騎士学院のイノベーション

黒蓮

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第二章 王女襲来

力の一端 3

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 滅びの魔剣”虚無”の効果は、『斬りつけた対象の絶対的な死』だ。融合した魔術を剣としての形状に保つため、常に魔力を消費し続けなければならないが、それを踏まえても効果は破格だ。何せ最高難度の魔物であるドラゴンでさえ、たったの一突きで絶命させることが出来るのだから。

(学院の教師以外の不審な気配が結構あるし、余力を十分に残して行動するとなると、虚無の使用は数分・・・さっさと片付ける!!)

身体強化を併用して森を疾走していると、前方に魔物の群れを目視した俺は、手にしている漆黒の剣を握り直す。確認した魔物のほとんどは、オークやミノタウロスなどの図体だけの魔物や、ウルフ系の数を脅威とする魔物達だ。ただ、森の奥の方から一際巨大な気配を感じる。

(皆を混乱させないように言わなかったが、たぶん中層奥の魔物だな。サイクロプスあたりか?)

サイクロプスは緑色の体表をした、高さが10メートルにもなる一つ目の巨人で、二足歩行で移動する難度7の魔物だ。単純な土魔術を操り、巨大な岩を投げ飛ばして広範囲に多くの被害を出すが、単独でやり合う分には問題になら無い。

(4、5体くらい居るようだが、妙だな・・・狂乱しているのに、数があまり減っていない。それに、力もそれほど強化されていない気がする・・・)

魔物達の目は一様に赤く輝いていることから、狂乱状態になっているのは確かなのだが、そのわりには共食いしている個体は少なく、想定より実力も低く感じる。更に不可解なのは、特定の方向に真っ直ぐに進んでいることだ。

(どうやらあの魔導具には、俺の知らない効果があったようだな。まぁ、だからといって苦になることも無いがっ!)

疾走してきた速度そのままに、俺は魔物の群れの中に飛び込んだ。そして、縦横無尽に漆黒の剣を振るい、俺を中心とした攻撃範囲内の魔物達がバタバタと死んでいく。

「一匹たりとも逃がさんっ!」

身体強化を全開にして、瞬き一つの間に移動しながら数十の魔物を斬りつけていく。ギリギリ動体視力が間に合う速度での連続攻撃に、辺りは魔物達の鮮血が飛び散り、赤く染まっていく。さすがにその血の全てを躱す暇は無いので、俺の身体は次第に血みどろになっていってしまう。

 
 雑魚をあらかた始末すると、本命の魔物が姿を見せた。

「やはりサイクロプスか。しかし狂乱と言うよりは、魔物の攻撃能力だけ引き上げただけのようだな・・・ある程度統率された動きも見受けられたし、もしかして何者かに操られているのか?」

遠目に見える5体のサイクロプスの行動から疑問は尽きないが、今は検証しているような余裕はない。直感的に、さっさとこの場を片付けて王女達と合流しなければならない気がするのだ。それと言うのも不審な人物達の気配は森の中層から現れ、王女達や先に避難したロベリア達の方へと向かっているからだ。

(何か仕掛けてくる事はわかっていたが、これほど大規模なもので、しかも王族にも被害を出すことを辞さないとは・・・反乱でも起こす気か?)

そんな事を考えながら、俺はサイクロプスに向かって疾走していた。正直、この虚無の剣を装備した状態であれば、相手が巨体であればあるほどこちらが有利になる。何せ巨大な魔物ほど死角が増えるのだ、足元まで飛び込んで斬りつければ、それで決着がつく。

(誰の策略か知らんが、何も出来ずに終わらせる!)

間合いまであと数歩の距離、サイクロプス達が俺の接近に気づいたようで、一体のサイクロプスが、その巨大な拳を地面に打ち下ろした。

「おっと」

俺の体勢を崩そうとしてか、結構な地揺れが起こったが、僅かに速度が緩んだ程度だった。しかし、その一瞬の隙を突いて、他のサイクロプス達が土魔術を使用し、地面から俺に向かって鋭い岩の槍を次々と放ってきた。

「邪魔だ」

迫りくる岩の槍に対して、縦横無尽に虚無を振るって消し去る。岩の槍が虚無に僅かでも斬られると、次々と塵のように消えていく。

そうしてほとんど足を止めることなく間合いに入り込むと、5体のサイクロプス達を数秒の内に討伐し終えた。

「よし。とりあえず魔物の群れはこれで片付いた。面倒なことになる前に急がないと」

積み上がる魔物達の死体の前、地面が赤黒く染まる中で、俺は虚無を解除する。身体には所々返り血が染み付いており、さっきまで綺麗だった純白のロングコートも、今や魔物の血で赤黒いコートへと変貌してしまっていた。

しかし、それを気にせず俺は来た道を大急ぎで引き返し、王女やロベリア達との合流を急ぐのだった。



 時は少し遡り、アルが王女達と別れて魔物の群れへと向かった後の事だ。

 
~~~ グレイ・フォールン 視点 ~~~

「何っ!?アル・ストラウスを見失っただと!?」

「も、申し訳ありません!監視者の一瞬の隙を突いたようでして・・・」

「それで、王子と王女は?」

「どうやら生徒を逃がすために魔物の足止めをするようでして、別行動をとっております」
 
 第一王子と第二王女が視察する実地演習の最中、私は元同僚から悪い報告を受け取った。

今回の第一目標は、学院の運営方針の邪魔となるアル・ストラウスの排除だ。平民でありながら学年首席に居座る奴さえ排除してしまえば、残る平民など生徒達のストレスの捌け口にすればいい。

第二目標は、我々貴族のあり方に関して改革を推し進めようと画策している第一王子と第二王女だ。今回の魔物を使用した騒動に巻き込まれて亡き者になってくれれば儲けものだが、2人の実力的には厳しいだろう。

しかし、両殿下の視察中に生徒に被害が及ぶような事故が発生したとなれば、護衛をつけていなかった両殿下を守るために教師の人員を割かざるを得なかったということで、2人の責任問題にすることが出来るという目論見だ。
 
どちらに転んでも両殿下を失脚することが出来る策なのだが、肝心の被害者となるべきアル・ストラウスを見失ってしまえば意味がない。

「アル・ストラウスを早急に探し出し、何としてでも奴を始末しろ!直接手を下しても構わん!どうせこの森で起こったことなど、いくらでも隠蔽可能だ!」

「分かりました!すぐに周知します!」

私の命令に、彼は胸に手を当てる騎士の敬礼をとると、踵を返して森に消えていった。

「まったく、無能な奴らめ!学院をクビになったお前らが返り咲くには、今回の作戦を成功させるしかないというのに、危機感や必死さが足りないのではないか!?」

私は無意識に親指の爪を噛りながら、苛立ちも露に考え込んだ。最悪、このままアル・ストラウスが見つからなかった場合の次善策を検討しなければならないからだ。

「集合地点手前に見張りを立たせ、奴をこの森に置き去りにすればいいか。生徒達が集合次第すぐに魔導列車を出発させる手筈を整え、奴が間に合わなければよし。間に合いそうだとしても、元同僚達が迎撃して終わりだ」

いくら奴が学年首席とはいえ、それは学院の中での話だ。我々教師は、騎士団として鍛錬を積んできた猛者だ。見つけ次第奴を始末することは造作もないだろうし、見つからなくとも、奴がこの森で一人取り残されて生きていける可能性はゼロだ。 
 
「よし。そうなれば私は、集合場所である魔導列車に急ぐか」

既に緊急信号は至る所から上げられ、生徒達の避難も順調に始まっている。貴族の生徒達に混乱はあれど、怪我などは無いと報告を受けている。たった一人の平民を始末するのに、数ヵ月を要して準備した作戦だ。早々失敗することなどない。

そう考えながら、魔導列車へと移動を開始しようとしたときだった。身体強化を展開した連絡員が、息を切らせながら走り込んで来た。

「ほ、報告します!」

「何事だ?」

尋常ならざる彼の様子に、私は嫌な予感が拭えなかったが、ここで指揮を取っている私が狼狽えた姿など見せられるはずもなく、努めて冷静に報告を促した。

「魔物の動きを操っていた者からの報告ですが、作戦失敗とのことです・・・」

「なに?魔物を操れず、共食いしてしまったということか?」

「いえ、その・・・」

私の確認の言葉に、連絡員は歯切れ悪く目を泳がせていた。

「何だ?失敗したのなら次善の策を実行に移す必要がある。とはいえ、どの様に失敗したのかの詳細を確認し、次の策に応用できる可能性があのだ。具体的に詳細を説明せよ!」

私の怒気を含んだ視線に、連絡員が冷や汗を流しながら口を開いた。

「用意した魔物が、全滅しました・・・」

「・・・はっ?」

理解出来ない彼の言葉に、私は呆気にとられてしまった。

「魔物の動きを監視していた者からの報告では、突然魔物達が血を吹き出しながら倒れていき、今回の主力であるサイクロプスも全て倒れ伏したとのことです・・・」

「まさか、王子達が?」

「分かりません。両殿下を監視していた者達からの連絡も途絶えておりまして、何が起こっているのか・・・」

要領を得ない彼の言葉に、私は眉間にシワを寄せた。

「何をやっている!!状況を理解しているのか!?この作戦に失敗すれば、お前達は学院に戻ってくる事など出来ないのだぞ!!」

「わ、分かっております!しかし、あまりにも予想外の事態でして・・・」

「魔物の全滅は、例の魔導具の副作用か?」

「・・・分かりません。巻き添えを避けるため、魔物の監視はかなり遠くからしていたということで、詳細は・・・」

「原因すら掴んでいないだとっ!?」

「ひっ!」

私の怒号に、彼は身体を萎縮させて固まった。ことここに至って、副学院長の『どんな相手でも侮るなかれ』という言葉が脳裏を過ぎった。

(作戦の手筈が順調だったことで慢心していたということか・・・咄嗟の状況の変化に、誰一人として対応できていないではないか・・・)

学院の教師達に騎士団としての経験があるといっても、長くて2年ほどだ。しかも殆どは、教師になるべく勉学に明け暮れ、実地訓練に参加する程度で、本当の実戦を経験したものなど皆無だった。

その経験の無さがここに来て仇になる。想定外の事態に全くと行っていいほど対応できず、誰もが立ち止まってしまうのだ。

「あの・・・どうしましょうか?」

不安な表情を浮かべながら指示を待っている連絡員に対し、私は思考を高速回転させる。

(一番の愚策は、ここで何もしないことだ!連絡の取れない監視員は死んだか捕られたとみなすべきだ。となれば、今回の騒動を殿下達が把握してしまった可能性がある。もはや後には引けん・・・)

一通り考えを整理し、私が出した結論は・・・

「当初の計画は破棄する!第一目標を変更し、両殿下の暗殺とする!」

「あ、暗殺ですか?」

「既に両殿下は我々の計画に気付いた可能性がある。2人を生かしておけば、我々に未来は無いぞ!!」

「っ!!りょ、了解しました!すぐに全員に通達します!」

「魔薬の使用を許可する!切り札の魔物も開放しろ!全力でもって本作戦にあたる!!」

「はっ!!」

私の命令に敬礼をとると、彼は一目散に動き出した。私も行動を開始すべく装備を確認していると、背後から声を掛けられた。

「グレイ・・・俺はあの平民を殺してくる」

「・・・分かった。そちらは任せる」

「ああ」

短い返事を残してこの場をあとにした彼は、入学試験の折、あの平民のせいで学院を懲戒免職された、私と同期だった友人だ。

「さて、私も覚悟を決めるか」

そう呟きながら私は、万が一のためにと用意した猛毒が塗布されたダガーを腰に差した。
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