真夜中は秘密の香り

桜 詩

文字の大きさ
上 下
31 / 52
彼は誰時の章

流れた血 [Jordan]

しおりを挟む
 数年ぶりの王宮主催の狩猟祭には、王都にいるほとんどの貴族たちが参加するという盛況ぶりで、ジョルダンもまた馬に乗り弓矢を手にしていた。それほど狩りを好むわけではないが、貴族のスポーツのひとつでもあり、好き嫌いというものではないのだ。

この日の獲物は森に増えすぎたキツネで、キツネは賢くすばしこい、仕留めづらい。しかし、犬の嗅覚は鋭く探し当て人を助けてくれる。

ジョルダンの組は、アルベルト王子、キース、レオノーラ、それにエドワードとシャーロットだった。

「適当に仕留めて帰ろう」
やる気の無さげな事を言うのはアルベルトである。彼は、軍総帥という立場であり、その上名ばかりでない実力を兼ね備え、決して腑抜けという訳ではないが、スポーツでの狩りという行為が好きではないらしい。

「殿下……」
この組合わせになると、自然とジョルダンがアルベルトと並んでしまうことになり、ジョルダンはため息をついた。
「お前ね、嫌そうにため息をつくんじゃない」
アルベルトは笑いながら、ジョルダンを見た。
「………私はあなたを敬ってはいますが、はっきり言って嫌いです」
「ハッキリと言うねぇ……俺は君が好きだけど」
「駒としては、便利でしょうからね」
ジョルダンは淡々と言った。
「ああ、そういえば褒美がまだだったか、4年分の働きの」
国外の4年。それは、ジョルダンにとっては生易しい事ではない。国同士に何かあれば真っ先に死がやって来る、そしてそれはイングレスにおいて、それなりの地位にあるものでないと務まらない、いわゆる人質のような意味合いもあるのだから。

「4年どころではありませんが?」
そもそも、外交官として赴任する以前からアルベルトとは関わりがあり、そのいずれもがジョルダンを悩ませていた。

「まぁ、そうだったかなぁ」
「だから、そういうところが、嫌いだと」

アルベルトは、ジョルダンの答えに獰猛な獣のような笑みを浮かべた。とても、危険な……。ジョルダンは、背筋がヒヤリとさせられて逃げたくなるのを必死に堪える。

(だから、イヤなんだ)

「あなたが次期王でなくて良かったと思いますよ」
「俺もそう思う。俺が王なら、退屈しのぎに国を滅ぼしたかも知れないな」
くくくっと笑うアルベルトは、真実そうしてしまいそうな雰囲気さえある。だが、今の彼は少なくとも王子としてその立場をそつなくこなしている。産まれた順番で次の王位は決まっているが、アルベルトが次男として産まれて来たことを心から良かったとそう思う。

「そうならなくて、良かったですね」
「その通りだ。俺だって、人並みにこの国を愛してるから。何といっても、エセルがいるから」
「……妃殿下と出逢われたことを心底お祝いします」
アルベルトは、エセル妃を周りが照れるほど溺愛している。

「お前もな。とっとと男らしくプロポーズしてしまえ」
その言葉に当然ながらグレイシアと自分の関係を知っているのだと解る。
「……しませんよ」

「なかなか、有効だけど?一緒にいるためなら」
「貴方のもとで働いているうちは、とてもそんな気になりませんね」
「ふん、言い訳ばかりしやがって若造が。屁理屈こねるんじゃない」
「私も、彼女も望んでいない」
「やれやれ、嘘ばかりつかせていたら本音がわからなくなってきたんじゃないか?」
そんな事を告げてくるアルベルトに不敬とはいえ、答えずにちょうど吠えたてる声を聞き付けて、ジョルダンは話題を濁した。

「犬が、獲物を見つけたようですよ」
「へいへい、じゃあ走らせようか~」

気だるげな声と裏腹に、機敏に馬首を巡らせて犬の声を追う。
その犬を追って何組か、馬の蹄の音がしていた。

そして、突然弓弦の音がして………空気を切り裂いたかと思えば、

―――――――ジョルダンの身体を激痛が襲った。

「ジョルダン!!」
アルベルトの声が響き、
「ジョルダン!大丈夫か!?」
キースの声が後ろから迫ってきた。
熱を伴う痛みがが襲った後の右肩を押さえると、ぐらりと身体が傾いで地面へと………叩きつけられた。

「誰が放った!」
アルベルトの咆哮に似た声がビリビリと空気を震わせ響き渡り辺りが騒然となる。

「………血だ」
右肩を押さえた左手を見れば、ぐっしょりとぬらぬらとした鮮血で濡れている。
(射られたのか………俺は……)
キースとエドワードが駆け寄りジョルダンの傷の具合をみて、止血を試みている。
「先に走って医師に知らせてくる!」
レオノーラの声がして、
「頼む」
キースが短く叫んだ。
「シャーロットはジョルダンの馬を」
エドワードの声に、シャーロットが答えて心配そうに主人をみながら蹄をならす馬を見た。
「わかったわ」
視界に入るその青ざめたそのシャーロットの表情に、自分の状態が悪いのかと自覚する。

「馬に乗せた方が早いな」
キースが言い、キースとエドワードの二人で体格の良いキースの黒毛の馬に担ぎ上げられた。
「揺れて痛むだろうが、我慢しろ」
わかった、と返事をしたつもりだが、声は出ない。

出血の為か、意識が遠い……。
がんがんと耳なりとそして熱いほどの激痛が襲い掛かり、脂汗が浮く。

(………グレイシア……)

自分が死んだら彼女が傷つく……。
遠ざかる意識で、ジョルダンはそう思った。

ようやく近頃は穏やかな笑顔が、見られるようになったというのに……。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

どうして隣の家で僕の妻が喘いでいるんですか?

ヘロディア
恋愛
壁が薄いマンションに住んでいる主人公と妻。彼らは新婚で、ヤりたいこともできない状態にあった。 しかし、隣の家から喘ぎ声が聞こえてきて、自分たちが我慢せずともよいのではと思い始め、実行に移そうとする。 しかし、何故か隣の家からは妻の喘ぎ声が聞こえてきて…

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

処理中です...