侍女の恋日記

桜 詩

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エセルの章

傷ついた王子

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 エミリア・エヴァンス18才。
イングレス王国のアルベルト王子つきの侍女をしている。

王子様は16才で近頃成長期を迎えた彼は、少年を脱して、青年期にさしかかっていた。
アルベルトはいま、とても機嫌が悪い。
「ついにエセル様、逃げちゃいましたね!」
アルベルトの乳兄弟である、17才のエリオット。かるーい口調で、ぐさりと刺すように言ってしまう。
エミリアは内心ヒヤヒヤしている。

年嵩の侍女である、ナターシャもエリオットの言葉に顔があおざめている。
「……」
ギラリと音が出そうな勢いで、無言で睨み付けるアルベルト。
その凍りつきそうな視線に、エミリアは本当に!本当に!恐れをなしている。
一年間、北の砦で兵士として、過ごしてきたアルベルトは、人をすくみあげさせる視線を身につけて帰ってきていた。

せっかく8ヶ月ぶり帰ってきて、ようやく心置きなく恋人と会えるという所に、馬鹿な貴族たちの起こした事件により、ショックを受けたアルベルトの恋人 エセルは領地に逃げ帰ってしまった。という本当に冗談抜きで不幸なアルベルト。
その新しいキズを気軽にえぐる容赦ないエリオットだった。

「おや、無言ですか。これはこれは重症ですねぇ」
エリオットはやれやれと肩をすくめると、ぽいっとお菓子を口に放り込む。
「これも無駄になりましたしねぇ」
エセルはお菓子が大好きで、とても幸せそうに食べる少女だった。アルベルトはエセルのために買ってきていたのだろう。
「で、どうなさいます?失恋にはやっぱり新たな恋人ですかね!」
「うるさい、エリオット」
アルベルトは一言いうなり、部屋を出ていってしまった。

ぴりぴりした、アルベルトが出ていくことで、部屋の緊張は一瞬にしてほどけて、、ホッと息をだす。
エリオットはちらりと出口と、それからエミリアに目を移すと
「今回ばかりは、ね。私はちょっとエセル様を責めたいんですよ」
エミリアが、はっとエリオットを見た。

「わかりますよ?エセル様の考えた事なんて。ただね、もうちょっと頑張って踏ん張って頂きたかったです」

エリオットはため息をついた 
「すべて、エセル様の為に頑張ってこられてましたから」
ぞんざいな口を聞いても、アルベルトを敬愛しているエリオットは、アルベルトの出ていった扉を痛ましく眺めていた。

「エセルは、本当に普通の女の子でしたから、私たちまで巻き込んでしまったことが、耐えられなかったのですわ、エリオット様」
「殿下も馬鹿な連中がしでかしそうな事は計算内で、ちゃんとエセル様を守るために騎士団や、侍従たちにも根回しされてました。ですから余計と不憫なのです」 
エミリアはうなずいた。
「元の、二人には戻れないんでしょうか…」 
エミリアは誰にも答えられない問いをポツリとこぼした。

「このまま、時が過ぎて、忘れられるならまだお若い二人ですし、それも経験でいいかと思いますけど。簡単にはいかないでしょうね…」
正直、エミリアにはエセルには平凡な相手の方が似合うと思う。だけど、出会いから知っているエミリアは、なんというか、運命的なものが二人にはあるような気がしていて、エセルとアルベルトが上手くいくように願わずにはいられない。

「私は、エセルには少し時間が必要なのだと思います。エセルが殿下を想う気持ちには何も変わっていないと思えるのです。ただ、今回の事で怖くなってしまった、のだと思います」
エリオットはエミリアの、言葉にうなずいた。

「エミリアも薄々知っていたかと思いますけど、今回北の砦で一年間頑張れば、婚約を取りまとめると陛下とお約束されていたのですよ」
エミリアはエリオットをみて、そっと分かっていたと頷いてみせた。
「なのに、どうしてこうなりましたかね…」

季節は夏がおわり、から風のふく秋がやって来る。
エセルとアルベルトにも厳しい時がやって来てしまったのだ。

アルベルトはほとんど誰ともしゃべる事もなく、ふらりと王宮の外に出ては、馬を走らせて、疲れきって帰ってきては、寝る。という生活で、アルベルトの周囲は以前は彼のいたずらや、奔放さに振り回されていたものの、活気に満ち溢れていた。今やシンと静まり返り、荒れた主を遠巻きに見ているしかなかった。
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