金と銀のモザイク~脂ぎったおじさんは断固お断りです!~

みつまめ つぼみ

文字の大きさ
上 下
1 / 5

1.

しおりを挟む
 脂ぎった顔、輝かしい頭頂部、そしてねちっこく私の身体をなめ回すように見る目付き。

 その全てが、私に嫌悪感を抱かせていた。

 目の前の貴族男性が、野太い声で告げる。

「グフフ、ルームスバウム伯爵よ。お前の娘は実に上玉だな。
 この娘の年齢はいくつだ?」

 お父様が蒼褪めた顔で応える。

「はい、今年で十五歳、冬に成人となります」

「素晴らしい! ならば私の妾となるのにも問題あるまい!」

 私は思わずお父様に声を上げる。

「お父様、妾とはどういうことなのですか!」

 お父様が目を伏せて私に応える。

「今年も農作物は干ばつで大凶作だ。
 このままでは領民たちの生活も危うい。
 こちらのメルツァー侯爵に昨年はお助けいただいたが、その借金の返済もままならない。
 侯爵に相談した結果、お前を妾とするなら、借金を帳消しにして今年も支援をしてくださるとお約束頂いた。
 ……不甲斐ない父ですまない、フェリシア。領民のため、メルツァー侯爵の妾に頷いて欲しい」

「そんな……」

 私には、それ以上を口にする事ができなかった。

 この見るからに下品で年配の男性の妾なんてものに、伯爵令嬢である私がなるというの?

 呆然としている私の手を、メルツァー侯爵が勝手に掴んで撫でまわしてきた。

「――いや! 触らないでください!」

 走る悪寒で思わず口が声を上げ、手を振り払った。

 両手を抱え、縮こまって震える私にメルツァー侯爵が告げる。

「グフフ、品が良く純粋な娘だ。このような娘を妾にするのが、私の夢だった。
 これからは私がたっぷりと可愛がってやろう。朝から夜まで、思う存分な」

 その言葉の意味を理解した時、私の意識は急速に遠のいて行った。




****

 目が覚めると、私は部屋のベッドで寝かされていた。

 ベッドサイドに座るお父様が目に入る――憔悴して、落ち込んでらっしゃる。

 さっきのは夢じゃないということかしら。

 あんな人の妾だなんて、私は絶対に嫌。

 だけどお父様だって、私を侯爵の妾になんてしたくないんだ。

 うつむいているお父様に、私は静かに声をかける。

「……お父様、少しよろしいでしょうか」

 顔を上げたお父様が、少しだけ明るい顔になって私に応える。

「フェリシア、気が付いたか? どうした、言ってごらん」

「メルツァー侯爵以外に、助けて下さる方はいらっしゃらないのですか」

 お父様が深いため息をついて応える。

「この辺りの土地の領主は、どこも干ばつによる凶作で苦労している。
 中にはメルツァー侯爵に娘を差し出した領主が既にいるくらいだ。
 陛下が救いの手を差し伸べて下されば、あるいはなんとかなるかもしれない。
 だが今現在、陛下から色よい返事は頂けていないんだ」

「そうですか……」

 私の口が、力のない深いため息を漏らしていた。

 領民を救うために、私が取るべき道は一つしかないのか。

 ――たとえ妾といえど、せめて伯爵家の名に恥じないように生きてみせる!

 私が心に固く誓うと同時に、お父様が私の手を強く握ってくれた。

「すまないフェリシア、お前にばかり苦労を掛ける」

 私は精一杯に微笑んで応える。

「いいえお父様、これも伯爵家に生まれた者の務め。
 領民のため、立派に務めを果たしてみせます」

 お父様だって、あちこちの伝手を頼って頭を下げて回ってるはず。

 それなのに、私だけが家でのうのうとなんてしていられない。

 できることは、やらないと。

 私は涙ぐむお父様に、微笑みで応え続けていた。




****

 メルツァー侯爵は領地に滞在し、度々この伯爵邸を訪れた。

 何かにつけては肌に触れてくるのを、私は必死に避けていた。

 紅茶のカップを持つ手に伸びてくる侯爵の手を、さっとかわして私は告げる。

「メルツァー侯爵、成人前の女子に触れるのはマナー違反ですわ」

「だがたった半年の違いだろう? 少しお手付きをしたところで、お前は私の物なのだ。なにも変わるまい」

 背筋を走るおぞけを必死に我慢し、淑女の微笑みで応える。

「半年前でも未成年は未成年。けじめをつけられない方はみっともありませんわよ」

 メルツァー侯爵が嫌らしい笑みを浮かべて笑う。

「グフフ、まだ強がっていられるか。
 だが最初の一夜を過ごせば、お前も他の娘と同じように従順になる。
 何をしても無駄だと理解し、逆らえば領民が犠牲になるとわかれば、すぐにお前も仲間入りだ。
 穢れを知らぬ娘を汚していく快感は、何度味わっても甘美なものよ」

 ――この男に、侯爵としての矜持はないのだろうか。

 心の中で、呆れてため息をついた。

 下品で低俗、下劣で愚昧。その知性は人を貶めることのみに使われているようだ。

 なんでこんな人が、我が家を救えるほどの力を持ってるのだろう。

 他の被害に遭った子たちも、救い出せるといいのに。


 短くも長いお茶の時間が終わり、メルツァー侯爵が席を立った。

「今日も楽しませてもらった。また明日を楽しみにしておこう」

 ――明日も来るというの?!

「何を考えていらっしゃるのかしら。連日我が家を訪れるだなんて、常識外れではなくて?」

 毎日来賓の対応を強いるなんて、嫌がらせじゃない!

 メルツァー侯爵が嫌らしい笑みを浮かべた。

「その強気な態度がたまらん。フェリシアよ、お前を屈服させる日が待ち遠しい」

 私は全身全霊で、魂からほとばしる悪寒を必死に抑え込んでいた。

 私が貴族の矜持で保たせた微笑を見て、メルツァー侯爵は満足気に頷いた。

「グフフ、その態度、いつまで保てるか楽しみだ」

 身を翻して応接間から出ていくメルツァー侯爵が見えなくなるまで、私は身動きが取れなかった。

 彼の姿が視界から消えると、必死に震える全身を抱え込んで両腕をさすった。

 ――最低! あんな男の妾なんて、死んでも嫌!

 私は深い疲労がこもった息をついた後、気を取り直して気合を入れた。

 メルツァー侯爵を見送らないと。

 嫌がる足をなんとか前に動かし、私は玄関に向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

それじゃあエルガ、後はお願いね

みつまめ つぼみ
恋愛
 アルスマイヤー男爵家の令嬢ユーディトは、突然聖教会から次期大聖女に指名される。断ることもできず、彼女は一年間の修行に出ることに。親友のエルガに見送られ、ユーディトは新たな運命に立ち向かう。  しかし、修行を終えて戻ったユーディトを待っていたのは、恋人フレデリックと親友エルガの結婚という衝撃の知らせだった。心の中で複雑な感情を抱えながらも、ユーディトは二人の結婚式に出席することを決意する。 サクッと書いたショートストーリーです。 たぶん、ふんわりざまぁ粒子が漏れ出ています。

美人の偽聖女に真実の愛を見た王太子は、超デブス聖女と婚約破棄、今さら戻ってこいと言えずに国は滅ぶ

青の雀
恋愛
メープル国には二人の聖女候補がいるが、一人は超デブスな醜女、もう一人は見た目だけの超絶美人 世界旅行を続けていく中で、痩せて見違えるほどの美女に変身します。 デブスは本当の聖女で、美人は偽聖女 小国は栄え、大国は滅びる。

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

隷属する伯爵令嬢は騎士の仮面を被る

みつまめ つぼみ
恋愛
 ヴェーバー伯爵家の令嬢エリーゼは、冷酷なエッシェンバッハ伯爵令息ヴィルヘルムの魔法により、意志に反して行動させられる日々を送っていた。  しかし、彼女は騎士見習いとしての訓練を通じて強くなり、内なる力を見つけ出す。誠実で優しい騎士フリードリヒの支えを受けながら、エリーゼはヴィルヘルムの支配から逃れ、彼に立ち向かう決意を固める。  果たして、エリーゼは自分の運命を切り開き、真実の愛を手に入れることができるのか――。

義母の秘密、ばらしてしまいます!

四季
恋愛
私の母は、私がまだ小さい頃に、病気によって亡くなってしまった。 それによって落ち込んでいた父の前に現れた一人の女性は、父を励まし、いつしか親しくなっていて。気づけば彼女は、私の義母になっていた。 けれど、彼女には、秘密があって……?

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

なんでもいいけど、実家の連中なんとかしてくれません?-虐げられたお姫様、宗主国の皇帝陛下に拾われたついでに復讐する-

下菊みこと
恋愛
このヒロイン、実は…かなり苦労した可愛い可哀想な幼子である。ざまぁもあるよ。 エルネスティーヌはお姫様。しかし恵まれない人生を送ってきた。そんなエルネスティーヌは宗主国の皇帝陛下に拾われた。エルネスティーヌの幸せな人生がここから始まる。復讐の味は、エルネスティーヌにとっては蜜のようであった。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...