BloodyHeart

真代 衣織

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生贄選挙

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「捨て駒部隊を俺に押し付ける気だろ。——分かり易い人選だしな」
 羽月の冷たい声が場を緊張に包む。
 鋭利な視線は次に自衛隊の中隊長を絡め、福田司令官を刺した。
「っけ、決して防衛省の手柄とか……。称賛とか……。そういう捨て駒じゃ、じゃないんだ。ほっ、本当に、現状の打破の為のじ、人選……。最優先に選んだんだ!」
 辿々しく、福田司令官は言葉繋ぎ目を泳がせる。
 福田司令官は防衛省からの天下りだった。
「そうか、俺の思った通りか?」
 今の反応で羽月は確信を得た。
「っち、違うっ!」
 強く否定するも、福田司令官は動揺が隠せない。認めたも同然だ。
「最初っから、てめぇらの為にくたばれって事だろ⁉︎ それを証拠に、外務省から天下った平山総司令は、要求に対して何も語ってねぇ」
 警察部隊の総司令官、平山総司令は元外交官だ。
 中央アメリカと南アメリカ政府には外交官時代に通じている。
「ちっ、違う!」
 福田司令官の言葉を無視し、羽月は更に追い込む。
「日本の軍事力を見せ付ける為。南アメリカと中央アメリカには、生贄を作って恩を売る。——茶番の作戦会議だ」
 最後に人睨みし、羽月は吐き捨てた。
「いい加減にしろっ‼︎」
 自衛隊の中隊長が声を荒げ、立ち上がる。
 場に緊張が走る。
「誰が得でも、国益だろっ⁉︎ 日本の為に命を捧げる、それが軍人の務めだろっ⁉︎ 血税を搾取している公僕が、政府に仕える武士が、命を惜しむな!」
 怒鳴り声を上げる中隊長は、全員に鋭い眼差しを向けて行き、最後に羽月を睨んだ。
 自身から右側にいる、対イーブル軍人に中隊長は視線を移す。
「国の為に喜んで死ねっ‼︎」
 苛烈な怒号に軍人達は脅える。
 集められた対イーブル軍人は二十代前半と年齢が若く、同じく集められている自衛官よりも立場が弱かった。怒号だけじゃなく、立場でも軍人達は脅えている。
「そっくりそのままお返しするぜ」
「っあぁ!」
 挑発の言葉を羽月が発する。
 不快な唸り声を漏らし、中隊長は片眉を吊り上げる。
 対した羽月は余裕の腕組みで、馬鹿にする顔を向けている。
「原発死守を公言に逃げ込む。見張りと戦う気もない、リスクの一つも背負おうとしない逃げ腰隊長——」
 背もたれに寄り掛かり、腕組みして馬鹿にする羽月に、中隊長は激昂した。
「何だと⁉︎ てめぇ!」 
 顔を真っ赤に、怒りに震えている。もはや殴り掛かる勢いだ。
「——自分が行きます!」
 特殊遊撃部隊の隊員一人が立ち上がる。
「自分もです」
 先程、那智から注意を受けた新田と遠藤だ。
「私達が死にに行きます」
 他の特殊遊撃部隊員も後に続く。
「最難関の危機に立ち向かう、それが特殊遊撃部隊ですから」
 勇敢に立候補した若者達は、瞳が曇り切っている。全ての希望が消え失せた、諦めの表情だ。
「最難関の危機に立ち向かえて、己の危機には刃向かえないのか?」
「相良っ! お前は出て行け」
 又しても馬鹿にする羽月に我慢ならず、横田隊長は怒鳴った。
「決死の覚悟を侮辱するとは許せない!」
 睨み付ける横田隊長の声は、冷たく凍てつく様だ。
「そいつは助かる。馬鹿丸出し作戦に参加しないで済む」
 憎まれ口を叩く。反省する気は羽月に全くない。
 そそくさと羽月はタブレットを畳み、席を立った。
「処分は追って伝える」
 会議室を去ろうとする羽月に、横田隊長は言葉を刺す。
 散々な暴挙を軍規で裁く、上官の権力を行使する事にした。
「私達の策は、誰も聞く気はありませんから。仕方ないです」
 横田隊長どころか、全員を窮地に追い込む事態が発生した。
 呆れた様に言い、那智もタブレットを畳み、立ち上がってしまう。
「ゆっ、結城君は居ていいんだよ?」
 まさかの危機に目が潤む。
 横田隊長は、泣きそうな声で縋り付く。
「直属の上官の指示が優先。軍規ですから」
「ゆっ、結城君は、うちの副隊長だよ?」
 軍規でどうにかしたい横田隊長だが、那智の言う方も正解になる。
 羽月に行使した軍規が、自身を追い込む凶器になってしまった。
「各部隊でリスクを分散させ、最善策に導くのが作戦会議——。これは生贄選挙です」
 誰もが最も頼りにしていた那智が去って行く。
 絶望の窮地に追い込まれた。
 茫然自失となった全員は、虚無と化した脳内に那智の言葉を響かせる。
「では、失礼します」
 礼儀正しくドアの前で一礼し、最重要戦力の那智は爽やかに遠去かって行った。
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