私の好きの壁とドア

木魔 遥拓

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二十六話『平和と小さな嫉妬』

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 夏の暑さも落ち着き、乾いた風が冷たい。
「七津さんの家、犬も猫もいるんだ。可愛い」
「大きいモフモフにメロメロか~? ゆきなん」
 命先輩に頼まれて、最近はお昼休みを生徒会室で過ごしている。雪菜先輩が無理をしないための練習らしい。
「よかったら遊びにきてください。大歓迎ですよ~」
「大型犬に挟まれる覚悟は必要ですわよ」
 夢国さんと七津さんとも、前より気軽に会話できているように見える。
「そういえばさ~。そろそろ文化祭だけど、琉歌ちゃんたちは何やるか決まったの~?」
 雪菜先輩が普通にしてくれていることに安心していると、命先輩が話題を変えた。
「六限で決めることになってます。先輩たちは?」
 質問を返すと、命先輩はフフンと笑い、髪をまとめて前から下ろし、幽霊のような風貌になり、
「お~化~け~屋~敷~」
 命先輩はお化けのように手をユラユラとさせながら答えた。低い声でおどろおどろしい言い方だったが、少しも怖くない。怖がりな夢国さんもリアクションを示さなかった。
「命。リアクション困らせないであげて」
「え~? 本番だとキャ~って言わせるからね~」
 雪菜先輩に怒られると、命先輩は下ろした髪を戻して整えた。スマホのインカメを使用して入念に直している。
 結構メジャーな出し物だけれど、やっぱり人気なのかな。でも、飲食系の出し物よりはやりやすいかも。接客はないはずだし。
「出し物が被ったさいはジャンケンでもしますの?」
 確かに。そうしないと、全体の出し物が偏っちゃう。
「くじ引きだったかな~?」
 命先輩は髪を直しながら答えた。思った以上に乱れていたのか、絶妙に納得がいかないようで険しい顔をしている。
「先輩のクラスはなかったんですか?」
「うちはちょっと特殊だし」
 そういうと、命先輩は、チラリと雪菜先輩を見るとスマホをしまい、すり寄って頬をツンツンと押した。
「接客は仕事にならなくなるし~。作る側だと、ゆきなん製の取り合いが起きるし~。販売はゆきなんが店番しないと売れないし、いたら売り切れ長蛇の列だし~」
 雪菜先輩の人気ゆえに起きる弊害を、命先輩はネチネチした言い方で話した。雪菜先輩は命先輩から目を逸らし、気まずそうな拗ねたような表情で黙っている。
 命先輩は人の問題に踏み込むが踏み込みすぎない。気を遣われて全く触れらないのは逆に辛い。雪菜先輩も、命先輩に言われる分には気にならないのだろうか。
「まあ。うちは演劇とかしたくないからよかったけどね~」
 口ぶりからして演劇かお化け屋敷の二択だったのだろう。
 雪菜先輩の人気を考えると、演劇でも進行に問題が発生しそうだけれど。お化け屋敷なら裏方とかあるもんね。
「古町さんたちは、何がやりたいとかあるの?」
 頬をしつこく押されるのに苛立ってきたのか、命先輩を剥がしながら雪菜先輩は言った。笑顔だが明らかにちょっと怒っている。
「私は特に……」
 私がいた中学校には文化祭はなかったからあまり想像ができていない。
 小学校の時に似たようなイベントがあったけれど、それとは違うだろし。あれのすごい版って思えばいいのかな。
「私は演劇がしたいですわ」
 西洋チックな題材だったら夢国さんにピッタリかも。でも、台本を用意できるかとか、台詞とか小道具もあるから大変そう。せっかくだからやってみたい気はするけれど。
「私はお化け屋敷~」
 七津さんが右手を元気に挙げて言うと、夢国さんに左肩をポカポカ叩かれていた。
 驚かす側でもダメなんだ。教室は暗くして雰囲気はバッチリ作るだろうから、確かに夢国さんからしたら怖いのかも。
 二人はやりたいものあるんだなぁ。七津さんのはちょっとした意地悪なのかもしれないけれど。私は何も思いつかない。
「もうそろ授業だ~。琉歌ちゃんたちも戻った方がいいよ~」
 右頬がほんのり赤くなってる命先輩が言った。私が少し考えているうちに、雪菜先輩から追加のお仕置きで頬を引っ張られたようだ。
 先輩たちと別れて教室に戻った。授業までまだ少し時間が残っているので、文化祭で何をするか考えてみる。
 お化け屋敷、は夢国さんが怖がっちゃうからやめよう。そうなると、演劇はちょっと、いや結構恥ずかしいな。あ、裏方の役割もあるか。他は飲食系。「やりたい」っていうのはないかも。
 文化祭の時間の前に別の授業が始まった真面目に話を聞きながらも、頭の片隅で出し物のことを考えていた。
 答えを得られないまま文化祭の出し物決めに。幸い、一人一人提案する必要はなかった。
 「男装・執事・メイドカフェ」「お化け屋敷」「演劇」「縁日」「カジノ」と候補が複数上がり、希望の順番を決めることになった。
 お化け屋敷は候補にあがっちゃうんだ。それよりカフェ系の多さが気になるけれど。でも、執事カフェかぁ。雪菜先輩がやったら黄色い歓声が響きそう。
(おかえりなさいませ。お嬢様)
 脳内で勝手に執事化した先生が現れた。かっこよくて好きでアリだと思ったが、望む関係性ではないからか冷めるの早かった。それでも恥ずかしいことには変わりなかった。
 そもそも先生が出し物に参加するわけじゃないんだから。
 考える時間が終わって、多数決が始まる。票数順に数字が振られ、無事に決まった。
「いやですわぁ……」
 授業が終わると、珍しく夢国さんが腕を枕にして机に伏していた。お化け屋敷が第一希望になってしまったのだから無理もない。
「元気出して、夢国さん。まだ確定じゃないから」
「そうだよ~。これからくじ引きかジャンケンになるかもだし~」
 夢国さんは体を起こすと、甘えるように七津さんにギュッと抱き付いた。不意打ちで七津さんも驚いていたが、すぐに受け入れて抱きしめ返していた。
 私も、暗いところにずっといるのは怖いかも。もしお化け屋敷になっちゃったら、夢国さんと一生に受付希望しよう。
 帰り支度をして三人で帰ろうとすると、八戸波先生が廊下で段ボールを二つ重ねて持っていた。
「先生。どうしたんですか? それ」
「文化祭のネタ出しにひっぱり出したんだが、すんなり決まって意味がなかったアルバムだ」
 八戸波先生はため息混じりに答えた。「いらないことをした」と肩をすくめている。
「一つ持っていきますよ?」
 先生はいらないことって言ったけれど、私には嬉しいハプニングだ。
「いいのか?」
「はい。任せてください」
 私は段ボールを一つ受け取る。
「重いから気をつけろ」
 八戸波先生の忠告通り、段ボールは思ったよりもズッシリとしていた。この中に何冊アルバムが入っているのだろう。
 これを一人で二つ持ってたけれど、先生って結構力持ちなんだなぁ。
「では、夢国さん。私と楓さんはお先に失礼しますわ」
「ごめんね~。このあと用事があるから~」
 夢国さんの挨拶に、七津さんは即席で嘘を付け足した。これなら、先生に二人も手伝えと言われることはないだろう。
「うん。夢国さん七津さんまたね」
 会釈をする夢国さんと手を振る七津さんを見送って、先生と二人で歩き出し、資料室に入った。
 うまく二人きりになれた。けれど、会話がうまく思いつかない。今までは突発的でも思いついたけれど、資料室に会話のピースを見つけられない。
 せっかく二人がアシストしてくれたのに、アルバムしまう片付けるだけで終わっちゃう。二人きりになれただけでも嬉しいけれど。
「ありがとな、古町」
 どうしようか考えていると、八戸波先生から話してくれた。
「い、いえ。これくらいなんてことないです」
「そう言ってもらえると、俺も気が楽だよ」
 そう言いながら、先生は気まずそうに笑っていた。
 私が気にしないって言っても、生徒に任せてしまうことに罪悪感があるのかな。私には嬉しいだけでしかないから、気にしないでほしいけれど。そういうわけにはいかないんだろうな。
「せ、先生は学生時代。文化祭で何をやったんですか?」
「何やったかな。確か、男装カフェだったか」
 先生って、いつから男装しているんだろう。学生時代のはあくまで行事だからだろうし。気にはなるけれど、自由だし触れないでおこう。
 なんとか引き延ばす話題を考えたが、思いつかず、お手伝いはあっさりと終わった。同時に、八戸波先生と二人きりの時間も終わり。
 もっと話上手だったらなぁ。
「ご苦労さん。助かったよ」
 落ち込んでいると、八戸波先生の手が頭に触れた。
 久しぶりに伝わる先生の熱。秋風で寒いはずの体が自然とポカポカしてきた。言葉をうまく交わせなくても、これだけで満足してしまいそうな自分がいる。
「三条のこともありがとな」
 グリグリと撫でながら、八戸波先生は言葉を続けた。
「一年の頃から、見栄っ張りのバカだったから。気兼ねなく話せる後輩ができて、少しは緊張の糸が解けたみたいだ」
 雪菜先輩の力になれたと実感して、先生に褒められて嬉しいと思う反面、私よりも長い関わりがあると思うと少し悔しかった。
 当たり前のことなのに、身勝手だなぁ、私。
 八戸波先生と別れて、一人で歩く帰り道。頭に残っている先生の熱を確かめながら、雪菜先輩が一年生だったことを考えていた。
 今は先生と自然体で話してるけれど、昔は強がったりしてたのかな。そこから打ち解けて。話すようになって。冗談を言えるようになって。触れて……。この熱が、私だけのものならいいのに。
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