BloodyHeart

真代 衣織

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マザークライング

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「やったぁ。いっぱい買えたっ」
 傘を差し、リリアは大きな買い物袋を両手に下げている。
 通学鞄は付属のストラップを使いリュックにした。それに重ねてボストンバックを背負っている。
 大荷物になったが、リリアは勝ったと言わんばかりに満足気だ。
 池袋よりもずっと安い!
 今日は何にしようかなぁ。
 鰆なら、煮付けで餡掛けだよね。
 でも、みりんで酔っちゃうんだよな。
 どうしようかな。
 とりあえず、鮭をちゃんちゃん焼きに……。
 リリアは浮かれながら献立を考えている。
 羽月さん、いっぱい食べてくれるからな。
 何が好きかな……。
 頬張る羽月を想像すると、リリアは笑みが溢れる。
 華奢な体を支配する大荷物を揺らし、駅近くの浮間橋付近まで来た。
 雨で増水した川が橋を飲み込みかけている。
 その橋を親子が歩いていた。
 小さな男児の手を引き、母親は前から向かってくる自転車に気を配る。
 その時だった。
 男児が傘を落とした。
 母親の手を払い、男児は放置されていた発泡スチロール箱に乗り、手摺から身を乗り出す。
 我が子が川に落ちてしまった。
「きゃぁ——」
 身を裂くような母親の叫び声は、幸いな事に近くにいたリリアに届いた。
 リリアは傘を捨てる。買い物袋とボストンバック、通学鞄も放り出す。
 羽を出し、男児に向かって飛んだ。
 増水して激流になった川から男児を救い出した。
「そうちゃんっ! そうちゃんっ……」
 男児を抱え、橋に降りたリリアに母親は悲痛な声と共に駆け寄る。
 リリアは勉強した通りに、うつ伏せに寝かせた男児のお腹に腕を入れ、背中を叩いて水を吐かせた。
 直ぐに意識を確認する。
「分かる? 大丈夫?」
「羽がある? ママ……?」
 意識は鮮明だった。
「そうちゃんっ……。よかった……」
 安堵を漏らした母親は、上着を掛け、引き寄せられるように我が子を抱き締めた。
「念の為、病院に行って下さい」
 リリアも安堵する。安心し、言葉を掛けた。
「ありがとうございます。本当にありがとうっ……」
 母親は涙ぐみ、何度もリリアに礼を言う。
「水浸しになっちゃたわね。はい、荷物持って来たわよ」
 その声にリリアは振り返る。
 リリアの荷物を背中と両腕に持った、四十歳くらいの女性が立っている。
「すみませんっ……。ありがとうございます」
 リリアは頭を下げ、礼を言う。
 何故か女性の瞳は曇り切っていた。表情もとても暗い。
「私の家、直ぐ近くなの。家でお洋服乾かしましょう?」
 女性は優しく微笑む。
 悪い人じゃなさそうだ。
「ありがとうございます。それじゃあ、御言葉に甘えます」
 リリアは荷物を受け取り、女性の家に向かった。 
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