BloodyHeart

真代 衣織

文字の大きさ
上 下
110 / 133

貧困品性

しおりを挟む
 リリアが向かった女性の家は、古い木造アパートの一室だった。
 表札には名字が書かれていない。玄関のドアも今時珍しく、指紋認証や顔認証で開けるタイプではなかった。鍵で開けるタイプだ。
 近年のドアでは珍しい。今時鍵を持っているのは管理人くらいだ。
 羽月と伊吹のマンションも、指紋認証で開閉するタイプだ。魔人で指紋のないリリアは、カードキーで開閉している。
「色々とお世話になり、本当にありがとうございます」
 リリアは深々とお辞儀をする。渡されたロングTシャツと七部丈のズボンを着ている。
「全然いいのよ。風邪引いちゃうもの」
 キッチンから振り返り、女性は優しく微笑んだ。
 魔人は寒さじゃ風邪引かないんだけどね……。
 親切を蔑ろにする訳にいかず、リリアは心で言う。
 冷蔵庫のそばに、魚が入っていた発泡スチロールが置いてある。着ていた制服はハンガーに掛けられ、エアコンの下で乾かしてあった。
「制服、乾くの早いのね。食材は冷蔵庫に入れておいたからね。お魚は急速冷凍しておいた」
「ほっ、本当に、ありがとうございますっ」
 もはや申し訳ない。
 合成でも魔界製でも、速乾と防汚加工はされている。鞄とボストンバック、履いていたタッセルには完全防水加工がされていた。
 まだ乾いていないのは、最も早く乾きそうなハイソックスだけだ。ソフィアが代表を務めるアトリエプリンセス、ピンキーハートのものだが、どちらの加工もされていない。
 リリアは改めて部屋を見渡す。
 2DKの一部屋から続く六畳程のスペースに、テーブルセットと仏壇、テレビがあるだけだ。部屋のあちこちに二人の子供の写真が飾られている。
   女性はリリアよりも背が大分高いモデル体型だ。渡された服は娘の物だと推測される。
 離れて暮らしているのかな?
 大変な環境なんだろうな……。
 それなのに親切にしてくれたんだ。
 明らかに、女性は裕福とは程遠い。
 リリアは通学鞄から財布を取り出した。魔界共通通過、金の貨幣を見付ける。
 五万リガーはある。
 魔界は札より硬貨の方が価値が上になる。金の硬貨が五枚、五万リガーなら日本円では二十五万円になる。
「あの、ただで御面倒になる訳にはいかないので、いくらか受け取って頂けませんか?」
 五万リガーを手に、リリアは女性に歩み寄ろうとした。
「いらないよ。困っている人がいたら助けるのは当たり前じゃない。リリアちゃんもそうでしょ?」
 振り向いた女性は優しく断る。
「でも、美穂《みほ》さん。私はママから、助けてもらって当たり前だとは思うなっ。誰も助けてくれないのが当たり前だと、厳しく言われてますので……」
 アパートに向かう途中、リリアと女性は互いに名乗っていた。
「あははっ。お母さん、厳しいね」
 女性は笑った。
 曇り切っていた表情に一筋明かりが射す。
「でも、お金はいいのよ。それよりもお昼御飯まだでしょ? 一緒に冷し中華食べてくれない?」
「いいんですか?」
「うん。ちょうど、今出来たんだ。娘が入院しているから、いっつも一人で淋しいのよ」
「じゃあ、御言葉に甘えさせて頂きます。でも、その前に仏壇に手を合わさせて頂けませんか?」
 リリアは仏壇がずっと気になっていた。仏壇には、小学生の息子らしい写真が飾られている。
「勿論いいわよ」
 リリアと女性は仏壇の前に正座する。
 女性が線香に火を点けた。
 リリアは女性を真似る。線香を香炉に挿す。
「息子さんですか?」
 手を合わせ、リリアは女性に問い掛けた。
「そうなの。五年前に交通事故で——」
 女性の表情が再び曇る。
 女性の無念が胸に染みる。リリアは深々と仏壇に頭を下げた。
「お兄ちゃんが落としたバスケットボールを追って、未来《みらい》ちゃんが撥ねられそうになった。未来ちゃんを庇って、お兄ちゃんが……」
 写真立てを手に取り、女性はポツリポツリと言葉を繋ぐ。
「交通違反のバイクを追っていた、警察が私の息子を殺したの」
 罪にならなかったんだろうな。
 何にもしてくれなかったんだ。
 言わずともリリアは察せられる。
「娘は今、心不全で海外に入院中なの」
 そう言って、女性は写真立てを置いた。
 お母さんが必ず守るからね。
 今度こそ……。
 例え、この手を汚してでも——。
 お母さんが必ず守ってみせるから。
 女性の曇り切った瞳には、一点の曇りなき誓いがあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

風と翼

田代剛大
キャラ文芸
相模高校の甲子園球児「風間カイト」はあるとき、くのいちの少女「百地翼」によって甲賀忍者にスカウトされる。時代劇のエキストラ募集と勘違いしたカイトが、翼に連れられてやってきたのは、滋賀県近江にある秘境「望月村」だった。そこでは、甲賀忍者と伊賀忍者、そして新進気鋭の大企業家「織田信長」との三つ巴の戦いが繰り広げられていた。 戦国時代の史実を現代劇にアレンジした新感覚時代小説です!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

うつろな果実

硯羽未
キャラ文芸
今年大学生になった小野田珠雨は、古民家カフェでバイトしながら居候している。カフェの店主、浅見禅一は現実の色恋は不得手だという草食系の男だ。 ある日母がやってきて、珠雨は忘れていた過去を思い出す。子供の頃に恋心を抱いていた女、あざみは、かつて母の夫であった禅一だったのだ。 女の子でありたくない珠雨と、恋愛に臆病になっている禅一との、複雑な関係のラブストーリー。 主な登場人物 小野田 珠雨(おのだ しゅう)…主人公。19歳の女の子(一人称は俺)大学生 浅見 禅一(あざみ ぜんいち)…31歳バツイチ男性 カフェ経営 ※他の投稿サイト掲載分から若干改稿しています。大きくは変わっていません。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

狼神様と生贄の唄巫女 虐げられた盲目の少女は、獣の神に愛される

茶柱まちこ
キャラ文芸
 雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。  ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。  呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。  神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚。 (旧題:『大神様のお気に入り』)

処理中です...