BloodyHeart

真代 衣織

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逆襲開始

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   作戦開始から一時間半——。
 「——さてと、そろそろ行くとするか。問題なく出撃出来る」
 ドアを開け、軍用車両であるジープに羽月は横に腰掛けている。
 煙草の煙を吐き、羽月は目の前にいる伊吹と、周辺に待機しているニ個小隊に促した。
 観ていたタブレットを羽月が仕舞うと、伊吹がミルクティーが入った缶を差し出してくる。
 観ていた映像はリリアに付けた監視カメラの映像だ。
「帰ったら何か奢れよ。足止め頑張った上に、俺は怪我までしたんだ」
 不貞腐れた顔の伊吹が言う。ぶつけた目の回りは痣になってしまっている。
 集まっている場所は原発近くの森だ。伊吹も羽月も軍服に着替えている。
「そうか? 足止めはリリアの方が役に立ってなかったか? 目は、卑しくポテチ探した自分の所為だろ」
「ひでぇ……」
 ミルクティーを口にし、羽月は冷たく一蹴する。
 ぼそりと言葉を漏らし、伊吹は項垂れた。
「まぁー。でも、久々に牛角行きてぇな」
 伊吹の好物である焼肉を、羽月はちらつかせた。
「行こうっ。デザートも美味いしっ」
 見えた希望に、伊吹は詰め寄る。
「この後次第で奢ってやるよ」
「よしっ! 任せろっ」
 安いな、こいつ……。
 意気揚々とする伊吹に、羽月は呆れながら煙草の煙を吐く。
 車に備えられた灰皿に煙草を捨て、羽月はウェアラブル端末から和左に通信を入れた。
「かずさんっ。出撃許可を——」
「了解! 出撃を許可するっ。——頼んだぞ」
 和左は総合通信センターにある大型スクリーンを見ている。原子力発電所にいる全員を気に掛け、イヤホンマイクから念を押す。
「大丈夫っ! 俺、頑張っちゃうっ」
 羽月がミルクティーを飲み出した隙に入り込む。伊吹が羽月のウェアラブル端末から、やる気溢れる声を送った。
「……っ分かったが、くれぐれも気を付けて行けよ」
 イヤホンマイクから聞こえた大きな声に、和左は少し耳を痛めた様だ。羽月と伊吹も和左は気遣う。
「はぁーい」
 呑気な伊吹の声が総合通信センターにいる全員に届く。
 ミルクティーを飲み干し、羽月は手で口を拭う。
「よしっ。全員、出撃だっ!」
「了解っ!」
 羽月の命令に、この場にいる全員が強く返事をした。
「やったなっ。こっちが正解だ」
「相良中佐の指揮なら誰も死なずに済むっ」
 集まった隊員達が口にしている。
 実際には誰も死んでいない訳ではない。羽月の指揮でも戦死者は数名いる。
 だが、羽月と那智の指揮下では、他と比べて桁違いに戦死者が少ない。
 どれだけ自己犠牲を正義と叩き込まれようとも、誰だって命は惜しい。
 悪評の多い羽月でも、ついて行く隊員は少なからず存在していた。
 命を保障する羽月の命令に隊員達は素直に従う。続々と軍のジープを発進させて行く。
 後方には、作戦に必要な人員と武器を確保し配置する役割がある。
 後方総司令官である名糖和左には、その指揮が任せられている。
 羽月は、説得を任せられたリリアを利用し、足止めをさせていた。その隙に那智が和左に連絡し、秘かに準備を進めていたのだ。
 但し、その段階では作戦指揮権のない和左には、出撃許可が出せない。
 その為に監視カメラ必要だった。
 緊急事態と見做されれば、緊急対応により、指揮権発動が可能になるからだ。
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