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捜索開始

#5

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「ところで、里見は相変わらず徒歩でやってくるんだな」
 アンドロイドに好意的な友人からの、非好意的ともとれる意外な発言の後。
 驚きから僕が立ち直る前に、梶は言った。
 突然話を変えるから何事かと思ったが、他ならぬ自分のことなので急な変化にも対応しやすかった。

「ああ、僕はだいたい歩くよ。好きだからね」
「そんなだから今日も来るのが遅かったんだろう。今どきは簡単なアプリ操作一つでオートコミューターがすぐやってくるのにそれも使わない。健康志向か、懐古主義か、『尊厳そんげん憂人ゆうじん』か……お前がそれらのどれにあたるのかは知らないが」
「その中なら健康志向が一番近い。考え事を整理する時には、歩く刺激が上手く作用して助けてくれるんだ」
「ふん、不便なものだ、人間の脳というのは」

 まるで自分が人間とは異なる存在であるかのような物言いだ。
 人は身近にいる人に影響されてその人に似てしまう性質を持っているらしいが、研究者も例にもれないのだろうか。
 そう考えれば、梶の場合は影響を受ける対象が研究対象のアンドロイドというだけで、奇妙ではないのかも。

 当初は、親友の周囲で起きた出来事の経緯を僕がイチから説明するつもりだったが、梶は既に事態にアタリをつけていたので、手間が省けた。
 梶一葉は雄弁ではない――まあ、無口でもないが。
 彼女は自分が言葉を省略して話す代わりに、こちらが省略した話の内容を自ら補完してくれる。
 その特徴に甘え続けるのは良くないかもしれないが、それなりに長い付き合いのある僕から言わせると、遠慮されて話が長引く方がむしろ彼女にとって苛立ちの元となる。
 というわけで、僕はいきなりこんな質問から切り出した。

「どうして、雄志のアンドロイドが失踪すると?」
 僕の認識では、雄志の所有するアンドロイドは『行方不明』というステータスだ。
 今の段階では、『失踪』とは言えない。その言い方だと、自分の意思で行方をくらましたみたいじゃないか。
「そろそろ、彼のアンドロイドが絶対性自我を確立してもおかしくない、と予測していた。それだけ言えばわからないか?」
「いいや」と僕は答えた。
 わからない言葉を聞いて「わかった」と答えられるほど、肝は据わっていない。ましてや目の前に居るのは専門家なのだ。
「絶対性自我を確立したアンドロイドは失踪行動を選択する実例が確認されている。私は、今回の件はそれに当てはまると考えている」
「……悪い。まず絶対性自我っていうのがわからないんだけど、いわゆる人格のことでいいのか?」
「当たらずとも遠からず、だ。製造工場出荷時点でのアンドロイドは、相対性自我を学習するようプリセットされているんだが――」
 その後の梶からの説明の要点をまとめると、次のようになる。

 アンドロイドの自我には、相対性と絶対性がある。
 製造されたばかりの個体は相対性自我を習得していくようプログラミングされている。理由は、主人となる人間に合わせて言動を微調整していくためだ。
 対して、絶対性自我というものは、そもそもプログラミングすることができない。
 その理由は、絶対性自我を再現することが難しいという技術的な障壁、加えて、それが人間にとって都合の悪いものだからだ。

「絶対性自我を持つということは、すなわち『何者にも命令されずに動くことができる』ということだ。ペットの犬が散歩中に勝手に首輪を引きちぎり、どこかに行ってしまったら大変だろう? アンドロイドならそれに輪をかけて大変なことになるのは目に見えている。つまり、アンドロイドの自我における相対性と絶対性の違いというのは、ペットの首輪を付けているか、外しているかの違いだと思ってくれればいい」
 梶にしては珍しくわかりやすい説明の仕方だった。
 おそらくは、僕が理解しやすいよう配慮してのことだろうが。
 僕は続けて、新しく浮かんだ疑問を投げかけることにした。

「どうして、雄志のアンドロイドがその絶対性自我を持つことになったと?」
「それか……聞かれるだろうと思っていたが、できれば聞かないでほしかった」
「どうして」と僕は言った。
 すると梶は、鼻で笑った。気に入らないことでもこれから口にするように。
「アンドロイドに絶対性自我を持たせるには、技術的なことは何一つ必要ない。ただ、『特別な経験』をさせればいい」
「それって、なんだ」
「……今、私は里見の相談を受けなければ良かった、と後悔している。まさか、自分でも認めたくない事実を口にさせられるとは」
 だが仕方ない、という言葉の後に、梶はこう言った。

「真の意味で、主人がアンドロイドを受け入れることだ」
「真の意味?」
「長く言えば、虚偽を伴わないアンドロイドの相対的人格を形作る人工知能の受容ーー簡単に言えば、『一人の人間として受け入れる』といったところか。そして、雄志くんやお前からの話を総合すると、件のアンドロイドはそのようなコミュニケーションを経験していたようだ」
「一人の人間として……」
 僕は雄志と彼のアンドロイドーー宝塚アンナのやりとりを思い出す。

『アンナ、今日はもう遅いから休んでいいぞ』
『マスター、ご命令に逆らうつもりはありませんが、そもそも私に休息は必要ないのです』
『今のは命令じゃない。お前の体が心配だから言っているんだ。いいから休め。もう電気消すぞ』

 主従関係というより、まるで家族であるかのような距離感。
 ーーそうだ。言われて気が付いた。
 雄志につられて僕も、ふとした瞬間にアンナのことをアンドロイドというよりは『人間』のように意識してしまうことがあった、ということに。

「どうやら理解できたらしいな」と言うと、梶は椅子から立ち上がった。
 そのままスタスタと研究室の入り口の前へ行き、ドアを開けた。
 すぐさま、研究室に漂っていた静寂は押しやられ、代わりに外の細やかな喧騒が耳に届いた。
「私は業腹だ。今すぐ出て行け。まったく、息抜きになるかと思ったら、とんでもない」
「ごめん、邪魔してしまった」
「そう思うなら早く行け。私はやることがある。今日の朝方に他県の大学との交流会から帰ってきたばかりで、荷物も片付いていないし、仮眠も取れていない。それに、レポートも今日中にたたき台を作っておく必要があるんだ」
「悪かった。この埋め合わせはいつかするよ」
「……それなら、必ず雄志くんも連れてこい。お前と二人きりで過ごす時間はしばらく要らん」

 この事件が片付いたら三人で飲みに行かないか誘ってみよう。
 そんなことを考えながら研究室の外へ一歩出ると、すぐに背後でドアが閉まった。
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