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黒蓮

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最終章 幸せ

絆 3

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side フロストル公国

 ダリア・タンジーが去った会議室では、未だ話し合いが続けられていた。その議題は彼の扱いについてだった。先程は各国の対応については不明だとしていたが、実は既に各国の彼への対応についての方針は通信魔具によっておおよその方向性が決まりつつあった。では何故あの場でそのことに言及しなかったかと言えば、彼の反応を見定めるためだ。

「それで陛下、彼の事ですが・・・いかがいたしましょう?」

宰相が改めて彼への対応を確認する。しかし、女王の返答は逆に質問を返すものだった。

わらわ達にどうこうできると思っているのですか?まったく、損な役回りです・・・」

「・・・仰る通りであると存じます。ですが、余程失礼な物言いでなければ、彼が暴れるということは無いのではと考えますが?」

「そうあって欲しいものですね。現状、公国においても、他国においても彼がなびきそうなものが無いですからね・・・」

「女性には興味を示さなかったのですか?」

「見目麗しい者を選んでメイドとしましたが、声を掛けられるようなことは無かったと報告を受けています」

「そうですか。以前、我が国の都市を救ったことでユグド勲章は既に授けてしまっておりますから、頭の痛いことですな・・・」

「ええ、本当に・・・」


 公国は彼への対応について可能な限り友好的に接しようと考えていた。王国からの亡命者ということもあり、ここに拠点を構えている以上、その方が有益であると考えた結果だ。とはいえ、その桁外れな実力が広く露呈している事から、反対意見が無いわけでも無かった。いや、反対意見の方が多いといっても過言ではない。

 彼と関わりを持ったことのある一部を除けば、強大な力を持つ得体の知れない人間を信用することなど出来ないという意見だ。それは公国から勲章を授かっていたとしても一緒で、王都から離れた都市になればなるほど、その考え方は顕著だった。

他二ヶ国も彼とは距離を置きたいような考え方で、通信魔具による緊急の会談では、今回の魔法の【才能】消失といい、その言葉の端々から、煙たがっている本音が見え隠れしてしまっている。何か彼を縛り付ける弱みでもあれば強大な戦力として囲い込みたい気持ちは同じだろうが、都合良くそんな情報など無いのが現実だ。

一番の問題は、彼が暴走した際に誰も止めることなど出来ないことだ。彼は考え方が幼く、自分から見て相手を敵か味方かで判断している。もし、彼から敵対認定されてしまうと、そのままこの世から消されるかもしれないという恐怖がある。

そして、そんな横暴を働いたとしても、誰にも咎められない。いくら実力が飛び抜けて高かろうが、そんな爆弾を自国内に抱えたいなどと考えることはあり得なかった。

「おそらく会談の際には、各国とも腫れ物に触るような感じになるでしょう。彼がその雰囲気を察してくれれば、それが最善ですね・・・」

「・・・そう上手く行くでしょうか?」

「最悪、誰かが泥を被る覚悟が必要ですが・・・そんな存在などいないでしょうね」

先程から幾度と無く溜め息が会議室から溢れている。そんな中、軍務卿から一つの提案があった。

「マーガレット殿下達は、彼と戦場で出会っております。彼とは友好的に見受けられましたし、同じ戦場を経験した仲間として、それとなく彼に探りを入れてもらうのはいかがでしょう?」

「探りとは?」

宰相が言葉の真意を確認した。

「我らのような立場から言われれば反発があることも、中立的な立ち位置で、年齢の近しい者からの話なら素直に聞く可能性があると考えます。そこで、もしもという前提のもと、我らの持つ不安をやんわりと伝え、彼の対応を見るのです」
 
「・・・現状では、それがとり得る最善手ですか・・・分かりました。後程マーガレット達を呼んで指示しましょう」


 その後、彼に対する確認事項を共有し、皆厳しい表情をしたままに会議は終了となった。

少しして、マーガレットを筆頭に5人が女王の待つ会議室に呼ばれ、会議で提案された内容を伝え、彼女達の協力を仰いだ。思いの外彼女達はその提案に積極的な姿勢を見せた。そこには、彼と大手を振って話すことが出来るという大義名分があったからという理由なのだが、そのことを女王が知るよしは無かった。




 翌日、僕は戦場に居た5人の女の子から誘いを受けて、お茶会へと顔を出していた。

「ダリア様はこれからどうされるおつもりなんですか?」

彼女達が淹れてくれた紅茶で喉を潤しながら、差し出されたお菓子を食べていると、フリージアがそんなことを聞いてきた。

「どうするって?」

彼女の漠然とした質問に、何と答えて良いか分からずその真意を聞き返した。

「ダリア様は私やシルヴィアさん、シャーロットさんと同じようにオーガンド王国から亡命した形を取っています。ですが、今回のヨルムンガンドの討伐を成したことで、どの国へも住居を構える事が出来るのではないかと思いまして」

彼女は少し上気した表情を僕に向けながらそんなことを言った。残念ながら各国の軍事力の関係で、一所ひとところに留まるのはあまり良くないだろうと言われている。なので、その部分に関しては、後に開かれる各国との会談で僕に対してどんな方向性になるかで、取れる選択肢が変わってくるだろう。それよりも気になった事は、フリージア達の立場についてだった。

「フリージアとシルヴィア、シャーロットさん?・・・は、王国から亡命してきたの?」

「はい。私は反逆者として処刑を言い渡されてしまいまして・・・」

「えっ!?処刑!?よく逃げられたね?」

「・・・えっ、そ、そうですよね。私どうやって・・・誰かに助けて頂いたような・・・」

彼女は自分がどうやって助かったのか覚えていないのか、頭を抱えるように考え込んでしまった。もしかしたら、処刑という極限状態の状況下での事で、記憶が混乱しているのかもしれない。

「シルヴィアもフリージアみたいな事情があって公国に?」

「あっ、わ、私は・・・」

考え込んでしまったフリージアから、同じように亡命者だというシルヴィアに質問すると、彼女は少し驚いたのか、目も見開き、フリージアと同様に考え込むような仕草を見せ、ゆっくりと口を開いた。

「とても大切な・・・そう、大切な事のためにマーガレットさんに連れて来てもらって公国へ来たんです。でも・・・」

彼女の言葉は段々と消え入りそうな声になり、やがて両手で口を覆い、俯いてしまった。

「あ、と、ところで、シャーロットっていうのは誰なのかな?」

雰囲気を変えるために、僕の知らない名前があったので聞いてみた。すると、マーガレットが答えてくれる。

「彼女は元々王国で間者として動いていたようですが・・・何かの任務に失敗して自害するしかなかったところを、妹さんも一緒に誰かに救ってもらって・・・」

そこまで言葉にして彼女は押し黙ってしまった。彼女達の話の内容は、あまりにも不自然に記憶が抜け落ちてしまっているようだった。それは僕が感じている記憶の齟齬と一緒のような気がした。

(彼女達も僕と一緒で、記憶が不自然なまでに思い出せないのか・・・?)

それはまるで想い出の一番大切な部分を切り取られているようだった。その想いは、彼女達と話せば話すほどに強まるような気がした。僕は意を決して、一番聞きたかったことをみんなに聞いた。

「こんなこと言って変に思うかもしれないけど、僕と君達って前に会ったことなかったかな?」

「「「っ!!」」」

僕の言葉にみんな目を見開くように驚く。それがよくある男からの口説き文句と取られたのか、同じ想いからなのかは判断できなかったが、みんなが僕の顔をしばらく見つめて、ジャンヌさんが口を開いた。

「・・・驚いた。私もそう感じていたんだ」

ジャンヌさんの言葉に乗っかるようにティアも同意する。

「ん、私もそう思っていた。ちなみにこれは口説き文句に惹かれたからじゃない」

「っ!?そ、それは私もだぞ!純粋にそう感じただけだからな!」

2人のやり取りを聞きながら、周りに居る他のみんなの表情を見ても、どうやら同じような感覚を抱いているようだった。

(良かった。気になっているのは僕だけじゃなかった)

僕の言葉はみんなに肯定的に受け取られたようで、会ったばかりの女性を口説くようなナンパ男とそしりを受けずにすんだようだ。


 それから少し自分達についての自己紹介をお互いに行った。彼女達の話を聞いている最中も、不思議と以前聞いたような既視感を覚えたが、それを顔に出すことはしなかった。

自分達のことを話したことで、ある程度親近感を感じることが出来てから、話題は最初のフリージアの質問へと戻っていった。

「・・・もし、各国がダリアさまの事を煙たがるようなことになれば、あなたはどのような行動を取ろうと考えていますか?」

仲良くなったことで遠慮がなくなったのか、マーガレットが率直な物言いで僕の危惧していたことを聞いてきた。

「う~ん、そうだね・・・僕としては事を荒立てて、また大陸中で争うような事にはなって欲しくないし、その時は別の大陸にでも行って、新しく探そうかな?」

「・・・探す?何を探されるんですか?」

僕の言葉にフリージアが疑問を投げ掛ける。

「僕の今の目的は幸せになることなんだ。それには変な目で見られるような場所より、僕の事を知らない場所の方が良いと思ってね」

「幸せ・・・」


 僕の返答をみんな反芻するようにボソリと呟き、押し黙ってしまった。そのまま何となくお茶会はお開きになり、その日の夕刻には三ヶ国会談の日時が決定したとの連絡を受けた。

「明日の昼か・・・さて、どんな状況になるのかな・・・」

一抹の不安を抱きながら、その日はあまり良く眠ることが出来なかった。それは、昼のお茶会の席で、別の大陸に行くことを仄めかした際に、彼女達との別れを鮮明に想像したせいだったかもしれない。
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