騎士学院のイノベーション

黒蓮

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第二章 王女襲来

プロローグ

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 救護室の一室。俺はヴェストニア学院に駐在する3人の聖魔術の使い手の一人と対面している。

「顔合わせが遅くなって悪いな、アルバート・フィグラムだ。知っているだろうが、この学院潜入中はアル・ストラウスという名で通っている」

「初めまして、フィグラム様。私は連絡役としてこの学院に派遣されました、マリア・セルジュと申します」



診療室のようなこの部屋に来客用のテーブルなど無く、俺と連絡役のマリアは、椅子を向かい合わせて対面している。お互いに立ったままで挨拶を交わすと、彼女は仰々しいまでに深々と頭を下げてくる。

「ここでは単なる生徒だ。基本的には普通の生徒に対するのと同じように接してくれ」

「分かったわ、アル君」

俺の指示に、彼女はガラリと雰囲気を変えて接してくる。そのあまりの変わり身に速さに、こちらの方が驚いてしまうほどだった。

マリアと名乗った彼女は、俺より身長が10センチほど高く、艷やかな茶色のロングヘアをしている。保険医らしく白衣を着ているのだが、タイトなミニスカートを履いているので、座ると下着が見えそうで見えないという絶妙な状態になってしまっている。

身体は肉付きが良く、胸が暴力的なまでにデカい。タレ目でおっとりとした印象を受けるので、世の男性が放っておかないだろうという感じはする。

(まぁ、俺は興味ないがな・・・)

女性に対して俺は特に劣情を抱くことがない。相手に対して可愛いとか、綺麗だとかの感想を持つことはあっても、恋人にしたいとか結婚したいとかを考えられないのだ。

それというのも、俺の育ての親である師匠の影響が多分にあるだろう。

師匠は自他共に認める女好きで、特定の相手を持たず、常に複数の女性と交際をしていた。その為、浮気がバレた際のいざこざは数知れず、毎週のように目にしていたし、月に一度くらいは刃傷沙汰の大騒動に発展するので、幼い頃から女性というものは、嫉妬に狂うと男を刺す生きものだと思っていた。

ちなみに、師匠の実力であれば嫉妬に狂った女性の攻撃など容易く避けられるのだが、何故あえて刺されているのか聞くと、「女性からもたらされる全てをこの身で受け入れるのが、男の器量というものだ!」と、吐血しながら眩しい笑顔で諭された。

そこまでであれば、女性に対して誠実に対応していればいいと思っていたのだが、単なる職場の同僚の女性と立ち話をしていただけでも師匠が背中から刺された場面を見てから、女性と交際するということは、刺されることを常に覚悟しなければならないのかと絶望したのだった。


「さて、来週から本格的に実技も始まるからな。任務遂行を円滑にする為に、先行して赴任していたマリア先生の話を聞きたい」

「それは生徒だけでなく、教師も含むこの学院の様子ということで良いかしら?」

 要点の抜けていた俺の言葉に、彼女は具体的な内容を確認するように問いかけてきた。これは俺の悪い癖で、1から10まで説明するのを面倒くさがり、6くらいまで伝えれば分かるだろうと説明を省略してしてしまうのだ。

それによって部隊間の意思疎通に齟齬が生じ、よく副官から苦言を呈されていたが、癖というのは中々直らない。

「ああ。2年生以上の剣士と魔術師の雰囲気や、教師連中の様子も詳しく教えてくれ」

「生徒達については、プライドや立場が互いの融和を邪魔しているという印象ね」

「ん?上の学年の生徒達は、互いを認めようとしているのか?」

彼女の言葉に疑問を感じた俺は、気になった部分を指摘した。

「そうね。上級生の子達は実地演習を何度も経験しているから。互いの役割や、状況における能力の優位性の変化を肌で感じているわ。全ての場面においてどちらが優れているかという考え方自体は薄くなっているわね」

「・・・それなのに互いを見下しあっているというのはどういう事だ?」

彼女の話を聞く限り、卒業するまでには剣士と魔術師の不和は解消されそうな気がするのだが、何が問題となっているのか分からなかった。そんな俺の疑問の言葉に、彼女は艶っぽい表情を浮かべて口を開いた。

「まずこの話は、私が保険医として怪我をした生徒を、この部屋で二人っきりで治療しているという状況だからこそ胸の内を聞けたと言えるわね」

「・・・なるほど。つまりこの学院は、その考えを表に出すのははばかれる環境だということか?」

「ええ。学院全体に蔓延している空気感と言えば良いですかね。例えば剣士が魔術師を養護するような発言をすれば、たちまちその人物は剣武術コースの生徒達から爪弾きにあってしまうのよ。所謂イジメね」

「だから今まで通り相手を見下す発言をするしかないってことか・・・」

学院に蔓延る生徒達の様子や考え方は理解できた。互いを見下し合っているのは自分がイジメの標的にならないようにする処世術という面が強く出た結果なのだろう。

とはいえ、それは2年生以上に限った話だ。新入生については本当の意味で、自分の能力の方が相手よりも勝っていると思っての行動である可能性が高い。

(それなら剣武術コースの成績上位者を上手いこと使えれば、生徒の方は何とか出来るかもしれないな)

任務成功の算段を考慮しながら、もう一つの懸案事項についても確認する。

「それで、肝心の生徒を導くはずの教師連中はどんな状況なんだ?」

「正直に言って、教師が一番の問題かもしれないわね・・・」

彼女は難しい顔をしながら俺の質問に返答してきた。いったいどんな問題が潜んでいるのかと、気乗りしないながらも確認する。 
  
「つまり?」

「そもそもこの学院は王国が運営していて、毎年国から予算が下りているわ。そして、その予算を魔術コースと剣武術コースで必要金額に応じて分配するのが通常だけど・・・」

「なるほど。自分達のコースの方が優れているから、その分多く予算を配分してくれってことか?」

「ええ。ただ実際多く貰えれば、その分着服できる金額も増すってのが目的なんだけどね。その結果、教師の間の方が仲は最悪ね。しかも生徒はそんな教師達の様子を見ているものだから、余計に見下す発言をするしかないってことよ・・・」

「はぁ・・・この学院、問題だらけじゃないか。よく今まで運営できてたな」

学院の教師陣達の実態に、俺は呆れを隠すことなく表情を歪めた。そんな俺の反応に彼女も共感しているようで、ため息を吐きながら口を開いた。
 
「そんな運営だったから卒業生の質が年々落ちて、いよいよテコ入れしなければならなくなったとも言えるわね」

「ははっ!なるほどな。それで今回の任務になったってわけか」

既に数年前に学院長を変えていながら今回俺を学院に投入したということは、よほど学院改革は上手くいっていないということだろう。つまり正攻法では通じない相手に、今度は奇策を狙ったと考えて良いだろう。

(奇策ってことは、多少派手にやっても良いってことだろうな。生徒も教師もまとめて、既存の価値観をぶっ壊すような事が出来れば、少しは変化も出るか・・・)

彼女の情報を元に、今後の行動指針を考える。来月には実地演習で神樹の安全域を離れ、魔物蔓延る森の表層に入ることになる。その際には剣武術コースの生徒達と6人班を組んで行動するので、本格的に意識改革を仕掛けるならそこだろうと考えた。

「ありがとうマリア先生。参考になったよ」

顔合わせと情報収集の目的を果たした俺は、彼女に礼を告げて退出しようとしたのだが、そんな俺に彼女は待ったを掛けてきた。

「あっ、ちょっと待って」

「ん?まだ何かあったか?」

呼び止められたことに訝しげに問い返すと、彼女は椅子から立ち上がり、窓際にある机の引き出しを開け、手のひらサイズの手帳のようなものを取り出した。

「王女殿下から頼まれました。これを必ず渡すようにと」

「王女が?」

手渡されたそれは、高級感溢れるダークブラウンの精緻な木彫り細工が施された、2つ折りの姿絵入れだった。開いてみると、素肌が透き通る程薄いピンクのネグリジェを着用し、艶かしい格好で正面を向いている王女の絵が入っていた。

「王女殿下からの伝言です。『浮気厳禁!私に会えなくて寂しい時には、それでご自身を慰めて下さい』です」

「・・・・・・」

絵の中の王女は、心なしか胸やお尻が誇張されているようで、前回王城で会った時の王女とは微妙に違いがあった。とはいえ、それをそのまま指摘することは出来ず、下手な感想も述べることは出来ない。その為、俺が選んだのは沈黙だったのだが・・・

「如何ですか、アル君?王女殿下のこのような姿絵なんて、世界に一つだけですよ!?」

至って真面目な表情を浮かべ、前傾姿勢で迫る彼女の言葉に、それはそうだろうと苦笑する。王族のこんな扇情的な絵を描いて販売でもすれば、その絵師は間違いなく処刑ものだ。

とはいえ今の最大の問題は、どうやら王女はこの絵の感想を俺に求めているようだった。

「あ~、え~と・・・さすが王女だ。とても美しいよ」

無難な感想を述べる俺の言葉に、彼女は口元を緩めて悪い笑みを浮かべていた。

「では、私の方からアル君の感想を王女殿下にお伝えしておきますね!」

「ま、まて。何て伝えるつもりだ?」

「秘密です!」

彼女は人差し指を口元に当てながら、妖しい笑みを浮かべていたのだった。
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