エクセプション

黒蓮

文字の大きさ
上 下
170 / 213
第九章 災厄 編

ヨルムンガンド討伐 8

しおりを挟む
 稽古をつけてやると言ったヨルムンガンドは、自然体のままこちらを見据えていた。どんな動きをしてくるのか身構えていると、僕の意識の隙間、ふっ、と相手ではなく空間全体に意識を向けた瞬間を見計らう様にヨルムンガンドは目の前から消えた。

(!!認識速度も反射速度も最高まで上げているのに見えなかった!?)

驚くその直後、背後から猛烈な悪寒が走った。

(っく!!)

慌てて地面にしゃがみこむと、僕の髪の毛を掠めるように、頭上をヨルムンガンドの蹴りが通り過ぎていった。

「ほぅ、今のは避けれるか。危機感知は出来ているようだな」

見下ろすヨルムンガンドは、上から目線で僕の回避を評価していた。正直、師匠との鍛練した日々がなかったら今のは避けることが出来なかっただろう。相手と距離を取り、今の攻撃について考える。これほど不意に背後から襲ってくるということは・・・

「空間魔法か・・・」

攻撃の正体に確信を持った僕はそう呟いた。

「何も驚くことはあるまい。元々魔法は我が広めてやったのだ。さて、どんどんいくぞ!」

宣言通り、ヨルムンガンドは間髪入れずに攻撃を繰り出してきた。ただ殴る、蹴るといった攻撃が、恐ろしいまでの威力が込められていて、攻撃速度も尋常ではないくらい早く、空間転移空間転移テレポートも合わさった攻撃に避けるだけで精一杯だった。

(ぐっ、くそっ!反撃に移れない・・・)

人化したヨルムンガンドの拳や蹴りを銀翼の羽々斬で防いだり、いなしたりするのだが、皮膚とは思えない硬質な音を響かせ、その強固な防御を崩すことも出来なかった。

「クカカカ!今の我は体をこの小ささに押し留めている状態でな、竜形態よりも体表の防御力は上だぞ!」

僕を嘲笑うようにヨルムンガンドはそう言い放ってきた。

(さっきより上って・・・どうすりゃいいんだよ!)

 焦燥感に囚われながら、頭上から振り落とされる手刀を銀翼の羽々斬で力の方向を逸らすと、地面に突き込んだ手刀は巨大な亀裂を作っていた。以前僕が空間魔法を併用してアレックスさんにしたことと同じような現象だが、中身はまるで違う。この攻撃に魔法は使われていなかった。つまり、純粋な力でもって地面を割ったのだ。

「おっと、いかんいかん。戦える舞台が無くなってしまうわ」

ヨルムンガンドはやり過ぎたと言わんばかりに頭を掻きながら足を少し上げて下ろす。それだけで地面の亀裂は何事も無かったの様に塞がっていった。

(さすがに魔法の祖というだけあって、まるで息をするように扱える訳か・・・)

本来魔法の行使には少なからず意識に集中が必要なのだが、ヨルムンガンドからはそういったものが全く感じられない。まるで無意識に使っているようなそんな感覚さえ覚えた。

「さて、防御の方はまあまあだな。次は攻撃か・・・今、己の出せる最高の一撃を我に喰らわせてみせよ!」

その場から動こうとせず、手招きしながら僕を挑発してくる様子に大きく息を吐き出す。

(吠え面かかせてやる!)

動く気配のない相手を良いことに、先程以上に銀翼の羽々斬に魔法を吸収させていく。銀色に輝き出した剣はいっそう輝きを増していった。更に、左手には天叢雲を作り出し、移動速度をも攻撃力に上乗せする為に、最高速度で駆け出した。

僕の急激な移動の余波で衝撃波が起こる。二振りの剣で斬りかかる直前、〈次元斬ディメンション・スラッシュ〉をヨルムンガンドの後方から襲うように放つ。その魔法は注意が逸れれば良い程度のものなのだが、ヨルムンガンドはその攻撃を意に介することもなかった。その証拠に、僕の魔法は『シュン・・・』と吸収されてしまったが、それに構わず突き込む。

天颯剣舞てんそうけんぶ!」

相手の全方向から、認識不可能な速度でもって切り刻む絶技なのだが、僕の攻撃は全て見えているといったようにヨルムンガンドは避けて見せた。

(嘘だろ!)

防御されたり、弾かれたりといったことは予想していたが、一撃も当たらないとは想定外だった。その様はまるで、僕の攻撃の軌道が予め分かっているような、未来が見えているような、そんな避け方だった。

「ふむ、電撃の剣に注意を向けさせ、その隙に切れ味鋭い剣を当てようというところか。悪くないが、言ったはずだぞ、武器に頼りすぎていると。もっと己の力に向き合え!」

この超高速のやり取りの中でも僕に言葉を向ける余裕を見せるヨルムンガンドは、おもむろに手刀を銀翼の羽々斬に放ってきた。

『パキィィィン!!!』

「・・・なっ!?」

その手刀で銀翼の羽々斬が根本から折られた事に動揺して、攻撃の手が止まってしまった。そんな隙を晒してしまった僕は、ヨルムンガンドの蹴りをまともに受けてしまう。

「ゴフッッ!!」

とてつもない衝撃が腹部を襲い、蹴られたと認識した次の瞬間、僕の意識は闇の中に消えてしまった。



 ・・・不意に幼い頃の記憶が浮かぶ。まだ僕の【才能】が分かる前の、幸せだった日々。両親と笑顔で過ごした日々。風邪を引いてベッドで寝ている僕に、両親は一晩中手を握っていてくれた。

(温かい・・・)

いつかの記憶にある、手に伝わる温かさに、次第に僕の意識は覚醒していった。


 ゆっくりと目を開けると、ぼんやりと景色が見えてくる。天井を見つめながら、未だ微睡まどろむ意識の中、自分の置かれている状況を認識しようと周囲を伺う。

(・・・シルヴィア?メグ?・・・フリージア?ティア?)

僕の左手はシルヴィアとメグが、右手はフリージアとティアが手を握ってくれていた。

(・・・ここは公国の王城なのか?)

4人とも眠っているようで、彼女達の寝顔を見ながらぼんやりとそんなことを思った。

(何でみんな僕の手を握ってるんだ?・・・そもそも僕は何をしてた?)

自分が眠りにつく前の記憶が混乱していて、何故こんな状況になっているのか思い出せない。

(・・・確か、公国で女王と会談をしていると、急に伝令が来て・・・それから・・・っ!!)

「ヨルムンガンド!!」

ヨルムンガンドとの戦闘の記憶が甦ると、僕は反射的に体を起こして声を上げてしまった。

「ん・・・ダ、ダリア君!!」

声を上げたことでシルヴィアを起こしてしまったようだった。

「ゴメン、起こしちゃった?ここは公国なの?」

僕の最後の記憶は、孤島でヨルムンガンドと戦い、剣を折られた僕は動揺して隙を晒してしまい、そこに重い一撃を受けたところで記憶が途切れている。

「そうだよ!ダリア君、王城の前に大怪我した状態で倒れていて、急いで公国の人に治療してもらったの!み、みんな!ダリア君が起きたよ!!」

涙を流しながら状況を説明してくれるシルヴィアは、僕のベッドを取り囲むようにして寝ているみんなに声を掛けた。

「ん・・・、ダリア!!良かった!目を覚ましたのね!」

「良かった・・・このまま目が覚めないかもしれないと・・・」

「本当に良かった・・・」

メグ、フリージア、ティアも涙声で安堵の言葉を口にする。それほどまでにみんなに心配を掛けてしまっていたらしい。

「そうだ、怪我は?」

記憶が途切れる直前、相当の攻撃を受けたはずだが、今は痛みもない。さすがに意識が飛んでしまえば、自分の魔法や才能を使って治す事は不可能だ。

「私が治療出来れば良かったのですが、さすがにあの大怪我は第五位階の光魔法が使えなければ・・・」

悔しさを滲ませるようにフリージアはそう呟いた。

「宮廷の治癒師に治療してもらいましたが、生きているのが不思議なほどの大怪我で、もしかしたら意識が戻らない可能性もあると言われたんです・・・」

メグが僕の怪我の状態を教えてくれた。そう言われて思い出すと、ヨルムンガンドの一撃は武術の〈衝撃脚〉だったのではないかと考える。加速した意識の中で、内蔵がグチャグチャになっていく感覚がうっすら残っているのだ。

(その気だったら僕のお腹に大穴が開いてもおかしくない威力だったし・・・。そうだ!)

「ヨルムンガンドはどうなった?」

「「「・・・・・・」」」

僕の質問に、みんな暗い表情をしながら無言になってしまった。

「ん、ダリア、今は体を休めることを優先して」

 ティアがあからさまに話題を逸らそうとするが、その表情には不安と悲壮が見てとれた。それはみんなも同じで、何かに怯えているようなそんな印象を抱かせた。

(一体みんなどうしたっていうんだ?)

それ以上口を開こうとしないみんなを疑問に思いながら、状況を確認するために空間認識を広域に展開する。

(っ!!な、何だこれは!!)

認識した状況に驚愕しつつも、みんなの表情の理由が納得できた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました

結城芙由奈 
恋愛
【何故我慢しなければならないのかしら?】 20歳の子爵家令嬢オリビエは母親の死と引き換えに生まれてきた。そのため父からは疎まれ、実の兄から憎まれている。義母からは無視され、異母妹からは馬鹿にされる日々。頼みの綱である婚約者も冷たい態度を取り、異母妹と惹かれ合っている。オリビエは少しでも受け入れてもらえるように媚を売っていたそんなある日悪女として名高い侯爵令嬢とふとしたことで知りあう。交流を深めていくうちに侯爵令嬢から諭され、自分の置かれた環境に疑問を抱くようになる。そこでオリビエは媚びるのをやめることにした。するとに周囲の環境が変化しはじめ―― ※他サイトでも投稿中

私は逃げます

恵葉
ファンタジー
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。 そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。 貴族のあれやこれやなんて、構っていられません! 今度こそ好きなように生きます!

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

危険な森で目指せ快適異世界生活!

ハラーマル
ファンタジー
初めての彼氏との誕生日デート中、彼氏に裏切られた私は、貞操を守るため、展望台から飛び降りて・・・ 気がつくと、薄暗い洞窟の中で、よくわかんない種族に転生していました! 2人の子どもを助けて、一緒に森で生活することに・・・ だけどその森が、実は誰も生きて帰らないという危険な森で・・・ 出会った子ども達と、謎種族のスキルや魔法、持ち前の明るさと行動力で、危険な森で快適な生活を目指します!  ♢ ♢ ♢ 所謂、異世界転生ものです。 初めての投稿なので、色々不備もあると思いますが。軽い気持ちで読んでくださると幸いです。 誤字や、読みにくいところは見つけ次第修正しています。 内容を大きく変更した場合には、お知らせ致しますので、確認していただけると嬉しいです。 「小説家になろう」様「カクヨム」様でも連載させていただいています。 ※7月10日、「カクヨム」様の投稿について、アカウントを作成し直しました。

異世界召喚された俺は余分な子でした

KeyBow
ファンタジー
異世界召喚を行うも本来の人数よりも1人多かった。召喚時にエラーが発生し余分な1人とは召喚に巻き込まれたおっさんだ。そして何故か若返った!また、理由が分からぬまま冤罪で捕らえられ、余分な異分子として処刑の為に危険な場所への放逐を実行される。果たしてその流刑された所から生きて出られるか?己の身に起こったエラーに苦しむ事になる。 サブタイトル 〜異世界召喚されたおっさんにはエラーがあり処刑の為放逐された!しかし真の勇者だった〜

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)藩の忍びだった小平治と仲間たち、彼らは江戸の裏長屋に住まう身となっていた。藩が改易にあい、食い扶持を求めて江戸に出たのだ。 が、それまで忍びとして生きていた者がそうそう次の仕事など見つけられるはずもない。 そんな小平治は、大店の主とひょんなことから懇意になり、藩の忍び一同で雇われて仕事をこなす忍びの口入れ屋を稼業とすることになる――

処理中です...