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61,蜜夜
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今日という日に、プリシラとアンジェリンの王家の姫が参加をしてくれたのは良かったとそっと胸を撫で下ろした。
二人がここにいることで、羽目の外しようも少し抑止力となるだろうから。
あまりにも強いお酒は用意していないけれど、それでも杯を重ねれば、若い分だけ危ういし、シーズンの終わりとあって弾けすぎる男女がいるかも知れない。
もっとも、招待客はある程度厳選したけれどそれでも大広間がほどほどに埋まるの客人だ。
夜会を開催するというのは、大変な事だ。
一通りの人の輪の一つ一つに軽く挨拶を交わして回れば、やっと落ち着いた所でヴィクターがフレッシュなオレンジジュースを手渡してきた。
「ジュース?」
「疲れただろうと思って」
「アルコールが良かったわ」
レナはそう言って、ヴィクターの手にあるウイスキーを奪ってコクリと飲んだ。
「レナ」
思ったよりもアルコール度が高くてカッと喉をやいて、眉をしかめたレナからヴィクターは咎める声と共にグラスを奪い返した。
「別のを持ってくるから、待ってろ」
少し経ってヴィクターが手にしてきたのは、白ワインだった。
「はぁ……」
それを飲み干すと、思わずため息がこぼれた。
「どうした?」
一気にカッとなったせいか、外で涼みたくて、レナはもはや慣れ親しんだアークウェイン邸のガーデンへと降りる。
「やっと、これで……終わり」
「ああ、そうだな。このシーズンももう最後だ」
何よりも今夜は、どの相手と話しても計画の成功を裏づける会話が出来た。
内心はどうであれ、セシルを悪くいう話は一切聞くことは無かったのだ。
「わたし……やり遂げられたわ」
デビューしたての頃なら、すぐに無理だと逃げ出していたかもしれない。
そんな自分でも、やり遂げる事が出来たのは周りの協力のお陰だとそう思っている。
「頑張ったな、レナ。これは凄いことだ」
ヴィクターの優しい声とそっとこめかみに触れる手が心地よくて、レナは微笑んだ。
そして、それから頬を伝う雫に気がついた。
その周りの人の中でも、やはりヴィクターの存在は大きかった。ヴィクターの存在がレナを時に苦しめもしたけれど、それよりももっと力を与えてくれた。
今夜は成功だと言える。だから、やっと誰にも文句を言わせずにレナは社交界の中心に居られるだろう。けれど、それはたくさんの事を、経験してきてだからこそ。
――――この涙は、自分へのご褒美だ。為すべき事を為せたとそう思えたから……。もう、泣いたって構わない。
後は……勇気を出して、目の前の人と向き合うだけだ。
「わたし、ずっとヴィクターの好意に甘え過ぎていたのかも。だから………解消してもいいわ、婚約を」
こう言えば、何て答える?
これから、シーズンは終わるし噂もシーズン中よりはましなはずで。次のシーズンはシーズンで新たな話題へと移り変わっているはずで。
それに、王都へわざわざ出てくることもない。会おうとしない限り会う事はなくなる。
「ヴィクターは優しいから、きっと……幼い頃の約束でさえ無かったことには出来なかったのよね?でも、もう……いいの」
好きな人が同じだけの気持ちを向けてくれない事は、とても切なくて辛いから。その事に気づかなければ良かったのかも知れない。でも、気づいてしまったら………知らないふりは出来ない。
そこまで言った所で、ヴィクターが恐ろしく怖い表情をしていることに気がついた。
「しない。するわけが無いだろ」
凄みがある、いつもよりも数段低い声だった。
「俺と婚約を解消して、ジョエルと結婚するつもりだからか?」
ジョエルの名にレナはやはりヴィクターは、この間二人の微妙な空気に気がついていたのだとそう思った。なのに、気づいていてその事を聞かないのは、それは誰に気づかっての事?
それとも何があろうとどうでもいいから?
「違うわ、そんな訳ない」
「例えそうだと言われても、俺はレナをあいつに渡さない。レナは俺の………愛する女だから」
そう言われた途端に思考は停止してしまった。
気がつくと馬鹿みたいに、聞いていた。
「今……なんて、言ったの?」
一瞬、自分の願望が聞こえたのかも知れない。そう思ったから。
「何度でも言える。
俺はレナを愛してるから、誰にも渡さない、そう言った」
抱きすくめられての、声の震動が脳に直に伝わるほどすぐ側で、そう囁く声にレナはクラクラとした。情けなくも足元が危うい。
「酔ったのかも……」
何にかは、知らない。
酔うほどには飲んでいない。それでも、それと同じみたいだった。
新しい上着がくしゃくしゃになるくらい、ヴィクターの胸元を握りしめていた。
すっぽりと抱きすくめられているから、いつもの香りがレナを覆いつくしてそれもまたクラクラとさせる要因かも知れない。
「聞きたかった……言葉。夢みたい……ってこういう時に言うのね」
「……夢じゃないって分かるまで、ずっとそばにいる」
ヴィクターがそんなことを言うから、レナの頬は取り返しがつかないくらいになってしまった。
「広間に戻れないわ」
そう言ってやっと笑うと
「もう戻らなくて良いだろ。レナはよくやったから……後は勝手に盛り上がって帰るだろ、それに……これ、何かあったってバレる」
これ、というのはヴィクターのシワになった上着だ。
「もう戻らなくて良いと思う?」
こんな風になってしまうと、戻りたくない。
むしろ……このまま二人きりで時を過ごしたくなる。
そんな風に思っていると、パーティー参加者の男女が忍びあって近づいてくる気配がした。クスクス笑い合う声は密事の気配が濃厚だった。
「鉢合わせは気まずい」
そう言うとヴィクターはレナを抱き上げた。それから声がする方とは反対に歩き出した。
「顔を伏せておけば大丈夫だ」
そのシチュエーションは、デジャヴを感じさせた。
「前にも、あったね」
「ああ、あったな」
あのときは緊張して固くなっていた。でも、今は肩に顔を預けて身を託している。
「部屋まで連れていってくれるの?」
「そうするよ」
やすやすと抱き上げた腕は、揺るぎなく不安を感じさせないくらいに居心地が良い。
ヴィクターは回廊を歩いて、レナの使っている部屋をわかっているようで間違えずに向かっていた。
「もう、下りるから」
居住区だからもう参加者の人目はない。
鍵を開けて、レナはヴィクターの手をそのまま引いて、部屋の中へと入った。
「こら、何してる」
いくら婚約してるとはいえ、部屋に二人きりになることはタブーだ。
「さっき………したかったこと」
レナは肩に手をかけて背伸びをして、顔を上向かせた。
「ちょっとした悪戯じゃ済まない」
「くだらない規則を守らないのは、ヴィクターの得意技でしょ?」
レナがそう返すとヴィクターはクッと笑った。
「さすが俺の恋人は大胆だ」
恋人、と言われた事がくすぐったくてレナは意味もなく笑った。
唇に落とされたキスは、熱くて情熱がこめられていて呼吸を乱させた。
密室だというシチュエーションが、恥ずかしくなるほど鼓動を荒ぶらせて、それでも本気で逃げ出す気にはなれない。
「………この部屋、ヴィクターが用意してくれたの?」
「ほとんどは違うけど」
「うさぎの、人形」
部屋の机にさりげなく置いてあったのは、昔大事にしていたうさぎの人形と同じものの、サイズが極小さいもの。それはヴィクターが覚えていたとしか思えない。なぜなら、それはかつて贈ってくれたものだったから。
レナの領地の部屋にはまだそのうさぎがちょこんと座っている。
「あれは……たまたま」
「たまたま、見つけれくれたの?」
意外と、細やかな所がある。というのがヴィクターらしい。それも目立たない所にちょこんと置かれていたのだから。
「ありがとう……でも、ヴィクターのそういうとこ。時々わかりにくい。だから………、さっきもわざと言ってしまったの。婚約を破棄しても良いなんて、本音じゃなかった」
レナは今日は手袋をはめていない手に光る指輪に目をやった。
「恋って……怖いね。好きすぎて試すような事してしまうんだもの。イヤになるよねこんなの」
「厄介なものだよな。振り回されて」
「謝るわ」
「でも、困ったことに、全く嫌じゃないんだ」
「嫌じゃないの?」
「そうだ、多分相手によるだろうけど」
レナはどんな顔をして良いかわからず、着けていた額飾りとヴェールを外した。
「どんなことをしたって、嫌だと思う事を言ったって、俺はいつでもレナを愛するよ。だから……信じて欲しいレナも、俺の事を」
「愛してる?」
「ああ、愛してる」
レナは、ぎゅっと腕を回して胸に頬をつけた。
「ドキドキする……苦しいくらい」
伝わる熱と、彼の鼓動。
「なぁ、俺の箍の強さでも試してるのか?」
「試してないわ、そんなの捨て去って欲しいくらいなんだから」
そのまま、見上げれば視線がかち合う。
「俺のものだと、そういう証を刻みつけていいって?」
「…………―――そうして」
ヴィクターの首に手を回すと、応えるキスが唇をふさいで、レナの背に腕の感触が強く感じる。
沸騰しそうな眼裏、それから熱い肌と、それから圧倒的な力強い腕と、何度も交わされるキスは官能的で、ほどいた髪に通される指にさえ、ゾクゾクしてしまう。
「コルセット、してないんだ?」
「このドレスは…要らないから」
「そういうの、なんかエロい」
「でも、コルセットだって強調させるじゃない」
まさかそんなことを指摘されるなんて、恥ずかしさに居たたまれなくなる。
「あ、鍵」
「かけてない」
レナの返事にヴィクターは扉を振り返ると大股で歩いて鍵を閉めた。
「……はぁ……。こんな……余裕ないのはじめてかもな」
「わたしも………緊張して、へんな事をいいそう」
余裕ない、なんて言っているのに、ヴィクターは後ろからキスをしながら、イヤリングを外し、ネックレスを外していく。
背中の後ろが、開いていき素肌に指先が触れる。彼は足元に滑り落ちたドレスを拾い上げて、きちんと椅子にかけた。
座らされたのはベッドの端。
「ほんとに、どうする?俺も、脱いでいい?これ」
前を開いた上着に手をかけながら問うてくる。
恥ずかしさに思わず目を伏せながらも頷くと、ドレスの上に上着がかかる。
それを見ただけで、また体温が上がった気がした。
身じろぎする音と、そして素肌と素肌がふれ合う感覚。すべらかな黒髪も肌を撫でてその微かな感触さえもわき上がる熱を刺激した。
目線をあげると緑の瞳がレナを映し出していて、めくるめくさまざまな感情に振り回されてどうしようもなくて、ただすがりついた。
もう数えられないほど、唇を重ねていてそれが与えてくれるものの全てに支配されていく。
手袋越しじゃない手に触れらると、ひどく敏感になりすぎた身体が震える。
自分のようで、自分じゃない、感覚がおかしくなっていく。
「ヴィクター……」
何ていうべきか考えもせずに、名前を呼んでいた。安心させるかのように握られた右手は大きくて力強い……。
「レナ、好きだ。愛してる」
「もっと」
言葉だけじゃ、不安で、態度だけでも不安で、今は満たされた気持ちなのに、どうしてもっと、なんて思えるのだろう。
なんて貪欲なの……?
もっとは……そんな怖いくらいの欲求で、レナはそんな自分を見つけた。
お腹を空かせた雛よりも、もっとずっと、強くて。いっそ、傲慢なほどに目の前の男性を求めてる。そして同じ分だけ……激しく求められたい。
でも、わかってる。
この瞬間だけの充足感。
朝が来ればきっとまた、同じ貪欲な欲求が頭をもたげてくる。
だから、今はただひとつの事だけ。
ふたつのものが、ひとつになる、そんな時を与え合いたい……。
二人がここにいることで、羽目の外しようも少し抑止力となるだろうから。
あまりにも強いお酒は用意していないけれど、それでも杯を重ねれば、若い分だけ危ういし、シーズンの終わりとあって弾けすぎる男女がいるかも知れない。
もっとも、招待客はある程度厳選したけれどそれでも大広間がほどほどに埋まるの客人だ。
夜会を開催するというのは、大変な事だ。
一通りの人の輪の一つ一つに軽く挨拶を交わして回れば、やっと落ち着いた所でヴィクターがフレッシュなオレンジジュースを手渡してきた。
「ジュース?」
「疲れただろうと思って」
「アルコールが良かったわ」
レナはそう言って、ヴィクターの手にあるウイスキーを奪ってコクリと飲んだ。
「レナ」
思ったよりもアルコール度が高くてカッと喉をやいて、眉をしかめたレナからヴィクターは咎める声と共にグラスを奪い返した。
「別のを持ってくるから、待ってろ」
少し経ってヴィクターが手にしてきたのは、白ワインだった。
「はぁ……」
それを飲み干すと、思わずため息がこぼれた。
「どうした?」
一気にカッとなったせいか、外で涼みたくて、レナはもはや慣れ親しんだアークウェイン邸のガーデンへと降りる。
「やっと、これで……終わり」
「ああ、そうだな。このシーズンももう最後だ」
何よりも今夜は、どの相手と話しても計画の成功を裏づける会話が出来た。
内心はどうであれ、セシルを悪くいう話は一切聞くことは無かったのだ。
「わたし……やり遂げられたわ」
デビューしたての頃なら、すぐに無理だと逃げ出していたかもしれない。
そんな自分でも、やり遂げる事が出来たのは周りの協力のお陰だとそう思っている。
「頑張ったな、レナ。これは凄いことだ」
ヴィクターの優しい声とそっとこめかみに触れる手が心地よくて、レナは微笑んだ。
そして、それから頬を伝う雫に気がついた。
その周りの人の中でも、やはりヴィクターの存在は大きかった。ヴィクターの存在がレナを時に苦しめもしたけれど、それよりももっと力を与えてくれた。
今夜は成功だと言える。だから、やっと誰にも文句を言わせずにレナは社交界の中心に居られるだろう。けれど、それはたくさんの事を、経験してきてだからこそ。
――――この涙は、自分へのご褒美だ。為すべき事を為せたとそう思えたから……。もう、泣いたって構わない。
後は……勇気を出して、目の前の人と向き合うだけだ。
「わたし、ずっとヴィクターの好意に甘え過ぎていたのかも。だから………解消してもいいわ、婚約を」
こう言えば、何て答える?
これから、シーズンは終わるし噂もシーズン中よりはましなはずで。次のシーズンはシーズンで新たな話題へと移り変わっているはずで。
それに、王都へわざわざ出てくることもない。会おうとしない限り会う事はなくなる。
「ヴィクターは優しいから、きっと……幼い頃の約束でさえ無かったことには出来なかったのよね?でも、もう……いいの」
好きな人が同じだけの気持ちを向けてくれない事は、とても切なくて辛いから。その事に気づかなければ良かったのかも知れない。でも、気づいてしまったら………知らないふりは出来ない。
そこまで言った所で、ヴィクターが恐ろしく怖い表情をしていることに気がついた。
「しない。するわけが無いだろ」
凄みがある、いつもよりも数段低い声だった。
「俺と婚約を解消して、ジョエルと結婚するつもりだからか?」
ジョエルの名にレナはやはりヴィクターは、この間二人の微妙な空気に気がついていたのだとそう思った。なのに、気づいていてその事を聞かないのは、それは誰に気づかっての事?
それとも何があろうとどうでもいいから?
「違うわ、そんな訳ない」
「例えそうだと言われても、俺はレナをあいつに渡さない。レナは俺の………愛する女だから」
そう言われた途端に思考は停止してしまった。
気がつくと馬鹿みたいに、聞いていた。
「今……なんて、言ったの?」
一瞬、自分の願望が聞こえたのかも知れない。そう思ったから。
「何度でも言える。
俺はレナを愛してるから、誰にも渡さない、そう言った」
抱きすくめられての、声の震動が脳に直に伝わるほどすぐ側で、そう囁く声にレナはクラクラとした。情けなくも足元が危うい。
「酔ったのかも……」
何にかは、知らない。
酔うほどには飲んでいない。それでも、それと同じみたいだった。
新しい上着がくしゃくしゃになるくらい、ヴィクターの胸元を握りしめていた。
すっぽりと抱きすくめられているから、いつもの香りがレナを覆いつくしてそれもまたクラクラとさせる要因かも知れない。
「聞きたかった……言葉。夢みたい……ってこういう時に言うのね」
「……夢じゃないって分かるまで、ずっとそばにいる」
ヴィクターがそんなことを言うから、レナの頬は取り返しがつかないくらいになってしまった。
「広間に戻れないわ」
そう言ってやっと笑うと
「もう戻らなくて良いだろ。レナはよくやったから……後は勝手に盛り上がって帰るだろ、それに……これ、何かあったってバレる」
これ、というのはヴィクターのシワになった上着だ。
「もう戻らなくて良いと思う?」
こんな風になってしまうと、戻りたくない。
むしろ……このまま二人きりで時を過ごしたくなる。
そんな風に思っていると、パーティー参加者の男女が忍びあって近づいてくる気配がした。クスクス笑い合う声は密事の気配が濃厚だった。
「鉢合わせは気まずい」
そう言うとヴィクターはレナを抱き上げた。それから声がする方とは反対に歩き出した。
「顔を伏せておけば大丈夫だ」
そのシチュエーションは、デジャヴを感じさせた。
「前にも、あったね」
「ああ、あったな」
あのときは緊張して固くなっていた。でも、今は肩に顔を預けて身を託している。
「部屋まで連れていってくれるの?」
「そうするよ」
やすやすと抱き上げた腕は、揺るぎなく不安を感じさせないくらいに居心地が良い。
ヴィクターは回廊を歩いて、レナの使っている部屋をわかっているようで間違えずに向かっていた。
「もう、下りるから」
居住区だからもう参加者の人目はない。
鍵を開けて、レナはヴィクターの手をそのまま引いて、部屋の中へと入った。
「こら、何してる」
いくら婚約してるとはいえ、部屋に二人きりになることはタブーだ。
「さっき………したかったこと」
レナは肩に手をかけて背伸びをして、顔を上向かせた。
「ちょっとした悪戯じゃ済まない」
「くだらない規則を守らないのは、ヴィクターの得意技でしょ?」
レナがそう返すとヴィクターはクッと笑った。
「さすが俺の恋人は大胆だ」
恋人、と言われた事がくすぐったくてレナは意味もなく笑った。
唇に落とされたキスは、熱くて情熱がこめられていて呼吸を乱させた。
密室だというシチュエーションが、恥ずかしくなるほど鼓動を荒ぶらせて、それでも本気で逃げ出す気にはなれない。
「………この部屋、ヴィクターが用意してくれたの?」
「ほとんどは違うけど」
「うさぎの、人形」
部屋の机にさりげなく置いてあったのは、昔大事にしていたうさぎの人形と同じものの、サイズが極小さいもの。それはヴィクターが覚えていたとしか思えない。なぜなら、それはかつて贈ってくれたものだったから。
レナの領地の部屋にはまだそのうさぎがちょこんと座っている。
「あれは……たまたま」
「たまたま、見つけれくれたの?」
意外と、細やかな所がある。というのがヴィクターらしい。それも目立たない所にちょこんと置かれていたのだから。
「ありがとう……でも、ヴィクターのそういうとこ。時々わかりにくい。だから………、さっきもわざと言ってしまったの。婚約を破棄しても良いなんて、本音じゃなかった」
レナは今日は手袋をはめていない手に光る指輪に目をやった。
「恋って……怖いね。好きすぎて試すような事してしまうんだもの。イヤになるよねこんなの」
「厄介なものだよな。振り回されて」
「謝るわ」
「でも、困ったことに、全く嫌じゃないんだ」
「嫌じゃないの?」
「そうだ、多分相手によるだろうけど」
レナはどんな顔をして良いかわからず、着けていた額飾りとヴェールを外した。
「どんなことをしたって、嫌だと思う事を言ったって、俺はいつでもレナを愛するよ。だから……信じて欲しいレナも、俺の事を」
「愛してる?」
「ああ、愛してる」
レナは、ぎゅっと腕を回して胸に頬をつけた。
「ドキドキする……苦しいくらい」
伝わる熱と、彼の鼓動。
「なぁ、俺の箍の強さでも試してるのか?」
「試してないわ、そんなの捨て去って欲しいくらいなんだから」
そのまま、見上げれば視線がかち合う。
「俺のものだと、そういう証を刻みつけていいって?」
「…………―――そうして」
ヴィクターの首に手を回すと、応えるキスが唇をふさいで、レナの背に腕の感触が強く感じる。
沸騰しそうな眼裏、それから熱い肌と、それから圧倒的な力強い腕と、何度も交わされるキスは官能的で、ほどいた髪に通される指にさえ、ゾクゾクしてしまう。
「コルセット、してないんだ?」
「このドレスは…要らないから」
「そういうの、なんかエロい」
「でも、コルセットだって強調させるじゃない」
まさかそんなことを指摘されるなんて、恥ずかしさに居たたまれなくなる。
「あ、鍵」
「かけてない」
レナの返事にヴィクターは扉を振り返ると大股で歩いて鍵を閉めた。
「……はぁ……。こんな……余裕ないのはじめてかもな」
「わたしも………緊張して、へんな事をいいそう」
余裕ない、なんて言っているのに、ヴィクターは後ろからキスをしながら、イヤリングを外し、ネックレスを外していく。
背中の後ろが、開いていき素肌に指先が触れる。彼は足元に滑り落ちたドレスを拾い上げて、きちんと椅子にかけた。
座らされたのはベッドの端。
「ほんとに、どうする?俺も、脱いでいい?これ」
前を開いた上着に手をかけながら問うてくる。
恥ずかしさに思わず目を伏せながらも頷くと、ドレスの上に上着がかかる。
それを見ただけで、また体温が上がった気がした。
身じろぎする音と、そして素肌と素肌がふれ合う感覚。すべらかな黒髪も肌を撫でてその微かな感触さえもわき上がる熱を刺激した。
目線をあげると緑の瞳がレナを映し出していて、めくるめくさまざまな感情に振り回されてどうしようもなくて、ただすがりついた。
もう数えられないほど、唇を重ねていてそれが与えてくれるものの全てに支配されていく。
手袋越しじゃない手に触れらると、ひどく敏感になりすぎた身体が震える。
自分のようで、自分じゃない、感覚がおかしくなっていく。
「ヴィクター……」
何ていうべきか考えもせずに、名前を呼んでいた。安心させるかのように握られた右手は大きくて力強い……。
「レナ、好きだ。愛してる」
「もっと」
言葉だけじゃ、不安で、態度だけでも不安で、今は満たされた気持ちなのに、どうしてもっと、なんて思えるのだろう。
なんて貪欲なの……?
もっとは……そんな怖いくらいの欲求で、レナはそんな自分を見つけた。
お腹を空かせた雛よりも、もっとずっと、強くて。いっそ、傲慢なほどに目の前の男性を求めてる。そして同じ分だけ……激しく求められたい。
でも、わかってる。
この瞬間だけの充足感。
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