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黒蓮

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第九章 災厄 編

ヨルムンガンド討伐 25

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 決戦当日ーーー

 時刻は既に昼近く。僕は考えられるあらゆる対策を終えて、今フロストル公国王城の中庭に立っている。

 各国では多少の混乱はあるものの、祈りを捧げるようにこの戦いの行く末を見守っているらしい。それが希望からなのか、諦めからなのかは分からないが、思ったほどの大混乱では無いと聞いて懸念事項が一つ払拭された。

 昨日シャーロットから渡された銀翼の羽々斬を、御守り代わりに懐に忍ばせて、柄を触りながらその時を待つ。一応他の人を巻き込まないようにと、みんなは中庭にいる僕を建物から遠目に眺めている。そこからは当然公国の女王や宰相、さらにはシャーロットやアシュリーちゃんも見守っている。

そちらにチラリと視線を送ってから顔を上げ、太陽の位置を確認する。煌々と輝く太陽はほぼ真上へとその位置が来ていた。そしてーーー

(っ!!来たっ!!)

その瞬間、自分の周りの限定された空間が外部から干渉を受けているのが分かった。刹那、自分が発動する〈空間転移テレポート〉のような感覚がすると同時に、目の前の景色は変わっていた。

辺りは荒野で、見渡す限りに街はなく、空間認識で確認すると、以前訪れたヨルムンガンドに滅ぼされた国、イグドリア国だということが分かった。そして、眼前には悠然と僕を睥睨へいげいする金色に輝くドラゴンと、その足元にはヨルムンガンドによって攫われたメグ、フリージア、シルヴィア、ティアが大きな長方形をした鉄格子の様な檻に入れられていた。

みんなの様子を窺う限りでは特に怪我をしていたり、弱っているような感じは受けなかった。その目もしっかりと僕の姿を映しているようだったのでほっと胸を撫で下ろした。

 視線を上にあげ、ヨルムンガンドの目を見据えると、ニヤリと笑うように巨大な口を開けて咆哮を響かせた。昨日同様に人の姿になると、自分で作ったのだろうみんなが囚われている檻の上に飛び乗り、腕を組んで挑発的な視線を向けてきた。

「クカカカ!一晩でマシな顔付きになったではないか!それでこそこの女達を攫った意味があったというものだ!」

「みんなを傷付けてはいないだろうな!?」

「安心しろ!そんなことをしては興ざめだし、お前を追い詰める事にはならんだろう?やはり、死んでも守ろうとする強い意思こそ、更なる力を呼び覚ますのだ!」

ヨルムンガンドは高笑いしながらそうのたまう。その言葉に僕は不快げに顔をしかめて言い放つ。

「それで自分が死んでも文句は言うなよ!?」

「クハハハ!言いよるわい!その言葉が虚勢でなければ良いのだがな!」

絶対的な強者としての余裕なのか、僕の挑発にも面白げに笑うだけだった。そして視線を下げて檻に囚われているみんなに言葉を掛ける。

「メグ、フリージア、シルヴィア、ティア、みんな無事か?」

「ダリア!私達は大丈夫です!気にせず、存分に力を振るってください!」

「ダリア君、あなたに神のご加護を」

「私はダリア君が絶対に負けないって信じてます!」

「ん、これが終わったらダリアと海で遊ぶ!」

みんなの返事に、心の方も大丈夫だと安心した。ティアに至ってはこの緊迫した空気の中で、冗談が言えるくらいには落ち着いているようだった。

「待ってて!すぐに助け出すから!みんなで帰ろう!!」

「「「はいっ!!」」」

 みんなの返事を聞いて、再び視線をヨルムンガンドに向ける。

「話は終わったか?」

「ああ、始めよう!」

「クハハハ!良い目だ!では、準備運動がてら、我の眷属の相手をしてもらうぞ!!」

 そう言うやいなや、ヨルムンガンドは再び巨大なドラゴンの姿となって上空へと羽ばたく。その様子に、どうやら人の姿でなければ人の言葉が喋れなのだろうと思った。僕は奴が檻から離れたのを確認して、みんなに戦いの余波が届かないように〈空間断絶ディスコネクト〉と、用心のためにもう一つの防御壁を展開しておく。ヨルムンガンドは当然僕の空間魔法の行使には気づいているだろうが、もう一つの防御壁も含めて特に阻もうとする様子はなかった。

そして、上空のヨルムンガンドは辺りに響くような咆哮を上げると、周囲からドラゴンが一斉にここに向かって飛んできているのが認識できた。同時に空中にこの場所が映し出されたことで、今この瞬間からこの大陸の全ての住民が、この戦いの行く末を見ているのだろうと意識させられた。

また、咆哮の影響を受けていないかみんな確認すると、その様子から特段心配は見られなかった。あの防御壁は音も通さない性能があるが、空気すらも遮断してしまうので、いくら広めに展開しているとはいえ、早急に決着をつける必要がある。


 僕は集中する為に目を閉じ、ここに向かって来ている全てのドラゴンを空間認識下に収める。その数は1200体。もしこれだけのドラゴンが大陸中を襲おうものなら、数週間で全ての国が壊滅してしまうだろう。何より災害級と言われるバハムートだけでも100体を越えているのだ、本来ならこの大陸に住まう全ての住民は絶望してしまうだろう。

しかしーーー

「悪いけど、君達には一瞬で退場してもらう・・・」

四方八方から咆哮を上げながら迫りくるドラゴンの群れを迎撃するため、〈紅炎爆発プロミネンス・フレア〉を作り出す。更にそこに【時空間】の才能を使用して防御壁を球体のそれを覆うように展開して、一ヶ所に小さな穴を開けておく。

上空から迫り来るドラゴン達は、飛行速度の早さから、あっという間に僕の方へと接近していた。僕は冷静に7色に輝く〈紅炎爆発プロミネンス・フレア〉を上に掲げる。

「喰らえ!!!」

紅炎爆発プロミネンス・フレア〉は小さな穴から細長い光の尾を描くように殺到するドラゴン達へ向かっていった。その様子は、さながら蒼穹そうきゅうに虹色の線を描いているようだった。更に僕は身体を一回転されることで、全方位の迫り来るドラゴン達へ虹色の輝きを放つ。

一瞬の静寂の後、轟音と共に見渡す限りの空は一面紅炎に塗りつぶされ、殺到していたドラゴン達はその存在していた証の死骸も残さず、灰となって爆風に吹き散らされていた。

「・・・さすがに一匹残らずという訳にはいかなかったか」

 接近していたドラゴン達は一掃できていたが、まだ遠くにいたドラゴン達はこの攻撃を免れていた。300匹ほどの撃ち漏らしがあったが、その中でワイバーン以下のドラゴンは怒りの咆哮を上げて僕に突っ込んできているが、少なからず知性のあるバハムートはこちらの様子を窺うように動きを止めていた。

「バハムートはさすがに賢いか・・・先に雑魚を片付けておこう!」

 僕は収納からジャンヌさんから預かっていた双剣を取り出す。彼女の愛剣は赤色の刀身と緑色の刀身の二振りだ。どちらも魔剣で、魔力を込めればそれぞれ火と風が刀身に纏わりつき、合わせて使うことで単身で合体魔法が放てられるものだった。ヨルムンガンドには効果は無いが、魔剣だけあって切れ味は上々だ。

無断で使うのは心苦しいので、チラリと檻に囚われている彼女に視線を向けると、彼女は笑顔で拳をこちらに突き出していた。その「やってやれ」と言わんばかりの様子に、僕も笑顔で片手を上げて応える。

「了解も貰ったし、いくぞっ!!」

双剣に魔力は通さず、代わりにある力を刀身に纏わせる。見た目としてはほとんど変わらないが、切れ味は比べるべくもないほどに成っている。呼吸を整えながら手に持つ双剣を構え、全ての速度を極限まで上げて大地を踏み抜き突進する。更に、ドラゴン達の迫る上空へ向かって跳躍すると、〈空間断絶ディスコネクト〉を足場として利用し、空中で更に跳躍して一番手近なワイバーンの首を切り落とす。

そこからは圧倒的速度でもって、僕の認識では止まって見えるようなドラゴン達を次々に屠っていく。空間魔法を足場として利用した移動方法で、僕は空中を縦横無尽に駆け巡る。スレ違いざまに首を落とされていくドラゴン達の数はものの数秒で200に迫ろうとしていた。残りはその動きを止めていたバハムートが100匹程だが、その残っていたバハムートが大きな口を開けていた。

(ブレスかっ!!)

最後の下級ドラゴンの首を刎ねる瞬間を狙ったようなタイミングだったが、冷静に対処する。

(ちょうど試したい技もあったし、このブレスは良い練習台だな)

僕はニヤリと笑みを浮かべ、双剣を自身の前に交差して構えてブレスを迎え撃つ。100匹のバハムートが一斉に放ったブレスは一つに収束して、巨大な渦となって壁のように僕に迫ってくる。

天消交叉てんしょうこうさ!!」

十字の剣戟がブレスへと放たれる。圧倒的速度で放たれた剣技は、飛ぶ斬戟となって巨大なブレスを切り裂いた。切り裂かれたブレスは、僕を避けるように分裂して拡散してしまった。そして、残っているバハムートも数秒の後、先の下級ドラゴンと同じ結果を辿った。

地面に降り立ち、未だ上空から睥睨しているヨルムンガンドを睨み付けると、急下降して『ズシン!!』という地鳴りと共に僕の目の前に降り立ってきた。そうしてまた人の姿になると、満足げな表情で口を開く。

「クカカカ!よもや我が眷属を鎧袖一触とは、少しは成長しているな!祈願の力を使うかと持っておったが、予想以上だ!」

やはりヨルムンガンドは『祈願の剣』のことを知っていたのだろう。知っていて僕に習得させようとしてわざわざ見せたのだろうと、今なら分かる。

「だが、まだそれで満足してもらっては困る。その程度では我を満足させることは出来んぞ?」

見下すように言ってくるヨルムンガンドに、僕も挑発する。

「死んでも同じことが言えるかな?」

「クハハハ!死んでしまっては言えんが、我を殺せるものなら殺してみせよっ!!」

刹那、殴り掛からんと肉薄するヨルムンガンドに対応するように双剣を構える。こうして本当の意味での戦いが幕を上げた。
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