mistress

桜 詩

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第一章

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馬車に乗り、アネリをどこかの邸に連れていったライアンは、馬車の扉を開けた。
そっと連れていかれた廊下から、庭を見ると元気よく遊ぶ息子たちの姿が見えた。
「ウィンスレット公爵」
と声がかかり、壮年の男性が立っていた。
「すまない、無理を言った」
「いいえ。ではこちらのレディが…?」
「そうだ」

楽しそうに駆け回る二人をみて、アネリはこれで良かったのだと自分に言い聞かせた。
でも、見られてはいけない…。
「ありがとうございました。もう充分です…」
流れる涙は止めようもなく、ポタリポタリと頬を伝って落ちた。
男性に、深々と頭を下げるとアネリは馬車のある方に向かった。


「あの子達がいとおしいか?君を捨てた男の子供なのに?」
馬車に乗り込んだライアンがアネリの涙を拭きながら聞いた。
「ええ。…もちろんよ」
ライアンは微笑むと、瞼にキスをして、唇にもキスをした。
愛人なんか慰める必要もないはずなのに。
「手紙を送らせよう、様子を知らせるよう頼んでおこう」
「…閣下。感謝します…」
「すまないが君から返事は書かないでくれ」
アネリは頷いた 
「充分です…」
酷い男であるのに、こんなにも優しい…。
慈悲深くもあり、無慈悲でもある。

けれど、アネリの人生はまだまだ厳しい。
この先、いつまでこの関係が続くのだろうか…。
そしてまた追い出される…アネリの脳裏に、生家から、婚家から追い出された事が甦る。
無意識にその事を怖れた。

こういう女の末路はきっと憐れで悲惨なものだろう。せめて息子たちが幸せそうで、未来が開かれたその事にただひたすら希望を見いだした。 

ティアレイク・アビーにいる間、ライアンは常に優しくアネリに接していた。
「アネリ様、お召しかえを」
メイドたちは愛人だと知っているだろうに、アネリにも優しく接してくれる。
「ありがとう…お髪はどうしましょう?染め直しをしますか?」
聞かれて、こまめに染めないとすぐに染料は落ちてくる。
「ここにいる間は染めずに過ごさせてもらうわ…」
少しキレイな状態ではなくなってしまうが…
夜のドレスはきらびやかな舞踏会を思い出す。
美しい淡い紫色のドレス。
アネリの瞳に合わせたのだろう。

晩餐はライアンと二人で広いテーブルについた。
「アネリよく似合う。綺麗だ」
ライアンが席を引き座らせる。
そこは妻の座る席…
いいのかとライアンをみて、給仕をする使用人たちを見た。
なんとも自然な扱いに、アネリは戸惑う。

どういうつもり?

ライアンは気まぐれな男。きっとたまたま、優しくしたい気持ちだったに違いない。席だって深い意味もない。

晩餐のあとはライアンと部屋に向かう。
「明日、ここを発つ」
そう言われ、あっけない別れだ。まただとアネリは思った。
気まぐれで、傲慢なライアン。

ライアンはアネリをその夜は一晩中、ベットの上で愛し合った。
けれど、アネリは逞しい体にすがりながらも、侘しく寄るべない自分にやるせない思いをより深くした。

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