幸福な蟻地獄

みつまめ つぼみ

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第3章:幸福の象徴

66.悠人たちの選択

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 月曜日の朝、談話室で待つ俺たち七人の前に、白衣を脱いだデュカリオンが現れた。

 デュカリオンが笑顔で告げる。

「やあ! そろってるね!」

 俺はジロリと睨み付けて告げる。

「話があるんだろ? 早くしてくれよ。彼女たちを救える話なんだろうな?」

「それはたぶん、そういうことになるよ」

 デュカリオンが手に持っていたフォルダーから書類を取り出し、テーブルに置いた。

 書類には『新妙見計画』と書いてある――『極秘』ってスタンプ押してあるけど、持ち出していいのか? この書類。

 デュカリオンが書類をめくりながら口を開く。

「まず最初に認識してもらうけど、女子たちの治験薬は避妊薬だ。
 異能者たちに高い避妊率を出せる避妊薬がないから、新しく作ろうとしてるんだよ。
 君たちの関係からすれば、この選択が合理的なのが理解できると思う」

 確かに、こいつら相手に俺が避妊具を使うのは非現実的だ。

 数が膨大に必要だし、たぶん装着している暇すら惜しんでこいつらは愛を貪りに来る。

 下手したら、避妊具を『邪魔だ』と言って取り外してしまいかねない。

 薬で対応するのがスマートというのは、納得できた。

 デュカリオンが言葉を続ける。

「そんな彼女たちは既に海燕うみつばめで鼻つまみ者になっている。
 『花鳥風月殺し』の君と親しい関係にあり、女子寮を追い出された事が決定打だね。
 これは状況的に逃れようがなかったというのも、理解してもらえるかな」

 俺は黙って頷いた。

 デュカリオンが言葉を続ける。

「そして治験薬に最近、変化があってね。大きな欠陥が見つかった。
 現在の治験薬は、避妊率が大きく落ち込んでいると思う。
 この状態で関係を続ければどうなるか……当然、これも思い至るね?」

「そりゃまぁ、『やればできる』、だろ?」

「その通り!
 そしてこの治験薬の効能が切れるまで、改良した治験薬を投与することが出来ない。
 このままでは、いつか誰かが妊娠してしまう。
 それでだ、そんな状況に対応するため、君たち六人をホームスクーリングにしてしまおう、というアイデアだ」

 俺はきょとんとしてデュカリオンの顔を見た。

「六人? 俺を含めて、全員か?」

「そうだよ?
 誰か一人が妊娠して、子供を産みたいと思ったとする。
 リスクは高いけど、僕はそのサポートをするつもりだ。
 だけどそうなると、その子は学校を退学になるし、他の女子たちも学校に居づらくなる。
 妊婦一人を他の学校に通わせる訳にもいかない。
 だから別の学校に転校させて籍を置かせてもらい、この場所で教育を施す。
 これが第一段階だ。
 妊婦を含めた彼女たちのサポートに、君もこの場で高校課程を修了させる。
 そのことに何か不満はあるかな?」

「……いや、それくらい当然の責任だろう。俺の子なんだし」

 デュカリオンが良い笑顔で頷いた。

「それで、話は次の段階に移る。
 君たちには年齢差があるから、全員が学校を卒業するまで時間がかかる。
 その上、妊娠してホームスクーリングで卒業した、なんて人間を取るまともな企業もない。
 異能者なんて特殊な人材を扱える企業も、とても数が少ないしね。
 だから僕の研究所が君たちを抱え込もう、そういうアイデアだ。これが第二段階だね。
 悠人ゆうとを含め、七人全員を僕の研究所に所属させる。
 ――ここまでで、質問はある?」

「……それは、俺たちをモルモットとして雇うと、そういうことか?」

「異能者専用薬の治験を受けてもらいたいとは思うけど、そこは同意した場合に限るよ。
 それ以外にも、異能を生かした仕事をなるだけ斡旋する。
 そうやって生活費を稼いで暮らしていって欲しい。
 これに頷けるなら、学校を卒業してもここに住めるよう話は通してきた。
 そして生まれてくる子供のデータも取らせてくれるなら、育児に関するあらゆる出費も僕の研究所が出そう。
 ――これで、君たちの経済的負担がほとんどなくなるのが、理解できた?」

 俺は気圧されながら返事をする。

「お、おう……でも、なんでそこまでするんだよ?」

 デュカリオンが書類の表紙を指で指した。

「妙見計画だよ。現在、君らがオーバーランク最有力候補なんだ。
 オーバーランクに到達できても、またできなくても、君たちのデータは僕たちが喉から手が出るほど欲しいものだ。
 そのためなら、この程度の出費は痛くもかゆくもないということさ」

 なんだか怒涛の説明で圧倒されたけど、要するに妊娠対策に事前にみんなでこの場所に隔離されろって話なのか?

 ……世間の目、厳しそうだったしな。

 俺との関係を我慢できる女子は、ティアだけだ。

 避妊率が落ちてるなら、六人の誰かがいつ妊娠してもおかしくなかったのか。

「大筋は分かった。保護者の同意はどうするんだ?」

「そこは全部プロメテウスが直々に説得して回るよ。
 彼と直接対話して屈しない人間は居ない。
 彼は使える手段は何でも使うからね」

 ……デイビッドたちの時みたいに、冤罪で社会的抹殺、とか簡単にやってきそうだしな。

「ってことは、最終的に俺たちの身柄はどうなる?」

「プロメテウスが後見人として君たち全員の身柄を預かる。
 それと同時に、研究同意書にもサインを求められるだろう。
 僕は同意のないことはしたくないけど、彼はそんなことお構いなしだ。
 妙見計画のためなら、あらゆるデータを君たちやその子供から採取しようとするだろう。
 それに頷けないなら、今回の話はなかったことになる」

 ……今の状況で、妊娠した時の話をそこまで詳細にする?

 プロメテウスとも話を詰めて?

 俺はデュカリオンを睨み付けて告げる。

「誰かがすでに妊娠してるんだな? だからこんな性急に環境を整えた。違うか?」

 デュカリオンが肩をすくめた。

「そこは君の想像に任せるよ。
 だけどこの話を断れば、妊婦の人生は大きく狂う。
 妊婦の周囲に居る女子たちの人生もね。
 元から異能者として社会の異端だった彼女たちに、大きな瑕疵かしが生まれてしまう。
 そんな状況でみんなの人生をなるだけ救える、最善の手だと思って話を持って来ているよ」

 俺たちは『共有する愛』なんてものを追い求める異端でもある。

 そんなみんなを社会の目から守れるなら、これは願ってもないチャンスなんだろうか。

「正直に教えて欲しい。どんなリスクが考えられる?」

 デュカリオンが困ったように微笑んだ。

「だいたいわかってるんだろう?
 モルモット、というのは大袈裟だけど、データを常にサンプルされる人生になる」

 まぁあのプロメテウスの研究同意書だ。そういうことになるんだろうな。

 デュカリオンが言葉を続ける。

 「自由に外を歩くのも難しい、そういう世間体にもなるね。
 なんせ君たちは多重恋愛関係で、男性問題で女子校を追い出された人間だ。
 妊娠や出産をすれば、さらに白い目で見られる。この島では致命的だね」

 狭いコミュニティだもんな。いくら十万人都市といっても、面積がそんなにあるわけじゃないし。

 デュカリオンが言葉を続ける。

 「これ以上彼女たちの依存が悪化すれば、もう君たちは一人で外泊する事もできなくなる。
 みんなでここに居るか、みんなで出かけるか。二択の人生だ」

 旅行はそれでいいと思う。俺たちは元々、そういうグループだし。

 瑠那るなの空手大会も、今度からは全員で移動することになるのかな。

 自由なのはティアくらいだ。

 デュカリオンが言葉を続ける。

「子供が生まれても、その子供も同じ環境で育つことになる。
 その伴侶は、おそらくプロメテウスがみつくろってくるだろう。
 自由恋愛のチャンスなんて、ほとんどなくなるしね。
 ――ここまで話して、納得できないところはあったかな?」

 お見合いの仲人、と言えば聞こえはいいけど、きっと実験動物を配合するような、人間扱いされない形になるだろう。

 ティアやセレネみたいに、また人工有機生命体を作ってきてもおかしくない。

 だけど子供も一人で行動する自由がなくなるとしたら、異性と出会う機会もない。

 一生独り身で居る自由も、きっと許されないのだろう。

 俺たちだけじゃなく子供に至るまで、実験対象にされる人生。

 だけど今の彼女たちに必要なサポートが揃ってる。

 そのサポートがなければ、彼女たちは今言われたリスクの殆どを背負ったまま、厳しい人生を送ることになる。

 社会の白い目から彼女たちを保護して笑顔を守るには、もうこれしかないんだろう。

「……ケッ! ねぇよ! 確かにそんな人生しか、俺たちには残ってなさそうだ!」

「まぁこれだとあまりに可哀想だから、希望も伝えておくよ。
 子供のデータはサンプリングだけで、自由恋愛や外の世界に行く自由はある。
 ここではないどこかで一人で暮らす――異能者でなければ、そんな未来もある。
 家族観が一般家庭から逸脱するから、生きるのに苦労するだろうけどね」

「そんな自由を、認めてくれるのか」

「異能がなければ、だよ?
 異能がある場合、プロメテウスの管理下に置かれる。
 これは譲ってくれなかった。
 それ以外も頑張ったけど、ここまで提示した条件が、僕に尽くせる最善だ」

「……お前が俺たちのために、あのプロメテウスくそやろうに逆らってくれたのは理解した」

 デュカリオンが優しく笑った。

「ハハハ! 理解してくれてうれしいよ!
 頑張った甲斐があったね!
 ――では納得できたなら、書類に署名してくれ。
 それで七人全員の同意とみなす」

 俺は女子を見回して告げる。

「反対意見があるなら、言えるのは今だけだぞ」

 しばらく待ったけど、女子たちは俺を見つめるだけだった。

 ティアは黙って無邪気な笑みで、見守るように見つめている。

 他の女子たちは、全ての判断を俺に任せるつもりなのだろう。信頼を感じる眼差しだ。

 この信頼に、俺は応えなきゃいけない。

 彼女たちを守るため、彼女たちのために生きると決めた人生を歩むだけだ。

 俺は大きくため息をつきながら、書類に署名を記した。
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