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黒蓮

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第二章 冒険者生活 編

冒険者生活 9

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 フェンリルの納品依頼を受けた翌日にさっそくギルダの大森林へ向かう。今回は中層と深層の境まで行くので、表層で人目が付かなくなったところで一気に移動速度を上げて行こうと考えていたのだが―――

(今日は誰かにずっと監視されているな・・・なんだ?)

いつも大森林の入り口辺りでは僕の見た目と装備からか注目を集めることが多いが、大抵はチラッと見て後は興味を失ったようになるのに、今日は何故かずっと視線が付きまとっている。

(誰か知らないけど、下手に能力を見せたくないからなぁ・・・撒いちゃえばいいか!)

早歩きで森の通り道から脇に入り、木々の間を縫って行くと、感じていた二つの視線が僕を見失ったのが分かった。

(よし、あとは一気に深層手前まで行くぞ!)

監視の目がないことを確認して【速度】の才能を全開にして大森林深くへと移動していった。



side ????

大森林表層近くの木々の上、深い緑色の外套を身に付けた2人の男が話し合っていた。

「すみませんかしら、見失いました」

「チッ、確か奴の才能は【速度】だったな。一度見失っちまうと奴の方が早いだろうな・・・」

「ど、どうしやしょう?」

「仕方ねぇ、大森林入り口近くで待つしかねぇ。あそこなら必ず通るからな」

「で、ですが、もし奴が死んだら所持品を貰っちまうことが出来なくなっちまいますよ?」

「仕方ねぇだろ!この広い大森林で見失った小僧を見つけるなんてお前にできるのか?」

かしらと呼ばれた男が手下と思われる男を睨みつけると、その男は何も言えなくなってしまった。

「分かったら部下達に伝えておけ!交代で見張ってろとな!俺は一旦戻る」

「へい!」

男は部下が去った後に外套のフードを外すと、下級貴族街の邸宅に居たガラの悪い男だった。



 1時間ほど森の中を疾走するとかなり雰囲気が変わって来た。周りの木々の密度が高いのか、日の光がうっすらとしか地表まで来ておらず、辺りはまだ昼前だというのに薄暗くなってひんやりとしている。さらに進んでいくと、周囲の大木がなぎ倒されていたり、大きな爪痕が所々に付けられたりしている場所があった。

「何かの魔獣の縄張りっぽいな。深層は上級魔獣の住処だが、まだそこまで深くない・・・上級魔獣の中でも弱めなフェンリルの可能性は高いはずだ」

深層についてから使い魔を使って索敵しようと思っていたが、フェンリルとは格が違い過ぎるので既に縄張りの中にいる可能性のある状況で召喚すると、先にこちらが見つかってしまう危険性がある。

「下手に近付くと臭いや気配でバレる・・・電光石火で討伐するにはこちらが先に発見しないと。〈索敵眼サーチ・アイ〉」

索敵眼サーチ・アイは第四位階光魔法で、光を屈折させて遠くの物を見ることが出来る。初めて師匠に教えられた時には屈折という事が理解できなくで習得にかなりの時間を要した。右手の人差し指と親指で輪っかを作り、その中に魔法を発動させ覗き込むとまるで遠くにあるものがすぐそこにある様に見える。この魔法は遮蔽物があっても有効圏内であればその裏まで見ることが出来るので、木々の多い森でも効果を発揮する。

「・・・いたっ!」

500m先にうつ伏せになって寝ているフェンリルの姿を捉えた。ただその耳はピーンと立って絶え間なく動いており、僕の気配を確信しているわけではないが、なにか違和感を感じ取っているようだった。

「この距離で察知するのか!?フェンリルまで全力で行くと木が邪魔で5秒は掛かる・・・これ以上近付くと気付かれて、毛皮を無傷で討伐するのが面倒になる・・・試してみるか」

光魔法を維持しつつ水魔法の発動を準備する。2つの魔法を同時に発動する複合魔法は高い集中力と精密な魔力制御が必要になるので周囲への警戒が疎かになるが仕方ない。しかも今回は500mも離れた場所に展開させるので魔法制御の緻密さが半端ではなかった。

「・・・っ、〈水牢ウォーター・プリズン〉!」

第四位階水魔法〈水牢ウォーター・プリズン〉は水球の牢の中に対象を閉じ込める魔法だ。この魔法を破るには同じ水魔法で魔法師の魔力制御を乱すか、術者の視線から外れる必要がある。この距離ではフェンリルの巨体を覆うほどの水球を作り出すことは出来なかったが、頭をすっぽりと覆うことは出来た。突然水で窒息しそうになったフェンリルは暴れ出し、のたうち回っているのが見える。すると魔力の高まりを感じた。

「まずい!闇魔法を発動する気だ!くっ、〈水操作ウォーター・コントロール〉」

闇魔法の暗闇で視界を遮られてしまうと魔法が解除されてしまうので、フェンリルが発動するよりも早く〈水牢ウォーター・プリズン〉を第三位階水魔法で形状変化させる。水球の形は崩れ、フェンリルの鼻や口から頭部に展開していた水を一気に体内の肺へ注ぎ込む。すると集中が途切れたのかフェンリルの魔力が霧散したのを感じる。しばらくのたうち回っていたが、やがてぐったりと横たわり動かなくなった。魔法を解除しフェンリルに近付くと鼻や口から逆流した水で水たまりが出来ていた。

「あれだけのたうち回っても全く毛皮に損傷がないな・・・さすが上級魔獣のフェンリルだ。土埃がついてるけど洗えば綺麗な銀の毛皮が取れそうだな」

いつものように昼前には依頼は終わってしまったので2m級のフェンリルを担いで戻る。頭上に持ち上げて走っているので森の木は邪魔になって帰りの方が少し時間が掛かってしまった。その時、出口まであと少しの場所で異変を感じ立ち止まる。

(っ!?この視線・・・朝と同じ感じがする。・・・僕に害意を向けてる、何するつもりだ?)

視線に悪意を感じたので周囲を警戒して臨戦態勢をとる。



side ????

 お頭に言われて見失った小僧を見つけるため森林入口付近を3人が交代交代で見張っている。

「はぁ~、どうせ今日は戻ってこねぇってのに、お頭も心配性だなぁ」

小僧の才能がいくら【速度】っていても、フェンリルを探す時間も考えれば4、5日は戻ってこないだろうと踏んでいた。

「ってかあの小僧、才能が1つだけって笑えるわ!情報じゃあ、どっかの貴族の子供だとか言ってたから、あのローブといい討伐は豪華な武器や装備頼りなんだろうなぁ」

そう考えると依頼を失敗させるよりも、始末した方が実入りが良いのではという思いが浮かぶ。

「見張りの交代が来たらお頭に言ってみるか」

そう思いながら見張っている木の上で気を抜いていると、ありえない早さでフェンリルが横になりながら移動していた。

「な、なんだありゃ!・・・嘘だろ!あのガキもう戻ってきやがった!くっ、これじゃ仲間に連絡する暇がねぇ・・・ヤるしかねぇ」

小僧のあまりの早さに報告を諦め、背中の矢筒から矢を取り出し、思い切り引き絞る。すると急にあの小僧は動きを止めて周囲を警戒し出した。

「は?この距離で気付くなんて探知系の魔具か何かか?金持ちヤローが!」

生まれた家の格差にイラつき、ガキが死んでも構わないと考え、更に第二位階風魔法〈突風ブラスト〉で加速させるため矢に纏わせる。この矢のやじりはミスリルでコーテイングしたフェンリルの毛皮に穴を開けることが出来る特別製だ。

「一緒に貫かれても恨むなよ!」

息を止め標準を定め、ガキごと貫く射線で矢を放つ。ったと思った次の瞬間には俺の矢は何もない地面に突き刺さっていた。

「・・・は?どこ行きやーーー」

そこで俺の意識は途切れた。



 臨戦態勢で周囲を警戒していると、魔力の高まりを感じた。視線から相手の位置は分かっていたので、他に仲間がいないか探っていたがどうも単独らしい。次の瞬間矢が放たれたので僕を見失うように一気に速度を上げて相手に接近し、木の根本にフェンリルを置いて枝にいる外套を被った人物を弱めの〈浸透打しんとうだ〉で昏倒させて人気の無いところに連れ去った。
大地操作グランド・コントロール〉で穴を作りそこに襲撃者を入れて土で埋めて頭だけ出し、第一位階水魔法〈ウォーター〉をかけて目を覚まさせる。

「ぶはっ!な、何だ?」

「お目覚めですか?」

「っ!て、テメーは!何しやがる!」

襲撃者の目が覚めて僕を見ると、この状況もあって、憎悪に染まった目を向けられた。

「それは僕のセリフですけど、何の目的で僕を攻撃してきたんですか?」

さっきの一撃は鏃や使われた魔法を考えても、魔獣を貫通して僕にも到達していたはずだ。

「・・・なに言ってる?俺はフェンリルだと思って討伐しようとしただけだぜ!」

「またまた~、完全にあなたの視線はフェンリルではなく僕に向けてたじゃないですか~。人の恨みを買うような事はしてないと思うんですけど。冒険者に知り合いはいませんし」

最近の悩みなのだが、僕が冒険者の人に話しかけても、みんな狼狽えて視線を合わせようとせずどこかに行ってしまうので、未だに冒険者に知り合いは居ないのだ。

「は?言い掛かりだぜ!早くここから出せ!」

「まぁ簡単には言ってくれませんか・・・じゃあ・・・」

僕は地面に手を当てて〈大地操作グランド・コントロール〉を発動し、徐々に襲撃者を押し潰していく。

「あ、ぐっ、ま、待ってくれ!俺じゃない、お頭に言われて仕方なくやっただけだ!」

師匠にやられて知っているが、この全く動けない状況で、生殺与奪を握られる恐怖は尋常ではないのだ。簡単に口を割ってくれそうなので色々聞いてみる。

「そのお頭は何者で、何が目的なんですか?」

「お、俺達は宵闇よいやみってチームで、お頭のコーダッチがフェンリルの納品依頼を邪魔しろって命令してきたんだ!」

「なんで邪魔を?」

「い、違約金だ。依頼人とつるんで簡単に稼げるからってお頭は言ってた!」

「?依頼人にはコーダッチとあったよ?」

「バレた時に身元が分からないように間に入っているだけだ!本当の依頼人は別にいる。俺は下っ端だからそいつの事は知らないんだ!俺が知ってる事はそれだけだ!」

受注する前にエリーさんがおかしいと忠告していたのはこういうカラクリがあったからのようだ。

「そうか・・・ただの冒険者の悪知恵位なら良かったのに、黒幕もいるのか・・・」

相手が分かっているならなんとでもなるが、正体不明の黒幕がいるのは厄介だ。僕が依頼を受けたことは当然知っているだろうし、達成すれば何らかの報復があるかもしれない。

(こんなやり方をするような奴は大抵金に汚く執着心が強いだったっけ?)

いつかの師匠の言葉を思い出しながら、この手の人物の恨みを買うと面倒な事になりそうな予感がする。そんな事を考えて悩んでいると・・・

「な、なぁもう良いだろ?俺は命令されただけで何も知らないんだ!ここから出してくれ!」

「ん~、でも僕が避けなかったら死んでたかもしれないし、そんな相手を出してあげようとは思わないでしょ?」

「ちょっと待ってくれ!何言ってんだ!俺を殺す気か?」

「僕にはある目的があるんだけど、まだ迷ってることがあるんだ。復讐は殺した方が良いのかなぁって」

「はぁ?な、何に言っーーーごぼっ・・・」

一気に土で圧迫すると、男の目や鼻、口から大量の血が吹き出し絶命した。

「・・・あまりこの人を恨んでもなかったから別に何も感じないなぁ。やっぱりもっと憎しみの濃い相手じゃないと分からないかぁ」

試した結果にガッカリしながらも、人を一人殺したことに全く心が動かなかったのは、きっともう僕の心は捨てられた時に一緒に壊れているのだろうと知ることが出来た。
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