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第21話 イアンの提言
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「急激に成長しすぎた国は必ず内政に綻びが出ます。ノアの国もまた然り。アークロイは新領主になって早々1年も経たずにその領土を3倍以上に広げています。戦争にかけた経費、戦功者に対する褒賞、荒れ果てた農地。一見華やかに見える成果の裏に隠れて、その内情は惨憺たるものでしょう」
「つまり何が言いたいのじゃ」
「イアン。もったいぶった言い方をするな。さっさと結論を言え!」
「やれやれ。仕方がありませんね。では、分かりやすく言いましょう。ノアのここまでの快進撃、これを支えているのはいったい誰か」
大公はハッとする。
「オフィーリアか」
「そう。今頃、ノアはオフィーリアの処遇を巡って頭を悩ませている頃です。オフィーリアに手柄を与えすぎた。かといって、領土を与えすぎれば、反乱されるおそれがある。2人の仲は相当ギクシャクしているはずです」
「ふむ。そうなれば、オフィーリアを引き抜いてこちら側につけることもできるかもしれんの」
大公の言葉にアルベルトはハッとする。
オフィーリアを自分の軍に引き抜く。
それができればどれだけいいだろう。
そして思い描かずにはいられなかった。
自分の幕僚に加わり、テキパキと指示を出す彼女の姿を。
彼女がノアの重臣となった今となってはどうしてそうしなかったのか不思議なほどである。
「まさしくそれが上策です、父上。ましてやあの娘、オフィーリアは召使いの出。大公の権威と莫大な褒賞を振りかざせばあっさりと我々の側につくことになるでしょう」
「父上、今すぐにでもそうしましょう」
アルベルトが乗り出す。
「慌てるでない。今しがたイアンが言ったばかりじゃろうが。2人の仲が崩れ始めるのは、これからじゃ。それまではしばらく泳がせておくのがよいじゃろう」
アルベルトは不満げに腕を組んで黙り込む。
アルベルトとしては今すぐ彼女を自軍に組み入れて、筆頭の将校として重用してやりたい気分だった。
(ただ、そうじゃな。やがて来るであろうオフィーリアの離反に備えて、今のうちに繋がりをつくっておく必要があるか)
大公はそう考えて、誰にこの任務をやらせるかを考えた。
アルベルトでは正直すぎてこのような微妙な交渉は荷が重いかもしれない。
となれば、次男イアンか3男ルドルフに任せるべきか。
「よし。アルベルト、イアン。この件はひとまずワシが預かっておく。決して口外するでないぞ。騎士ヴァーノン、お主にも後で指示を出す。ひとまずご苦労だったな」
騎士ヴァーノンは複雑な気分だった。
というのもイアンと大公の考えはあまりにも楽観的すぎるように思えたからだ。
まずそもそもオフィーリアは召使いの出ではない。
彼女の両親は立派な騎士階級だ。
それを大公は彼女が未成年なのをいいことに彼女の身分を平民に落として、土地を取り上げ、召使いにしたのだ。
いくら法に則った手続きとはいえ、この世間知らずな娘を騙すようなやり口はどうなのかと、当時から騎士階級の間でも物議を醸していた。
大公の聞こえないところでは、みんなして陰口を囁き合ったものだ。
しかも、大公はそれでも騎士となって大公領のために貢献したいという彼女の純粋な想いを無下にした。
つまり、オフィーリアは大公の権威に服するどころか恨みに思っている可能性すらある。
彼女がノアのことを甲斐甲斐しく世話したのは、ひとえにノアの母親への好意と恩義、そして彼女のひとかたならぬ忠誠心のためである。
そのノアの母親についても大公は最終的に冷遇している。
また、ノアとオフィーリアの間で恩賞をめぐるいざこざが起こるというのもどうだろう。
騎士ヴァーノンが見る限り、今の所、2人の間でそのような兆候は見られない。
それどころか、オフィーリアは率先して謙虚な態度をとり、領主に対して過度な褒賞を求めないようにしている。
部下達の過剰な要求を戒めたという話さえ聞こえてくるほどだ。
また、大公と兄弟達はノア領の雰囲気を過小評価している。
騎士ヴァーノンは仕事柄様々な外国の土地に赴き、その国々の空気を感じ取るのだが、アークロイ領の活気に溢れている様は身も浮き立つようだった。
良くも悪くもノアが台風の目となって、戦国乱世の風雲を呼び起こし、身分の上下を問わず、日々お祭り騒ぎのような活況を呈している。
イアンは今頃、アークロイ領の農地は荒れ果てているはずだと言っていたが、騎士ヴァーノンが見る限りそのような形跡は一切見られない。
むしろ、大公領に帰ってきた時のこの鬱然とした重苦しい空気はどうだろう。
人々は終わりの見えない停滞に暗い顔をしている。
よって、彼には当分の間、ノアの領地が政情不安や相次ぐ戦争への疲れによって荒れるとは到底思えなかった。
そして何よりもノアとオフィーリア、あの2人の間には、何か余人には計れぬ硬い絆があるように思えて仕方がなかった。
オフィーリアはノアに対して決して揺るがぬ忠誠心を持っているし、ノアはオフィーリアを育てることに未成年だった頃の時間のほぼすべてをかけていた。
ノアはまるで彼女が大将軍になることを予想して、しかも決して裏切らないという確信を持っているかのようだった。
実際、オフィーリアのノアに対する忠誠は狂気と紙一重のものを感じる。
だが、この分では大公はまた見当外れな外交をヴァーノンに命じることになるだろう。
彼はまた場違いな用件を携えてアークロイ領へと赴き、恥をかくことを考えると憂鬱な気分にならずにはいられなかった。
とはいえ宮仕えの身としてはそうせざるを得ない。
「つまり何が言いたいのじゃ」
「イアン。もったいぶった言い方をするな。さっさと結論を言え!」
「やれやれ。仕方がありませんね。では、分かりやすく言いましょう。ノアのここまでの快進撃、これを支えているのはいったい誰か」
大公はハッとする。
「オフィーリアか」
「そう。今頃、ノアはオフィーリアの処遇を巡って頭を悩ませている頃です。オフィーリアに手柄を与えすぎた。かといって、領土を与えすぎれば、反乱されるおそれがある。2人の仲は相当ギクシャクしているはずです」
「ふむ。そうなれば、オフィーリアを引き抜いてこちら側につけることもできるかもしれんの」
大公の言葉にアルベルトはハッとする。
オフィーリアを自分の軍に引き抜く。
それができればどれだけいいだろう。
そして思い描かずにはいられなかった。
自分の幕僚に加わり、テキパキと指示を出す彼女の姿を。
彼女がノアの重臣となった今となってはどうしてそうしなかったのか不思議なほどである。
「まさしくそれが上策です、父上。ましてやあの娘、オフィーリアは召使いの出。大公の権威と莫大な褒賞を振りかざせばあっさりと我々の側につくことになるでしょう」
「父上、今すぐにでもそうしましょう」
アルベルトが乗り出す。
「慌てるでない。今しがたイアンが言ったばかりじゃろうが。2人の仲が崩れ始めるのは、これからじゃ。それまではしばらく泳がせておくのがよいじゃろう」
アルベルトは不満げに腕を組んで黙り込む。
アルベルトとしては今すぐ彼女を自軍に組み入れて、筆頭の将校として重用してやりたい気分だった。
(ただ、そうじゃな。やがて来るであろうオフィーリアの離反に備えて、今のうちに繋がりをつくっておく必要があるか)
大公はそう考えて、誰にこの任務をやらせるかを考えた。
アルベルトでは正直すぎてこのような微妙な交渉は荷が重いかもしれない。
となれば、次男イアンか3男ルドルフに任せるべきか。
「よし。アルベルト、イアン。この件はひとまずワシが預かっておく。決して口外するでないぞ。騎士ヴァーノン、お主にも後で指示を出す。ひとまずご苦労だったな」
騎士ヴァーノンは複雑な気分だった。
というのもイアンと大公の考えはあまりにも楽観的すぎるように思えたからだ。
まずそもそもオフィーリアは召使いの出ではない。
彼女の両親は立派な騎士階級だ。
それを大公は彼女が未成年なのをいいことに彼女の身分を平民に落として、土地を取り上げ、召使いにしたのだ。
いくら法に則った手続きとはいえ、この世間知らずな娘を騙すようなやり口はどうなのかと、当時から騎士階級の間でも物議を醸していた。
大公の聞こえないところでは、みんなして陰口を囁き合ったものだ。
しかも、大公はそれでも騎士となって大公領のために貢献したいという彼女の純粋な想いを無下にした。
つまり、オフィーリアは大公の権威に服するどころか恨みに思っている可能性すらある。
彼女がノアのことを甲斐甲斐しく世話したのは、ひとえにノアの母親への好意と恩義、そして彼女のひとかたならぬ忠誠心のためである。
そのノアの母親についても大公は最終的に冷遇している。
また、ノアとオフィーリアの間で恩賞をめぐるいざこざが起こるというのもどうだろう。
騎士ヴァーノンが見る限り、今の所、2人の間でそのような兆候は見られない。
それどころか、オフィーリアは率先して謙虚な態度をとり、領主に対して過度な褒賞を求めないようにしている。
部下達の過剰な要求を戒めたという話さえ聞こえてくるほどだ。
また、大公と兄弟達はノア領の雰囲気を過小評価している。
騎士ヴァーノンは仕事柄様々な外国の土地に赴き、その国々の空気を感じ取るのだが、アークロイ領の活気に溢れている様は身も浮き立つようだった。
良くも悪くもノアが台風の目となって、戦国乱世の風雲を呼び起こし、身分の上下を問わず、日々お祭り騒ぎのような活況を呈している。
イアンは今頃、アークロイ領の農地は荒れ果てているはずだと言っていたが、騎士ヴァーノンが見る限りそのような形跡は一切見られない。
むしろ、大公領に帰ってきた時のこの鬱然とした重苦しい空気はどうだろう。
人々は終わりの見えない停滞に暗い顔をしている。
よって、彼には当分の間、ノアの領地が政情不安や相次ぐ戦争への疲れによって荒れるとは到底思えなかった。
そして何よりもノアとオフィーリア、あの2人の間には、何か余人には計れぬ硬い絆があるように思えて仕方がなかった。
オフィーリアはノアに対して決して揺るがぬ忠誠心を持っているし、ノアはオフィーリアを育てることに未成年だった頃の時間のほぼすべてをかけていた。
ノアはまるで彼女が大将軍になることを予想して、しかも決して裏切らないという確信を持っているかのようだった。
実際、オフィーリアのノアに対する忠誠は狂気と紙一重のものを感じる。
だが、この分では大公はまた見当外れな外交をヴァーノンに命じることになるだろう。
彼はまた場違いな用件を携えてアークロイ領へと赴き、恥をかくことを考えると憂鬱な気分にならずにはいられなかった。
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