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黒蓮

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第四章 長期休暇 編

フロストル公国 11

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 『キィィィィィン!!!』

 さすがにバハムートだけあって僕の動きについてこれるのか、前足の鋭い爪で迎撃されてしまった。そのまま吹き飛ばす為に剣術の〈衝戟しょうげき〉を発動すると、バハムートの爪が砕けて後方に吹き飛んだが、技の途中で爪が砕けて衝撃の勢いが伝わらなかったのか、思ったよりも吹き飛ばせなかった。

(外壁までまだ2、300mはあるのに!庇いながら出来るか?)

 そう思っていると、バハムートは翼を広げて飛び立とうとしているが、空中戦などという面倒には付き合いたくないので第五位階風魔法〈嵐の奈落テンペスト・フォールン〉で地面に貼り付けにする。

『ギィィイ!!グルルルル!!』

バハムートは10mの巨体を押し付けられるように地面にへばりつきながらこちらを威嚇して叫ぶと、そのままの姿勢でブレスを放ってきた。

(試してみるか!!)

 僕はそのまま剣を構えてブレスを吸収するために迎え撃った。ブレスと剣の接触の瞬間を集中して観察すると、確かにブレスは剣に吸収されているのだが、それとは別に目に見えない空気の壁の様なものが僕に襲い掛かり、自分の作った壁まで吹き飛ばされて、身体を強く打ち付けてしまった。

「痛って~!!」

 僕の感覚では右腕と左足が折れて、肋骨も壁にぶつかった衝撃で何本か折れているようだ。即座に第五位階光魔法〈完全治癒フルキュア〉で身体を治し、止めを刺そうとこちらに向かって来ているバハムートに空間魔法〈空間切断ディメンション・スラッシュ〉を放つが、抵抗されたのか、鱗に浅く傷が入っただけだった。

 次の瞬間、バハムートの周囲に1mはあろうかという岩が次々作り出され、翼を羽ばたかせてバハムートが嵐のように打ち出してきた。それはまるで合体魔法の〈星屑の嵐スターダスト・ストーム〉のようだ。

(翼の風は魔法か?それともただ羽ばたいただけでこの風圧なのか?)

吸収出来るか判断がつかないので、こちらも合体魔法〈星屑の嵐スターダスト・ストーム〉で迎え撃つ。2つの嵐が接触した部分は雷の様な光が散発的に発生し、所々で空に舞う岩がぶつかり合って、衝撃音を撒き散らしていた。

(都市が壊れても僕のせいにしないでよ・・・)

 激しい魔法のせめぎ合いを見ながら、僕は壊れゆく都市を目にしてぼんやりとそんなことを考えていた。やがて全てを相殺して、辺りは静かになった。そこには、未だ大したダメージが入っていないバハムートが悠然と構えていた。

『ゴガァァァァァア!!!』

「これ以上は都市が無くなっちゃうかもだから終わりにしよう!」

 銀翼の羽々斬を左手に持ち直し、右手に聖剣グランを作り出す。刹那の間にバハムートの喉元に迫ろうとするが、僕の動きを読んでいたように、僕の進路上に巨大な岩が次々と生み出されて邪魔をする。それを左手の銀翼の羽々斬を振るって吸収し、確実に近づく。さらに四方から槍状の岩が何本も飛来してくるが、吸収し、避けながらついにバハムートの元まで辿り着く。しかし、直ぐにバハムートは空に飛び上がろうとした。

「遅いっ!!」

飛び上がろうとするタイムラグの内に喉元まで飛び込み、右手の聖剣グランを振るう。首を守るように突きだされたバハムートの腕を切り裂き、返す刀で無防備になった首を斬り飛ばす。

少し離れた場所に着地し、後ろを振り替えると、バハムートの胴体は地面に転がり、その頭は逆さまになって落ちていた。

「ふぅ・・・中々良い戦いだった」

 正直ここまで僕の力をぶつけられた相手は師匠以外いないので、良い鍛練になった。バハムートのブレスはおそらく合体魔法のような物だと思うが、3種類以上の魔法が合わさっている感じだった。魔法自体は吸収出来たが、そのブレスの威力から生じた衝撃波は純粋な自然現象として吸収出来ずに、僕にぶつかったと考えられる。

(となると、今後はブレスを真正面で受けるのは止めた方がいいな)

ドラゴンの中級種であの威力なら、上級種になるとブレスの衝撃波で叩きつけられて死んでしまいそうだ。それに、上級種は第五位階魔法さえ効かないと言われている。

(なるほど、師匠とドラゴンしか敵わない、か・・・)

今の僕の実力でドラゴンの上級種はかなり難しい。今後も一層の鍛練が必要だと感じる良い経験だった。

「さて、この状況はどうしようか・・・」

 戦闘が静まったのを感じてか、バハムートと交戦していたエルフ達がぞろぞろと僕の方に集まってきていた。本当は人目の無い所まで吹っ飛ばしてから討伐しようとしたのだが、残念なことにそうはバハムートがさせてくれず、仕方なく都市内での戦闘になってしまったのだ。その結果、僕の戦闘を多くの人が見ていた。その戦闘を見ていた彼らからどんな対応を受けるのだろうか・・・。

(結構な数の建物とか壊したからな・・・多分この都市の2、3割は破壊した気がする・・・)

 それについて僕に賠償を求められても払えないだろう。バハムートが悪いんだからそちらに請求してもらいたい。文字通りバハムートに身体で払ってもらえる。

(でも、せっかく討伐したからには牙とかの素材は欲しいし、交渉次第かな?)

 そう考えていると、5人のエルフが近づいてきて、その中の1人が進み出て話し掛けてきた。水色の長髪をなびかせた背の高い美人さんだ。ただ、その容貌は戦闘の激しさを物語るようにボロボロで、鎧も所々砕けてせっかくの美貌は台無しになっているとも言える。

「こ、このたびはご尽力に感謝いたします!わ、私はこの都市を預かるジョアンナ・スタウトと申します!あ、あなた様のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 僕の前で跪き、やけに堅い言い回しで尋ねてきたそのエルフの目には恐怖が宿っているようだ。

「僕はダリア・タンジーと言います。えぇと、マーガレット殿下の友人です。今回のバハムート襲撃の危機に際して助力に参りました」

「で、殿下のご友人であらせられますか?しかし、エルフではなく、人間のようですが?」

「殿下が交換留学のために王国に来ていることはご存じですか?」

「はい!存じております!」

「僕は学園の同級生として仲良くしているんですよ」

「は、はぁ・・・人間とですか・・・あっ!いえ、失礼しました!我々は人間であるダリア様に隔意かくいがあるわけではないです!」

ぼそっと呟いた言葉が僕への敵意と取られると感じたのか、慌てて訂正してきた。

「分かりました。では、そう跪かずに立ち上がって下さい。ところで、被害の状況は把握していますか?」

「現時点で全容までは把握出来ておりませんが、死者およそ500名、負傷者は1万人以上といったところでしょう・・・」

立ち上がり、悲壮な表情で被害を語ったジョアンナさんは、自らの無力さを悔やむように目を閉じた。

「負傷者に対して死者が少ないのは、避難が速かったのですか?」

「それもあります。元々近隣でバハムートが目撃されたと情報があってから、直ぐに避難できるように住民には周知していました。死者の大半はこの都市に駐屯していた騎士達なのです・・・」

「そうですか。負傷された方々の治療は大丈夫ですか?」

「はい。・・・あ、いえ、実は治癒師達には限界まで頑張ってもらいましたので、魔力切れの者も少なくなく・・・」

 治癒師がどの程度配置されているかは分からないが、負傷の程度によっては高位階の光魔法が必要になる。しかもバハムートとの戦闘では何人もの重傷者が出ていてもおかしくないし、そんな人達を治療しているのなら、そう長いこと魔力が持たないことにも頷ける。

(僕のやるべきことは終わったから戻っても良いと思うけど、こんな悲壮な姿を見て何もしないと後味悪いよね・・・)

 辺りを見渡せばジョアンナさんだけでなく、この戦闘に参加していたであろう全てのエルフ達は疲れきっており、瓦礫に身体を預けて休んでいたり、座り込みながらもこちらの様子を見ていたりしている。その皆に共通して言えることは、バハムートを討伐した喜びよりも、都市が破壊された事や仲間が死んだり負傷したことに対する悲壮感の方が上回っているようだ。ただ、中には何を思ったのか、僕に祈りを捧げているような人もいた。

「・・・では、重傷者の方の治療が終ってなければ手伝いましょう」

「い、いえ、そこまでお世話になるわけには・・・それに、あれだけの大魔法を連発されたのであれば、魔力の方が・・・」

「大丈夫ですよ。体感的にまだ余力はありますから」

「は、はぁ・・・。それでしたらお願いしたいですが・・・あの、もしかしてダリア様は人間ではなく、アウラ神の御使みつかいでいらっしゃいますか?」

彼女の目に映る僕は、自分には理解できない存在だと感じているのだろう。いきなり突拍子もない事を言い出した。

「はい?いえ、ちゃんと人間ですよ!」

「そ、そうですよね!すみません、変なことを聞きました!」

そう彼女に断言して見せたは良いものの、自問してみると僕という存在は果たして人間と言えるのか、ふと考えてしまった。

(本来人として不可能と考えられている全ての属性魔法を最大限極め、空間魔法まで使えるし。何なら寿命もエルフ並みに長生きできるらしい・・・人間という定義ってなんだ?)

 人間の定義を生まれとして考えれば、人間の両親から産まれた僕は間違いなく人間だ。でも、人間という定義をその能力や性質、寿命等で考えたら僕は人間の枠には入らなくなってしまいそうだ。まさに人間の例外エクセプションと言えるだろう。

(いや、変なこと考えるのはよそう。僕は僕だ!今までもこれからもそれは変わらない!)

 思考の深みに嵌まってしまいそうだったので、単純な考え方に切り替えて、自分のやりたい事をただやることにした。

「では、重傷者が居るところに案内してください!」
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