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 食事が終わると、ルストが私に声をかけてくる。

「申し訳ありませんが、あなたからも話を伺ってよろしいでしょうか」

「私ですか? 構わないけれど……」

 さっき、お父様から窮状はしっかりと聞き取りをしていたはず。

 私から聞くことなんて、何があるんだろう?


 サロンに移動した私とルストは、向かい合ってソファに座っていた。

 紅茶を飲む所作に気品がある……。

「ねぇルスト、あなたは本当に貴族じゃないの? 身分を偽って居たりはしない?」

 ルストがニコリと微笑んだ。

「私は貴族ではありませんよ。そこは誓って嘘ではありません」

「ではとても育ちが良いのね。裕福な家庭で育ったのかしら」

「そうですね……裕福ではあったでしょう。
 父上も母上も、私を大切に愛して下さった。
 何不自由なく生きてきたと言えます――この髪色を除いては、ですけれどね」

 私はきょとんとルストを見つめて応える。

「その綺麗な髪の毛が、あなたに不自由を強いてきたというの?
 きれいな顔をしているし、女性から言い寄られすぎて困るとか?」
 
 ルストが嬉しそうに微笑んで応える。

「そう言ってくださったのは、フェリシア様が初めてです。
 周囲はこの髪の毛を、奇異の目で見てきます。
 珍しい髪色ですから、仕方がないと理解はしていますけれどね。
 見られることにコンプレックスを感じて、屋内でも頭巾シャペロンを被るようになりました」

「そう……あなたにとって、髪の毛を見られるのが苦痛だったのね。
 それを一様に『無礼だ』と脱がせてしまった私を、どうか許してもらえるかしら。
 人には人の事情がある、そんな当たり前のことに気が付かなかったわ」

「いえいえ、事情を知らなければ、ただの無作法者にしか見えません。
 フェリシア様は、何も悪くありませんよ。
 私は気にしていませんので、フェリシア様も忘れてください」

 私は安心してニコリと微笑んだ。

「許してくれてありがとう、ルスト。
 でもその綺麗な髪の毛を隠してしまうだなんて、もったいないわ」

 ルストは照れるように目を背けて紅茶を一口飲んだ後、今度は私の目を見て告げてくる。

「――ところで、メルツァー侯爵がしていることをお聞きしたいのですが。
 彼が領主たちへの支援と引き換えに娘を差し出させているというのは、本当ですか」

 そのことか……私は憂鬱な思いを息に込めて吐き出した。

 そのまま洗いざらい、今日までメルツァー侯爵が私にしてきたことも全て打ち明けていた。

 ルストが厳しい目つきで私を見つめ、告げる。

「それほどの横暴を振るっていたのですか……貴族の風上にも置けない男だ。
 既に被害者がいるということですが、どの令嬢かご存じですか」

「……インメル子爵家と、マンフレート男爵家のご令嬢ですわ。
 他の家も時間の問題だと、メルツァー侯爵は言っていました。
 ――ルスト、教えてくださいませんか。
 なぜメルツァー侯爵だけが、ああも強い力を持つのですか!
 彼の領地は干ばつとは無縁なのですか?!」

 ルストが難しい顔でうつむいた。

「彼の領地には大きな水源があります。
 山脈から流れてくる川と大きな湖、それが彼の領地を支えています。
 今年の雨不足でも、あの水源は大きなダメージを負っていなかったはず。
 ですから彼の領地は、他の領地に売れるだけの収穫があるのでしょう」

 ――なんて不公平! それほどの水源を持ってるなら、水路を作るだけで干ばつ対策になるのに!

 でもメルツァー侯爵はそんなこと、決して言い出さないわね。

 相手を弱らせ、弱みに付け込んで若い娘を妾にする。それだけを目的にしてるような男だもの。

 私はため息をついた後、ルストに尋ねる。

「メルツァー侯爵に水路を作らせる方法は、何かないのかしら」

「彼の領地である以上、彼が頷かなければ許されません」

 そっか……それならやっぱり、私があの男の妾になるのは避けられないのか。

 私が暗い気分になって、ティーカップを膝の上でもてあそんでいると、ルストが優しい声で語りかけてくる。

「心配しないでください。私がきっと、あなたを救って見せます」

「あなたが? 私を? 国王陛下に奏上してくださるの?」

 顔を上げてルストの目を見る――そこには、優しさを湛えた青い瞳が私を見つめていた。

「私に任せていてください。あなたは何の心配も要りません」

 私はクスリと笑みをこぼして応える。

「では、ルストの言葉を信じることにしますわ。
 明日もメルツァー侯爵は我が家にやってきます。
 あなたなら、きっと私を守ってくださるのよね?」

 ルストが力強く頷いて応える。

「ええ、必ず」

 私は満足感で笑みを浮かべ、ルストの顔を見つめていた。




****

 翌日、メルツァー侯爵は朝早くから伯爵邸を訪ねて来ていた。

 ――こんな時間から訪問だなんて、なんて非常識なの?!

 なんとか身支度を整え、部屋を出たところで周囲を見渡す。

 ……ルストの姿がない。彼はどこに行ったのだろう。

 彼は『私を守る』と言ってくれた。

 だけど貴族でもない文官のルストが、侯爵から私を守る方法なんて、存在しない。

 彼の気持ちは嬉しいけれど、無理をしてルストが侯爵に目を付けられると厄介だ。

 彼を守る力なんて、今の私にはないのだから。

 ――よし! 自分の身は自分で守る! 昨日と一緒だ!

 私は気合を入れて、メルツァー侯爵の待つ応接間へ向かった。
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