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黒蓮

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第八章 戦争 編

戦争介入 30

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side ジャンヌ・アンスリウム

「では、報告を聞こうか。アンスリウム大佐?」

 私は今、帝城の謁見の間にて帝国皇帝ロウタス・フォン・エリシエル陛下に臣下の礼を取りながら、戦場から僅か数日で戻っていることについての報告を行っている。

「はっ!王国との戦端が開かれた翌日、自らを『神人』と名乗る者と遭遇。私自ら排除に動きましたが、力及ばず、その者の言葉に従って戦闘行為を中断せざるをえませんでした」

「個人で敵わずとも、集団による攻撃なら排除できたのではないか?」

私の報告に割って入ってきたのは、帝国の宰相グリドリエ・リードだ。彼は頭は切れるが武の力をほとんど持たぬ、帝国の上層部としては異端の存在だ。皇帝がその能力の高さを買って宰相の地位につけているが、正直黒い噂の絶えない男である。

「それも不可能かと考えます。の者はたった一人で我が帝国軍全体に対して放たれた王国の大規模魔法を防ぎました。さらに、王国の策略で自害しようとする数千の王国騎士達を、私の認識速度を越えて制圧しておりました。ゆえに、魔法・武術・剣術・人海戦術は、かの者に対して意味を成さないものであると確信致します」

「貴殿は、そんな危険な人物を野放しにして、おめおめと逃げ帰ってきたというのか!!?」

宰相が唾を飛ばしながら私を叱責してくる。彼と私は反りが合わず、事あるごとに反目しているのだが、今回は私の失態を見つけたと思って気持ち良く罵っているようだ。

「よせ!帝国最高の戦力である大佐がそう判断したのだ、武力においてその者に敵わぬと判断し、自軍の部下達を守るための行動は責めることではない」

「・・・畏まりました」

皇帝の言葉に不承不承という雰囲気で宰相は従った。宰相が私を嫌う要因の1つがここにある。私に対する甘い裁定だ。それは私と皇帝の関係性から来るものだ。なにせ私と皇帝はーーー

「ところで、それほどの実力を持つ人物に敗北したのだ、当然行動したのであろう?」

皇帝はニヤニヤとした視線を私に向けてきた。

「皇帝陛下、この場でそのようなお話は・・・」

「良いではないか!可愛い姪っ子の将来を心配してのことだ。お前もそろそろ身を固めんと売れ残ってしまうと再三忠告をしておるというのに、当のお前ときたらーーー」

「へ、陛下!それ以上は・・・」

 皇帝陛下と私は、叔父と姪の関係だ。幼い頃から子供同然に可愛がってもらっていたためか、その関係性は今も同じように続いていた。最近は私の年齢を心配してか、盛んに見合いの話を持ってくるのだが、その度に断っていた。その際、結婚相手に求める理想を伝えていたが為に、私が敗北した『神人』へ求婚したのかと確認しているのだ。

「まぁ、お前のことだ、自分の言葉を曲げることはあるまい。しかしその反応・・・相手はお前を受け入れなかったと見るべきか・・・」

肩を落としながら、私の仕草から的確に状況を分析していた。

「・・・・・・」

「むぅ、相手は何が不満だというのだ?こんなにも美人に成長し、剣の腕もさることながら、いつかお嫁さんを夢見て日夜料理の特訓までしている可愛らしいーーー」

「う゛、う゛ん!!皇帝陛下、その話はまた後日に。今は帝国としての取るべき行動を決めねばなりません!その『神人』の目的はなんなのですかな?」

いつまでも脱線する話に業を煮やした宰相が、話を強引に修正する。正直私としては助け船のように思えたが、それを表情に出すことはない。

「神人は戦争を止めたいと言っておりました」

「どこぞの博愛主義の正義感に駆られた狂信者か何かか?夢見がちなことだな!」

宰相は吐き捨てるように、彼の目的を現実性の無い夢見事だと切って捨てた。

「ふむ、当然我が国とて好きで戦争に乗り出したのではない。ただ武力を背景に戦争を止めようとする者の言葉を聞くわけにはいかんな」

皇帝の言葉はもっともだ。脅されたらから戦争を取り止めたなど、国の面子に関わることだ。ただ、そこに帝国の問題を解決できる手段がなければだが。

「お待ちください!『神人』は戦争の停止に先だって帝国の問題を解消すると申し出ています」

「そんなこと、無理に決まっているだろう!!」

「ほぅ、その者はいかにして我が国の問題を解決すると?」

「『神人』が認識しているわが国最大の問題は食料自給率の低さと指摘しておりました。その指摘自体その通りですが、それを解決する手段など私も無いと思っておりました」

「・・・本当に解決出来るというのか?」

私の言葉の先を促すように皇帝が身を乗り出して聞いてきた。

「神人は、私とニコライ、セトを連れ、帝国のルイン砂漠にて目の前で砂漠を農地に変えて見せました」

「・・・・・はっ?そんなバカな事がありえるか!!」

「待て宰相!大佐、それは真なのか?」

「勿論です!後ほど同行した2人にも聞いて下さい」

「よかろう。しかし、砂漠を農地に出来たとして、帝国の問題がすぐに解決するわけでは無いことはお前も分かっていよう?」

「当然でございます。神人はその場で小麦の畑を作り出し、あっという間に成長させ収穫して見せました」

「何を言っているのだ?小麦の育成には何ヵ月もの歳月を要するのだぞ!よもや〈幻覚イリュージョン〉を見せられてそれを信じたということではあるまいな!!」

どうも先程から宰相は突っ掛かってきて、話が中々前に進まない。正直に言って黙っていて欲しいものだ。

「すまんな大佐、言葉を疑うわけではないが、正直に言えば私も信じられん。そんなことが本当に可能であるというならば、そのような存在などもはや神ではないか?」

皇帝の考えは私も同意するところだ。小麦の種があっという間に発芽し、ぐんぐんと成長して、黄金色の絨毯の様な光景を見た時には、まさしく彼は神だと感じた。しかし、彼と言葉を交わした感覚で言えば、普通の人間という印象だった。

「皇帝陛下、これを・・・」

私は懐から紙に包んだ小麦の穂先を取り出し、陛下に献上した。

「これを目の前で作ったということか?」

「はい。後ほどルイン砂漠に調査を出すことを進言いたします。もっとも既にそこは砂漠ではなく、壁に囲まれた農地となっておりますが」

「・・・大佐の進言を採用しよう。宰相、すぐに調査隊を編成してルイン砂漠へ派遣させろ!」

「はっ!畏まりました!しかし、そのとんでもない能力を持った『神人』への対応はいかようにしましょう?」

「まぁ、そうだな。その『神人』への選択肢は3つ。迎合、静観、排除のいずれかだが、大佐の話を聞く限り排除は不可能どころか、わが国が滅ぼされても不思議でない実力だ。かの者が歴史書に記載されている『神人』と同等の力を持っていればだが・・・」

「にわかには信じられない話ではありますな」

そういうと、疑いの眼差しを私に向けてくる。その視線に、私は少し挑発的に答えた。

「まぁ、あの光景を実際に見なければそう考えるのはもっともだと思うが、現実に砂漠を農地とし、更には移動に5日掛かる戦場から7万の軍勢が一瞬で帝都へ帰還したんだ、それだけでもかの者の力の一端が窺い知れるというものではないか?」

「それは、戦争に臆し、戦場に行く前に引き返してきたのではないか?」

「そんなわけ無いだろ!そんなことをすれば、王国は帝国の領土に攻め込んで来るではないか!私が祖国の大地を他国の騎士共に踏み荒らされる事を黙って見過ごすわけがないだろう!」

嫌味たらしい宰相の言葉に、怒気も露に反論する。

「止さぬか!大佐の言葉を疑うわけではないが、宰相が疑問に考えるなら数人の出兵した者に聞き取ればよい。もっとも、そんなに簡単に分かる嘘をつくとは思えん。であるならば、神人が実際に人智を越えるような強大な力を有しているという前提に立った対応が必要だろう」

皇帝の冷静な判断にホッと肩を撫で下ろす。正直彼の排除を命じられたとしても、それを達成できるとは到底思えない。私と立ち会った時に、彼が全力を出していなかったのは、その後の実力をこの目で見て理解している。悔しいと思う反面、次元の違いを肌で感じてしまった。

彼に敵う存在などこの世界の何処にも居ない。ドラゴンであればどうか分からないが、彼が苦戦をする姿は全く想像できない。そうであるなら帝国の取るべき行動は一つだ。迎合すること。それも極力帝国の高い地位で迎えるということが望ましい。

彼が今後も戦争の抑止として動くなら、彼の実力を見た各国は取り込めないか模索するはずだ。ならば、各国よりも先んじた動きが必要だろう。それに・・・

(彼はまだ子供・・・、口の立つ為政者に言いくるめられかねない。私が守らねば!)

 私は、自分の事を守ってくれる男性が現れてくれるのをずっと待っていた。密かに花嫁修行もして準備だけは怠らなかった。しかし、私を守れるような存在など一向に現れなかった。伯父さまには無理だろうと半ば諦められていたが、私は諦められなかった。

幼い頃母に読んでもらったあの物語の中の人物のように、王子様に守られる姫に私はなりたかったのだ。そして、その願いが天に届くように彼が現れた。私の危機をいとも簡単に救う王子様。その容姿もいつか見た絵本以上に可愛らしい男の子。

(やっと見つけた私の運命の相手だ。諦めることなぞ出来ない!)

 私の報告は一通り終り、今目の前では皇帝と宰相が彼への対応について、ああだこうだと言い合っているが、私はその間ずっと彼との将来についての妄想に浸っていたのだった。
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