真夜中は秘密の香り

桜 詩

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黎明の章

エピローグ

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 †1年後 †

 ウィンスティア、シェリーズ城

少しずつ手入れが行き届くようになった、ノットガーデンはその模様が美しくて、レナの格好の遊び場になっていて、ガーデンのグリーングラスの上に敷物を敷いたグレイシアは、丸々とした銀髪の赤ん坊を腕に抱いてあやしていた。

訪ねてきていたレオノーラとそこに座り、レナとヴィクター、それにケアリーの姿が見えなくても楽しそうに遊んではしゃいだ声が聞こえる、その側で寛いでいた。

「古いけど、素敵な城だね。管理は大変そうだけど」
「そうなの。お陰でまだまだあかずの間がたくさんあって。なかなか王都には行けないから、訪ねてきてくれてうれしいわ」

春はすぎて、王都の社交シーズンは始まっている。それなのに、こうして尋ねて来てくれた事が本当に嬉しかった。

「思い立ったら、すぐに行動したいんだ」
「レオノーラ様らしいわ」

「それに、ヴィクターがレナと会いたいとうるさくて。来年からはそれほど遊べなくなるからね」
9月からスクールに通い出す年齢になっているヴィクターは、そろそろ遊んでばかりもいられないということだ。

そうなると、レナはしおれそうだと予想できる。
「いっそジョルダンに頼んで、婚約でもさせてしまうか?」
「ええっ?」

それはいくらなんでも早すぎる気がしてしまう。
「よし、本人に聞いてみよう。正式なものじゃないから遊びの延長だよ」
レオノーラがいたずらめいた口調で言った。

「ヴィクター!」

レオノーラが、張りのある声を出せば、瞬く間にヴィクターが『はーい』と声をあげて走って戻ってくる。

そうすると、手を繋いだままのレナもついてきた。

「ヴィクター、お前大人になったらレナと結婚する?」
「うん。そうするよ!」
「よし、じゃあ今日にでもジョルダンにお願いしないとな。レナはいいかな?」
「もちろん!うれしい!ヴィクター」

ヴィクターはそう言って笑顔を向けたレナの頬に軽くキスをしてる。

「………我が子とは思えないくらいの、積極性だ」
レオノーラが面白そうに緑の瞳を細めて見ている。

「おかあさま!おとうさまはいいっていうかしら?」
「たぶん、きっと。お父様はレナに優しいもの」

きゅっと、首に抱きついたレナは、グレイシアの着けていたネックレスを引っ張った。そのペンダントトップは服の中にあったので、その先が何がついているのか気になったようだった。
「このカギはどこのなの?」
「これは………」

すでに、お守りのようになっていたその金色の小さな鍵は普段は意識しないほどの存在だった。

「使わない方がいい、鍵なの」
「ふぅ~ん、ちっちゃくてキレイ」
「そう?」

レナはその鍵から手を放すと、ちょうど腕にいたレオナルドはアイスブルーのつぶらな瞳でそれを捉えて、小さな指がしっかりと握りこむ。

「あ、レオ、引っ張ると痛いのよ」

指を開かせようとするけれど、赤ん坊ながら力は強くてぷつっと肌を擦って細いネックレスの鎖は切れてしまった。
「あっ………」

「あっ!レオったら。はなしなさい、おかあさまのカギよ」
必死で取り返そうとするレナがレオナルドの指を両手で包むと、嫌がってレナの手を払いのけたようになったその瞬間、光の放物線を描いてどこかへ消えていった。

「「「あっ………」」」

いくつもの声が重なった。

それから、みんなで辺り周辺を探したけれど、小さな鍵は見つからず本格的に泣き出したレオナルドをつれて城に戻るのに、中断せざるを得なかった。

「おかあさま、ごめんね。レナがさわったから」
「いいの。もしかするとお父様がもう一つ持っているかも知れないから」

そう言うとレナはホッとしたように顔を綻ばせた。


 キースと共に遠乗りをして帰って来たジョルダンに、経緯を話してみれば

「………――――というわけなの、もう一つ鍵はある?」
その話を聞いたジョルダンは、何とも言えない顔をしている。

「いや………あれは、一つだけだよ」

「やだ………どうしよう」

困った様子のグレイシアを見ていたジョルダンは、少しずつ笑いが込み上げてきたようで、最後には珍しく肩を震わせて笑いだす。
「無くなったら、しょうがないね」

クスクスと笑っている横で、グレイシアは少し悩んだ。

「まだ、あれ・・がいる?」

あれ………それはカンタレッラ………
もしもの時の、グレイシアのお守り。
約束をした時よりも変わったこと………。
(成長したレナと、それから新たに増えた宝物のレオ)
今はとても、幸せで『もしも』を考えたくない。この時が飽きるほど続いてくれる事を祈ってる。でも……。
目の前の、愛する人を見つめかえした。

「わからない、その時じゃないもの」
その答えに、ジョルダンはようやく笑いを納めると、ドレス襟元から見えている首に指を伸ばした。

「……ああ、ここが傷になってるね」

ネックレスを着けていた首には軽い擦過傷が出来ていた。

「……鍵が見つからないとすれば、それは神の思し召しだということじゃないか?」
そう言われて、ジョルダンが望んで鍵を渡したのではないと改めて思い知らされて、グレイシアは肩を少し竦めた。

――『もしも』を考えたくない。
それが答えな気もしてくる。その時が来ないことを祈る……その事が。

ジョルダンは、グレイシアの腕に抱かれていたレオナルドに手を差しのべて抱き上げる。

「レオ、お父様の大切なお母様に怪我をさせたのはいけないが………」
そして、そっとレオナルドの小さな耳元で何かを囁いた。

「なんて言ったの?」

「男同士の秘密」

ジョルダンがレオナルドに囁いた秘密の言葉は―――――

『よくやった!』

シェリーズ城には咲き始めた、ローズガーデンの薔薇の香りが風にのって漂うようになっていた。そうして甦りつつある城のそんな息づくグリーンの中に、小さな鍵なんて永遠に失われて良い。

彼女についた嘘という秘密と共に。

明ける朝の前に消える闇のように………。


――完――
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