さんと場所取っといて」
 うなじで揺れる黒髪。僅かに吊り上がった目。少し気怠げで大人な雰囲気。一人で焼き鳥を食べていた。
 もう少しの間、会えないと思っていた。あの日みたいな奇跡は二度と起きないと思っていた。そのくせ、少し期待していた。だから余計に、鼓動が高鳴っていた。
 髪を結んでないってことはしゅうさんじゃないはず。
「八戸波先生!」
 名前を呼ぶと、先生は食べるのを止めて私の方を見てくれた。
「おう、古町。奇遇だなって、三条も一緒か。てことはーー」
 先生は私の後方に視線を向けると、小さく手を上げた。
「ーー小都垣たちもいるよな」
 命先輩たちも気がついたんだ。でも足音は聴こえないから、そのまま場所をとりに行ってくれたんだ。
「古町はわざわざ挨拶か? 律儀だな」
「はい。そんなところです」
 心が嬉しさで溢れそうになるなか、頭は少しずつ冷静になって周りが見えるようになってきた。先生の前には屋台で買ってきたであろう焼きそばやお好み焼き。たこ焼きが並んでいた。
「先生は晩酌中でしたか?」
「祭り特有の美味さってな。飲み物は烏龍茶だが」
 ちょっと時間でも、先生と会えて。話せてることがすごく嬉しい。
「二人とも浴衣似合ってるぞ。三条は随分可愛らしいな」
「別にいいじゃん。ヤトちゃん先生には関係ないです」
「褒めてんだから素直に受け取れ」
 そう言うと、八戸波先生はりんご飴を二本。雪菜先輩に投げ渡した。綺麗にキャッチされ、落として割れることはなかった。
「あんまり待たせると、小都垣が怒るぞ」
 名残惜しくはあったけれど、先生の指摘はもっともだった。素直に聞くことにして三人と合流することにした。
「さようなら、先生。また学校で」
「油断して風邪とか引くなよ」
 雪菜先輩と一礼してから、命先輩のオススメスポットに向かって歩き出した。少し後ろを振り向くと、先生は気づいてくれたのか手を振ってくれた。
 まだ心臓がドキドキしてる。それにしても、なんで先生はりんご飴持ってたんだろう。甘い物なのは別にいいのだけれど、二本ていうのが。
 意味を考えてしまったせいか、ペットショップでみた寂しそうな目を思い出してしまった。
「ねぇ、古町さん」
 少し胸がギュッとしていると、雪菜先輩が話しかけてきた。その声音は、強がって気丈に振る舞っているような声に聞こえる。
「なんですか? 雪菜先輩」
「私ね。昔、お祭りで迷子になったことがあるんだ」
 そこで先輩は言葉をとめた。私は無言で先輩の浴衣の裾を掴むと、一呼吸置いて話しを続けた。
「その時すごく怖くてさ。誰も見つけてくれない、みたいな。今日、命とはぐれて、それを少し思い出しちゃったんだ」
 雪菜先輩だとバレないための服装。それは効果があったけれど。同時に、先輩のトラウマを思い出させちゃってたんだ。
「自分で隠れようとしたのに、変だよね」
 雪菜先輩は笑って誤魔化してるけれど、本当に怖かったはず。私が経験したのは少し違うけれど、気づいてもらえないのは、自分がいないみたいで怖い。
「でも。古町さんが私を見つけてくれた」
 雪菜先輩はそこで足を止めた。どうやら目的地についたようで、命先輩たちを探している。
「ゆきな~ん、琉歌ちゃ~ん。こっちだよ~」
 命先輩が先に気づいてくれたようで、大きく手を振ってくれた。その後ろで、ピョンピョン跳ねながら七津さんが両手を振って、夢国さんが少し慌てているのが見える。
 転びそうで見てるこっちが怖くなる。
「ありがとう、古町さん。すごい嬉しかった」
 眩しい笑顔で雪菜先輩がそう言うと、ちょうど花火の打ち上げが始まった。急かすように、命先輩と七津さんの動きが大きくなっている。
 手を引かれる形で、雪菜先輩と一緒に歩き出した。
 三人と合流して、みんなで空を見上げる。色鮮やかな火花が咲いては散り、舞っては散っていく。一瞬の輝きは潔く消え、心に刻みつけるように轟音を響かせる。
 言葉も掻き消してしまうほどの、夏の音を。
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