BloodyHeart

真代 衣織

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互いの想いはベールの中

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「美味いな、これは」
 側近が持って来た葡萄と日本酒を、帝王は味わっていた。
「もう日は落ちている。ベールは脱げ」
 帝王は、側近を見つめて命じる。
 言われるがままに、側近のレオナ・バートリーは頭のベールをとった。
「本当に、レオナは美しいな」
 側近の甘く整った顔を、帝王は惚れ惚れと眺める。
 帝王の言う通り、レオナ・バートリーは美しい。
「ありがとうございます」
 礼を言う側近は、どこか淋しそうな無表情だった。
 ドラキュラとサキュバスのハーフであるレオナ・バートリーは紫外線の耐性がつかなかった。
 故に、日が差す時は紫外線を避けれるベールを被っている。
 人にもよるが、魔人のハーフは双方のマイナス部分が色濃くでる場合がある。
「種も無く、皮も食べれる希少な葡萄だ。後で、この酒と一緒にお前も食べるといい」
「はい。では、公務が終わった後に頂きます」
 日本に行った軍人が献上した特産品だ。
「こんな優れた物まで、人間共は滅ぼそうとしている。品種改良に何年も費やした、苦労の賜物だろうに……」
 得意気に、帝王は指に持つ葡萄を眺める。口に含んで味わうと、よく冷えた日本酒を美味しそうに飲む。
「その日本酒も飲めなくなります。それどころか水も……。水道水が飲める国は、人間界でも希少な筈——」
「そうだ。このドラキュラ帝国も飲めなかった。俺が飲めるようにしてやったんだ」
 魔界の主要国でも、水道水が飲める国はサキュバス王国とウィザード共和国の二カ国だけだ。魔界でも僅かだった。
 現帝王の功績を挙げれば、一番にこれになる。
「農業にも手厚く支援し、食料自給率を大幅に改善しました」
 側近は他の功績を上げた。
「そうだ。軍人だけじゃない。俺は国民からも支持を得ている」
 国会による国民投票をせずに、カイ・クライツは玉座に君臨した。
 魔界の多くは王政だが、王政の元に民主主義による国会を設けている。
 農業支援は元々、全帝王が計画していた事だった。カイ・クライツはその計画を元に実施したまでだ。
 例え、弾圧を怖れずに不正を訴える政治家が現れたとして、国民の大多数を占める農家を味方に付ければ、カイ・クライツは選挙に勝てるからだ。
「お下げ致しますね」
 空になった葡萄の器とグラスを、側近はトレーに乗せた。
「ちょっと待て」
 帝王はトレーをサイドテーブルに置き、側近の頭を寄せる。側近は、百六十二センチと魔人にしては小柄だ。
 ベビーピンクの唇に深く口付けた。
 側近の唇が潤う。
「愛しているよ。何時だって、俺はお前だけだ」
 側近の頭を離し、心底愛おしそうに帝王は愛を告げる。
「はい」
 とても淋しそうだ。
 側近は返事をするだけ。
「この国だけなんて、ちっぽけでは終わらない。俺は何れ、世界全てを手中に収める」
 自信に満ち、帝王は断言する。
「はい」
 何も思っていない様に、側近は返事をする。虚無だ。
「全てを収めた時に結婚しよう。レオナは、この世の全てを手に入れた、覇者の妻に相応しい」
 帝王は自信と、レオナ・バートリーへの愛に満ち溢れていた。
 それでも側近は虚無だ。何も返さない。
 隣を去ろうと、側近は再びトレーを持つ。
 玉座の間を後にしようと背を向けた。
 数歩離れ、表情が出る。
 怒りを秘めている様に見える。
 全てを手に入れ、絶望するといい。
 カイ、あなたは誰にも救えない。
 もう、救いを失っている。
 帝王と側近は、殆どの時間を共に過ごしている。
 帝王が常に側近を離さないからだ。
 互いの想いを相容れずに——。
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