騎士学院のイノベーション

黒蓮

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第三章 神樹の真実

神樹 27

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 剣術を極めるほどに、豪快な動きとは無縁になっていく。それはつまり、誰もが一目で強者と分かる動きではなく、地味で目立たない、本当の実力者でなければその力量を測れなくなると言うことだ。

動きは洗練され、研ぎ澄まされる程により小さくなり、相手の攻撃を紙一重で見切ることで、回避不能な反撃の一撃を繰り出せる。そこに力は必要なく、相手の力が強ければ強いほど、その力を上乗せして返すことが出来る。

そして武の極地とは、相手に何もさせない事だ。

とは言えそれは、対人戦に限った話だが・・・



~~~ リッカー・アンドリュー 視点 ~~~

「くそっ!何故だ!!お前は剣すら持っていないというのに!!」

「おっさん、心が乱れてるぜ」

「黙れっ!!」

 私の剣は尽く躱され、アルバートをまるで捉える事ができない。あと数センチ剣筋が変わっていたなら肉を斬り裂けた剣戟も、当たらなければ意味が無い。

加えてアルバートの軽口に、私の怒りは増すばかりだ。

「はぁぁぁぁ!!!」

「攻撃に気が逸りすぎだ。虚実の無い攻撃など、俺にとって避けてくれと言っているようなのものだ」

「舐めるなよ!貴様とは戦ってきた場数が違う!!」

私は自らの間合いを完全に管理しつつも、アルバートの間合いすらも見切ろうと集中する。

が・・・

(ぬぅ・・・ダメだ、間合いが測れん・・・)

自らが思い描く剣の軌道は、確実にアルバートの急所を捉えているはずだった。にも関わらず、私の攻撃は未だかすりもしない。それはつまり、アルバートの間合いを見切れていないということ。ひいては、私の間合いを完全に見切られていると言うことに他ならない。

「何故だ!何故!何故!何故!」

「おっさん、権力に固執して腕が錆び付いたか?それとも、師匠を追いかけるあまり道を踏み外したか?」

「っ!?アルバート、お前!」

「さすがに気付くぜ。あんたの剣は師匠の模倣。いや、その劣化だ」

アルバートの言葉に、心臓が跳ね上がった気がした。私の剣が最も毛嫌いしていた男の模倣、あまつさえ、その劣化でしかないと指摘されたのだ。

「私の剣を、あの女狂いと同じように語るな!!」

「それを指摘されて激怒するとは、認めているようなもんだぜ?」

「黙れ!!」

苛立つ私に対し、アルバートは更に驚愕の言葉を発する。

「見せてやるよ。あんたが目指していた剣術の極み、その極地ってやつをな!」

「っ!」

奴の言葉の直後、急に身体の力が抜けるような異変を感じた。

(なっ!これは!!)

雰囲気が激変したアルバートと目が合うと、途端に身体の自由が失われた。激戦の中、殺気で動きを制限される事もあるが、アルバートからは殺気を感じられない。にもかかわらず、本当に何も出来ないのだ。殺気で身が竦んだわけでも、実力差からの諦めで動かないわけでもない。ただ、自分が動くという選択肢が無いのだ。

(これを初めて体感したのは、ライオネスとの模擬戦か・・・新米だったあ奴を全力で挑ませた結果・・・我ながら無様なものだったな)

思えば私の目指す剣術の姿は、確かにあ奴の剣だったかもしれない。それを認められず、独力で鍛錬してきたが、結局最後まで奴には届かなかった。

(まったく、師弟揃って忌々しい・・・私の辿り着けなかった武の極地に、こうもあっさりと至ってみせるものか)

アルバートを前に、私の身体は動かないどころか身体の力が吸い取られるようにして抜け落ち、両膝を着いて愕然としていた。

気づけば、先程までの身を焦がすような増悪の心さえも抜け落ちている。それは、私の心が完全に敗北を認めてしまったと言うことだった。

「おっさん・・・残念だよ」

「・・・あぁ、私もだ・・・」

自分自身に失望した声を呟く私に、アルバートは拳を振り下ろしてきた。そうして私の意識は闇に落ちていった。




「騎士達よ!お前達の後ろ盾であるリッカー・アンドリューは、第一騎士団団長、パラディン序列第一位のアルバートの手によって制圧された!これ以上我が国の戦力たる君達を失うのは私の本意ではない。今なら投降を許そう。君達の賢明な判断を期待する!!」

 白目を剥いて気絶しているおっさんを複雑な感情で見下ろしていると、オースティンが大声をあげて騎士達へ投降を促していた。

その言葉に騎士達は互いに顔を見やり、困惑や動揺を浮かべながらも、状況を理解したのだろう、諦めの表情と共に手にしていた武器を置き、両手を頭の後ろに組んで降伏の姿勢をとっていた。

(ようやくこれで終わりか・・・しかし、王国としての問題は何一つとして解決していないどころか、状況はより悪化したと言って良いだろうな)

軍務大臣のおっさんの企みは阻止したが、おそらくは反抗勢力の残党がまだ残っているだろう。まだまだ油断ならない状況だ。

しかも神樹の安全域消失に伴う魔物の侵入についてはまったく解決の目処は立っていない。それどころか、軍務大臣であったおっさんの思想が騎士団をどの程度まで侵食し、どの位の騎士達が賛同して手を貸していたのかという実態の解明には相当時間が掛かる。

(政治的な領分はオースティンやクリスティーナに任すしかないが、騎士団の運営ということになれば、俺が手を貸すしかないか・・・場合によっては、多少手荒な真似をしても強制的に騎士達を従わせるしかないな・・・)

今は国の緊急時と言うこともあって、使える戦力は使用しなければならない。信頼と言う面で不安がある騎士も動員せざるを得ないだろう。

そんなことを考えていると、未だ魔力欠乏が回復していないのだろう、顔色の悪いクリスティーナが歩み寄ってきた。告げられたのは、俺が今考えていたことと同じような内容だった。

「アルバート様。私達はこれより王城内の混乱の収束と掌握に努めなければなりません。しばらくは指揮・命令の伝達に支障が生じるかと思いますが、今最優先すべきは神樹の安全域の消失に伴う魔物の侵入の対応です。そこで、お疲れのところ申し訳ないのですが、臨時処置として一時的にアルバート様には軍務大臣の権限を付与したいと考えております」

「分かった。今の状況では俺に騎士団の全権限を付与した方が迅速な動きが出来るからな。ただ、一つ頼みがある」

「はい。何なりと」

俺の言葉に、クリスティーナは微笑を浮かべて発言を待っていた。

「今は猫の手も借りたいほどの事態だ。学院の生徒も動員してもらいたい。もちろん最前線ではなく、後方支援要員としてだが、場合によっては王国内に入り込んだ魔物の討伐も行ってもらう」

「・・・学院の生徒の皆さんに経験を積ませようとお考えですか?その経験を元に、学院に蔓延る差別意識も一掃してしまおうと?」

「実戦に勝る経験はない。剣術師と魔術師との軋轢も、生死を前にした極限の状況では戯れ言だ。それに、魔物を討伐して国民を守ると言うのは、平民を守ると言うことだ。その経験は、まだ貴族としての考えに毒されきってない子供である学院生には良い影響を与えるだろう」

「そこまでをお考えでしたか。願わくば、今回の事が王国にとって良い影響を残してくれることを祈りましょう」

自身は親である国王を、腹違いではあるが実の兄弟に殺されていると言うのに、クリスティーナからはそういった悲壮感は感じられない。気丈に振る舞っているのか、王女としての矜持がそうさせるのかは分からないが、彼女の言動からは、王国を憂う想いを強く感じられた。

そんな彼女の願いに応えるため、俺も自分に出来る最大限のことを成そうと気合いを入れる。

「では、権限付与の承認書をすぐに用意致します。アルバート様、どうかこの王国をお救いくださいませ」

クリスティーナは美しいカーテシーをとると、俺にそう懇願の言葉を伝えてきたのだった。
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