『カンタン・ヘンダーソン』で笑えなくなるまで書くエッセイ

きどじゆん

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『カンタン・ヘンダーソン』とは

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『カンタン・ヘンダーソン』。

 何故かわからないが、この単語が私の笑いのツボを押さえている。

 きっかけは、とあるラジオアーカイブで読み上げられた『カンタン・ヘンダーソン』。
 ラジオの冒頭によくある、タイトルコール前の前座として読み上げられたニュース。
 それの登場人物として、『カンタン・ヘンダーソン』は私の前に颯爽と姿を現した。

 


 聞いた途端に噴き出した。
 そして思い出し笑いが止まらない。
 『カンタン・ヘンダーソン』とは?

 読み上げられたニュースの仔細は伏せるが、『カンタン・ヘンダーソン』が人名であることは疑いようがない。
 『ヘンダーソン』という姓がついている。
 そこまではいい。
 なんなら『カンタン』も大したことはない。
 どちらも英語圏もしくは欧州辺りの名前だと考えればいい。
 『カンタン』は、実のところ『カーター』とかだったりするのかもしれないがそんな白ける思考は除けておく。

 『カンタン・ヘンダーソン』だから面白いのだ。
 『カーター・ヘンダーソン』ではいささかどころではなく、ものすごく普通。

 どこが面白いのか、『カンタン・ヘンダーソン』?
 ここまで思い出し笑いを繰り返すということは、何か理由があるはず。
 私は拙い知識を振り絞り、解明に動いた。

 単なる人名の組み合わせで笑いのツボを刺激してくるということは、つまり単語の組み合わせに秘密があると私は考えた。
 『カンタン』、続く『ヘンダーソン』。
 合わせて『カンタン・ヘンダーソン』になる。

 『カンタン』を『簡単』という言葉に読み替えてしまうのは日本語話者の癖だ。
 この変換を経て『簡単・ヘンダーソン』となるわけだが、字面にするとそこまでたいした威力はない。

 続いて、『ヘンダーソン』から先頭三文字を抜き出して『変だ』、または先頭二文字で『変』。
 いや、変なのは夜勤明けでこんな文章を書いている私の方だろう。

 閑話休題。『カンタン・ヘンダーソン』についてまた考えよう。

 先ほどは『カンタン・ヘンダーソン』を日本語に変換してみた。
 『簡単・ヘンダーソン』、『簡単・変だーソン』、『簡単・変ダーソン』の三つが挙がった。
 どれも『カンタン・ヘンダーソン』の足元にも及ばない。
 
 ――ということは、日本語に変換したから面白くなったわけではない、ということ。

 では次だ。
 『カンタン』と『ヘンダーソン』の意味的繋がり、もっと言えば単語の組み合わせによる面白さに、『カンタン・ヘンダーソン』の面白さはあるのではないか。
 日本人の私の感性をつくということは、『ヘンダーソン』ではなく、『カンタン』の方に秘密がありそうである。

 ここでもまた、『カンタン』を日本語に変換しよう。
 『簡単・ヘンダーソン』再び。
 かえってきた『簡単・ヘンダーソン』――やはり普通だ。
 かえってきた『カンタン・ヘンダーソン』――格が違う。

 『簡単』をネット辞書で調べると、以下のような説明を発見した。
 ・『簡単』は形容動詞
 ・意味その一、『物事の構造が入り混じっておらず単純であるさま』
 ・意味その二、『行動が容易であること、易しいこと』

 辞書の内容どおりなら、『簡単・ヘンダーソン』は形容動詞と人名(姓)を組み合わせたものとなる。

 それでは、『簡単』の意味その一に焦点をあてて、例文を作ってみよう。
「『ヘンダーソン』は『簡単』な奴だよ」
「『ヘンダーソン』の脳内は『簡単』にできているわ、膝に手をのせるだけで熱っぽい目で見てくるの」

 次は、『簡単』の意味その二。
「任せておきなよ、『簡単』に『ヘンダーソン』してくるぜ」
「テストなんて『簡単』よ、まるで『ヘンダーソン』するみたいにね」

 意味的に通じるのは意味その一の方だ。
 しかしシュールな面白さで言えば、意味その二に軍配が上がる。

 『簡単』に『ヘンダーソン』する、とはなんだ?
 『カンタン』を『簡単』に置き換えただけで、『ヘンダーソン』が名詞から動詞に置き換わってしまったではないか。
 これは新しい可能性なのではないか。
 唐突に、私の脳内に以下のような文章が浮かび上がる。



~~~~~~~~~~~

 騒がしいデパ地下の喧騒から二人そろって抜け出すと、彼女はまず僕の手を握った。
 柔らかい手だ。
 僕みたいな男の手とは全く異なる、踏み荒らされていない芝生に積もった新雪のような柔らかさ。
 細くて冷たい指先が、僕の指の間へ割り込んでくる。
 さながら、僕の熱の中に彼女が浸水してくるように感じられた。
 僕はかろうじて、熟成された三十年物のウイスキーのスモーキーな香りを思い出して、侵入に耐えた。
 そう、彼女と最初に出会ったバーで、奮発して注文したお酒だ。
 その場で一目ぼれした彼女と話がしたくて、でも話題が見つからなくて、仕方なく一番高い酒を頼んでみたのだ。
 彼女はこう言っていた。「お話がしたいなら、もっと安くてもいいのに」と。
 僕のちっぽけな見栄など、彼女にはお見通しだったのだ。
 彼女の人差し指が僕の手を静かに撫でた。
 僕の人差し指と中指は、彼女のなすがままに愛撫を受け入れた。
 それだけで僕はぞくぞくとした何かを喉元から出してしまいそうだった――ドキドキしていた。
 胸は高鳴る。思考が逸る。
 彼女は「今日は帰りたくない気分なんだ……それとね、君が好きだったらで、いいんだけど」とつぶやいた。
 普段大人びた女性が見せる、少女のような恥じらいが見えた。
 誘って、もし断られたらどうしよう。
 淡い青春の残り香が、僕の胸の奥からにじみ出る。
 僕は「何をするのか、はっきり言わないとわからないよ」と言った。
 つい嗜虐心を出して、彼女をからかいたくなったのだ。
 軽い笑い声。それは僕の耳元で聞こえていた。
 彼女は手だけでなく、厚手のセーターに包まれた上半身で、僕の左腕を覆った。
 二の腕に、特に柔らかい感触がある――僕は冷静さを欠いていることを自覚しながらも、それでも表面上は取り繕った。
 彼女が僕の耳元に口を寄せる。吐息が耳道を通って僕の脳を溶かす幻想を見た。
 そして彼女は言った。
 ――ねえ、今日は『ヘンダーソン』、しよ?

~~~~~~~~~~~

 ……意外と悪くない気がする。
 『ヘンダーソン』を用いることで、これから二人がどう過ごすかを読者に委ねられるようになった。
 別の可能性としては、こんな道もあるかもしれない。

 


~~~~~~~~~~~

 僕の右手の指先は彼女の敏感なポイントーー『ヘンダーソン』を突いている。
 そのまま、二本の指を使ってこねくり回す。
 いやあ、やめて、という彼女の声は僕の耳に確かに届いている。
 しかし僕の手が止まることはない。
 ひっかき、弱い力で潰し、周囲を柔らかく撫でる――彼女は小さな悲鳴を上げて応えた。
 僕の左手は、彼女の腰に。もちろん逃がさないためだ。
 後ろから体を密着させると、彼女の怯えを感じ取れた。
 震えている。
 いつも僕を使いっ走りにしている、あの強気な女性が、僕に怯えている。
 ――たまらない。逃がしたくない。
 お願い、もう十分でしょ、という彼女の懇願。
 ゲームで負けた彼女に僕が課した罰ゲームは、十分間彼女の『ヘンダーソン』を自由にさせること。
 アラームアプリに表示された残り時間は、あと七分。
 短いな――と思った僕は、アラームの停止ボタンを押した。彼女に見えないように。
 もうこれぐらいにして、今ならまだ許してあげるから、と彼女は見当違いのことを言った。
 だから僕は彼女の耳元で言った――だめだよ、最後まで『ヘンダーソン』しないと。
 君への罰ゲームは、まだまだ終わらないんだよ――

~~~~~~~~~~~

 ――うむ。
 普段弱気な後輩男子と、部活動で活発なリーダー役を務める女子生徒の、耳たぶのくすぐり罰ゲームを書いてみたが、『ヘンダーソン』を特定の単語に置き換えることで、一気にR指定に近づくぞ。

 いや、こんなことをしている場合ではない。
 『カンタン・ヘンダーソン』がなぜ私の笑いのツボに入るのか、それを明らかにするまではこのエッセイは終わらない。

 そう言いたいところだが、どうやら私のスタミナではこれぐらいが限界のようだ。
 ここまでで分かったことは、『カンタン・ヘンダーソン』は、名の『カンタン』と、姓の『ヘンダーソン』が偶然にも意味的繋がりを生み出しており、それが脳内の自動思考に作用し、これまでに無いシュールな光景を照らし出し、私のゲラの感情を揺さぶる、という結果につながっているということだ。

 『カンタン・ヘンダーソン』は奥が深い。
 ――『カンタン・ヘンダーソン』、三十五歳、アメリカ生まれ、職業は駐車場の警備員。週末の楽しみはボートを漕ぐこと。口癖は「そんなのイージーさ! 僕に『ヘンダーソン』させてくれればね!」。

 ――ああ、やはり個人情報を付けない方が面白い。

 『カンタン・ヘンダーソン』は可能性の塊である。
 二十文字にも満たない文字で笑わすなど、コメディアンでもなかなかできることではない。
 私など、その百倍の文字数でもってしても、自分以外の人間を楽しませることはできない。

 ありがとう、『カンタン・ヘンダーソン』。

 これからも、ときどき私を笑わせてくれ。
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