騎士学院のイノベーション

黒蓮

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第一章 革新の始まり

学院生活の始まり 5

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「あ、あの・・・アルさん、決闘なんて言って大丈夫なのでしょうか?」

「もし負けたりなんかしたら、貴族の人に何を言われるか・・・」

 決闘を行うため、演習場へと場所を移すために移動していると、不安な表情を浮かべるロベリアとライトが聞いてきた。マーガレットとその取り巻き一向には、決闘に必要な道具を取りに行ってもらっている。

「ま、そん時はそん時だよ。全く微塵も心配は要らないけどな」

「す、凄い自信ですね」

俺の軽い態度に、ライトは目を丸くしていた。ロベリアも信じられないというような表情を浮かるも、既に引き返せない状況だということは分かっているようで、それ以上は何も言わずに着いてきていた。


 演習場に到着すると、どこから話が広がったのか、多くの生徒達が集まっていた。着ているコートの襟を見ると、『Ⅱ』や『Ⅲ』と表記された襟章を付けているので、どうやら上級生もいるようだ。

「ふっ!逃げずによく来たな」

「そりゃ俺から言い出した事だしな、逃げるわけないだろ?」

演習場の中央付近、マーガレット嬢は仁王立ちして腕を組ながら俺の事を待っていたようだ。少し離れた後方には、例の貴族連中が様子を伺っているが、そいつらは俺の方を見ながらニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていた。

俺は一緒に来ていた2人と離れ、そんな彼女に軽口を叩きながら近づいて行った。

「君は殺気の扱いについては優れているかもしれないが、魔力の操作は幼い頃から鍛練を積んでいる私の方に分があるだろう。止めるなら今の内だぞ?」

「ははは。その言葉、そっくり返そう!こんなに観客がいると、負けた時に大恥じかくことになるぞ?」

俺が余裕綽々よゆうしゃくしゃくな態度で返答すると、彼女は鋭い睨みを返してきた。ただ、周囲の目もあると考えたのだろう、大きく息を吐き出して感情を抑えると、真面目な表情を浮かべる。

「まぁいいだろう。それで、決闘なのだろう?何を賭けるというのだ?」

「そうだな・・・俺が負けたら、あんたの命令に何でも忠実に従う下僕になってやるよ」

「ほぅ。お前のような凶悪な存在の首輪を握れると言うことか。悪くはないな」

「ただ、俺が勝ったら言うことを1つだけ聞いてもらおうかな?」

「・・・なるほど、一応自分の立場は弁えているようだな。同じ条件では私との決闘が成立しないと理解しているようだ」

魔力の扱いにおいて、完全に俺を格下に考えて、見下すような視線を向けてくる彼女に、不敵な笑みを返した。

「ふっ、そりゃそうだ。勝敗の分かりきった決闘だからな」

「ほぅ」

挑発的な俺の言葉に、彼女は苛立った様子を見せるも、感情をそのまま口に出すことは無かった。


 今回俺が提案した魔力圧縮の決闘とは、騎士がよく行う訓練の一種だ。魔物の体内から採取できる魔溜石まりゅうせきという、魔力を吸収して貯める性質のものを使う。

剣士と魔術師は、どちらも魔力の操作は必須の技能だ。大きな違いは、剣士は肉体の内側に向かって魔力を操作して肉体を強化するのに対し、魔術師は肉体の外側に向かって魔力を操作して魔方陣に魔力を流す。感覚的には真逆の操作となるので、剣士が魔術を発動したり、魔術師が肉体を強化したりするのは極めて難しいと言われている。

そして、魔溜石は強制的に触れている対象の魔力を少しづつ吸い出そうとする性質があるが、闇雲に吸われるだけでは大して魔力を貯めることは出来ない。しかし、魔力を緻密に操って圧縮しながら吸わせると、かなりの量を溜め込むことができる。

ただ、魔力を無理やり込め過ぎてしまうと魔溜石自体が崩壊してしまうので、許容量を見極めるとともに、いかに早く限界量を収めることが出来るかが、魔力操作技能の高さを表すことになる。

ちなみに魔溜石は魔力が空なら透明で、白・青・赤・黒・銀・金・虹色と、魔力の込められた量に応じて色が七段階に変化する特性がある。

つまりこの決闘の勝敗は、どれだけ素早く自分の魔力を魔溜石に収めることが出来たかという、誰も怪我をする可能性のない安全なものなのだ。

「一応確認しておくが、ルールは大丈夫か?」

「問題ない。さっさと始めよう」

俺は2、3メートル程距離を開けて対峙するマーガレット嬢に対して、再度確認の意味も込めて理解状況を聞くと、ぶっきらぼうに返答されてしまった。

そして彼女が少し離れた場所にいる貴族連中の方へ視線を向けると、一人の人物が頷いて近づいてくる。その手には2つの魔溜石があり、俺と彼女に直径3センチ程の透明なそれを手渡してきた。

(おっと)

手にした瞬間、僅かにだが魔溜石にひびが入っているのが指先の感触から伝わってきた。これでは普通に魔力を注ぎ込んでも、そのまま流れ出てしまう。

(このマーガレット嬢が不正をしてでも勝ちたいと考えているということか、はたまた今回の騒動を起こした貴族連中の独断か・・・)

指先で魔溜石を転がしながら、そんな事をぼんやり考えていると、隣のマーガレット嬢が声を上げた。

「さぁ、始めるぞ!」

「了解」

その掛け声とともに、彼女は魔溜石に魔力を注ぎ始めた。すると、手のひらに持つ透明だった彼女の魔溜石が、次第に白色へとゆっくり変色していった。

(ふむ、あのペースを見るに、マーガレット嬢は中々の熟練度のようだな。口先だけの中身のない貴族と比べると、今までの努力が伝わってくるのは好感が持てる。入学試験で剣武術コースの首席になったのは伊達じゃないようだ。ただ・・・)

彼女の様子を見ながら内心で感心していたが、所詮は学生レベルでの優秀という評価だ。実際に騎士として現場で経験を積んだ者と比べれば、その緻密さも速度も拙い。

(んじゃ、終わらせるか)

もう彼女について見るべきものは無いと判断した俺は、手にしていた魔溜石を持ち上げて、ひびの部分を数秒観察し、どのようにして魔力を練り込もうか算段をつけた後、一気に魔力を込めた。時間にして5秒ほどだろうか、透明だった魔溜石は瞬時に虹色に輝いていた。

「終わったぞ~」

「何をバカ・・・なっ!」

魔力圧縮の終わった魔溜石を手のひらの上に置いて見せると、俺の言葉に懐疑的な返答をした彼女がチラリと視線を向けてきた。そして虹色に輝く魔溜石をその目にすると、目を見開いて絶句していた。ちなみに彼女の魔溜石は、ようやく青色になってきていたところだった。

『おいおいマジかよ。ありえないだろ?』

『あの子って平民なのよね?何であんなに魔力操作が上手いのよ?』

『いや、上手いって次元じゃなかったろ!一瞬で虹色の限界量まで込めてたぞ!』

俺と彼女の決闘を見ていた観客達から、信じられないといった言葉がそこかしこから聞こえてきた。騒然とした状況になってきたが、俺が一瞬で限界量まで魔力を込めたことに一番驚いていたのは、近くで見ていたくだんの貴族連中だった。

「あ、ありえない!インチキだ!!」

「そうよ!マーガレット様より早く魔力を込められるなんてありえない!!」

「しかも魔溜石に魔力を貯めることが出来るなんて、元々持っていた魔溜石とすり替えたな!!」

ギャーギャー騒ぎ立ててくる貴族連中に対して、俺は内心ほくそ笑む。彼らは余程焦っているのか、自分達が俺の魔溜石に細工していることを示すような発言をしているのだ。

そんな彼らに対し、俺は手にしている魔溜石を差し出しながら、薄っすらと笑みを浮べて口を開いた。

「そんなに疑うなら調べてみるか?この魔溜石は間違いなくお前達が用意したのもだと分かるはずだぞ?」

「な、なんだと!」

俺の言葉に騒いでいた貴族の少年の一人がツカツカと歩みより、魔溜石を乱暴に奪い取るようにしてしげしげと確認していた。

「なっ!バカなっ!ヒビが入ってる!!いったいどうやって!」

魔溜石を確認した少年は、目を見開きながら叫んでいた。

「お、おい、ヒビが入っているとはどういう事だ?それにその言い方だと、まるで彼に意図的にヒビの入った魔溜石を渡したようではないか!」

驚く彼の言葉に、彼女もまた驚きの表情を浮かべていた。その様子から、どうやらこの小細工に彼女は関わっていないようだ。

「あ、いや、それは・・・」

「私は心配無用だと言ったはずだ!それに、これでは不正をしたのはこちら側ではないか!」

責め立てるような彼女の迫力に、彼は目を合わせられないようで、あたふたとしながら一緒にいた貴族連中の方を見た。

「そ、その・・・お、おい!お前らからも何とか言ってくれよ!」

「バ、バカっ!こっちに振るなよ!!」

助けを求めようとする彼の言葉に、一緒に騒いでいた連中は一斉に顔を逸らした。

「もしや、先程彼が言っていたように、君達が平民を虐めていたというのは本当の事なのか?」

「ま、まさか、そのような事は・・・平民の戯れ言ですよ!自分の所業を隠すために、別の事に目を向けさせているだけで・・・そ、それに・・・」

孤立無援状態になってしまった彼は、マーガレット嬢に詰められると、盛大に目を泳がせながら何とか助かる道を探そうと必死に言い訳を並べ立てていた。

「しかし、先程の発言・・・彼に渡した魔溜石にヒビが入っていることを、君は最初から知っていた。神聖な決闘を君は汚したというのか!!」

「あ、う、そ、それは・・・」

騎士にとって決闘というものは、彼女の言う通り神聖なものだ。互いの主義主張がぶつかったときの解決手段として用いられるが、それぞれの信念を賭けているという事もあり、不正な手段で勝とうとすれば、その人物は騎士失格の外道としての謗りを受けることになる。

それを理解しているからか、彼女に責められている少年は焦った表情で顔色を青くし、ふと俺と目が合った。

「く、お前が、お前さえ居なければこんな事に!!」

検討違いな怒りを向けてくる少年に対して、俺は冷めた目を向けていた。

「何だよその目は!平民の癖に貴族である僕をバカにするのか!!」

癇癪を起こしたような言動をする少年は、怒りと焦燥で周りが見えていないのか、手にしていた魔溜石をどこかに投げ捨てると、懐からナイフを取り出した。

(若さゆえの暴走ってやつか?とはいえ、それ以上は冗談ではすまないけどな)

呆れる俺は、ナイフを構える少年にため息を吐いた。
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