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 連れていかれた先は、部室棟の端にある倉庫だった。
 その部屋の出入口となっているドアの表面には、真っ黒だったり暗めの茶色だったりするひっかき傷のようなものがたくさん刻まれていた。それらが荷物を運び込むときに付けられたものだとすぐに想像ができた。
 彼女がここに僕を連れてきて何をさせるつもりでいるのか、教室からここまでの道のりでは一切明かされなかった。

 扉の前で彼女は言った。
「ようこそ、文芸クラブへ」
 そして私がクラブ長です、ここでは私が絶対です、と彼女は続けた。
 クラブ、というからには部活ではないのだろう。以前、手持ちぶさたに生徒手帳の中身の部活動に関する決まりごとを読んだことがある。たしか、最低でも五人以上の部員が存在することが部活動設立および部活動存続の条件になっていたはずだ。
 クラブ、サークル、同好会、どの呼び方でもいいが、それらは同列に扱われていたように記憶している。それらの設立についてはもうちょっと緩めの条件が設定されていて、活動内容が学校のルールと倫理に反するものではなければ承認されるーーだったはずだ、たぶん。
 僕の前で腕組みをする彼女、もといクラブ長に確認すると、僕の認識どおりであるらしかった。このときの補足説明で、設立承認されれば、あとは学校側で顧問をひとりあてがい、顧問が活動場所をいくつか見繕ってくれるとのことだった。
「その後はクラブメンバーと話し合って、場所を確定する」と彼女は言った。
 ふうん、と僕は言った。続けて、どうしてこの倉庫をクラブ室に選んだのかと問う。
「まあ、比較的キレイだったし、予備の机と椅子もあったし。あと、ほどよく物音がするから、喫茶店みたいな感じで本が読めそうな気がしたんだよね」
「たしかに」と、僕は言った。実は、喫茶店みたいに落ち着けるわけないだろうという感想を浮かべていたが、口にだすことはしなかった。

 クラブ長に連れられて倉庫の中へ。
 中は思ったより物が少ない、というのが第一印象だった。
 けど左右に目を向けると、サッカーボールやバレーボールが大量に詰め込まれている細い鉄組みのカゴや、野球バットを上から突っ込まれたダンボールや、何に使うのかよくわからないネットやワイヤー、他にもいろんな部活動で使用されるであろう備品とかが、壁に寄った状態で置かれているのが見えた。比較的まともなのは三対の机と椅子で、それらはぴっちりと壁際により添っていた。おそらく、室内の物はもっと無秩序に置かれていたのだろうが、彼女がこの部屋で活動するにあたって壁側へ移動させたのだろう。
 室内に唯一ある窓の近くには、机がひとつ、椅子が二つ置かれている。ずっと昔からそうなっていたのか、誰かがやってくることを想定した彼女がその配置にしたのかはわからない。
 雑に片付けられた室内にいると、整えたくなるのは僕の癖だ。だから僕は言った。
「あの横の壁にあるの、片付けていい?」
 彼女は答えない。
 その代わりに、机の中から原稿用紙を取り出して、シャープペンでおもむろに何か書き始めた。よどみなく書き進めていくので、おそらく慣れているのだろう。
 だいたい二行ぐらい埋まったところで、彼女は原稿用紙を僕に手渡した。
『文芸クラブのやりとりは緊急時をのぞいて原稿用紙かその他の白紙に縦書きで行うこと』と、そこには書いてあった。
 なんだそれは、と僕はまず思った。
 すぐさま意図を聞き出したかった。しかし彼女の表情を見るに、僕が何を言おうともその返事は紙を通して行われるのだろう。たぶん、彼女が差し出したものはこのクラブにおけるルールなのだ。
 倉庫、いやクラブ室に入る前に言った通り、クラブ長の言ったことは絶対だった。

 ルールに則り、原稿用紙に縦書きで『部屋を片付けていいですか』と書いた。原稿用紙を勝手に使っても彼女に咎められることはなかった。
 待ったを出すにも紙でのやり取りが必要だからとっさに止められなかったのか、いやジェスチャーで伝えることはできるよな、なんてことを考えているうちに、彼女は原稿用紙に急いで何かを書いていた。
『よろしくお願いします!』と書かれた原稿用紙を見せながら、彼女は頭を下げた。
 無言で荷物を片付けていく。短い文章を書くよりもこっちのほうが簡単だった。

 ありがとうの一言さえ紙に書いて伝えなければならないなんて、このクラブのルールを作ったやつは何を考えているんだ。
 そんな意図の文章を書いて彼女に見せたら、『ルール作ったのは私。クラブ室にいる間はルールに従ってもらいます。文芸クラブっぽくていいと思わない?』と返された。
 クラブのルールについてはこれ以上触れるのは無駄だと感じたので、話を変えることにした。片付けでスッキリしたせいで忘れてしまっていたが、そもそも僕は疑問を持っていたのだ。
 原稿用紙に質問を書いていく。短い文章のはずなのに、しかし、慣れていない僕には難しい作業だった。喋りたいのに意思を伝えるためには書かなければならないという、この苦行。僕にはこの苦しさを正確に表現できないだろう。
 僕が『ここに連れてきた理由を教えてほしい』という文章を見せると、彼女はあいかわらずよどみない手付きで、しかし結構な時間をかけて返事を書いてくれた。
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