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彼は誰時の章
流れた血 [Jordan]
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数年ぶりの王宮主催の狩猟祭には、王都にいるほとんどの貴族たちが参加するという盛況ぶりで、ジョルダンもまた馬に乗り弓矢を手にしていた。それほど狩りを好むわけではないが、貴族のスポーツのひとつでもあり、好き嫌いというものではないのだ。
この日の獲物は森に増えすぎたキツネで、キツネは賢くすばしこい、仕留めづらい。しかし、犬の嗅覚は鋭く探し当て人を助けてくれる。
ジョルダンの組は、アルベルト王子、キース、レオノーラ、それにエドワードとシャーロットだった。
「適当に仕留めて帰ろう」
やる気の無さげな事を言うのはアルベルトである。彼は、軍総帥という立場であり、その上名ばかりでない実力を兼ね備え、決して腑抜けという訳ではないが、スポーツでの狩りという行為が好きではないらしい。
「殿下……」
この組合わせになると、自然とジョルダンがアルベルトと並んでしまうことになり、ジョルダンはため息をついた。
「お前ね、嫌そうにため息をつくんじゃない」
アルベルトは笑いながら、ジョルダンを見た。
「………私はあなたを敬ってはいますが、はっきり言って嫌いです」
「ハッキリと言うねぇ……俺は君が好きだけど」
「駒としては、便利でしょうからね」
ジョルダンは淡々と言った。
「ああ、そういえば褒美がまだだったか、4年分の働きの」
国外の4年。それは、ジョルダンにとっては生易しい事ではない。国同士に何かあれば真っ先に死がやって来る、そしてそれはイングレスにおいて、それなりの地位にあるものでないと務まらない、いわゆる人質のような意味合いもあるのだから。
「4年どころではありませんが?」
そもそも、外交官として赴任する以前からアルベルトとは関わりがあり、そのいずれもがジョルダンを悩ませていた。
「まぁ、そうだったかなぁ」
「だから、そういうところが、嫌いだと」
アルベルトは、ジョルダンの答えに獰猛な獣のような笑みを浮かべた。とても、危険な……。ジョルダンは、背筋がヒヤリとさせられて逃げたくなるのを必死に堪える。
(だから、イヤなんだ)
「あなたが次期王でなくて良かったと思いますよ」
「俺もそう思う。俺が王なら、退屈しのぎに国を滅ぼしたかも知れないな」
くくくっと笑うアルベルトは、真実そうしてしまいそうな雰囲気さえある。だが、今の彼は少なくとも王子としてその立場をそつなくこなしている。産まれた順番で次の王位は決まっているが、アルベルトが次男として産まれて来たことを心から良かったとそう思う。
「そうならなくて、良かったですね」
「その通りだ。俺だって、人並みにこの国を愛してるから。何といっても、エセルがいるから」
「……妃殿下と出逢われたことを心底お祝いします」
アルベルトは、エセル妃を周りが照れるほど溺愛している。
「お前もな。とっとと男らしくプロポーズしてしまえ」
その言葉に当然ながらグレイシアと自分の関係を知っているのだと解る。
「……しませんよ」
「なかなか、有効だけど?一緒にいるためなら」
「貴方のもとで働いているうちは、とてもそんな気になりませんね」
「ふん、言い訳ばかりしやがって若造が。屁理屈こねるんじゃない」
「私も、彼女も望んでいない」
「やれやれ、嘘ばかりつかせていたら本音がわからなくなってきたんじゃないか?」
そんな事を告げてくるアルベルトに不敬とはいえ、答えずにちょうど吠えたてる声を聞き付けて、ジョルダンは話題を濁した。
「犬が、獲物を見つけたようですよ」
「へいへい、じゃあ走らせようか~」
気だるげな声と裏腹に、機敏に馬首を巡らせて犬の声を追う。
その犬を追って何組か、馬の蹄の音がしていた。
そして、突然弓弦の音がして………空気を切り裂いたかと思えば、
―――――――ジョルダンの身体を激痛が襲った。
「ジョルダン!!」
アルベルトの声が響き、
「ジョルダン!大丈夫か!?」
キースの声が後ろから迫ってきた。
熱を伴う痛みがが襲った後の右肩を押さえると、ぐらりと身体が傾いで地面へと………叩きつけられた。
「誰が放った!」
アルベルトの咆哮に似た声がビリビリと空気を震わせ響き渡り辺りが騒然となる。
「………血だ」
右肩を押さえた左手を見れば、ぐっしょりとぬらぬらとした鮮血で濡れている。
(射られたのか………俺は……)
キースとエドワードが駆け寄りジョルダンの傷の具合をみて、止血を試みている。
「先に走って医師に知らせてくる!」
レオノーラの声がして、
「頼む」
キースが短く叫んだ。
「シャーロットはジョルダンの馬を」
エドワードの声に、シャーロットが答えて心配そうに主人をみながら蹄をならす馬を見た。
「わかったわ」
視界に入るその青ざめたそのシャーロットの表情に、自分の状態が悪いのかと自覚する。
「馬に乗せた方が早いな」
キースが言い、キースとエドワードの二人で体格の良いキースの黒毛の馬に担ぎ上げられた。
「揺れて痛むだろうが、我慢しろ」
わかった、と返事をしたつもりだが、声は出ない。
出血の為か、意識が遠い……。
がんがんと耳なりとそして熱いほどの激痛が襲い掛かり、脂汗が浮く。
(………グレイシア……)
自分が死んだら彼女が傷つく……。
遠ざかる意識で、ジョルダンはそう思った。
ようやく近頃は穏やかな笑顔が、見られるようになったというのに……。
この日の獲物は森に増えすぎたキツネで、キツネは賢くすばしこい、仕留めづらい。しかし、犬の嗅覚は鋭く探し当て人を助けてくれる。
ジョルダンの組は、アルベルト王子、キース、レオノーラ、それにエドワードとシャーロットだった。
「適当に仕留めて帰ろう」
やる気の無さげな事を言うのはアルベルトである。彼は、軍総帥という立場であり、その上名ばかりでない実力を兼ね備え、決して腑抜けという訳ではないが、スポーツでの狩りという行為が好きではないらしい。
「殿下……」
この組合わせになると、自然とジョルダンがアルベルトと並んでしまうことになり、ジョルダンはため息をついた。
「お前ね、嫌そうにため息をつくんじゃない」
アルベルトは笑いながら、ジョルダンを見た。
「………私はあなたを敬ってはいますが、はっきり言って嫌いです」
「ハッキリと言うねぇ……俺は君が好きだけど」
「駒としては、便利でしょうからね」
ジョルダンは淡々と言った。
「ああ、そういえば褒美がまだだったか、4年分の働きの」
国外の4年。それは、ジョルダンにとっては生易しい事ではない。国同士に何かあれば真っ先に死がやって来る、そしてそれはイングレスにおいて、それなりの地位にあるものでないと務まらない、いわゆる人質のような意味合いもあるのだから。
「4年どころではありませんが?」
そもそも、外交官として赴任する以前からアルベルトとは関わりがあり、そのいずれもがジョルダンを悩ませていた。
「まぁ、そうだったかなぁ」
「だから、そういうところが、嫌いだと」
アルベルトは、ジョルダンの答えに獰猛な獣のような笑みを浮かべた。とても、危険な……。ジョルダンは、背筋がヒヤリとさせられて逃げたくなるのを必死に堪える。
(だから、イヤなんだ)
「あなたが次期王でなくて良かったと思いますよ」
「俺もそう思う。俺が王なら、退屈しのぎに国を滅ぼしたかも知れないな」
くくくっと笑うアルベルトは、真実そうしてしまいそうな雰囲気さえある。だが、今の彼は少なくとも王子としてその立場をそつなくこなしている。産まれた順番で次の王位は決まっているが、アルベルトが次男として産まれて来たことを心から良かったとそう思う。
「そうならなくて、良かったですね」
「その通りだ。俺だって、人並みにこの国を愛してるから。何といっても、エセルがいるから」
「……妃殿下と出逢われたことを心底お祝いします」
アルベルトは、エセル妃を周りが照れるほど溺愛している。
「お前もな。とっとと男らしくプロポーズしてしまえ」
その言葉に当然ながらグレイシアと自分の関係を知っているのだと解る。
「……しませんよ」
「なかなか、有効だけど?一緒にいるためなら」
「貴方のもとで働いているうちは、とてもそんな気になりませんね」
「ふん、言い訳ばかりしやがって若造が。屁理屈こねるんじゃない」
「私も、彼女も望んでいない」
「やれやれ、嘘ばかりつかせていたら本音がわからなくなってきたんじゃないか?」
そんな事を告げてくるアルベルトに不敬とはいえ、答えずにちょうど吠えたてる声を聞き付けて、ジョルダンは話題を濁した。
「犬が、獲物を見つけたようですよ」
「へいへい、じゃあ走らせようか~」
気だるげな声と裏腹に、機敏に馬首を巡らせて犬の声を追う。
その犬を追って何組か、馬の蹄の音がしていた。
そして、突然弓弦の音がして………空気を切り裂いたかと思えば、
―――――――ジョルダンの身体を激痛が襲った。
「ジョルダン!!」
アルベルトの声が響き、
「ジョルダン!大丈夫か!?」
キースの声が後ろから迫ってきた。
熱を伴う痛みがが襲った後の右肩を押さえると、ぐらりと身体が傾いで地面へと………叩きつけられた。
「誰が放った!」
アルベルトの咆哮に似た声がビリビリと空気を震わせ響き渡り辺りが騒然となる。
「………血だ」
右肩を押さえた左手を見れば、ぐっしょりとぬらぬらとした鮮血で濡れている。
(射られたのか………俺は……)
キースとエドワードが駆け寄りジョルダンの傷の具合をみて、止血を試みている。
「先に走って医師に知らせてくる!」
レオノーラの声がして、
「頼む」
キースが短く叫んだ。
「シャーロットはジョルダンの馬を」
エドワードの声に、シャーロットが答えて心配そうに主人をみながら蹄をならす馬を見た。
「わかったわ」
視界に入るその青ざめたそのシャーロットの表情に、自分の状態が悪いのかと自覚する。
「馬に乗せた方が早いな」
キースが言い、キースとエドワードの二人で体格の良いキースの黒毛の馬に担ぎ上げられた。
「揺れて痛むだろうが、我慢しろ」
わかった、と返事をしたつもりだが、声は出ない。
出血の為か、意識が遠い……。
がんがんと耳なりとそして熱いほどの激痛が襲い掛かり、脂汗が浮く。
(………グレイシア……)
自分が死んだら彼女が傷つく……。
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