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 半月が経過する頃、お店に新たな来客があった。

 今度は性格の悪そうな、厳つい貴族だ。

 人を疑う鋭い目つき、神経質そうな輪郭。三十歳前後かな。

 彼は騎士たちを三人連れて店内に入り込み、私に横柄に告げる。

「終焉の魔女が死んだと聞いたが、本当か」

 私はニコリと営業スマイルで応える。

「おばあちゃんなら、先月亡くなりましたよ?
 お客さんはどんな用件なんですか?」

 貴族の男性がニヤリと口角を上げて微笑んだ。

「そうか、あの目障りな女が死んだか。
 おい娘、お前の名前と年齢を言え」

 私はむっとしながらも、営業スマイルを保って応える。

「マルティナです。十五歳ですよ」

 貴族の男性が、嗜虐心あふれる笑みを浮かべた。

「そうか。終焉の魔女と同じ容貌ということは、奴の孫だな?
 成人済みなら丁度いい、お前を私の妾にしてやろう」

 私は営業スマイルを投げ捨てて声を上げる。

「――は?! なにを言ってるのかな、この人は?!」

 いきなり愛人になれとか、意味が分からないんだけど?!

「私はこの地の領主、ルーウェン・グロースハイム侯爵だ。
 お前はまさか、領主に逆らうつもりではあるまいな?」

「領主だからって、なんでも思い通りになると思わないで!」

 グロースハイム侯爵が、楽しそうにニヤリと口角を上げた。

「わかっていないようだな。
 領地に住む民は領主の所有物だ。
 お前に拒否権など存在しない。
 ――連れていけ!」

 周囲の騎士たちが、私の両腕を捕まえて店の外に無理やり連れだしていく。

 別の騎士たちはグロースハイム侯爵に命令され、店内をぐちゃぐちゃに荒らし始めた。

「やめて! お店をめちゃくちゃにしないで!」

 私の声は彼らに届かない――いや、届いているけど、彼らも苦悩しながら命令に従っているようだった。

 君主の命令には絶対服従、逆らうことは許されないってことなのかな。

 私を捕まえている騎士の一人が、小声で「申し訳ないが、耐えて欲しい」と伝えてきた。

 彼らに悪気がないとしても、こんなの許せる訳がない!

 ――だけど、今の私には力がない。

 私は騎士や兵士たちがお店を壊していくのを呆然と見つめながら、馬車に押し込まれた。

 最後にグロースハイム侯爵が「火を放て!」と声を上げ、私のお店は燃え上がっていた。

 周囲に他の建物がないからって、やりたい放題してくれるじゃない!

 ……ああ、おばあちゃんから受け継いだお店が燃えていく。

 グロースハイム侯爵は燃えるお店を見て満足したように頷いた後「撤収だ!」と叫んで馬車に乗りこんできた。

 私は彼から精一杯距離を取り、馬車の片隅に身を寄せた。

「ククク……怯えているのか?
 屋敷に戻れば、思う存分なぶり倒してくれる。
 アルヴィーラに味わわされた屈辱の分、たっぷりとな」

 おばあちゃんが、この人の恨みを買っていたというの?

 納得できない依頼は受けない人だったからなぁ、おばあちゃん。

 たとえ騎士がついていようと、『終焉の魔女アルヴィーラ』なら、簡単に追い返してしまっただろう。

 たぶん、それが侯爵のプライドを傷つけたんだ。


 私は馬車の中で身を固め、グロースハイム侯爵を睨み付けていた。

「ククク……いい目だ。
 お前が屈服して、泣いて許しを請うのが楽しみだよ」

 ――この人、嗜虐癖がある?! 趣味悪いな?!

 私はおぞけを我慢して、馬車の中で襲われないように警戒し続けた。

 馬車は真っ直ぐ、グロースハイム侯爵の屋敷を目指して進んでいった。




****

 道中で私に与えられた水と食料は最低限だった。

 グロースハイム侯爵の屋敷に着く頃には、私は疲労と空腹で今にも倒れそうになっていた。

 侯爵が騎士たちに告げる。

「その娘を部屋に放り込んで見張っておけ!」

 騎士たちに両肩を担ぎ上げられた私は、半ば引きずられるように屋敷の中に入っていった。




 私は騎士たちにソファの上に寝かされた。

 おそらく部屋の外に、騎士たちが見張りについている。

 だけど部屋の中には誰も居ない。

 なんとかソファから立ち上がって窓辺に行くと、飛び降りて逃げるのは無理な高さだった。

「……これからどうしたらいいんだろう」

 魔法を使って飛び降りようにも、もうヘロヘロで力が出ない。

 だけど夜になれば、私はグロースハイム侯爵によって私自身がめちゃくちゃにされてしまうだろう。

 それを思うと、悪寒が背筋を走って自分の身体を抱きしめた。

 ――侯爵なんかに心と体を穢されるくらいなら、自爆魔法を使ってしまおうか。

 命と引き換えに大爆発を起こす、最後の魔法。これなら、力が出ない今でも使えるはずだ。

 ……ライナーから、残金をもらえなかったな。

 あんな燃え尽きた私のお店を見たら、ライナーはびっくりするだろう。

 不思議と『ライナーにまた会いたいな』という思いが胸に宿っていた。

 ライナーに最後に会えなかったのが、残念だな。

 私はゆっくりと、目をつぶって自爆魔法の詠唱を始めた――


 不意に、窓を叩く音がした。


 驚いて詠唱を中断して目を空ける――窓の外に、ライナーが居る?!

 彼がジェスチャーで『窓を開けろ』と伝えて来たので、フラフラの身体で必死に窓の鍵を開けた。

 ライナーは部屋の中にするりと入りこむと、爽やかな笑顔で私に告げる。

「どうやら、間に合ったみたいだな」

 私は呆然とライナーの顔を見つめた。

「……どうして、ここに?」

「お前の店に残金の支払いに行ったら、すっかり燃え尽きていたからな。
 村人から事情を聴いて、急いでこの場所に迎えに来た。
 ――魔法を使って逃げ出そうとは思わなかったのか?」

 私はフッと自嘲の笑みを浮かべて応える。

「今の私の魔法では、侯爵以外の騎士たちも巻き込んでしまうもの。
 彼らも侯爵の命令に従っていただけで、悪気があったわけじゃない。
 お店を壊したのは許せないけど、命を奪う理由にはならないわ」

「そうか、マルティナは優しいのだな。
 ――お前の薬も、優しい薬だった。
 あの魔法薬のおかげで、母上は病を克服した。
 あれは、母上の命を奪う薬ではなかったのだな」

 私はニコリと微笑んで応える。

「オーダーは『苦しみを取り除き、安らかになる薬』だもの。
 病を終わらせ、人を安らかにするだけの薬よ。
 これでもおばあちゃんの弟子なのよ?
 これぐらいできても、不思議ではないでしょう?」

 ライナーが私の手を取り、両手で強く握ってきた。

「ありがとう……父上や母上、弟たち。そして誰より私が、お前に感謝している」

 彼の手から、強い感謝の心が伝わって流れ込んでくる。だけど――

「わかった! わかったから少し手を緩めて! ちょっと痛いわよ?!」

 ライナーが慌てて「おっと、すまん」と手を離してくれた。

「ともかく、ここから脱出しよう。
 グロースハイム侯爵に見つかると面倒だ。
 窓から飛び降りるぞ」

 私が黙って頷くと、ライナーは私を横抱きに抱え上げ、窓から外に飛び降りた。

 ――お姫様抱っこって奴?! ちょっと恥ずかしいぞ?!

 ふわりと魔法で着地をしたライナーが、着地と同時に高速で庭を駆け抜けていく。

 見咎める騎士たちの「何者だ!」という誰何の声を振り切り、ライナーは侯爵邸の壁を軽々と飛び越え、繋いでいた馬にまたがり、侯爵邸を離れた。
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