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黒社会
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六本木に在る、クラブ三階のビップルームで、穂積はバーカウンターに立ち、テレビを見ていた。
今日はここでバーテンダーをしている。
壁に掛けられた大型テレビの横には、三倍大きいモニターがある。クラブ一階のイベントスペース、二階イベント準備スペースの様子を交互に映している。
「——引き続き、芸能プロダクションイヴの、漏電火災についてお伝えします」
モニターは無音にしている為、客がいないビップルームには、アナウンサーの声だけが響く。
「漏電火災が起きる数分前から、防犯カメラが映らなくなっていたそうですが、関連はあると思いますか?」
「あるでしょうね。そこで、直ぐに点検作業をしていれば、免れたかも知れません」
テレビでは、ニュースキャスターが神妙な面持ちで、防災コンサルタントに質問していた。
「火元と見られる、エレベーター内部が爆発して、二分でビル内全てに燃え広がっています。考えられる原因は何でしょうか?」
「エレベーターには電力が集まっています。全ての階に繋がっていますから……。本当に不運としか言い様がないですね」
画面には、生存者ゼロ、漏電火災の脅威——と、大きく書かれている。
「——スプリンクラーと防火シャッターが作動していない事を考えると、安全管理を怠った責任は相当大きいでしょう」
「ですが、代表取締役、内藤誠也社長も亡くなっています——」
事の真実を分かっている穂積は無表情だが、悲愴感を抱いているようにも見えた。
「——いらっしゃいませ」
夜八時半になり、きっちりとスーツを着た、ボディーガードの様な大柄な男に通され、羽月が入って来た。
仕事帰りらしく、何時も通りのダークスーツを着ていて、手ぶらだ。
「今日はここでバイトか? 穂積——」
カウンターの椅子に腰掛け、羽月は問い掛けた。
「滅多に会わないのに、変装通じないんだ」
接客用の笑みが失せ、仏頂面で穂積は言葉を漏らした。
今日の穂積は、ショートボブに紫のメッシュが入った髪型、紫のシャドウが濃く入り、頬には紫色の薔薇のタトゥーがある。料亭にいた時とは別人の容姿だ。
着ている服は、ソフィア王女が代表を務めるアトリエプリンセス、ネオアメジストのパンキッシュな薄着。このブランドは、パンキッシュなデザインで、薔薇と有刺鉄線のロゴが特徴になっている。
「声優じゃあるまいし、声は変えられない」
断言し、羽月はジャケットのポケットから煙草を取り出す。
タイミングよく、穂積は火の点いたマッチを近付けた。
「——いい趣味してんな」
紫煙を吐き、羽月はマッチを褒めた。
マッチはオイルマッチだ。紫がかったステンレスのオシャレなデザインをしている。見るからに穂積の私物だろう。
「お飲物は?」
仏頂面のまま、穂積は注文を尋ねた。
「俺、車で来てるから、適当にノンアル」
「レベル4ならスルーしてくよ」
穂積が言うレベル4とは、自動運転システムの完全自動運転を指す。
車種にもよるが、大体はリアガラスにlevel4と表示が光る。
「酒は、脱力しながら飲む主義なんだよ。赤入れて、毒盛りとはいかねぇぞ」
物騒な事を、羽月は悪戯っぽく口にする。
赤とは、アルコール飲料に対する危険度の表示だ。
酔いやすく、注意が必要な場合を黄色。度数が高く、急性アルコール中毒の危険性が高い場合を赤と丸が貼られる。
「約束の時間まで三十分あるよ。何企んでるの?」
怪訝に、穂積はノンアルコール飲料を出した。
「二人っきりなんて滅多にないからな。お前と楽しくお喋りしに来たんだよ」
「私は、話す事なんて一切ないよ」
睨みを入れて、背を向ける穂積を気にせず、羽月は飲み物を口にした。
「——これ美味いな。アレクサンダー風かぁ」
「それのフローズンも作れるよ」
褒め言葉に、穂積は思わず振り返ってしまった。
「喋ってくれるみたいだな」
笑いを零す羽月に、穂積は苛立ちに満ちて表情を歪めた。
「防火設備は、お前の仕業だな?」
「話す事なんてないって言ったでしょっ」
質問に答える気など丸でないと、穂積は一蹴する。
「俺が殺らなきゃ、お前が手を汚した訳か……」
「何も喋る気はないっ」
「汚れ仕事を、好んでやる悪趣味はねぇだろ。——存在していない筈のヘイハイツ」
煙草の煙を吐き、羽月は挑発的に知らない筈の事実を口にした。
志保が言う訳ない。
浮かぶ疑問を消し、穂積は「だから何?」と睨む。
「二千十五年に撤廃する予定の出産制限——。国家ぐるみの人身売買がバレる五年の間に、お前と志保は産まれてる。芹沢組がチャイニーズを一掃し出したのも、同時期だ」
羽月には言われずとも、容易に想像が付いていた。
この人身売買こそが、中国が犯した国際的なスキャンダルが発覚する起因だった。
「軍事強化を掲げ、対イーブル同盟に加盟申請しながら、ドラキュラ帝国と手を組んだ。撤廃宣伝しながらヘイハイツを買取、ドラキュラに売り、武器とMDを輸入していた」
売られていたのはヘイハイツだけではない。
中国国内の少数民族、逮捕された反政権派を含む受刑者も、死亡した事にされ売られていた。
旧政権の犯罪を語り始めた羽月に、穂積が口を開く。
「金と権力の為に、香港を取ろうとして失敗。国家安全法を施行し、反対派を弾圧して内戦の末に惨敗。政府と黒社会の癒着、人身売買がサキュバスにバレて、世界中からバッシング——。ざまぁみろの末路だった」
報いは受けた。そう穂積は自分に言い聞かせていた。
自身の生い立ちにより、不遇な人生を歩むしかない。やり切れない思いは渦巻くが、穂積は囚われていたくはなかった。
香港は二千二十七年に独立した。理想の元に、民主主義の道を歩んでいる。
「結果、助けられていても、芹沢組が勢力を拡大する為だ。——忠誠心なんてないだろ?」
短くなった煙草を灰皿に消し捨て、挑発的な目で羽月は窺う。
「でも、あんたと違って恩知らずじゃない。経緯はどうであれ、金持ちの性奴隷にならずに済んだ」
刺々しく穂積は答える。
殆どのヘイハイツは、マフィアと手を組んだ政府により、ドラキュラ帝国に売られた。だが、志保と穂積は容姿が良かった為、マフィアはドラキュラ帝国に渡さなかった。
志保と穂積は中国都市部に住む、国際マフィア主要幹部に囲われ、幼少期を過ごしていた。
「芹沢は、取引場所を知らなかった。独断で動いて得た情報——」
「あんたに協力したくないの」
遮り、穂積は拒絶を示す。
「いいのかよ? 偽の戸籍握られたまま、お前と志保は飼い殺されるぞ」
「私の望みは、志保と楽しく暮らす事だから。その三——」
言い切り、穂積はカウンターの下からマルボロを取る。
タイミングを合わせ、羽月は自分のジッポを近付けた。
拒絶する事なく穂積は火を貰い、肺に深く吸い込んだ。
「偽姉妹の絆は本物かぁ」
ジッポを仕舞い、羽月は諦めの様に言葉を零す。
志保と穂積は戸籍上は姉妹になっている。偽りだと、羽月どころか三〇一隊の全員が直ぐに見抜いていた。
「——所詮、気分の恋愛と違ってね」
明らかに伊吹への皮肉だ。
深く煙を吐き出し、穂積は断言した。
やっぱ、芹沢が内情を喋る相手は穂積だな。
あれだけの大所帯なら、信用出来る奴は限られる。
一連の態度で、羽月の予想は確信に変わった。
「次は、何飲む?」
気を取り直すように、穂積は注文を尋ねた。
「さっき言ってたフローズンで——」
新しい煙草を、羽月は上着のポケットから取り出す。
業務的に、穂積がオイルマッチを近付ける。
火を貰った羽月の表情は、確信に妖しく薄笑みを浮かべていた。
今日はここでバーテンダーをしている。
壁に掛けられた大型テレビの横には、三倍大きいモニターがある。クラブ一階のイベントスペース、二階イベント準備スペースの様子を交互に映している。
「——引き続き、芸能プロダクションイヴの、漏電火災についてお伝えします」
モニターは無音にしている為、客がいないビップルームには、アナウンサーの声だけが響く。
「漏電火災が起きる数分前から、防犯カメラが映らなくなっていたそうですが、関連はあると思いますか?」
「あるでしょうね。そこで、直ぐに点検作業をしていれば、免れたかも知れません」
テレビでは、ニュースキャスターが神妙な面持ちで、防災コンサルタントに質問していた。
「火元と見られる、エレベーター内部が爆発して、二分でビル内全てに燃え広がっています。考えられる原因は何でしょうか?」
「エレベーターには電力が集まっています。全ての階に繋がっていますから……。本当に不運としか言い様がないですね」
画面には、生存者ゼロ、漏電火災の脅威——と、大きく書かれている。
「——スプリンクラーと防火シャッターが作動していない事を考えると、安全管理を怠った責任は相当大きいでしょう」
「ですが、代表取締役、内藤誠也社長も亡くなっています——」
事の真実を分かっている穂積は無表情だが、悲愴感を抱いているようにも見えた。
「——いらっしゃいませ」
夜八時半になり、きっちりとスーツを着た、ボディーガードの様な大柄な男に通され、羽月が入って来た。
仕事帰りらしく、何時も通りのダークスーツを着ていて、手ぶらだ。
「今日はここでバイトか? 穂積——」
カウンターの椅子に腰掛け、羽月は問い掛けた。
「滅多に会わないのに、変装通じないんだ」
接客用の笑みが失せ、仏頂面で穂積は言葉を漏らした。
今日の穂積は、ショートボブに紫のメッシュが入った髪型、紫のシャドウが濃く入り、頬には紫色の薔薇のタトゥーがある。料亭にいた時とは別人の容姿だ。
着ている服は、ソフィア王女が代表を務めるアトリエプリンセス、ネオアメジストのパンキッシュな薄着。このブランドは、パンキッシュなデザインで、薔薇と有刺鉄線のロゴが特徴になっている。
「声優じゃあるまいし、声は変えられない」
断言し、羽月はジャケットのポケットから煙草を取り出す。
タイミングよく、穂積は火の点いたマッチを近付けた。
「——いい趣味してんな」
紫煙を吐き、羽月はマッチを褒めた。
マッチはオイルマッチだ。紫がかったステンレスのオシャレなデザインをしている。見るからに穂積の私物だろう。
「お飲物は?」
仏頂面のまま、穂積は注文を尋ねた。
「俺、車で来てるから、適当にノンアル」
「レベル4ならスルーしてくよ」
穂積が言うレベル4とは、自動運転システムの完全自動運転を指す。
車種にもよるが、大体はリアガラスにlevel4と表示が光る。
「酒は、脱力しながら飲む主義なんだよ。赤入れて、毒盛りとはいかねぇぞ」
物騒な事を、羽月は悪戯っぽく口にする。
赤とは、アルコール飲料に対する危険度の表示だ。
酔いやすく、注意が必要な場合を黄色。度数が高く、急性アルコール中毒の危険性が高い場合を赤と丸が貼られる。
「約束の時間まで三十分あるよ。何企んでるの?」
怪訝に、穂積はノンアルコール飲料を出した。
「二人っきりなんて滅多にないからな。お前と楽しくお喋りしに来たんだよ」
「私は、話す事なんて一切ないよ」
睨みを入れて、背を向ける穂積を気にせず、羽月は飲み物を口にした。
「——これ美味いな。アレクサンダー風かぁ」
「それのフローズンも作れるよ」
褒め言葉に、穂積は思わず振り返ってしまった。
「喋ってくれるみたいだな」
笑いを零す羽月に、穂積は苛立ちに満ちて表情を歪めた。
「防火設備は、お前の仕業だな?」
「話す事なんてないって言ったでしょっ」
質問に答える気など丸でないと、穂積は一蹴する。
「俺が殺らなきゃ、お前が手を汚した訳か……」
「何も喋る気はないっ」
「汚れ仕事を、好んでやる悪趣味はねぇだろ。——存在していない筈のヘイハイツ」
煙草の煙を吐き、羽月は挑発的に知らない筈の事実を口にした。
志保が言う訳ない。
浮かぶ疑問を消し、穂積は「だから何?」と睨む。
「二千十五年に撤廃する予定の出産制限——。国家ぐるみの人身売買がバレる五年の間に、お前と志保は産まれてる。芹沢組がチャイニーズを一掃し出したのも、同時期だ」
羽月には言われずとも、容易に想像が付いていた。
この人身売買こそが、中国が犯した国際的なスキャンダルが発覚する起因だった。
「軍事強化を掲げ、対イーブル同盟に加盟申請しながら、ドラキュラ帝国と手を組んだ。撤廃宣伝しながらヘイハイツを買取、ドラキュラに売り、武器とMDを輸入していた」
売られていたのはヘイハイツだけではない。
中国国内の少数民族、逮捕された反政権派を含む受刑者も、死亡した事にされ売られていた。
旧政権の犯罪を語り始めた羽月に、穂積が口を開く。
「金と権力の為に、香港を取ろうとして失敗。国家安全法を施行し、反対派を弾圧して内戦の末に惨敗。政府と黒社会の癒着、人身売買がサキュバスにバレて、世界中からバッシング——。ざまぁみろの末路だった」
報いは受けた。そう穂積は自分に言い聞かせていた。
自身の生い立ちにより、不遇な人生を歩むしかない。やり切れない思いは渦巻くが、穂積は囚われていたくはなかった。
香港は二千二十七年に独立した。理想の元に、民主主義の道を歩んでいる。
「結果、助けられていても、芹沢組が勢力を拡大する為だ。——忠誠心なんてないだろ?」
短くなった煙草を灰皿に消し捨て、挑発的な目で羽月は窺う。
「でも、あんたと違って恩知らずじゃない。経緯はどうであれ、金持ちの性奴隷にならずに済んだ」
刺々しく穂積は答える。
殆どのヘイハイツは、マフィアと手を組んだ政府により、ドラキュラ帝国に売られた。だが、志保と穂積は容姿が良かった為、マフィアはドラキュラ帝国に渡さなかった。
志保と穂積は中国都市部に住む、国際マフィア主要幹部に囲われ、幼少期を過ごしていた。
「芹沢は、取引場所を知らなかった。独断で動いて得た情報——」
「あんたに協力したくないの」
遮り、穂積は拒絶を示す。
「いいのかよ? 偽の戸籍握られたまま、お前と志保は飼い殺されるぞ」
「私の望みは、志保と楽しく暮らす事だから。その三——」
言い切り、穂積はカウンターの下からマルボロを取る。
タイミングを合わせ、羽月は自分のジッポを近付けた。
拒絶する事なく穂積は火を貰い、肺に深く吸い込んだ。
「偽姉妹の絆は本物かぁ」
ジッポを仕舞い、羽月は諦めの様に言葉を零す。
志保と穂積は戸籍上は姉妹になっている。偽りだと、羽月どころか三〇一隊の全員が直ぐに見抜いていた。
「——所詮、気分の恋愛と違ってね」
明らかに伊吹への皮肉だ。
深く煙を吐き出し、穂積は断言した。
やっぱ、芹沢が内情を喋る相手は穂積だな。
あれだけの大所帯なら、信用出来る奴は限られる。
一連の態度で、羽月の予想は確信に変わった。
「次は、何飲む?」
気を取り直すように、穂積は注文を尋ねた。
「さっき言ってたフローズンで——」
新しい煙草を、羽月は上着のポケットから取り出す。
業務的に、穂積がオイルマッチを近付ける。
火を貰った羽月の表情は、確信に妖しく薄笑みを浮かべていた。
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