騎士学院のイノベーション

黒蓮

文字の大きさ
上 下
95 / 96
最終章

決戦 12

しおりを挟む
「来たか・・・」

 陽が昇り、辺りを太陽の光が照らし始めてきた頃、地鳴りのように聞こえる足音が拠点に迫ってきた。

「まさに化物ね。本当に生物なの?」

 俺が奴の襲来にポツリと言葉を漏らすと、隣に並び立っているレイチェルは、呆れのような言葉を吐いていた。
 そう感じるのも当然だろう。奴とは未だ距離があるものの、既にその上半身はこちらから目視できるほどに巨大なのだ。
 この森に生えている樹木は、軒並み50メートルを越えるほどの巨木であるにもかかわらず、普通に奴の姿が見えるのだ。

 体長約500メートルの巨大な生物を実際その目で見ると、もはや乾いた笑いしか出てこない。その巨大さもさることながら、全身を覆う灰色の鱗は如何なる攻撃も通さない強固さを誇り、そのブレスは全てを凪払う威力を有する。とても人間が太刀打ちできる存在とは思えない。

「これからその化物を討伐するんだ。怖じ気づいてないだろうな?」

 ここで第二騎士団の団長であるレイチェルの心が折れてしまっては、その部下である団員達の精神状態に悪影響を及ぼしかねない。俺たちの背後には、500人の騎士達が戦闘態勢で待機しているのだから。
 俺は彼女の精神状態の確認も兼ねて問い掛けた。

「正直、ここまで圧倒的な存在と戦うのは初めてよ。あの姿・・・恐怖や絶望というより、畏敬の念すら抱いてしまうわ」

「まぁ、分からないでもないな。だが襲ってくる以上、対処しなければならない。帝国だけでなく、王国をも滅ぼそうとい
うのであれば、奴を確実に討伐する!」

 彼女が奴の存在感に呑み込まれないよう、強い言葉でやるべきことを口にする。

「えぇ、もちろんよ。私の全身全霊をもって打ち勝つわ!」

「頼むぞ」

「ふっ。あなたから頼りにされるなんて初めてね。その期待、しっかりと応えてあげるわ!」

 彼女の返答に、奴の存在に呑まれていないと俺は判断した。指揮官の戦意は部隊全体の士気に関わってくる。この部隊に新兵はいない。全員が覚悟を決めた騎士だ。わざわざ士気高揚のための前口上を叫ぶよりも、己のやるべきことを確実に把握させる事に時間を割いた方が成功率が上がると判断した。
  
 すると、ゆっくりとした歩調で近づいてきていた奴は立ち止まり、睥睨するようにこちらを見据えてきた。

「――っ!」

 その視線には、歓喜と殺意が込められているように感じた。
 自らを害した相手を見つけたという喜びと、俺から逃げ去ったという屈辱を払拭するために、確実に殺すという感情が流れ込んでくるようだった。

「アルバート・・・ずいぶん恨みを買っているんじゃない?」

「そのようだな。奴は神樹の実を食べてから敵なんていなかっただろうが、俺がそれを否定した。復讐に燃える感情が見てとれる」

 奴の視線からレイチェルも感情を読み取ったのだろう、苦笑いを浮かべながら俺に話しかけてきた。そんな彼女に、奴の今までの環境を推察した返答をする。
 
「感情・・・つまりは知性があるってことね。人間という存在に危機感を覚えたなら、根絶やしにしてくるわね」

「だろうな。実現可能な力があるなら、やらない理由はない。食料としても、人間より魔物の方が食べごたえがあるんだ。わざわざ危険分子を放置しないだろう」

「そうなると、帝国を滅ぼしたのは戯れ。王国を滅ぼすのは危険の排除ね」

「まったく、この世界は人間に厳しすぎる」

 俺が達観したような言葉を溢すと、動きのなかった奴が大きな口を開けて息を吸い込んだ。

「っ! 咆哮が来る! 作戦開始だレイチェル!」

「総員、行動開始!」

「おぉぉぉ~!」 
 
 レイチェルの言葉に、後ろに控えていた騎士達が雄叫びをあげる。その声には、己を叱咤するような声音も含まれているように感じられた。
 常識の埒外の存在と相対しているのだ、心が折れないように大声をあげて、自分の身体を無理矢理に動かそうとしているのだろう。

 その直後・・・

『――――っ!!!!!!!!』

 人間の可聴域を遥かに超える轟音での咆哮が、周囲に響き渡る。ただ、奴の咆哮の危険性については予め全体に周知していたため、全員しっかりと耳を塞ぎながら、奴を囲むように周囲へ展開している。気を失ったり、鼓膜が破けたりして戦闘不能になるような騎士はいない。
 そして――。

 「「「魔法陣展開!・魔力供給!・照準!・発動!」」」

 この防衛戦のため、命を投げ出す覚悟で参加してくれた魔術師の騎士達の半数が、奴に向かって火魔術を叩き込んだ。
 更に――。
 
「「「魔法陣展開!・魔力供給!・照準!・発動!」」」

 時間を僅かにずらし、もう半数の魔術師達が水魔術を叩き込む。
 業火とも表現できるような圧倒的な火力。そして、災害と見紛うような圧倒的な水量が奴の巨体に直撃すると、大量の水蒸気が発生した。
 これは、急激な温度差による攻撃だ。

 事前に共有した奴の特性として、通常の物理攻撃はおろか、魔術による攻撃に対しても全くの無傷だったことを伝えていた。そこで、どのようにすれば奴にダメージを与えられるか、という議論がなされた。

 皆、俺の実力を知っている者達なので、俺の全力でも傷一つ付けることができなかったと聞いて絶望的な表情を浮かべている者が多かった。そんな中、一人の騎士が全く別の観点からの攻撃手段を提案したのだ。
  
「ヒートショック・・・はたして効果はあるか?」

 その騎士が発案したのは、急激な温度の変化によって身体に不調をきたす『ヒートショック』という現象を人為的に再現してはどうかというものだった。
 
 これは、温度変化によって身体の血圧が変化し、不整脈や心筋梗塞を引き起こし、場合によっては急死に繋がる現象なのだという。
 とはいえ、それは人間の身体で起こる現象であり、同じ生物であるといっても、相手は神樹の実を取り込んだ化物。効果があるかは不確かだが、その場合は次の策へと移行する。

『・・・・・・』

 火魔術と水魔術を浴びた奴は、微動だにせずにこちらを見つめていた。その視線には、蔑みを含んでいるようなに感じられる。その程度の威力の魔術は、痛くも痒くもないと見せつけているようだった。
 
「効果見られず! 作戦を第二号へ移行!」

 レイチェルが号令を出すと、魔術師達は次の魔術の発動に取りかかる。

 「「「魔法陣展開!・魔力供給!・照準!・発動!」」」

 今度は火魔術と水魔術を交互に何度も何度も発動して、短時間の内に急激な温度変化を起こす。
 肉体へのダメージが確認できなかったため、今度はその強靭な防御力を誇る鱗への攻撃となる。
 物体は熱せられると膨張し、冷却されると収縮するのだという。その性質を応用し、短時間での急激な膨張と収縮を繰り返すことで、その物体を脆くすることができるらしい。

 辺りは攻撃の副産物として発生する水蒸気に包まれていくが、奴が巨体過ぎるがために見失うようなことはなく、また、動きもすぐにわかるような状況だ。

 しかし、これだけ攻撃を加えているというのに、奴はまだ動き出してこない。
 何かを待っているのか、あるいは自分には人間の魔術など全く効果がないと思い知らせて、こちらの戦意を折ろうとしているのか・・・。

「不気味だな」

「でも、やるしかないわ。たわむれに国を滅ぼせる存在よ? 仮に撃退できても、今後はその存在にずっと怯えていくことになる。なんとしてでもここで奴を倒さないと、人間の未来に光はないわ!」

 俺の疑問の言葉に、レイチェルは使命感を露にしていた。
 昨日の話では、帝国の亡命者の報告を聞いた際には、現実感のない話にそんな存在がいるわけない、いたとしても帝国から遠く離れた我が国には関係ないと楽観的に考えていたようだが、現実を見せつけられ、考えが変わったようだ。

「ああ、そうだな。ここで奴を倒す!」

「ええ! 剣士達よ! 行動を開始せよ!」

 そして作戦は、次の段階へと進んでいく。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。 森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。 その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。 これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語 今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ! 競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。 まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

処理中です...