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 彼女の定めた文芸クラブのルールには欠点があった。いや、もしかしたらそれを知った上で定めていたのかもしれないが、あれからそれなりの時を経た今となっては、今さら彼女に確認しようがない。
 欠点というのは、聴覚を欠いた状態でのコミュニケーションに慣れてしまうことだ。
 ルールにしたがっていたせいで、僕は彼女について思い出すときに、彼女の声の特徴よりも、彼女の書いた文章やそこにあるクセばかりを思い浮かべるようになってしまった。
 記憶には鮮度がある。食品のパッケージに書かれているように品質を保ち続けられる限度が設定されているのだ。そしてそれは、いつまでも続くことはない。
 食べものと記憶は別物だから、品質の限度を超えても記憶が腐ることはない。その代わりに記憶の輪郭はおぼろげになっていく。ただし、その形を保ち続けられなくなった記憶は、次にやってくる同種の記憶を受け容れる土壌や基盤としての役割を果たす、というのが僕の持論だ。一夜漬けの勉強で覚えた内容は長く保たないが、日常的に勉強して得たものは長く定着することから着想を得た。
 誰にも伝えていないけど、もしも説明する機会や場があれば、そうしてもいいかもしれない。
 高校を卒業して、僕も彼女もあの文芸クラブを離れてしまって長いのに、あの頃のように長文を書くクセが抜けないのは、つまりそういうことなのだ。

 スーパー、コンビニ、書店の順に足を運んでもお目当てのものは見つからなかったので、駅ビルの雑貨屋に足を運び、ようやくお目当ての原稿用紙を発見した。
 レジには僕と同世代の女性店員が居た。なんとなく、どうしてもというわけではないのだけど、僕はその女性に二十枚入り原稿用紙を差し出したくなくなった。
 きっと文芸クラブの彼女を思い出すからだろう。
 彼女の声は思い出せないけど、彼女がペンを巧みに操って文字を綴っていく姿と、僕よりきれいでクセのない文字と、彼女のスタイルで確立された文体は忘れていない。

 しばらく待ってもレジの店員が変わらないので、諦めて僕はレジへ商品を差し出した。
「お会計、百六十円になります」
 財布から二百円取り出して、小銭受けに置く。
「二百円お預かりしました。四十円のお返しになります。ありがとうございました」
 おつりの四十円が僕のほうへやってくる。それらを親指と人差指の二本でつまむと、僕はレジのすみっこにある募金箱へ全部投入した。
 今度買いに来るときは、ちゃんとピッタリのお金を用意しておこうと考えた。

 その翌日の話だ。
 二十枚の原稿用紙は少なすぎたようで、また僕はあの店に原稿用紙を買うために足を向けることになり、案の定代金ピッタリの小銭を持っていなくて、おつりを受け取ることとなるのだった。
 昔と同じで、僕は小銭の管理が苦手なままで年齢を重ねていた。
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