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黒蓮

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第三章 国立魔道武術学園生活 編

学園生活 15

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 マシュー達から離れて、人目に付かない場所まで移動すると、少し離れた樹上にいる僕を監視している視線の主に向けて一気に接近する。

「ねぇ、何か知っているでしょ?」

「はて、何についてですかな?」

 フッと目の前に現れた僕に対してその監視者は全く驚きの表情を見せずに平然と受け答えする。そのあまりにも自然な言動に僕の勘違いなのではないかと感じられるほどだった。とはいえ、朝からずっと監視していたのに関係ないはずはないとその男に詰め寄った。

「とぼけないでよ。クラスメイトのシルヴィアの行方と無関係であるとは思えない。朝から僕を監視していたのは、あなたに僕の注意を向けさせて他の仕掛けから気を逸らすためでしょ?」

「言いがかりですな。私は依頼人から命じられてあなたを観察していただけですよ?」

「へぇ、誰から?」

「残念ながら私はこれでもこの道で食べている者でしてね。依頼人を売ったとなれば信用を失ってしまいますので」

先程から僕はかなりの殺気を放っているつもりなのだが、この男は平然と何でもないように対応している。かなりの手練れであるのは間違いないようだ。

「僕がその監視を不快に思ってあなたを始末しても?」

「ふふふ、それは困りますな。では一つお話しましょう、ダリア・タンジー殿」

「何を?」

 この男、見た目は何処にでも要るような中年の男性に見えるのだが、よくよく観察すると、隙の無い動きや視線は経験に裏打ちされたような淀みの無いものだ。力や知識があってもこういった駆け引きの才能は僕にはまるでない。それがこの状況を打開する妨げになっていると考えさせられた。

「ふふふ、あなたはまだ子供だ。今まではその力で無理やり問題を解決してきたに過ぎません。ですが、世の中には単純な武力では解決出来ないことの方が多いのですよ」

「それが今回の事と何か関係があるの?」

「えぇ、例えば先の休息日の襲撃者を尋問して情報を吐かせる。もしくは、逃げ帰った襲撃者の跡をつけて黒幕を探る。あなたはなまじ力で解決できる余り情報の重要性をないがしろにしている」

 そう指摘されてしまうとぐうの音も出ない。あの時シルヴィアに嫌われないようにと何も告げず、情報を得ようとしなかったことが、おそらく回りまわってシルヴィアを窮地きゅうちに追い込んでいるかもしれない。そう考えれば目の前の男の言い分は至極真っ当だった。一体この男はいつから僕を観察していたのか・・・。とはいえ、今更そんな事を指摘されてもどうしようもないし、何故わざわざそんな事を僕に指摘してくれるのかも理解できない。

「あなたは何者なんだ?何が目的なんだ?」

「ふふふ、言ったでしょ、私はただ依頼を受けているだけだと。今回までのあなたの動きは落第点ですが、これからの成長の余地に投資するという事で私に貸し一つ作るならお手伝いして差し上げますよ?何せ私の商売は情報が命ですからな」

「・・・僕に何をさせるつもり?」

「今のところは何も。ただ私共が困った時には協力していただきたい。それだけです」

「私共・・・なかなか大きな組織のようですね?」

「ふふふ、そうですよ。相手の言葉の節々に情報は有るのですよ」

 どうやらわざと自分達が組織立って動いているということを気付かせるための言い方だったようだ。正直に言えば今の時点で相手を言い負かせたり出し抜く自信はないし、確固たる確信があってこの男を今回の関係者と断言することも出来ない。その為、この男を拷問したところで本当に何も関わっていない可能性もあるし、仮に関わっていたとしてもこの男が口を割るとは思えない。会ったばかりだが、この男からはそう思わせるだけの何かが感じ取れた。

(何事も力で解決できてしまったことのツケがこんな形で来るとは・・・)

逡巡しゅんじゅんの後、僕は苦虫を噛み潰した様な表情で男に協力を申し出た。借一つで。

「安心してください。その借りであなたを破滅させるようなお願いは致しませんよ。あなたは貴重な人材だ。出来ればこれからも良い関係でいたいのですから。私はローガンと言います。末長く良しなに」

ローガンから差し出された手を握り返しその目を見るが、その言葉が本当かどうかを見抜く力は僕には無い。今後は力や知識だけではなく、情報収集や交渉術等を磨く必要があると痛感する。学ぶべきは目の前の人物からなのだが、一度長期休暇の時には師匠にも相談しに行こうと考えた。

「分かった。それで、シルヴィアの居場所は分かるの?」

「少々お待ちを」

そう言って、ローガンと名乗った男が懐から取り出した笛を吹くと、甲高い音色が辺りに響き渡った。数分で仮面と黒いマントを着た一人の人物が現れた。

「この者は私の小飼の者でして、優秀な情報収集者なのですよ」

仮面とマントで、見た目からはその性別も年齢も分からないが、何となく空間認識を意識すると女性のように感じられた。そしてその人物はローガンに何か耳打ちすると、直ぐにその場を去っていった。

「何か分かりましたか?」

「ええ、どうやらシルヴィア殿は冒険者崩れの傭兵にさらわれてしまったようですな場所はここから5km程北に向かったところ、表層の中間地点付近の様ですな」

「分かりました。ありがとうございます」

「いえいえ、またお困りの事があれば下級貴族街に私の店があります。『風の調しらべ』という雑貨店で店員に買い取って下さいとこれをお渡しください」

そう言ってローガンは懐からシンプルなシルバーの指輪を取り出して僕に渡した。

「何か依頼があれば次は正規の料金を頂きますがね」

「分かりました。ではこれで」

「ええ、ご武運を」

僕はその場から姿を消し、ローガンから伝え聞いた場所へ急いだ。

(待っていろ、シルヴィア!)


 目標地点へと空間認識を展開しながら近づく。数秒後、巨大な岩場の影に30人ほどの人が居るのを認識する。空間認識でシルヴィアと感じる人物はその巨大な岩を背に横たわっているようだ。20人程の人達は彼女を取り囲む様な位置取りをしている。見方を変えればまるで彼女を守るような感じがする。その一番の要因として5人が彼女の直ぐ傍に、他の者達が彼女に背を向けるようにしているからだ。残りの10人は周囲に隠すように伏せているようだ。さっさと助け出したい所だが、先程のローガンとの会話から出来るだけ黒幕の情報を吐かせようと考えていた。

そして、彼らの眼前5メートルほどの距離に僕は姿を見せた。

「なっ!?テメー、何処から現れやがった!!」

 シルヴィアを囲むようにしていた者の一人が、僕を見て驚きながらも声を張り上げた。彼らの装備はお世辞にも充実しているとは言い難く、所々欠けた軽鎧に、刃こぼれの見える剣や槍を構えている。ローガンから聞いたように冒険者崩れの傭兵と言われると納得できる風貌だった。

「あなた達がシルヴィアを攫ったのか?」

「は?何でテメーにそんな事を言わなきゃ———」

「おい、そいつがターゲットだ」

「「「っ!!」」」

一人の人物の言葉から、全員が臨戦態勢を取り始めた。僕をターゲットだと言った人物は、他の者の装備と比べると随分と充実しているような印象を受ける。使い込まれてはいるが、手入れの行き届いた軽鎧に、2m程の槍には刃こぼれ一つない。ガッチリとした体型に、吊り上がった細い目は対峙するものの恐怖感を煽るような容貌をしている。

(あいつがこの集団の頭っぽいな)

「ダリア・タンジーだな?俺達はある人物からの依頼で動いているしがない傭兵でね。変な動きを見せなければ彼女が死ぬことはないよ。それに君がこちらの要求を素直に飲んでくれれば彼女のことは無傷で帰すと約束しよう」

そう言いながらも、周りの傭兵達はお互いに目配せしたり、周囲に伏せている仲間にだろう、そちらにも視線を向けていた。そして、シルヴィアの近くにいた者達は手に持つナイフの切先を彼女へ突きつけていた。シルヴィアは気絶しているのか、この状況に声を上げない。ただ、胸が上下しているのが確認できるので、少なくとも生きているようだ。

「要求とは?」

「簡単だよ。何もしないで欲しい。少しでも動けば彼女は殺すしかない」

「目的は?」

「君の首———

細目の男が叫ぶのに合わせて、伏せていた仲間が武器を手に動き出そうとする。おそらくは武術の〈瞬歩〉を使った動き出しで。さらに横合いからナイフや火魔法も飛んで来ようとしている。表現するならアリの這い出る隙間もない様な集中攻撃だ。僕が相手じゃなければ———

 思考速度が上げられた世界では、全てがコマ送りのように感じる。まずはシルヴィアの身の安全を図るため、第四位階土魔法〈大地の牢壁大地の牢壁グランド・プリズン〉で彼女を覆ってしまう。空間認識で位置がハッキリと分かるので、誤って彼女を潰してしまうこともないが、突きつけられていたナイフは土の壁に一緒に取り込んでしまったようだ。

(シルヴィアはこれでいい)

 次は僕に向かって殺到して来ようとしている傭兵の処理だ。銀翼の羽々斬はばきりを取り出し、傭兵達を斬り飛ばす。今の剣の状態は以前のドラゴン討伐で吸収した魔法の力を全て使ってしまっているようで、やいばの無い状態となっている。その状態の方が逆に都合が良いので、傭兵達を岩へ叩きつけるように吹き飛ばす。相手がある程度密集している状況なので一太刀で2人程吹き飛ばせる。

 思考速度と移動速度を最大に上げるていると、まるで停止した時間の中で僕だけが動いているような感じだ。

(また【速度】が上がったような気がする)

傭兵の頭と思われる人物以外を岩へと吹き飛ばし、魔法を吸収して、ナイフは回収して銀翼の羽々斬と共に収納すると元の位置に戻った。思考速度を元に戻すと、まだ細目の男はセリフを言い終わっていなかったようだ。

———だよ!」

「・・・・・・・・」

「・・・・・・は?」

 何が起こったか理解できないそんな表情だった。僕の周りに伏せていた仲間が動き出そうとした姿を彼は見ていたはずだが、その仲間は自分に向かって飛んできている。そのまま彼の横を通り過ぎ、岩へと激突する。

『ドゴッ!バキッ!ドゴン!』

実に29人が岩に激突する音がその場に響き渡った後、辺りは静寂に包まれた。

一人その場に残された男はゆっくりと後方を確認するとその惨状に言葉を失っているかのようだった。

(相手は非合法な事もする傭兵のようなのに、何をそんなに驚いているんだ?)

確かに見ていて気持ちの良い光景ではないだろう。何せほとんどの傭兵は衝突の勢いに耐えられず身体は破裂した様に岩や彼らの仲間にへばり付いている。岩の下は彼らの血で池のようになっているほどだ。どうやら思ったよりも【速度】が早くなっていた為に、相手に与えたダメージが想定以上だったようだ。

(本当は半殺し程度にと思っていたけど、こうなっては一人残しておいて良かった)

そんなことを考えていた僕に、眼前の男はぎこちない動きで視線を僕に向けた。

「お、お前、いや、あなたは何者ですか!?こ、こんなこと・・・」

「僕が何者かと言う前に、誰から依頼されたか教えて欲しいですね」

「・・・い、言えば見逃してくれるか?お、俺はあなたの力がこんなに凄まじいなんて聞いてなかったんだ!」

「・・・良いでしょう」

「ほ、本当か!?」

「ただし、嘘は厳禁です」

「も、勿論だ!依頼人はエリック・バスクードだ!」

「・・・ああ、あの貴族か!全くこんな事までやってくるとは」

誰かと思えばSクラスで突っ掛かってきた貴族が犯人のようだ。想定の範囲内と言えばそうだが、シルヴィアまで巻き込んできたのはいただけない。本当に貴族連中は平民の事など何とも思っていないようだ。

(何かしてくるようなら消そうと思ってたし、そっちがその気ならこっちも容赦はしない。ただ・・・)

「ところで、依頼人がそいつだと証明は出来るのか?」

彼から聞いたと言うだけでは、真実かどうか分からないし、その事だけをもって詰問しても知らないと言われたらそれで終わりだろう。必要なのは裏付けだ。そう考えると、情報収集の難しさが理解できる。

「・・・け、契約書がある!ちゃんと相手の貴族家の押印もある!」

「それは何処に?」

「か、隠れ家に置いてある!」

(証拠として手に入れた方が良いだろうな。それで衛兵に突き出せる・・・のか?)

告発の仕方も分からない事に気付き愕然としてしまうが、聞く人なら近くにいるようなので、直接聞いてみようと考えた。

「ねぇ!そこの監視者さん!ちょっと聞きたいんだけど!?」
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