騎士学院のイノベーション

黒蓮

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第三章 神樹の真実

帝国への誘い 10

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「ーーーっ」

「なっ!?何をっ!?」

 小さく息を吐くと同時、身体強化を施して首に添えられている剣を摘まむと、俺を人質として捕らえていた騎士は、その行動に驚きの声を上げていた。

「茶番は終わりだ。ここにいる全員、拘束させてもらう」

「はぁ?子供風情がな・・っ!?剣が!動かぬっ!」

騎士は懸命に剣を動かそうとするも、それを許す俺ではない。どうにかしようと彼が力一杯剣を握る状況を逆に利用し、そのまま摘まんだ剣を捻るようにして柄を地面へ向けると、彼は剣を手離す間もなく、つられて地面に背中を打ち据える。

「がっ!!」

「ミッシェル!ダニエル!レック!殺すなよ?」

「「「分かってる(わ)!!」」」 

俺の足元で仰向けになって悶絶している騎士を素早く拘束し、皆に指示を出す。さすがに分かっているようで、全員即座に返答し、手近に隠していた武器を手に取り、行動を開始した。

(国民が生き残っていれば、一応彼らが守っているはず。自らを守護してくれる存在を殺されたとあっては面倒なことになるからな。それに・・・)

報告書を見る限り、帝国では国民全体にも神樹教が浸透していたはずだ。ならば、その信者である彼らがあの方と呼称する存在。間違いなく教祖が居るはずだ。そんな存在が纏め上げる集団の人物を殺しては、こちらへの印象は最悪だろう。

現状、帝国民の生き残りがどの程度存在しているか不明だが、もし帝国を再興できる程の人数だった場合、俺達の勝手な行動で、エリーゼさん達皇帝側の思惑を外してしまうことにもなりかねない。

(彼女達の目は、自分達の境遇を諦めたような感じではなかったからな。何かしら帝国を再建できるような情報を握っているのだろう。もしかすると、失われた神樹の安全域を復活させる方法を知っているかもしれないな・・・)

そう考えると、生き残りの連中の信仰心を捨てさせ、今の皇帝の元で力を合わせて復興に励ませるのが最良だと思えた。

(そうなればエリーゼさんも帝国に帰るからな。俺も安寧とした生活に戻れる)

エリーゼさんの俺に対する感情は、クリスティーナ王女の暴走を招きそうでハラハラさせられる。最近はその感情に若干の変化が見られ、俺としても異性を狙う女性特有の嫌な感じは受けなくなったのだが、何かにつけて帝国でその手腕を振るう気はないかと勧誘されるのだ。最初は冗談だろうと受け流していたが、何度も勧誘してくる彼女の目が本気だと驚いたものだ。

どの様な対価でも用意してみせますと息巻く彼女の姿は、いっそ狂気に取り憑かれているようだった。


 そうして少し考え事をしている内に状況は終了したようで、辺りには拘束されて身動きが取れなくなっている帝国の騎士達が転がっている。

「団長、これからどうしますか?」

「とりあえずは情報収集だな。生き残った帝国民の人数や生活環境についてと、最も重要な誰を指導者として纏まっているかだ」

ミッシェルの質問に、俺はとりあえず必要そうな情報を思い浮かべた。現状、彼らがどのような環境下で生き延びているのかは知っておいた方がいいだろう。ともすれば、あと数ヵ月も経たないうちに全滅なんてことになれば、エリーゼさん達は本当の意味で帰る場所を失うことになる。

「分かりました団長。エリーゼ殿はどうされますか?」

ミッシェルがそう差し向けると、彼女は思い詰めたような表情をしながら口を開いた。
 
「・・・私としても少し確認したいことがあります」

「そうですか。分かりました」

彼女の悔しさの籠る声に、ミッシェルは気遣わしげな表情を浮かべていた。


「では、これから皆さんにいくつか質問しますが、実は返答によっては力になれる可能性があります!極力正確な返答をしてくれると嬉しいです!」

「「「・・・・・・」」」

 尋問についてはレックが担当する。俺だと外見的な印象で舐められてしまうため、あまりこういった事には向かないし、ダニエルやミッシェルは性格的に向いてない。ダニエルは相手の嘘を見抜くのが極端に苦手で、逆に言いくるめられてしまう心配があるし、ミッシェルは答えを急ぐあまり、相手を怒らすことがよくあった。

その点レックは交渉事に長けており、いつの間にか相手と仲良くなって、商人に対して結構な無理難題を呑ませたことも一度や二度ではない。だから俺は交渉において、彼に全幅の信頼を置いている。

レックの言葉に憮然とした表情を浮かべる騎士達だが、何せ拘束されて地面に這いつくばっているのだから仕方ないだろう。

「そんな怖い顔しないでくれ!君達が最初に剣を向けてきたんだ。反撃された事に怒りを覚えるのは筋違いじゃないかい?しかも、うちの可愛い団長の首筋に剣を当てながら脅迫してくるなんて・・・傍目から見たら君達は、子供を人質にとる悪漢以外の何者でもなかったよ」

「・・・くっ」

レックの言葉に、数人の騎士はばつの悪そうな表情を浮かべた。客観的に見れば確かにそう見えたからだろう。ただ、俺の事を可愛いと表現したことに誰一人反論の言葉があがらないのは、いくら自分の外見を納得していても少々イラつく。

内心苦虫を噛み潰しながらも、レックの演説のような情報収集は続く。

「私も騎士として叙任された時は、力なき民を護るため、国民の暮らしを豊かにするためと、理想に情熱を燃やしていた。いや、今でもその情熱は変わらない。皆だってそうだろう!?」

「そ、それはそうだ!俺達は今だって帝国の民達を飢えさせないように、こうして魔物を討伐に来ているのだ!」

「ああ!確かに帝国はこんな状況になっているが、騎士としての情熱や希望まで無くしてはいない!」 

「そうだ!安全域さえ復活すれば、帝国はまた元の繁栄を取り戻せる!」

レックの大仰な仕草で放たれた言葉は、それまで憮然としていた騎士達の心を開いていた。傍目から聞いている俺でも、彼の声音は何故か己の良心に訴えかけているようで、つい賛同してしまう気持ちが沸き上がるのだ。

「なんと素晴らしい!やはり騎士の矜持は国をも越えるのか・・・私はそんな皆さんの力になりたい!そうだ、帝国の民の中に負傷者はいませんか?私どもには聖魔術の使い手がいるんです!」

「なんと!それは本当ですか!?」

レックが感動に打ち震えるようにして涙ながらに問い掛けると、騎士の一人が目を見開き、驚きも露わにしていた。確かに聖魔術の使い手は貴重だが、帝国にもある程度は居るはずだ。彼の驚きようが理解できなかった。

「ええ、本当です。今の帝国の状況をお教え頂ければ、お力になれますよ?」

「た、頼む!民達を・・・助けてくれ」

倒れ伏しながらも頭を下げてくる騎士達に、いったい帝国はどの様な状況なのかと心配になる。

「分かりました。具体的な容態や人数を聞かせてください」

レックの言葉に、拘束した騎士達が帝国の現状を語り出した。それは、想定していたよりも遥かに悲惨な状況だった。

元々帝国の人口は約350万人だったそうだ。それが安全域が消滅し、魔物の襲撃と見たこともない巨大な魔物に蹂躙されたことで、今や生き残りは3万人程度らしい。

生き残りの大半は力の無い農民などで、騎士は1000人程しかおらず、7割を食料調達、3割を防衛に回しているようだ。その中で聖魔術を扱えるものは僅か10人足らず。しかも、重傷者まで治癒できるほどの実力の持ち主はたったの2人しかおらず、帝国が壊滅して既に3ヵ月が経過しようとしているが、未だ負傷者の治療が追い付いていないらしい。

(有効な聖魔術の使い手が、3万の人口に対してたったの2人じゃ絶望的だな。食料調達も危険と隣り合わせだと考えれば、頼みの綱の騎士の治療は絶対だ。必然、市民に割ける聖魔術の使い手は、軽症者が治癒できる程度となるか・・・この先大きな被害が出るようなことがあれば、本当の意味で全滅だな)

語られる帝国騎士の話に、俺は内心ため息を吐いていた。あまりにも絶望的な状況過ぎるのだ。聞けば、穀物等の食料備蓄はあるにはあるが、今の人口では冬が越せない程度らしい。

その為、どうしても食料を求めて魔物蔓延る森に入らなければならない。しかも魔物の生息域が変化しており、安全域も無いため不十分な休息で当然被害も出る。防衛と食料調達の担い手の騎士を失うことは、そのまま生き残りの全滅に直結するため、常に聖魔術の使い手を温存しておく必要がある。

つまり、市民への治癒は応急処置だけで後回しになっているようだ。

そして、俺達が聞きたかった情報へと話題は移る。

「では、市民の負傷者を治癒したいのですが、我々は部外者ですから、責任のある方にお目通り願えないですか?」

「それは・・・分かりました。ご案内しましょう」

レックの言葉に騎士は躊躇いを見せつつも、決意した表情を浮かべていた。それは、彼が騎士としての矜持を忘れていないということだろう。同時に、俺を人質にとった騎士の言葉が思い浮かぶ。

(後戻り出来ない、か・・・彼らも気付いているんだろうな)

信じた事が実は間違っていたとすれば、それが大事になればなるほど、受け入れがたくなるのだろう。

(さて、どう転ぶか・・・)

そんな事を考えていると、エリーゼさんが帝国の騎士達の前に歩み出た。
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