4 / 4
#4
しおりを挟む
彼女の定めた文芸クラブのルールには欠点があった。いや、もしかしたらそれを知った上で定めていたのかもしれないが、あれからそれなりの時を経た今となっては、今さら彼女に確認しようがない。
欠点というのは、聴覚を欠いた状態でのコミュニケーションに慣れてしまうことだ。
ルールにしたがっていたせいで、僕は彼女について思い出すときに、彼女の声の特徴よりも、彼女の書いた文章やそこにあるクセばかりを思い浮かべるようになってしまった。
記憶には鮮度がある。食品のパッケージに書かれているように品質を保ち続けられる限度が設定されているのだ。そしてそれは、いつまでも続くことはない。
食べものと記憶は別物だから、品質の限度を超えても記憶が腐ることはない。その代わりに記憶の輪郭はおぼろげになっていく。ただし、その形を保ち続けられなくなった記憶は、次にやってくる同種の記憶を受け容れる土壌や基盤としての役割を果たす、というのが僕の持論だ。一夜漬けの勉強で覚えた内容は長く保たないが、日常的に勉強して得たものは長く定着することから着想を得た。
誰にも伝えていないけど、もしも説明する機会や場があれば、そうしてもいいかもしれない。
高校を卒業して、僕も彼女もあの文芸クラブを離れてしまって長いのに、あの頃のように長文を書くクセが抜けないのは、つまりそういうことなのだ。
スーパー、コンビニ、書店の順に足を運んでもお目当てのものは見つからなかったので、駅ビルの雑貨屋に足を運び、ようやくお目当ての原稿用紙を発見した。
レジには僕と同世代の女性店員が居た。なんとなく、どうしてもというわけではないのだけど、僕はその女性に二十枚入り原稿用紙を差し出したくなくなった。
きっと文芸クラブの彼女を思い出すからだろう。
彼女の声は思い出せないけど、彼女がペンを巧みに操って文字を綴っていく姿と、僕よりきれいでクセのない文字と、彼女のスタイルで確立された文体は忘れていない。
しばらく待ってもレジの店員が変わらないので、諦めて僕はレジへ商品を差し出した。
「お会計、百六十円になります」
財布から二百円取り出して、小銭受けに置く。
「二百円お預かりしました。四十円のお返しになります。ありがとうございました」
おつりの四十円が僕のほうへやってくる。それらを親指と人差指の二本でつまむと、僕はレジのすみっこにある募金箱へ全部投入した。
今度買いに来るときは、ちゃんとピッタリのお金を用意しておこうと考えた。
その翌日の話だ。
二十枚の原稿用紙は少なすぎたようで、また僕はあの店に原稿用紙を買うために足を向けることになり、案の定代金ピッタリの小銭を持っていなくて、おつりを受け取ることとなるのだった。
昔と同じで、僕は小銭の管理が苦手なままで年齢を重ねていた。
欠点というのは、聴覚を欠いた状態でのコミュニケーションに慣れてしまうことだ。
ルールにしたがっていたせいで、僕は彼女について思い出すときに、彼女の声の特徴よりも、彼女の書いた文章やそこにあるクセばかりを思い浮かべるようになってしまった。
記憶には鮮度がある。食品のパッケージに書かれているように品質を保ち続けられる限度が設定されているのだ。そしてそれは、いつまでも続くことはない。
食べものと記憶は別物だから、品質の限度を超えても記憶が腐ることはない。その代わりに記憶の輪郭はおぼろげになっていく。ただし、その形を保ち続けられなくなった記憶は、次にやってくる同種の記憶を受け容れる土壌や基盤としての役割を果たす、というのが僕の持論だ。一夜漬けの勉強で覚えた内容は長く保たないが、日常的に勉強して得たものは長く定着することから着想を得た。
誰にも伝えていないけど、もしも説明する機会や場があれば、そうしてもいいかもしれない。
高校を卒業して、僕も彼女もあの文芸クラブを離れてしまって長いのに、あの頃のように長文を書くクセが抜けないのは、つまりそういうことなのだ。
スーパー、コンビニ、書店の順に足を運んでもお目当てのものは見つからなかったので、駅ビルの雑貨屋に足を運び、ようやくお目当ての原稿用紙を発見した。
レジには僕と同世代の女性店員が居た。なんとなく、どうしてもというわけではないのだけど、僕はその女性に二十枚入り原稿用紙を差し出したくなくなった。
きっと文芸クラブの彼女を思い出すからだろう。
彼女の声は思い出せないけど、彼女がペンを巧みに操って文字を綴っていく姿と、僕よりきれいでクセのない文字と、彼女のスタイルで確立された文体は忘れていない。
しばらく待ってもレジの店員が変わらないので、諦めて僕はレジへ商品を差し出した。
「お会計、百六十円になります」
財布から二百円取り出して、小銭受けに置く。
「二百円お預かりしました。四十円のお返しになります。ありがとうございました」
おつりの四十円が僕のほうへやってくる。それらを親指と人差指の二本でつまむと、僕はレジのすみっこにある募金箱へ全部投入した。
今度買いに来るときは、ちゃんとピッタリのお金を用意しておこうと考えた。
その翌日の話だ。
二十枚の原稿用紙は少なすぎたようで、また僕はあの店に原稿用紙を買うために足を向けることになり、案の定代金ピッタリの小銭を持っていなくて、おつりを受け取ることとなるのだった。
昔と同じで、僕は小銭の管理が苦手なままで年齢を重ねていた。
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
毒の美少女の物語 ~緊急搬送された病院での奇跡の出会い~
エール
ライト文芸
ある夜、俺は花粉症用の点鼻薬と間違えて殺虫剤を鼻の中に噴射してしまい、その結果生死の境をさまようハメに……。ところが緊急搬送された病院で、誤って農薬を飲み入院している美少女と知り合いになり、お互いにラノベ好きと知って意気投合。自分達の『急性薬物中毒』経験を元に共同で、『毒を操る異世界最強主人公』のライトノベルを書き始めるのだが、彼女の容態は少しずつ変化していき……。
二枚の写真
原口源太郎
ライト文芸
外からテニスの壁打ちの音が聞こえてきた。妻に訊くと、三日前からだという。勇は少年が一心不乱にテニスに打ち込む姿を見ているうちに、自分もまたボールを打ってみたくなる。自身もテニスを再開したのだが、全くの初心者のようだった壁打ちの少年が、たちまちのうちに腕を上げて自分よりうまくなっていく姿を信じられない思いで見つめる。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる